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第七話 ゴーレム

第七話 ゴーレム





 放課後。林崎さんと2人で帰る―――なんて事はなく。


 普通に家の方角が違うので別々に帰り、それぞれ支度を済ませてからダンジョンへ。


 それでも駅で再び一緒になれたわけだが。


「いやー、テンションが上がりますなー!テーマパークに来たみたいだぜぇ」


「そ、そっすね……」


 疲れた。なんか、既に、疲れた。


 この人の体力は無限なのかと、そう疑ってしまう程に延々喋っているのである。


 何がビックリって、『小声で叫ぶ』という謎の高等テクを使ってまで電車やバスでも話しているのだから、もしかしたら口から産まれて来たのかもしれない。


 あるいは喋っていないと死ぬ病気にでもかかっているのか。本気でそんな心配をしてしまうぐらいの喋りっぷりだ。


 何にせよ、ダンジョンである。


 道中のバスも、隣の人以外は途中まで普通だった。


 駅から続くシャッターだらけの商店街。少し古めな印象のスーパーと、買い物帰りなのかエコバッグを持ったご婦人たち。


 だが徐々に人の気配はなくなっていき、ダンジョンストアに着く頃には空っぽの民家が建ち並ぶ。


 ダンジョンのゲートが発見された場合、半径1キロは安全の為避難が政府より『命令』される。


 一応、数カ月間住める住居を県が用意する決まりではあるのだ。しかし、住んでいた家を突然手放せというのは当然ながら反発がある。


 その心情はわかるが、万が一の時の危険も確かなのだ。モンスターの強弱こそあれ、『F』でも人は殺せる。


 ダンジョンの恩恵をこれから受けようという身ではあるが、厄介な存在である。あの迷宮は。


 そんなわけで到着したダンジョンストア。見た目は、道中で見かけたスーパーと大差ない。こっちの方が多少綺麗というぐらいか。


 自動ドアを通り抜けると、右手側には銀行の受付みたいに番号が書かれたカウンターと、その前に並ぶ椅子。あれが噂の『買い取りコーナー』か。


 更にその奥にはコンビニが入っており、机と椅子が2セット自動ドア傍に設置してある。


 そして左手側。こちらには更衣室、交番、トイレが並ぶ。更に診療所らしきスペースもあった。


 だが一番重要な部屋の扉は、入ってすぐに見る事が出来る。


 ダンジョンストアの一番奥。そこに、『ゲート室』と掲げられた部屋があった。


「じゃあ、取りあえず着替えに……」


「うん!忘れ物はしないようにね!」


「はい」


 ようやく林崎さんから解放され、男子更衣室に向かった。まさか、美少女と会話するのがこんなにも疲れるものなんて……。


 ラブコメ主人公って、凄いんだなぁ。


 なんて事を考えながら、更衣室で支度を済ませた。


 ダンジョン内では『魔装』を纏うものの、気絶してそれが解除される可能性がある。


 そういった事態に備え、最低限の防御力と救助隊が運びやすい服装が推奨されていた。自分の場合は紺のツナギに長靴である。


 冒険者というより、何かの作業員風だ。登山リュックを背負い直し、更衣室を出る。


 この服とリュックで、高校生としては結構な金額を使ってしまった。しっかり稼がないと。


 非日常への憧れだけでなく、家計の助けも冒険者になった理由の1つだ。そっちも忘れていない。


 と、一応トイレも行っておくかと、用を済ませて戻ってきたら更衣室の前に林崎さんがいた。


「よ!京ちゃん!」


「あ、すみません。お待たせして」


「良いってことよぉ!」


 彼女の方は上下黒のジャージにスニーカーである。美人だから妙に似合っているが、なんだか『ちょっと散歩に』みたいな恰好だ。


 まあ、運びやすいのは事実だし推奨されている服装の範囲内だろう。


「そいじゃあ京ちゃん。これを着けるのだ」


「はい」


 林崎さんが差し出してきた、耳たぶに挟むタイプのイヤリングを受け取る。


 そのまま装着しようとしたのだが……意外と難しい。


「ちょっと貸してね」


「え?」


 ひょいっと林崎さんがイヤリングを取ると、こちらの耳たぶに着けてくれる。


 頬に感じる彼女の手の温もりや、耳をかすめる指先。吐息が届きそうな距離にある美貌に、顔が赤くなるのを自覚しながら目を逸らした。


「よし、できた!」


「あ、ありがとうございます……」


「うむ!よきにはからえ!!」


 腰に手を当ててドヤ顔する林崎さんに小さく会釈すると、イヤリングから声が聞こえて来た。


『やあやあやあ、アイラさんだよ。聞こえているかな?』


「あ、はい。矢川です。よろしくお願いします」


「バッチリっすよ!パイセン!!」


『うんうん。今日も元気だねエリナ君。そして京ちゃん君はもっとテンション上げて行こうか』


「え、わ、わかりました」


『では、取りあえず性癖を開示してみよう』


「嫌ですけど……?」


 何言ってんだこいつ。


「パイセン!それセクハラっす!!」


『はっはっは。なに、男子と仲良くなるには性癖を言い合うのが効率的と本で読んだのでね』


 燃やしてしまえそんな本。


『では小粋なジョークも済んだ事だし、早速ダンジョンに行ってみようか』


「……はい」


「うっす!!」


『念のため聞くが、2人とも体調は問題ないね?トイレも大丈夫?何か気になる事はあるかな?』


「大丈夫です。……たぶん」


「オールグリーンっすよパイセン!忍者は常に万全っす!」


『よろしい。では出陣だ。ほら貝を鳴らすかね?』


「いえ、結構です」


 むしろ鳴らすな。耳元でほら貝は一種のテロだよ。


 何故か残念そうに『そうか……』とぬかす有栖川さんに若干の警戒心を抱きつつ、『ゲート室』へと向かう。


 その扉を潜れば、中にも受付が。ただしこちらは外にある『買い取りコーナー』とは違い、受付にいるのは防弾チョッキ姿の自衛官だ。


「こんにちは。免許証の提示をお願いします」


「はい」


 彼に冒険者免許を見せ、本人確認の後奥にあるもう1つの扉を開けた。


 分厚い金属製のそれを潜った先。そこには、試験でも見た白い扉がある。


 無言のまま『魔装』を展開すれば、隣でも林崎さんも姿を変えている。


 剣帯にランタンを通し、囁くように有栖川さんへと話しかけた。


「準備完了です。今からダンジョンに入ります」


『うむ。武運を祈ろう』


「はい」


 林崎さんにも一度振り返れば、力強い頷きが返って来た。あちらも心の準備は良いらしい。彼女の手がこちらに肩に置かれる。


 白い扉に手をかけ、押し込む様に開けば、如何なる光も通さない黒の空間が広がっていた。


 言いようのない不気味さを感じながらも、意を決して足を踏み入れる。


 試験の時もあった、一瞬の違和感。テーブルクロスを突然引き抜かれた食器は、この様な感覚なのだろうか?


 それもすぐになくなり、足裏に固い感触が。そして周囲を人工の明かりが照らす。


 じっとりと湿った様な岩肌の洞窟。人が余裕ですれ違えそうな広さをしており、壁の天井近くにはLEDライトが設置され電源ケーブルが伸びていた。


 念のため周囲を確認するが、モンスターはなし。一般開放されているダンジョンは、自衛隊がマッピングと同時に大規模な間引きをしているから、モンスターの密度が低い分入ってすぐエンカウントする確率は低いと講習で聞いた。


 それでも、0ではない。入る瞬間こそ一番気を付けろとも、講習で言われている。


『ふむ。ちゃんと『念話』は繋がっている様だ。ダンジョンの中が見えるよ』


「先輩との実験ではちゃんと通じたらしいっすもんね!」


 彼女の言う先輩さんは、前に会話の中で出て来た『有栖川さんの妹さん』だったか。


 その人も覚醒者で、なおかつ冒険者らしい。まあ、自分には関係の無い話だけど。


「すみません、林崎さん。一応、周囲の警戒をお願いします」


「任された!!」


 彼女に索敵を任せ、背負っていた登山リュックから例の『ホムンクルスもどき入りヤカン』を取り出す。


 岩肌をむき出しにした地面に錬成陣を書いた木の板を置き、その上にヤカンを乗せる。


 そして、魔力を思いっきり注ぎ込んだ。


「っ……」


 思っていたより吸われたが、問題ない。すぐに回復する。


 赤い光を発しながら10秒ほどかけて周囲の地面が広く浅く窪み、代わりにヤカンの下で盛り上がり始めた。


 それは腕が伸び、足が地面を踏みしめる。


『ゴーレム』


 錬金術は物体の在り方を変える技術。それを用いれば、土や石からこうして『身体』を作り出す事は不可能ではない。


 だが、肝心の脳みそまでは石で作れないのも錬金術の限界。『土木魔法』とやらなら、それすらも可能らしいが。


 それでも、予め『脳みその代わりになるモノ』を用意すれば問題ない。


 ヤカンに取り付けた2つのビー玉が、淡く輝いて目の機能を持つ。そして、ずんぐりとした石の身体を『ホムンクルスもどき』がゆっくりと動かした。


『それが、昨日君がメールで言っていた錬金術を使ったゴーレムかね』


「はい。上手くいったようです」


 身長は150センチ程と低いが、横幅は結構あり厚みもある。まるで着ぐるみの様な体型だ。


 しかし岩から出来ているだけあって、その強度は高い。ヤカンの中の丸底フラスコさえ破壊されなければ、機能停止する事もないだろう。


 こいつを『タンク』として運用する予定である。


 壁役というのは、ゲームでさえもやりたがる人が少ないポジションだ。


 それが現実でモンスターとやり合う事になったとなれば、更に手を挙げる人が減るのは必然。


 何なら、接近戦すら嫌だという声も多い。ちょくちょく国会の前では『冒険者に銃を配布しろ。せめて買って使う権利を寄越せ』とデモが起きている。


 しかし、この『ホムンクルスもどき』を使ったゴーレムなら盾に使っても問題ない。


 コアパーツは3千円程度で作れる上に、首から下はダンジョンで出来ているのでタダ。そのうえ生命ではないので、盾役なり囮なりにしても心は痛まない。


 なお、自分が作れるのだから他の錬金術師達も作れる。そのわりに普及している様子がないのは、単純に『燃費がビックリする程悪い』からだ。


 身体を作り、動かす為の魔力を注ぎ込む段階で普通のレベル1桁はダウン寸前になるらしい。そこから、短い間隔で直接ゴーレムに手で触れ、起動時と同じだけの魔力を供給しないといけない。


 自分だって『固有スキル』無しなら使おうと思えない手だ。しかし、もしも林崎さんとパーティーを組めなかったら、このゴーレムだけを仲間にダンジョン探索する事になったんだよなぁ。


 そこまで考えて、余計な思考を中断。ゴーレムにリュックを背負わせ、予め印刷しておいたこのダンジョンに出現するモンスターの写真をビー玉の目の前に突き出した。


「ここに出るモンスターの『マタンゴ』。これに攻撃された時だけ、反撃して。それ以外は僕達について歩くように」


 のっそりと、上半身ごと頷くゴーレム。


『マタンゴ』


 歩くキノコ、と言えば想像しやすいかもしれない。


 1メートルほどの巨大キノコに、キノコ状の足が生えているモンスターだ。特に胞子を飛ばす等もなく、体当たりやキック以外の攻撃は見られない。


 冒険者界隈では『最弱のモンスター』とまで呼ばれている。初回の相手には、丁度いい。それでも油断し過ぎるのはいけないが。


 そうしていると、イヤリングから声が聞こえてくる。


『……疑問なんだが、どうして京ちゃん君が錬金術を使えるんだい?そういうスキルはなかったはずだが』


「ちょっと前に、運よくネットで錬金術の色んなレシピが乗っているサイトを見つけたんです。今はもう、消されちゃっていますけど」


 予め用意しておいた言い訳を、有栖川さんに伝えた。


 自分が錬金術を使える事から、『固有スキル』の本質を見抜かれては困る。かと言って、万一の時に備えてゴーレムは出しておきたい。


 この嘘の為に、彼女らの目がある所では『錬金術の書』を実体化しないと決めている。試験の時も一応出さなかったが、今思えば我ながらファインプレーであった。


『……なるほど。それは本当に運が良かったね。私もそのサイトが気になるが、消されてしまったか』


「そうみたいです」


 有栖川さんの反応に、少しだけ冷や汗を掻く。


 流石に、賢者の石がバレたら『即人体実験』とか『心臓抉りだし』とかまでは考えていない。それでも、警戒はするに越した事はないのだ。


 こんな世の中なのだから、自分の身は自分で守るぐらいの気概の方が良い……はず。


「はいはい!私からも2つ質問!」


「え、なんでしょう……」


「なんで敬語なんだよ京ちゃん!!私らタメだぞぅ!?」


 何故か半泣きで抗議してくる林崎さん。え、そこまで気にすること?


「いや、何となく……」


「私達は仲間。いざとなれば背中を預け合う身。心の距離を近づける為にも、呼び方や言葉遣いは考えた方が良いと思うの」


 うっわ、突然すごくまともになった……!?


 林崎さんの切り替えに驚きつつも、理屈は納得できる。なんか、恥ずかしいけど。


「……その、わかりまし、わかったよ。林崎さん」


「エリナ!りぴーとあふたーみー!エリナ!!」


「エリナ……さん」


「んー。まあ今回はこれぐらいで許してしんぜよう。感謝するがいいぞワッパぁ!」


「ど、どうも?」


 駄目だ。マジでこの人のノリが分からない。


 若干げんなりとするも、同い年の異性を名前呼びする事に気恥ずかしさと嬉しさが胸を満たす。


 そ、そっかぁ。僕にも名前で呼び合う女子の友達が……。


『おや。2人が名前で呼び合うのなら私も名前で呼んではくれないかね。京ちゃん君』


「え、えっと……」


『……まさかと思うが、苗字で呼ぶから下の名前は覚えなくていいやと、忘れているわけではないよね?』


「……すみません」


『アイラさんだよぉ!私はアイラ。敬愛と親愛と友愛のもとに呼んでくれたまえ!』


「わ、わかりました。アイラさん」


『よろしい。次私の名前を忘れてみろ。君は成人女性が子供の様に泣きわめく声を聞く事になるぞ。しかも耳元で、だ』


 どういう脅しだ。


「それともう1個の質問なんだけど、そのゴーレムさんの名前ってなぁに?」


「いえ、名前はないです。いざとなったら囮にするので、愛着とか持ちたくないですし……」


「えー。でも不便じゃん」


『そうだぞ京ちゃん君。名前は大事だ。忘れられると泣くからな!!』


 有栖川さ……アイラさんだけ言っている事が違う気がする。


 だが、確かに何も無しは不便か。


「……じゃあ、『白蓮』で」


 本体が白い靄みたいな魔力の塊なので、適当にそう名付けた。我ながら、『蓮』の部分はただの語感でつけただけなので雑である。


 流石に『ゴーレム1号』とか『ホムンクルスもどき』呼びでは、エリナさんが納得しなさそうだし。


「よっし!じゃあ白蓮だね!よろしく『びゃっちゃん』!」


「びゃっちゃんって……」


 バシバシとゴーレムの肩を叩くエリナさん。当然ながら、ゴーレムは無反応だ。


 顎のあたりを軽く掻き、小さくため息を吐く。


 やはりというか、変わった人だ。


「じゃあ行こうか京ちゃん!びゃっちゃん!パイセン!私達の旅はこれからだ!!」


『エリナ君の次回作に期待してくれたまえ』


「なんですかその打ち切りみたいなの……」


 ようやく、探索開始となった。


 ……始まる前から疲れた気がする。人付き合いって、大変だなぁ。



 ――いや、冷静に考えたらこの2人が色々とおかしいだけだな???





(打ち切りでは)ないです。


読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


Q.京太の顔ってどれぐらいなの?

A.黒髪黒目の普通の日本人ですが、覚醒前の『AP●』は旧版基準で歴代主人公にならいザ・平均な『10』でした。しかし、覚醒の影響で現在は『A●P13』ぐらいですね。『心核』も少し影響しているかも。

 なお、覚醒者界隈では『これが普通』。エリナさんとかアイラさんの場合、『16』と『18』なので。元の美貌とかエルフの血が凄い。

 本編に関係ないので言ってしまうと、作中世界の芸能界が今大変な事になっているらしく……主に覚醒したモデルさんや俳優さんの台頭で。

 覚醒で更に上がった美貌と、スキルという文字通りの一芸が脚光を……。わりとテレビ業界は戦国時代になっているかもです。


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― 新着の感想 ―
『念のため聞くが、2人とも体調は問題ないね?トイレも大丈夫?何か気になる事はあるかな?』 これって、装着しているときは、トイレしてる時も見られているってことだね。
白蓮と言えば、中国に白蓮教という宗教結社がありましてな。 終末思想的な教義でかつ800年近く続いた、歴史あるカルトでして。過去には国を崩壊させた反乱すら起こしております。 つまり、この子はそういう…
ココまで読んで女性陣がウザく感じている。 面白そうだけれどちょっとしんどくなっています。
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