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第六十四話 勉強

第六十四話 勉強





「ふぅ……」


 シャーペンを置き、小さく伸びをする。


 机の上には、1冊の分厚い本とノート。学生らしく勉強中……と、生憎そう言えるものではない。


 なんせ、本の内容は『錬金術』だ。


『覚醒の日』より前ならば、そんな物を大真面目に勉強している人なんて重度の厨二病患者かオカルト記者ぐらいのものだろう。


 しかし、『ダンジョン』や『覚醒者』が現れた現代では別だ。学校の授業に『魔法』や『錬金術』を取り入れるべきだと、国会で大真面目に議論されているのだから。


 魔法も錬金術も、覚醒者のみが扱える技術。しかし、技術である以上は異能(スキル)を持っていなくとも条件が揃えば使えるはず。


 事実、自分はこの本を読んで『ホムンクルスもどき』や『ゴーレムボディ』を作ったのだから。知識と魔力さえあれば、出来ない事でもない。


 ネット上でも、『錬金同好会』が公表した知識を使い、ホムンクルスや『もどき』を錬成したという動画がアップされている。


 その技量は残念ながらスキル持ちには遠く及ばないが、それでも錬金術師は僅かながらも増え始めていた。


 ……しかし、思ったより、そのペースが遅い。


 覚醒者の中でも錬金術が扱える者は未だ少なく、実戦どころかゴーレムボディを人間なみに動かせる術師もほんの一握りしかいないと聞く。


 ネットの情報なので、『実は出来るけど公表はしない』って人もいるのだろうが……。


 問題は、スキル無しにゴーレムを作って連れまわしている自分が悪目立ちしてしまう事。


 アイラさんやエリナさんは、恐らく既にこの違和感に気づいている。


 普通の覚醒者が『錬金同好会』の出しているレシピ片手に四苦八苦している中、何故自分の様な学生がゴーレムを『Cランク』帯で運用出来ているのか。


 そう疑問に思っていても、彼女らはあえて無視してくれている。もしかしたら、毒島さん達も。


 友人知人ばかりの今だから良いが、もしも他人に聞かれたら面倒な事になる。かと言って、今更『白蓮』なしでの冒険者活動もなぁ……。


 取りあえず、今は『どこまで錬金術のスキル無しが知っていて良い知識なのか』をノートに書いて整理している。


 同好会のHPや、考察サイト。それらにある錬金術の知識と、自分が持っている本の内容を見比べているのだが……。


 なんだか、妙な違和感を覚える。


 彼らの書くレシピは、正しい。この本に書いてある事と一致するし、実際にゴーレムボディのフレーム技術なんかは自分も使っている物と同じ内容が載っている。


 ではこの違和感は何かと、考えながらスマホでそれらのサイトを改めて読み返していると。



「……『硬い』し、『分かり辛い』」



 何度もスマホと本を見比べて、ようやく気付いた。『錬金同好会』の説明は、やたら難しい。


 持って回ったというか……専門用語がズラズラ並び、その上で聞いていない事まで書いている感じ?


 そりゃあ錬金術が使える人の増えるペースが遅いわけである。これ、まず大前提として『錬金術の基礎知識』がないと意味が分からない所だらけだ。


 無論、各用語の解説も載っているのだが、用語を一々調べながら未知の技術を勉強するのは、想像しただけで頭の奥を掻きむしりたくなる。


 逆に、アイラさんはよくこの説明を読んで知識として吸収できたものだ。それでも、錬金術師とは名乗れないと本人は言っていたけど。


 そういった同好会の解説文に比べ、自分が持っている本はとても分かり易い。


 どれぐらい分かり易いかと言えば、中坊が高校受験をしながら息抜き感覚で読み漁っていた知識でも『ホムンクルスもどき』や『ゴーレムボディの作成』、『鍵開け』なんかの技術が身につくぐらいだ。


 ……カンニングペーパーありきの錬成だけど。メモ無しはまだ無理。


 とにかく、表紙に『入門編!誰でもわかる錬金術!』とでも書いてしまって良いぐらい分かり易い本である。しかも、ゲームの攻略本みたいで読んでいて結構楽しい。


 固有スキルが周りにばれるリスクが無ければ、出版して一儲けしたいところだ。間違いなく売れる。


 まあ、代わりに載っている内容は本当に基礎の基礎のみ。同好会のHPを見ると、偶にこの本にも書いていないレシピがあったりする。その分、錬金の難易度も高い。


 気が向いたら、こういったレシピを試してみるのも良いだろう。


 そう思い、シャーペンをまた手に取った所。


 扉がノックされ、間を置かずに開かれた。


「ちょっと京太」


「わっ、と、なに?」


 慌てて『魔装』の本を消し、振り返る。


 シャーペンを握っているこちらに、母さんは安心した様子で息を吐いた。


「ちゃんと勉強してるのね。あんた、冒険者で忙しいから学校の事を疎かにしているんじゃないかって心配してたのよ。宿題も出ているんでしょ?ちゃんとやるのよ?」


「う、うん」


「冒険者って儲かるらしいけど、それ1本で食べて行こうと思っちゃ駄目だからね。身体を壊したりしたら続けられないだろうし……。それに、ちゃんと勉強しないと社会に出て苦労するからね」


「……でも、会社とかで数学の公式とか使わなくない?」


「順当に学歴が作れるのは、学生の間だけよ。社会人になってからだと、凄く大変なんだから」


「うっ……」


 確かに『働きながらもう1回大学へ』というのは大変だとテレビで聞いた気がする。


 というか、自分が冒険者やりながら嫌々でも高校に通っているのは母さんの言う通り学歴の為だし。


「……って。ちゃんと勉強しているのにお説教になっちゃったわね。頑張れって言いに来といてなんだけど、適度に休むのよ。明日は有栖川教授がマナーを教えて下さる日なんだから。途中で居眠りなんてしたら失礼だし」


「はーい……」


 バタンと閉じた扉。スリッパの音が遠ざかるのを確認し、ほっと胸を撫で下ろす。


「……宿題やろ」


 錬金術用のノートを閉じ、学生鞄から別のノートと教科書を引っ張りだす。


 ……冒険者業に錬金術。そしてエリナさん達とのゲームで忙しく、夏休みの宿題はまだ手つかずだった。


 白いノートにため息を吐きつつ、教科書を開く。


『魔装』の本より、書いてある事が分かり辛い様に思えた。



*     *     *



 翌日。


 有栖川邸にて。



「な、なんで矢川君がここに!?」



 そう悲鳴に近い驚きの声をあげたのは、三好ミーアさん。アイラさんの妹さんである。


 彼女らの祖母である有栖川教授がマナーや英語を教えてくれるという事で、お呼ばれしたわけだが。


 珍しくアイラさんが玄関まで迎えに来たかと思えば、背を押されてリビングに入ったら彼女がいたのである。



 ドスケベシスター服で。



 まともに修道女の物と呼べ部分は、金髪を覆う黒いベールのついた頭巾と白手袋のみ。


 白い襟のついた黒いレオタードはピッチリと上半身を包み込んでいるが、ボディラインが丸見えだ。彼女の巨を超えて爆なお胸様の曲線がよくわかる。


 それだけでも素晴らしいのに、股間辺りはまさかのハイレグ。純白の太腿が付け根まで丸見えであり、もしも背後から見れば肉感的な巨尻が強く自己主張していただろう。


 むっちりとした太腿の半ばから黒いニーソックスが覆い、境目で生地が腿を圧迫してその柔らかさを強調させていた。


 結論を言おう。エッチなビデオや漫画にしか出てこないコスプレ修道女だと。


「ちょ、あの、見ないでください!」


 顔を真っ赤にして、三好さんが背中をこちらに向けた。


 ナイスヒップ!


 染み1つないまん丸お尻が丸見えである。僕の予測は正しかった。


 ───などと、脳内で絶賛したのはコンマ3秒程度。


『賢者の心核』による思考加速。そして、『精霊眼』による動体視力。


 それらをフルに活用し、この絶景を網膜に焼き付けた。


 ありがとう、母さん。父さん。ありがとう、僕のスキル。この瞬間の為に、この力はあったに違いない。


「すみません!」


 謝罪しながら、こちらも回れ右をして。


 それはもう、意地の悪い笑みを浮かべたアイラさんと目が合った。


 間違いない。確信犯だ。誰がどう見てもこの人が黒幕だ。


「おやおやおや。どうしたんだい京ちゃん君。お腹でも痛いのかな?前かがみになってしまって。そしてミーアも、『お胸隠してお尻隠さず』だぞ?」


「それを言うなら頭隠して……って、どういう事ですか姉さん!矢川君が来るなんて聞いてませんよ!?」


「だって言ってないし」


「言ってください!」


「まあまあ。これはほら、京ちゃん君へのお礼なんだよ?」


 そう言いながら、アイラさんが自分の隣に来た。


 なお、彼女はいつも通りジャージ姿である。


「ミーアは少し前に、レフコースから彼とエリナ君に助けてもらっただろう?そのお礼が連絡先の交換だけ。しかも目的は私達の仲直り。それじゃあ、流石に可哀想じゃないか」


「ぐっ……」


「いや、別に僕は……」


「そこで!今日は京ちゃん君がだぁぁい好きなそのドスケベボディを鑑賞させてあげようと思ってね!」


「だ、誰がドスケベボディですか!」


「で、ですから僕は別に……」


「誰が?決まっているだろう」


「聞いて?」


 こちらを無視して、アイラさんが笑顔のまま自分の視界外に。


 いくら『精霊眼』の視野が広いとは言え、背後までは見えない。それでも魔力の流れで何となくの場所はわかる。


 今、彼女はミーアさんに大股で歩み寄っていた。


「何故か私よりも背も乳もでかい、妹だよぉおおおお!!」


「きゃああああああ!?」


 この気配……まさか!



「ね、姉さん!人の胸を突然わしづかみにしないでください!」



 やはりかぁ!!


「黙りたまえ。いったいいつ、そんなに成長したんだ。いつ私の身長と乳長(にゅうちょう)を超えたのだね!んん!?」


「なんですか乳長って!そ、それに姉さんだって十分大きいでしょう!」


「───誰かに負けるのはいい。けど、妹には負けられないッ!!」


 名作の名言を汚すな。


「ふざけた事を、ん……!あっ、ダメ……!」


 今の甘い声は!?


「でぇい!我が妹の乳は化け物か!もしやまたサイズアップしたのではないだろうな!」


「い、いい加減にしてください!こんな、まだ日も高いのに……!」


 いったい背後で何が起きているんだ……!『精霊眼』、お前の能力はこんなものか!?


 これで振り向いてしまえば、きっと僕の社会的な生命は終わる。だから、振り向かなくても視認しろ。自分の後ろでは今、この世の楽園が顕現している!背中にも目をつけるんだ!


 限界を、超えろ。



 ───ガチャリ。



「なんの騒ぎですか、これは」


「あっ」


 無機質な扉が開く音と共に、入室してきた2人の女性。


 片や、白いシャツに紺のロングスカート姿な有栖川教授。


 片や、紅葉色の着物を黄色の帯で締めたエリナさん。


 背後で、残念女子大生の動きが完全に停止したのを感知する。


「……アイラ」


「おっといけない!私はこれから日課のランニングだった!ババ様、また後でね!」


「そうですか。では後で『OHANASI』をしましょう」


「……ハァ⤴イ!」


 もうどっからツッコみを入れればいいかわかんねぇや。



*    *     *



 青いシャツに白のデニム姿となった三好さんが戻って来て、リビングの椅子に自分達は座らされた。


 なお、アイラさんだけ床に敷いた座布団の上で正座中である。あぶら汗が滝の様に出ているが、大丈夫かあの残念女子大生。


 ちなみに僕は大丈夫じゃない。左右に三好さんとエリナさんが座っており、気まずさがMAXだ。


 美女と美少女の間に座らされている事もあるが、さっき三好さんの痴態を見てしまったというのもある。どういう顔をするのが正解なのだろうか……。


「最近、私は忙しさのあまり孫達と触れ合う時間が減っていたと思います」


 そんなこちらの緊張をよそに、腕を組み仁王立ちした教授が淡々と言葉を紡ぐ。


「そのせいで、貴女達が淑女にあるまじき言動を人様の前でしているのではないかと、心配していました」


「あ、あの、お婆様」


「はい、ミーア。どうしましたか」


 小さく挙手した三好さんに、有栖川教授が顔を向ける。


 三好さんの頬は赤く、一瞬だけ自分の方に視線が向けられた。


「その、さっきの様な格好を普段からしているわけではなくてですね……!むしろ本来なら絶対に着ないというか……!」


 必死の弁明をする三好さんに、


「ああいった格好をする事自体は別に構いません。TPOを考えてほしかっただけです。ミーア、私は貴女がどんな趣味を持っていても、孫として愛していますよ……」


 有栖川教授が、とても慈愛に満ちた笑みを浮かべた。祖母から孫への美しい愛である。


 でもたぶん三好さんが今求めているのって、そういうのじゃないと思うなぁ!


「ぐぅ……!」


 三好さん、撃沈。長く尖った耳の先まで真っ赤にして、沈黙している。


 それに対し、有栖川教授が目をキラリと輝かせた。


 さては教授、諸々の事情わかっているな?その上で孫をからかっているのだろう。


 アイラさんほど『アレ』じゃないが、この人も意外に愉快な性格をしているのかもしれない。


「話を戻しましょう。仕事にかまけて家族と触れ合う時間の減っていた私ですが、矢川君達が冒険者として様々なデータやドロップ品を持ち帰って来てくれるおかげでこうしてまた、孫達と触れ合う余裕ができました」


 有栖川教授が、自分達を順に見つめていく。


 最後にアイラさんを見て、彼女は手を小さく叩いた。


「そこで、折角ですしあなた達の将来の為にも軽くマナー講座をしたいと思います。矢川君はまだ初回なので、簡単な所から始めましょう」


「は、はい」


 アイラさんは随分と教授のマナー講座を恐れていたが、どうにもそんなおっかない気配はない。


 むしろ柔らかい空気で、人見知りな自分でも彼女の雰囲気に引っ張られ緊張がほぐれてきた。


 ……それに反比例する様に、アイラさんと三好さんの額に汗が増えていくけど。


 自分の肩に、エリナさんが手を置いた。


「京ちゃん」


「え、なに?」


 ニッコリと、彼女が笑みを浮かべる。


「骨は拾うからね!」


「まって???」



 ───1時間後。



「 」


 机に突っ伏したまま、動く気力がわいてこない。


 疲れた。とても、疲れた。


 肉体的にはなんの問題もない。しかし精神と脳みそが酷使され過ぎた。


「い、生きているかね。京ちゃん君」


「……なんとか」


「頑張ったと思いますよ。ええ……本当に」


「ナイスファイトだったね、京ちゃん!」


「ありがとう、ございます……」


 教授は今、マナー講座に使った銀食器を片付けている。お手本として何度も綺麗な所作を見せてくれたのに、彼女自身は一切疲れた様子がない。


 脳みそが沸騰しそうである。自分の人生において、こんなにも全身の神経を意識した上で知識を詰め込まれた事があっただろうか?いやない。


 覚えやすく使い所も多いという事で、食事に関するマナーを教わったのだが……こうしてダウンしている間にも耳からせっかく入れた知識が垂れ流れている気がする。


 これ、『身についた』と言える日はくるのだろうか。


「京ちゃん君。今のうちに言っておくが、ババ様は根気強い上に凝り性だ。君が逃げ出すか、ババ様が満足できるレベルにいくまで何度でも今日と同じレクチャーは続くぞ。その後は、更に次のステップだ」


「……かふっ」


「京ちゃん!?」


 イマジナリー吐血し、一瞬意識が遠のく。


 勉強って、たいへん。





読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


Q.京太の『ホムンクルスもどき』と、『簡易魔道具』ってどう違うの?

A.結論だけ言うと、前者は『錬金術のスキル持ち』の頭に最初から入っていた技術ってだけですね。

 ホムンクルスの作成でこういう失敗をするとこういう事になるよ、という知識があり、その1つが『もどき』に関するものです。

 対して『簡易魔道具』の方は『普通に失敗する』だけでは起き得ない、『基礎研究の最中に出てくる不完全品』の一例を、同好会が知識を読み解いて発見した感じです。これは京太の持っている『本』にも載っていない物ですね。


Q.なんだ、じゃあ京太の『魔装』についている本って大した事ないんじゃん!

A.なお、流し読みでも1年ぐらいで『見習い錬金術師』を作れる分かり易さ。まあ見習い以上になれるかは本人の資質と研究年数次第ですが。








 



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― 新着の感想 ―
いやいや基礎の教本って結構すごいですよ、簡易魔道具よりも広まっては駄目なレベル高いかも
お貴族式マナーは発狂するくらい無理よね
その覚悟が決まった礼装、大変よろしいと思います! アイラさんやエリナさんが着るのもとても良いけれど ミーアさんが着てるから破壊力が倍々になりますねw
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