閑話 簡易魔道具
閑話 簡易魔道具
サイド なし
神奈川県、某所。
とある貸しビルの最上階。
「できちゃった♡」
「きっっっっしょ」
魔女狩りでもしていそうな恰好の『錬金同好会』会長と、スーツ姿で真顔な猫獣人こと山下が机越しに相対していた。
無駄に体をくねらせる会長に、山下が猫耳をげんなりとさせる。
「それで、何ですかいったい。私にだけ伝えたい重要な事って」
「おや。ちょっと私に対して対応がぞんざいになったね山下君。ギルドが大きくなって、長としての貫禄が出てきたのかな?」
「いえ。単純に変態の相手には慣れただけです」
「なるほど。つまり『 絆 の 力 』か」
「断じて違う」
取り付く島もない様子の山下に会長はヤレヤレと肩をすくめた後、懐からUSBメモリーを取り出した。
「事前に伝えた通り、オフラインのパソコンは用意してくれたね?」
「ええ。……そんなにやばい代物なんですか?」
「いかにも。使い方次第では、今の世の中がひっくり返せるかもしれないね」
会長の言葉に、山下は思わず硬い唾を飲み込んだ。
この変態は人格や倫理観こそアレな奴だが、能力に関しては社会人としても覚醒者としても山下では足元にも及ばない才人である。
そんな人物がここまで言うデータなど、本当は見たくなかった。
だが彼はギルドマスターである。ヤバいブツであるからこそ、目を通さなくてはならない。
覚悟を決めて、彼はUSBメモリーをパソコンに挿した。
そして───画面いっぱいに、とても立派な大胸筋が映し出された。
「あ、ごめん渡すの間違えた。こっち」
「ボケ挟まねぇと会話できねぇのかてめぇ」
思わず『魔装』を展開しかけながら、山下が青筋をこめかみに浮かべる。
また数本、彼の髪の毛が散った気がした。
ひったくる様に正しい方のUSBメモリーを受け取り、山下が眉間に皺を寄せながらパソコンに付け替える。
そして、内容を確認した。
「……?………んなっ!?」
一瞬、彼にはどこが特別な情報なのかわからなかった。しかし、読み進める事で書かれている事がどれだけ恐ろしい事かを理解する。
会長が言っていた事は嘘でも冗談でもなく、真実であったのだと。
「これ、本当なんですか……!」
「ああ。この様なつまらない冗談はつかないとも」
冷や汗を流す山下の問いに、会長は鷹揚に頷く。
顔を覆い隠す頭巾のせいで、彼の表情は読めない。だが、山下には会長が薄っすらと笑みを浮かべている気がした。
「我々『錬金同好会』は、簡易魔道具のレシピを作り出した。……まだ、基礎も基礎な段階だがね」
『魔道具』
それは、『ダンジョン産』と『ハンドメイド品』の2種類に大別される。前者は言わずもがな、後者は覚醒者が魔力を用い作った物だ。
このUSBメモリーに書かれているのは、そのハンドメイド品についてなのだが……問題は、その『容易さ』である。
「これまで、覚醒者が魔道具を作るには決して安くない費用と長い時間。そしてスキル、あるいは技術が求められた」
「……だからこそ、世の中に突然魔道具が溢れる事もなかった」
「ああ。それでも、『存在する』『作ろうと思えば作れる』。それだけで、投資家たちや各企業は対策を講じ、株なり何なりを転がす必要があったわけだ。ダンジョンだけではない。『生産スキル持ち覚醒者の存在そのもの』が経済に影響を与える。人の形をした、未開拓の鉱山だ」
「───そして。この技術が世に広まれば間違いなく社会は変わる。変わらざるをえなくなる」
「そうだね。なんせこれにより、『生産スキル持ち以外の覚醒者』も魔道具を安定して作れるかもしれないのだから」
山下が、パソコンの画面を見ながらくしゃりと前髪を押しつぶした。
『簡易魔道具製造マニュアル』
そんな、お堅いのかシンプルなのか判断しづらい名前がつけられたレシピ。
ここに記されている魔道具の作り方は、非常にシンプルだ。その辺の中学生だって覚醒者なら実行できる。
まず、ここに記された錬成陣を印刷する。コピー紙でも良いが、精度や出力を上げたいのなら羊皮紙や魔力を帯びた紙が良い。
そして、その上に『錬金したい物』に合わせた水晶か宝石、そして覚醒者の『髪の毛』や『血液』を並べる。『組み合わせ』は数種類記載されているが、まだ出来立ての技術なのでここから増える可能性が高い。
最後に、付属している錬成陣の解説文を見ながら魔力を流し込む。それで完成。
これだけで、『陣の上に置かれた宝石や水晶に魔法の力が宿る』と書いてあった。
「念を押すが、これは簡易的な物だよ。性能だけ見るのなら、火炎瓶でも作った方が安上がりだし安定している。レシピ通りにやっても、魔力の流し方が下手だと失敗する事があるからね」
「……それでも、レイスみたいな『魔力を帯びた攻撃でしか倒せない敵』には有効です。そして……」
「やり方次第では、テロの準備がし放題だね」
あっさりと、警察庁の『お偉いさん』らしい会長は言ってのける。
本来、火薬の材料になる物やガソリン等は購入する際にある程度の確認があるものだ。無論、店によってはその辺りが杜撰な事もあるが。
しかし、人工宝石や水晶まではそういった規定がない。なんなら、品質さえ気にしないのならそれも錬金術で用意できてしまう。
何より隠しやすい。火炎瓶やパイプ爆弾は軽いボディチェックや荷物検査でも発見できるが、親指サイズの水晶など隠す方法はいくらでもある。
「これで出来る魔道具は、使い捨てだ。定着した魔力が時間経過で剥がれてしまうから、保存期間も長くない。効果も余程条件を揃えても手榴弾には及ばないだろう。それに、『隠し持ってテロをする』なんて言い出したら、覚醒者そのものが危険物さ。空間魔法で銃火器を密輸するなり、そもそも攻撃系のスキルで辺り一面吹き飛ばすなりね」
「……それでも今の社会をひっくり返せると、貴方は思っているんでしょう?」
「まあ、そこは投資家たちや権力者たちが勝手に踊るせいというのも含むがね。単純にテロや犯罪に使う以外にも、タービンを回すのにも、医療や災害救助にだって使える。条件次第では夢と希望にあふれた『小道具』だ。世の中、金儲けのやり方なんて無数にあるんだよ」
会長の言葉に、山下は己の胸に手を置いて小さく息を吐く。
彼は冒険者だ。それ故、思考がぶっそうな方に寄り過ぎた。もっとも、メモリーに書いてある説明文にも問題はあったが。
値段:火炎瓶より明らかに高い。
時間:火炎瓶よりかかる。
効果:火炎瓶と同等か少し下。回復系も擦り傷や打ち身を治す程度。
難度:火炎瓶とあまり変わらない。
持続:発動から数秒程度。
保存:作ってから1週間ぐらいで効果をなくす。
法律:対応するものがまだない。
隠密:手に握って隠せるサイズが基本。火炎瓶より隠しやすい。
魔力:有り。霊体にも有効。
加工:難有り。傷をつけすぎると魔力を失う。
……何故基準が火炎瓶なのかは、これを書いた副会長にしかわからない。彼の過去に何かあったのだろうか。
兎に角、会長の言う通りこの技術は使い方次第で社会に大きく貢献する。
だが、それ故に経済への影響も計り知れない。
社会が良くなる可能性はあるが、『変化』とは常に犠牲をうむ。そうして割を食った者達から、恨まれるかもしれない。あるいは疎まれるかもしれない技術でもあった。
そういった面倒を、『錬金同好会』は特に嫌う。
「……3つ、質問しても?」
「時間が許す限り、いくらでもどうぞ」
「まず1つめ。貴方達は、どうやってこの技術を編み出したのですか?」
「私達の脳みそを分解してだね」
そう言って、来客用のソファーに腰かけている会長が己の頭を指差す。
「無論、物理的に切って開いたわけじゃぁない。君は、覚醒者がどうして『魔法』が使えるか知っているかね?」
「ええ、まあ。仲間の魔法使いからは、『いつの間にか魔法の知識が頭に入っていた』と聞いています。その知識に従って、魔力を運用していると」
「その通り。我々の頭の中には、どういう原理かは知らないが魔法の知識が詰まっている。学んだわけでもないのに、ね」
会長は足を組み、その上で指も組んだ。
まるで物語に出てくる探偵の様な仕草で、黒ずくめの不審者は続ける。
「ようは、『正解』や『要約した内容』だけが入っている状態だ。その魔法がどういう成り立ちをしているのかまでは、さっぱりわからない」
「……もしかして、それを読み解こうとしたのですか?」
「うむ。理想のホムンクルス嫁を作る為にね」
「………」
理由が理由だったので、山下は一瞬遠い目をしかけた。
シリアスな空気が明後日の方向へ家出しそうになる。
「我が同好会では、頻繁に勉強会を開いていてね。頭の中に魔法の知識が当たり前にあり過ぎるから、1人だと『何を疑問に思うべきなのか』さえ上手く識別できない。そこを互いにカバーしているのだよ」
「……仲間も言っていました。『この知識を持っている事に違和感を覚えられない事が、違和感』と」
「聡い子だ。『覚醒の日』から2年以上。もう『受け入れ過ぎてしまっている』人も多いというのに。そういう仲間は大切にしなさい。いや、君達の年齢的に『育てなさい』と言うべきかな?」
会長が小さく笑う。
覚醒者にとって、スキルとは使えて当たり前のものだ。理性では『不思議』と思っていても、本能が元々備わっていた機能の様に扱う。
自分が今呼吸できている事に、何故と考えられる人間はいるだろう。だがそれを継続して探求できる者は少ない。
「そうして『錬金術』という魔法の成り立ちを分解、解明する作業を行っている最中にね。完成形である魔道具作成のレシピから、あえて不完全で、なおかつ簡単な技術を形作る事に成功したわけさ」
言葉にすれば、簡単な事である。
しかし、実際に行うとなれば何と難しい事か。まず大前提として、同じ知識を持った者達が集まり、『当たり前を当たり前ではない』と論じなければならない。
知識がない者にはまず持っている情報の差で話についていけず、知識のある者はそもそも単独では疑問に思えない。
『錬金同好会』。ふざけた集団ではあるが、その熱意は間違いなく本物である。
山下は知らないが、この勉強会で中心になっているのも会長と副会長だ。大半の同好会メンバーの知力は平均的なものだが、彼らは頭1つどころか2つ3つ抜け出ている。
表社会にて、元々エリートと呼ばれていたのだ。頭脳労働に関して、会長も副会長も得意中の得意である。
性欲という強い原動力があるので、なおの事。
「……理解は出来ませんが、納得はできました」
「結構。私もこの辺を説明するには、言葉を多くしないといけないからね。詳しく説明するには、時間が少し足りない」
「では、2つめと3つめの質問です。なぜ、私にこの技術を教えたのですか?そして、貴方達は何をする気なのですか?」
飄々とした目の前の男を射貫く様に、山下は視線を鋭くする。
だがそれを子猫の威嚇だとでも言うように、会長は軽く肩をすくめた。
「2つめの質問の答えは簡単だね。君、自衛隊から色々とせっつかれているのだろう?うまい事、『錬金同好会』から有用な技術を人員ごと引っこ抜けと」
気合で負けまいとしていた山下だが、この言葉だけで視線が揺らいだ。
バツが悪そうに、少し俯く。
「……そこまで直接的な事は、言われていません」
「なら、遠回しかつ情に訴えかけるやり方で言われているわけだ」
あざける様に、会長が笑う。
「彼らも必死だね。まあ、当たり前だが。そして君はやはり交渉事が得意な方ではない。自衛隊にも腹芸が出来る奴は多いんだ。『国防』の為に動いている丸井陸将みたいな人物なら良いが、『引越し予定』な輩にまで絡まれていそうだよ。その上、山下君ではその識別もできなそうだ」
「……悔しいですが、おっしゃる通りです」
ここ最近、山下に接触してくる自衛隊員は大きく分けて3種類いる。
日本の為、今も戦う仲間の為、この国に住む家族の為、協力を欲する者。
日本を捨て、他の国に鞍替えする際の『お土産』が欲しいだけの者。
国など関係ない。ただ純粋に金儲けしたいだけのビジネスマン気取りの者。
厄介な事に、全員『誠実な自衛官』という顔で近づいて来る。そして、山下は腹芸が苦手でもないが得意でもない。
まだ20代の、入社数年で勤めていた会社が倒産したばかりの若者でしかないのだ。化かし合いで戦うには、知識も経験も足りていない。
「この情報を、直接丸井陸将に渡すと良い。そうすれば彼の派閥は多少大人しくなる。これまで通りにすり寄ってくる奴らは、全て『それ以外』と割り切れ」
「……何故、貴方がこんな事を?」
「私達もこの国に今潰れてもらっては困る。自衛隊がこの技術を使い、まだまだ持ち堪えてくれる事を祈っているよ。あとは、同盟者である君達にも長持ちしてほしいしね」
「……一応感謝します。でも本当は、貴方に直接対応してほしいんですけどね」
「やだ。めんどい。あと『錬金同好会』のトップってバレたらキャリアに傷がつく」
「こいつ……」
「その分君のギルドには恩恵があるだろう?ウィンウィンな関係だ。理想的だね」
「どの口が……」
無論この口が、と答え様としたが、会長は自分が被っている頭巾に触れて言うのをやめた。
これが副会長ならば『この口がだよ。確かめる為に尻尾を舐めよう。さあ、後ろを向いて』とにじり寄っていたかもしれない。
今日会長が1人で来たのは、実の所最近副会長が『ケモニウム不足』で暴走気味だからである。ケモニウムが何なのかは、彼以外誰もわからない。たぶんわかったら人としてヤバい。
「……さて。3つめの質問だな。私達がこれから何をするか。それはこれまでと変わらない。理想のホムンクルス嫁を作る。ただそれだけだよ」
「それだけの為に、ここまでしますか」
「するとも。三大欲求の一角を舐めてはいけない。性欲で輝かしい人生を自ら潰してしまう者など、人類史にどれだけいると思っているのかね」
「……その理屈だと、貴方達も後で酷い目にあいそうですが?」
「ははっ。なに、上手くやるさ。先人の教訓を活かさせてもらうよ」
余裕たっぷりに答え、会長は立ち上がった。
「そろそろ私もお暇しなくては。『表』の仕事は忙しくてね」
「でしょうね……」
「ああ、それと。これは君が不思議に思っているが、私に繋げられていない疑問があるはずだ。問われないから、自ら答えよう」
「……?」
会長の言葉に、山下が首を傾げる。
疑問を彼と繋げられていないというのは、どういう事かと。
「休憩室と待合室に『ドラゴン●ール』全巻を置いたのは、私だ」
「あんたかよ」
とてもくだらない疑問だった。
たしかに1週間ぐらい前から『あれ、これ誰が置いたの?』と山下含め『ウォーカーズ』内で不思議がられていたが、どう考えても先ほどの話の後に言う事ではない。
「教えてあげよう。私の普段の趣味は、『布教活動』だ。自分の好きな物を他の人にも好きになってもらうのって、良いよね」
「なんか、貴方の場合気持ち悪い理由もついていそうなんですけど……」
「安心しろ。置いて行った漫画は全て新品だ」
「新品じゃなかったらどうなっていたんだ……!」
「そして副会長の趣味も布教だったりする」
「聞いてませんが?というか『表の知り合い』には隠したいんでしょう、自分の性癖。もっと隠してください」
「安心してくれ。私は『ドラゴンボー●大好きおじさん』、彼は『動物大好きお爺ちゃん』としか周囲に思われていない」
「無駄に擬態が上手いのか……いや、単に周りの理解を超えているだけだわ」
「先ほどの表現で察していると思うが、実は副会長の方が年上なのだ。しかも一回りぐらい」
「びっくりするほど要らない情報でてくるじゃん」
「彼は凄い人だ。年下が上に立つ事を許容できる。簡単な様で、実は難しい事だよ」
「それが変態集団のツートップの話じゃなければ素直に感心できたと思います」
「あ、それと君と関り深い一柳君は地下アイドルの推し活。二宮君はお気に入りのホスト達を絡ませた後に挟まるのが趣味だ」
「深くねぇよ。仕事の付き合いですからね、貴方と一緒で」
「でも2人とも、最近出禁にされてしまったそうだ……可哀想に」
「どうでも良いっつってんだろ」
なお、一柳は推しアイドルの乳をゴーレムで再現する為に独占買いしたチケットを使ってひたすら推しに『ミリ単位で大きさを教えてください。あと感触も』と頼み込んだのが原因で。
二宮の方は金にものを言わせてホスト達に『BLとそれに挟まる女プレイ』をさせ過ぎた結果、他の客達と殴り合い寸前の大喧嘩になったせいである。
一応、2人とも警察沙汰や裁判にはなっていない。ついでに反省もしていない。
「ふっ……誰かと本音で喋れるというのは、楽しいね」
「そうやって一方的にしか喋らないから、本音を聞いてくれる人が少なくなっただけでしょう」
「……ふっ」
会長は去った。最後の一撃が思いのほか効いたのだ。
そして山下はツッコミ疲れと、USBメモリーに入っている情報の重大さに十円ハゲが拡大していた。
最後のおふざけはともかく、渡されたデータは彼の手には余る。会長に言われた通り、山下は丸井陸将に電話をかけた。この危険物をとっとと引き取ってもらいたかったというのもある。
この情報に今後の希望と不安で陸将の前髪が後退したが、それはコラテラルダメージだ。損害は軽微である。
『簡易魔道具作成マニュアル』。それが一般に公開されるのは、まだ先の事となった。
読んでいただきありがとうございます。
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