第六十二話 Cランクダンジョン
第六十二話 Cランクダンジョン
6月もあと少しで下旬に入る頃。
自分とエリナさんは、市役所に来ていた。外は高い気温と雨のせいで蒸し暑いが、建物の中は空調もあって過ごしやすい。
「合格して良かったねー、京ちゃん」
「うん。本当に……」
エリナさん達が家に来た翌朝、自分達の所に『Cランク冒険者』昇格試験の、合格通知が届いた。
面接の失敗で落とされたかと心配だったが、一安心である。両親は、素直に祝ってはくれない様で微妙な顔をしていたけど。
この書類と『Dランク冒険者免許』を手に市役所へ行けば、30分程度で『Cランク冒険者免許』を発行してもらえる。今は受付近くの長椅子で待っている所だ。
こっそりと、隣に座っている今日も大正浪漫な装いをした相方を窺う。
いつも通りな様子で、昨日の事を不快に思っている様子はない。エリナさんのお父さんについて、不用意に聞いてしまった事を気にしているのは自分だけの様だ。
「番号札、12番の方ー」
「あ、はい」
受付に向かえば、気の良さそうなおばちゃんが保護ケースに入った冒険者免許を渡してくれる。
自分の名前の隣に並ぶ、『Cランク』の文字。
物理的には軽いはずのそれが、少し重く感じた。
今日から自分は、冒険者の中で最高ランクの1人になる。だからといって、生活に何か変化がでるわけでもないのに。
免許を受け取り、必要事項の説明を受ける。その内容も、『Eランク』や『Dランク』の時と変わらない。
この重さは、ただの主観に過ぎないのだろう。
しかし、きっと忘れてはならない重さだ。
「それと、わが市でもダンジョン対策課が出来る予定でして、もしよろしければ登録を」
「あ、結構です」
訂正。ちょっとだけ内容変わってたわ。
というか、前にも勧誘があったけどまだ『予定』って。つまり碌に冒険者集まってないって事……?
うちの街、大丈夫かな……。
* * *
『いやはや。君達も随分と勤勉だ』
バスに揺られながら、イヤリング越しにアイラさんの声を聴く。
『昇格祝いよりも先に、『Cランクダンジョン』へ行く事を優先するなんてね』
やや呆れた様な声。それも仕方がない。免許の更新を済ませ、その足でダンジョンに向かおうと言うのだから。
しかし、こちらにも事情がある。
「デーモンの一件以来、ダンジョンに行けていなかったので。そろそろ冒険者業を再開しないと」
「そっすよパイセン!1日休んだら3日遅れるのが忍者なんすよ!」
「それ忍者関係ない」
あとはまあ……とても世知辛い話なのだが。
シンプルに金がほしい。
というのも、体育祭で遭遇した氾濫で『白蓮』がつけていた新品の鎧が半壊してしまったのだ。
この休養期間は、その修理期間でもあった。ダンジョンに行く前に壊れるなんて、想定外過ぎる。
だが想定外だったのは、修理にかかる費用もだ。
『700万円』
鎧のみでコレである。思わず目が点になったわ。その後、桁の数を間違えたかと『精霊眼』を疑ったほどである。
しかし、生産スキル持ちによるフルオーダーメイドだ。これでも良心的な価格らしく、血の気が引いたものである。
大山さんは『納品前だったし』と無料で修理すると言っていたが、流石に申し訳ない。この金額は、友情の域を超えている。
幸い研究室のおかげで稼がせてもらっていたから、払う事は出来た。それでもかなりの痛手だった事には変わりない。
……大山さんから、『お前の陰毛をくれるのなら半額でやるが?』と言われた時は、かなり迷ったものだ。
でも陰毛はアカンて。というか女子高生が言っちゃいけない言葉過ぎるよ。
古くからそういう毛には魔除けの効果があるというが、それはスキルが出現した現代でも同じらしい。
大昔、女性の陰毛は弾避けとしてありがたがられていたとか、強い人の陰毛は邪気を払うとか。
強い覚醒者ほど効果は強く、そして『概念干渉』のスキルもある為僕の毛はレイス系のモンスターに凄まじい特攻を持つかもしれないと、大山さんは言っていた。
だからってそれはダメだろう……。自分にも、羞恥心はある。
というか、そんな毛を使った装備誰が使うんだ。需要があるとはとても思えないぞ。
閑話休題。身売りするより、身体で稼いだ方が精神的に健康だ。今後も冒険者として頑張っていこう。
金銭以外にも、『レベル上げ』という目的も残ったままだ。
デーモンは強敵だったが、それでも『辛勝』ではドラゴンと遭遇した時に逃げる事すらままならない。
かつて地方の町を襲い、戦闘機2機から逃げ延びたドラゴン。奴のランクが『A』と定められたと、ネットニュースで見た。
求めるのは、『Aランクモンスター』と相対しても生き延びる事が出来るレベル。
先はまだまだ、長そうだ。
ストアに到着し、バスから降りる。駐車場には職員用のスペース以外車が見えず、人の気配も薄い。
中の様子は基本的に他のストアと変わらないが……ゲート室前。そこに配置されている自衛隊員の数が、通常よりも多い。
それに僅かだが魔力を感じる。全員覚醒者の自衛隊員だ。
『ふむ……レアリティは全員コモンか。レベルも全員1桁だね』
「もう。京ちゃんをスカウトした時も思ったけど、勝手に人を『鑑定』するのは失礼だよ」
『すまない、つい癖でね』
「今度やったら、メッ!てするからね」
『ハッハッハ!うん。善処しよう』
「お婆ちゃまが」
『今後このような事は絶対にいたしません』
エリナさん達の会話に苦笑を浮かべそうになりながら、更衣室に向かう。
ランクが変わり、ストアが物々しくなろうがやる事は変わらない。いつもの様に準備を整え、ゲート室へ。
受付にて、冒険者免許を提示。じっくりと顔と名前を確認された後、通された。
白いゲートを前に、エリナさんがゴーレムを取り出してくれる。
「『白蓮』」
名前を呼びながら、ゴーレムに魔力を注ぎ込み起動する。
新品同然と言えるほど綺麗になった、白い鎧。その奥でガラス製の瞳を光らせ、白蓮が自立した。
武装は以前と同じく鎖付きの鉄球である。たいへん不本意ではあるのだが、『このダンジョン』ではこれが有効そうなのだ。
本当は、正式装備の『バトルアックス』と『大型カイトシールド』にする予定だったんだけどなぁ……。
なぜ僕の理想の騎士ロボットに、蛮族全開な武器を持たせにゃならんのだ。
そういう思考が一瞬浮かぶも、すぐに振り払う。遊びに来ているのではないのだ。『道具』にそういう拘りは必要ない。
「エリナさん、準備はいい?」
「モチのロンだよ!!」
ふんす、と鼻息を出すエリナさん。彼女もいつも通りな様だと安心し、頷く。
「アイラさん。今からゲートに入ります」
『うむ。2人とも。君達が今から行くのは民間で解放されているダンジョンの中で、最高難易度のものだ。油断慢心は絶対にするなよ。レフコースやデーモンが待ち構えているつもりで行け』
「了解」
「押忍!」
右肩にエリナさん、左肩に白蓮の手が乗せられたのを確認し、ゲートへと踏み込む。
この足元が消えた様な、それなのに浮遊感のない瞬間はやはり慣れない。
すぐに、足元に硬い感触が戻って来る。それはゴツゴツとした岩肌であり、周囲を人工の光が照らしていた。
だが、照らされている範囲は自分の頭あたりまで。比較的低い位置に設置された自衛隊の明かりを頼りに、ぐるりと周囲を見回す。
でかい。
トラックが2台、余裕をもってすれ違えそうな道幅。茶色がかった岩を削ってできた様な洞窟で、足元も壁面もかなり凹凸が激しい。壁面には薄っすらと層の様なものが見えている。
そして天井。何メートルの高さかはわからないが、6メートルは間違いなくあるだろう。そんな天井には、氷柱の様に鍾乳石が生えていた。
1本1本が、長さ2メートル近くある。強度も通常のそれとは違い、鋼に匹敵するとストアの情報で書いてあった。
もしも頭の上に落ちてきたら、兜越しでも痛いでは済まないだろう。かといって上ばかり気にしていては、この歩きやすいとはお世辞にも言えない足元だと転んでしまいそうだ。
敵だけでなく、ダンジョンの地形自体に悪意がある。そう、思えてならなかった。
念のためランタンとペンライトを点け、白蓮に取り付けられた鏡を確認する。
「では、探索を開始します」
『ああ。気をつけてな』
「はい」
先頭から白蓮、自分、エリナさんの順で進む。ガシャガシャと、鎧の音が洞窟の中を反響する。
少し進んで気になったのは、臭いだった。
ダンジョン内のひんやりとした風に、動物の油や唾液の様な臭いが混ざっている。獣臭いとは、こういう臭いかもしれない。
「……京ちゃん。私、このダンジョンだと嗅覚での索敵は出来ないと思う」
「うん。だろうね……」
真面目な顔でそういうエリナさんに、頷くしかない。このダンジョン、警察犬でも音を上げるのではなかろうか。
でも貴女、そもそも聴覚と視覚メインでしょうに。ある意味普段通り索敵は任せろという、意思表示なのだろうか。
だが、そんな軽口が吐けるのも最初の十字路までらしい。
「っ、京ちゃん」
彼女が警告を発するのと、
───ズシン。
地響きの様な足音が聞こえたのが、ほぼ同時。
洞窟内を反響し、自分にはどの方角からなのかわからない。しかし、エリナさんには識別できている様だ。
「前方、カーブの向こうから1体向かって来てるよ。歩いているみたい」
「了解」
緩やかな曲線を描く道。まだ自衛隊のマーカーすら発見していないのに、先にモンスターと接敵する事になろうとは。
剣を構え、左手の指輪にも意識を向ける。
出し惜しみはしない。単体かつダンジョン内での強さなら、ここのモンスターは『レッサーデーモン以上、デーモン未満』。
己の硬い唾を飲む音をかき消す足音の主が、姿を現す。
一瞬、とても近い距離にいるのかと思った。
30メートルほど前方。カーブの先から姿を見せた怪物は、遠近感を狂わせるほどに巨大だった。
濃い緑色の体色。ギョロリとした瞳は黄色く光り、口元から覗く歯は肉食獣のそれに近い。
頭髪と髭、そして胸毛等の全身の体毛がボサボサとしており、この距離からでも悪臭を放っている。
身長5メートル前後。その数字以上に大きく感じる、筋肉と脂肪がついたプロレスラーの様な肉体。
腰布1枚だけを身に着けた巨人が、人間など丸のみに出来そうな口で雄叫びをあげる。
『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!』
『トロール』
不死身に近いとされる怪物が、天井に生えた鍾乳石の1つをむしり取る。アレが鋼に近い強度なのは、下側部分のみ。根本は普通の鍾乳石と変わらないのだから、嫌になる。
石の槌を構えたトロールが、雄叫びでダンジョンを揺らしながら向かってくる。
初の『Cランクダンジョン』探索。そのゴングが、鳴らされた。
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