閑話 赤坂雄介は考える
閑話 赤坂雄介は考える
サイド なし
高速道路を走行する車両の後部座席で、面接官の赤坂……否。ダンジョン庁所属、赤坂部長が部下と電話をしている。
走行中の車両は、盗聴がされづらい。そう言われて随分経つが、未だ現役の防諜手段である。
無論、車や乗っている者に直接盗聴器が取り付けられた場合はその限りではないが。そこは自力での戦いだ。
電話の繋がる先は赤坂が最も信頼している部下だ。彼ならば自身や周囲に盗聴器や隠しカメラの存在を許さないだろう。その為に普段から愛用の魔改造タブレットをお守りとして抱えているのだから。
──まあ、『覚醒者による諜報活動』までは流石に対応しきれないが。
『本当に大丈夫なんですか部長。暗殺者とか、屋根の上に張り付いてません?』
「ははっ。流石にいないだろう。そこまで派手な暗殺手段はしてこないと思いたいな。もしも私が殺されたら、捜査を頼むよ」
『え、僕警察じゃないんで』
部下の言葉に笑った後、赤坂は視線を鋭くさせる。
「さて……では、情報共有といこうか」
『はい。それで、例の2人はどんな感じだったんですか?結構危ない橋を渡るつもりだって、部長言っていましたけど』
「ああ、そうだね。こちらも余裕がないので、大きく踏み込んでみたよ」
本来、赤坂はもうこういった『最前線』には出ない立場にいる。しかし、動かせる人員にも、日本に残された猶予もあまりに少ない。
部下を信じていないわけではないが、それ以上に打てる手は全て打つ。そうしなければならない段階にこの国はあると、彼は考えていた。
「結論から言おう。矢川京太。彼は──」
一呼吸だけおいてから、赤坂は続けた。
「間違いなく、何も知らない。彼は英国政府となんの繫がりもないな」
力強い断言。上司のその言葉に部下は一瞬呆けた後、驚きの声をあげる。
『え、ええ!?でも部長、矢川京太は英国特務機関の幹部候補だって……』
「ああ。確かに彼は幹部候補だろう。しかし、候補は候補だ。抱え込んですらおらず、いつの日か……という程度だろう」
赤坂は今日、全力で矢川京太という1人の人間を見極めようとした。
そして、気づいたのである。
『──あれ?もしかしてこの子、マジで力以外はただの一般人?』……と。
最後の最後。彼が退出する数秒前まで、赤坂は矢川京太が気持ちよく話せる空気を作るのに全力を出した。
そしてすぐに対象が『承認欲求に飢えている』『しかし、褒め過ぎれば怯えて引っ込む』と見抜き、丁度良いラインを見極めて会話を続けたのである。
京太は面白い様に赤坂の掌の上で踊った。口八丁手八丁で他国の外交官たち相手にのらりくらりと立ち回ってきた彼の腕は、まだ錆びついてはいない。
面接開始10分ほどで、対象の本質を見抜いた赤坂。彼は、先の疑念を確信に変える為に京太が退出する寸前で鎌をかけた。
『日本へはどういう目的で来たのですか?インビジブルニンジャーズ』
無論、京太が日本生まれ日本育ちな事を彼は知っている。そのうえで、彼の反応を赤坂は確かめようとした。
返ってきたのは、普段他人とあまり喋らない少年が、距離感を間違えて放ったジョークもどき。
赤坂のミスと言えるのは、ほんの一瞬。常人の動体視力では気づけない様な短い時間、閉口してしまった事だろう。
ある違和感が、彼の中で芽生えた故に。
「『精霊眼』とは、やはり厄介なスキルだね。一般人の少年に、表情の変化を視られてしまうなんて」
『え、ええ……本当の本当に、ただの一般人なんですか?』
「ああ。無論、私が騙されている可能性はあるがね」
『いや、僕の知っている範囲で部長を騙せる奴とか、浮かんでこないんですけど……』
「それは君の交友関係がまだ狭いだけさ。私とて、失敗はする。なにより、精神に影響を及ぼす類のスキルを使われたらどうしようもない」
赤坂のリアクションを見て、京太は面接中にダダ滑りした事に気づいて逃げる様に退出した。あまりの逃げっぷりに、赤坂含め面接官たちも反応が間に合わなかったほどである。
だが、おかげで彼は確信できた。矢川京太と、『MI6』との間に繋がりはないと。それにしては、あまりにも誤魔化し方が下手過ぎる。何より、赤坂側になんのアクションも起こっていない。
あの国が『本気』なら、自身はこうして部下に電話など出来ていないと赤坂は確信している。
「林崎エリナの方も、工作員の類ではないね。彼女は逆に『鍛えられすぎている』。それも、変な方向に」
『変な方向に?』
「……まあ、私の予想が当たっているのなら、これは彼女個人やその家族友人が向き合うべき問題だ。あるいは、問題ですらないかもしれない事だ。無関係な大人が、とやかく言う事でもない」
『部長。情報共有って言っていたのにはぐらかさないでくださいよ……』
「すまない。だが、本当に林崎エリナも潔白だろうさ。そして……恐らく、『インビジブルニンジャーズ』という秘密結社自体、我々の勘違いだったかもしれない」
『ええ!?』
赤坂の言葉に、先ほど以上に部下が大声をあげた。
思わず部長がスマホから耳を少し離す。
『そんな、あれだけ英国の暗躍だぁ、って部長言っていたじゃないですか!?』
「すまない。しかし、そうとしか考えられないんだ。その方が、辻褄があう」
彼は、淡々と語りだす。
有栖川教授は考古学者であり、今はダンジョンに残された文明の欠片を追っている事。
そしてその為にダンジョン内を探索できる人員が欲しく、血縁である林崎エリナを雇い、更に彼女の学友である矢川京太達を手元に置いた事。
英国に送っている手紙やダンジョンの品も、ただ単に大学教授としてスポンサーへの連絡や、親戚付き合いの延長でしかない事。
それらの予測を、赤坂は部下に告げた。それは、細かな部分こそ違えど概ね正解である。
『なんだぁ。じゃあ全部杞憂だったんですね』
「ああ。今後は、彼らへの警戒は『ただの強力な覚醒者集団相手』というものだけで良いだろう」
『それ、十分大変なんですけど』
「違いない」
『でも、矢川京太や林崎エリナがあくまで教授の雇ったバイトみたいなものだって言うのなら、日本でどうにか囲い込みたいですよねー』
「そうだが、生憎と振る袖がない。うちも自衛隊も、予算不足で常に火の車だよ」
『世知辛い世の中ですよ。まったく』
「次の予算会議に期待するしかないな」
部下と苦笑し合い、背もたれに身体を預けて。
──赤坂の中で、矢川京太が去っていた時に芽生えた違和感がうずきだす。
何かを、見落としている気がした。
スマホを片手に、彼の眉間に皺がよっていく。あの時、京太に見咎められてしまった表情の変化。そんなミスを犯すほどの強い違和感。
それを言語化しようとして、赤坂は己の顎に手をやった。
「………」
『どうしたんですか?部長』
「いや……何かが引っかかってな……」
赤坂は脳内で、一度解けたはずの点と線を再び繋げ始める。
なにか、『当たり前』の事を見落としている。そう感じたのだ。
「……幹部候補では、あるはずだ」
『はい?』
「矢川京太は強力な覚醒者だ。それは間違いない。林崎エリナも希少なスキル持ちだ。英国とて、喉から手が出るほどに欲しい人材と考えていいだろう。いずれは、何らかの組織に組み込むつもりのはず。……なのに何故、『インビジブルニンジャーズ』という組織が存在しない?」
そもそも、ここまで矢川京太に英国が関わっていないのがおかしい。
彼は、内面はともかくその力と戦歴は『特別』だ。
彼より強い覚醒者はいるだろう。彼より修羅場を潜った者もいるだろう。
だが、その様な者達は両手の指で足りる程度しかいない。そして、その全員が外国からの引き抜きを仕掛けられている。成功の是非は問わず、必ずだ。
これまでは、既に秘密結社の一員として紐付きだと考えられていた。
しかし、『インビジブルニンジャーズ』がただの勘違いだとしたら……何故、英国は彼に接触していない?
下手に刺激をしない範囲で、赤坂も公安も彼の周囲を探っていた。しかし、彼らに他国から接触があった痕跡は見られない。それも英国の暗躍だと思っていたが……こうなると、そもそも彼らが動いていなかったと考えるのが妥当である。
では、何故英国は矢川京太達を放置しているのか。
有栖川教授に遠慮しているから?ありえない。あの国はむしろ、彼女の伝手を利用して引き抜きに動くはずだ。
覚醒者やダンジョンという存在は、近いうちに国家間のパワーバランスに大きな影響を与える。そう、各国の専門家は結論を出していた。
──確かに、覚醒者1人よりも軍隊の方が強いだろう。
では、覚醒者の軍隊があったら?そうでなくとも、人間サイズの戦車の活用法など、良くも悪くも山ほどある。既存の戦術が、通用しなくなる日は近い。
そもそも覚醒者が現代兵器で武装し、軍隊となった可能性を考慮すべきである。
──ダンジョンの品は不可解な部分が多く、安定して使えない。
では、研究が進んで安定して使える様になったら?発電や食料問題の改善。インフラの在り方の変化。立ち回り次第では、後進国と先進国の立場が入れ替わるかもしれないほどの劇薬となり得る。
ダンジョンによる被害は大きいが、それが未来にもたらす恩恵は計り知れない。
今はまだ、『インターバル』に過ぎないのだ。『覚醒の日』からまだたった2年と少し。未だ黎明期であり、変化の波は勢いを増していっている。
そうして世界に生まれた新しい高波を、英国が軽視するだろうか?むしろ、積極的にイニシアティブをとりに来そうなものなのに。
あるいは、この状況でも自国の利益に繋がっているから、放置している?有り得なくはないが、それにしては首輪が少なすぎだ。
それこそ、別の国が矢川京太に接触し現状より彼が気に入る条件や環境を用意して、確保してしまうかもしれない。
赤坂部長は見抜いていた。矢川京太が『コミュ障童貞』である事を。『女性経験がない学生らしく、かなり惚れやすい性格』だという事も。
もしも彼にハニトラが仕掛けられたら、罠と気づいても『ちょっとだけ……ワンチャン、ワンチャンガチの出会いかもしれないから!』と引っかかるに違いない。
赤坂部長が『インビジブルニンジャーズ』という組織が存在しない事に気づいたという事は、他の誰かも気づく可能性があるという事。そうなれば、米国も中国も、あるいはまた別の国も彼らの獲得に動き出す。
『インビジブルニンジャーズ』という『虚構の盾』が機能を失うのも、時間の問題だ。
英国は何を考えているのか。それが読み取れない。
もしも……もしも、かの国が『別の事にリソースを割いている最中』なら?
それは、いったい何を……。
「……また、睡眠時間を削る必要があるか」
『ですねー。じゃあ、せめて車での移動中は寝てください』
「……そうだな。すまないがそうするよ」
『はーい。じゃ、失礼しまーす。……マジで、休んでくださいね。今部長に倒れられたら、たぶんこの国やばいですよ』
「ああ。お互いにな」
通話を終えてスマホをしまいながら、赤坂部長はため息を1つ吐いた。
部下からの言葉に頷きはしたが、まだ眠るわけにはいかない。彼はもう1つの疑問に思考を進める。
「有栖川教授……貴女は、どこまで知っている……?」
矢川京太達がここまで他国からの干渉を受けなかったのは、既に英国の紐付きだと判断されていたから。
しかし、それがないとして……この『盾』を作ったのは誰か。
周囲が勝手に勘違いしていただけか、子供たちの厨二設定が偶然噛み合っただけか……。
あるいは、全てを知った上で物事の流れを見ている者がいるのか。もし、そうだとしたら、その可能性が一番高いのは……。
謎が解けたかと思えば、謎が増えてしまった事に赤坂部長は再度ため息を吐く。
そして、前のめりになり運転席に顔を寄せ。
「悪いが、途中でエナドリと胃薬を買っていきたい。ドラッグストアに寄ってくれるか」
彼の1日は、今日も長くなりそうだ。
* * *
赤坂雄介。部長自らが動き、矢川京太達の『本質』をいち早く見抜いたが故に生まれた新しい疑念。
それに彼が気づいたこの瞬間が日本の未来を変える分岐点だった事を。
まだ、誰も知らない。
あと有栖川教授も英国の動きとか本気で知らない。完全なとばっちりである。
読んでいただきありがとうございます。
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Q.赤坂さんの勘違いもう解いちゃうの!?
A.だって今作勘違いものじゃないし……なんならこのルートだと赤坂さんと京太の関わりって薄いし……。
なお、『インビジブルニンジャーズ』への疑念が消えた代わりに有栖川教授への疑いが強まった模様。
赤坂さん
「有栖川教授……貴女は英国の動きを、どこまで知っているのですか……?」
有栖川教授
「なにも知らんが?」