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第六十話 甘く痺れる様な

第六十話 甘く痺れる様な





 刑の執行、もとい教授&エリナさんの来訪が決まってしまった日から2日後。


 件の自称忍者と共に、自分は県庁までやってきていた。


 というのも、『Cランク』への昇格試験の為である。平日という事もあって電車も空いており、街の賑わいも少しだけ落ち着いていた。駅からバスを使ったけど、そちらも空席が目立つ。


 こう思うのは不謹慎だが、学校が夏休みの前倒し中で良かったかもしれない。相手方から指定された期間のうち、一番人混みのない日を選べたのだから。


 どうも、人が多い場所というのは苦手である。この眼は、少しばかり『見え過ぎてしまう』から。


 バス停に降り立ち、周囲を軽く見回す。たしか、県庁への道は近くのコンビニを右に曲がったはずだが……。


「むふー。いよいよだね京ちゃん。私達『インビジブルニンジャーズ』が『Cランク』デビューするのも!」


「その名前を外で言うのやめようね。ほんと」


「はーい。忍者……だもんね……!」


「もうそれでいいわ」


 顎を親指と人差し指で挟みながら、目を輝かせてドヤるエリナさん。


 朱色の着物に黒い袴姿な彼女は、顔もスタイルも良いのでかなり絵になる。つまり、立っているだけで注目を集めるわけだ。


 というか、『大正浪漫な恰好をした金髪美少女』なんてどこに居ても目立って当然である。


 そこのキッチンカーのお兄さんとか、本当にわかりづらいけどチラチラこちらを見ていたし。『インビジブルニンジャーズ』の名前を出した時には、一瞬だけ目を見開いていた。


 ほら、今も目が合ったし。『精霊眼』でなければ見逃してしまいそうな短い時間だったけど、確かに自分達を見ていたのである。恥ずかしいったらありゃしない。


 どうにか愛想笑いを浮かべ、歩き出す。エリナさんも隣で鼻歌まじりに歩いており、機嫌が良さそうだ。


 ……これ、ワンチャン……で、デートって事にならない?ならないか。そっかぁ……。


 自問自答じみたセルフツッコミで勝手にへこみながら、バス停から歩く事1分ほど。県庁にたどり着き、受付で名前と要件を言ってからエレベーターに。


 緊張から小さく深呼吸をしたら、ふわり、と華の香りが鼻孔をくすぐった。


 いつの間にか、エリナさんがすぐ傍でこちらを見上げている。


「え、エリナさん?」


「京ちゃん、緊張してるの?」


「え、ええ。まあ……はい」


 今は別の意味で緊張しているが、それを悟られるのが恥ずかしくて視線を逸らす。


「筆記試験は簡単な問題だけらしいし、面接も前科とかなければ軽い確認だけだって話だよ?」


「まあ、そうらしいけど……」


 ネットで調べた時、確かにそんな事が書いてあった。しかし、簡単な試験だからこそ失敗した場合を考えて余計に心配してしまう。


 アイラさんやエリナさんに、その事をからかわれるのは良い。だが、呆れられたくない。見捨てられたくない。


 自分が、矢川京太が家族以外にもつ『他者との繋がり』は、彼女らあってのものだから。


「うーん。じゃあね、京ちゃん!魔法をかけてあげる!」


「……?空間魔法でカンニングとかは、ダメだと思うけど」


「そういうんじゃないよ!」


 両腕をパタパタと振ったかと思えば、彼女がこちらの手を握ってきた。


「ぇ……」


「こうして誰かに手を握ってもらっているとさ、落ち着くでしょ?私も昔、ママにやってもらったんだー。緊張していた時じゃなくって、寂しかった時だけど」


 にへら、とした。いつも通りの笑み。


 それが至近距離にあって、その上自分の手を包む彼女の温もりまで感じられて、自然と耳が熱くなった。


 先ほどまで緊張で息苦しくなっていたのに、今は別の理由で呼吸がしづらい。でも、それが不快じゃない。


 心臓の音が耳元で鳴り響いているんじゃないかってほどにうるさくて、危うくエレベーターが目的の階に到着した音を聞き逃す所だった。


「よっし、行こう京ちゃん!勝ち戦も同然だよ!」


「あ、あの、手……手を、はなし、て……!」


「うん?もう落ち着いたの?」


「……はい」


 蚊の鳴く様な声で答えれば、満面の笑みを浮かべるエリナさん。


 離れた彼女の手が、ちょっとだけ名残惜しい。


「良かった!また不安になったら言ってね、京ちゃん!」


「……うん」


 赤くなった顔を見られたくなくて、握られていた方とは逆の手で口元を隠す。


 だって、まだ温もりが残る方の手で己の顔に触れるのが……たまらなく、恥ずかしかったから。


 エリナさんの後に続き、試験を行う部屋に向かう。


 思った以上にエレベーターから近い。


「……ようこそいらっしゃいました」


 今にも舌打ちしそうな顔をしたおばさ……お姉さんが、部屋の前にある受付からこっちを見ていた。


 ……なんか、すみません。


 内心で頭を下げるも、口に出して言ったら本気で怒られそうだったので表には出さない様にした。


 お仕事、お疲れ様です。



*    *     *



 筆記試験と面接を終えた後。駅近くのファーストフード店にて。


「そう落ち込みなさんな。人生長いよ、京ちゃん!」


「………」


 我ながら死んだ目で虚空を見上げていた。


 やらかした。思いっきりやらかした。


 筆記試験は、前評判どおり簡単だったので問題ない。たぶん、全問正解だと思う。少なくとも合格点はあるはずだ。名前の書き忘れとか記入欄のズレとかがないかも、しっかり確認したし。


 問題なのは、面接の方。


 県のダンジョン対策課という部署の人達が4人いる部屋へ、1人ずつ入る形式だった。


 まあ、そもそも今日昇格試験を受けたのって僕らだけだったけど。それは今どうでもいい。


 とにかく、エリナさんの後に自分も部屋に入ったのである。きちんとシミュレーション通り、ノックとか挨拶とかを忘れずに。


 面接官の人達は、とてもフレンドリーな人達だった。特に『赤坂』という男性は凄く話し上手かつ聞き上手な人で、自分にしてはかなり饒舌に喋っていたと思う。


 そうして、少し調子にのってしまっていたのだ。


 何事もなく終わるはずだった面接。和やかな空気の中、自分が席を立った瞬間。


 赤坂さんが、何か話しかけてきた。


『Why■■■■■■s……■■■■■──』


 英語である。そうだったという事しか、わからない。


 非常に流暢なその問いかけは、先ほどまで変わらぬ笑顔で発せられた。だから、自分は咄嗟に冗談めいた声でこう返したのである。


『アイキャンノットスピーク、イングリッシュ』


 へったくそな英語だと、我ながら思う。そりゃあもうわざとかってぐらい、カタコトの発音。


 でも直前までの空気的に、問題ないと考えていたのだ。



 赤坂さんの表情が、一瞬……ほんのコンマ数秒だけ、消えるまでは。



『精霊眼』でしか捉えられない短い時間。だが、アレは間違いなく『なに言ってんだこのガキ』と思われたに違いない。瞳に浮かんだ敵意めいた感情を、この眼は見逃さなかった。


 自分はすぐに腰を深く曲げて頭をさげ、逃げる様に退出した。今思い返すと、この対応も良くなかったと思う。


 きちんと面接官の人達へ頭を下げたら、扉の前でまた一礼しなきゃいけなかったのに……!その辺が、まったく出来ていなかった。いや、そもそも失礼な返しをした謝罪とかも……。


 終わった。これは面接で落とされるに違いない……。


「そんな気にしなくて良いと思うけどなー」


「そうかなぁ……そうだといいなぁ……」


「どんな失敗したのか知らないけど、よっぽどの事がないと落とされないらしいよ?万一落第だったとしても、また受ければ良いんだし」


「……うん」


 頷き、いい加減目の前の食事を食べるとしよう。せっかくの出来立てが冷めてしまうのは、勿体ない。


 手を合わせて『いただきます』と言った後、紙の包装を解いてハンバーガーにかぶりつく。


 うん。変わらない美味しさだ。


 ちらり、と。エリナさんの方を見る。


 いつも声か顔か動きが騒がしい彼女だが、食事中は、というか口に物が入っている時は静かだ。


 速いわけでも、遅いわけでもない食事ペース。そうしてただ黙々と味わう所作は、不思議と気品を感じる。


 たぶん、細かな動作や食べる時の姿勢が綺麗だからそう思うのだろう。偶に思うが、この人育ちは良いんだよな。きっと。


 そうして静かに食事を終えた後は、


「さあ京ちゃん!せっかくだし遊んでから帰ろう!そうしよう!!」


 いつものやかましさが戻ってくるのだが。店を出てすぐ、これである。


「ええ……いや、何を……?」


「映画を見るとか、ゲームセンターに行くとか、本屋さんを巡るとか!そういう感じだよ京ちゃん!アーちゃんやシーちゃんとはした事あるけど、京ちゃんとはまだだもん!」


 ふんす、と。腰に手を当てて胸を張るエリナさん。


 強調されたお胸様から少し視線を逸らしながら、答える。


「まあ、いいけど……」


「ようし、じゃあ早速だし映画を見に行こう!お勧めの映画が今やってるんだぁ」


「え、ちょ」


 そう言って、彼女が自然な動作でこちらの手を握ってきた。


 エレベーターの時も感じた、柔らかで温かな感触。ダンジョンで転移する時とは違う、籠手などの阻む物がない直の接触。


「また、手……!」


 頬が熱くなるのを感じるが、彼女が気にした様子もない。


 こちらを振り返る顔は、子供の様に無邪気な笑顔だ。


「さ、行こう京ちゃん!実はチケット買ったりポップコーン買ったりだと、あんまり時間の余裕がないんだ!!」


「……うっす」


 どうにかそう答え、彼女の歩調に合わせて足を動かす。


 その間……この手を振りほどく気には、なれなかった。


 周囲からの視線が恥ずかしいのに。彼女の手の温もりで頭が変になりそうなのに。


 どこか、この時間が甘く痺れる様で……。


「京ちゃん京ちゃん!この映画だよ!私のお勧め!」



『時をかけるサメ~超古代スペースメカシャークVS7人の忍者~』



 ないわー。


 この後行ったゲーセンも本屋巡りも楽しかったが、この映画だけは時間を無駄にしたと断言できる。


 ……画面をキラキラとした瞳で見つめるエリナさんの顔は、眼福だったけど。






読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。励みになっております。創作の原動力となっておりますので、どうか今後ともよろしくお願いいたします。


Q.今回の話だけ京太のコミュ力改善されてない?

A.面接の赤坂さんのコミュ力が化け物+今話中の京太は9割浮かれポンチ状態だったからですね。





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― 新着の感想 ―
>『時をかけるサメ~超古代スペースメカシャークVS7人の忍者~』 逆に気になるぅ〜見てみたいっ!
エリナさんかわいいなー、あまりにも善良過ぎる。 何言ってんだこのガキ いや、お前が何言うとんねん、外資の入社面接じゃあるまいし日本で、日本にしかないダンジョンに潜る、日本人相手に、何で英語で面接すん…
更新ありがとうございます!今回も面白かったです! 溜めてから読もうと思ってても、更新されたらついつい読んでしまいます……!
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