第四章 プロローグ
第四章 プロローグ
6月の中旬。雨がしとしとと降り、空気がむわりとした熱さの中。
自分は平日の昼間なのに自室でゲームをしていた。
サボりでも不登校でもない。うちの高校が現在、休校中なのである。
体育祭の日にあった氾濫で、何人もの教員や生徒、保護者が死亡。重傷者も多く、校舎自体も破損。とてもじゃないがすぐに学校を再開させる事は不可能だった。
そんなわけで、夏休みが前倒しとなったのである。本来7月の下旬から8月の末までだった休みが、6月の中旬から7月の下旬になったわけだ。
ちょうど、他の高校が夏休みに入る頃に授業が再開される予定……らしい。
そう、『予定』ではそうなんだが……。
『おや京ちゃん君、考えごとかな?』
「まあ、はい」
『おいおいあっさり認めてくれるじゃないか。私との熱いバトルの途中だろう?』
「画面端で嵌められて動けねえんですよこっちは」
視線の先。アイラさんから借りたのではない、自分で最近買ったゲーム機。
その画面上では、自分の操作キャラが壁際でひたすらぶん殴られていた。くそったれな事に、ボタンをどれだけ押そうが反撃できない。
『はっはっは!いやぁ、すまないね京ちゃん君。私が強すぎるばっかりに!』
『ファイトだ京ちゃん!諦めるな!頑張れ頑張れ頑張れ!黄金の右を見せてやれぇ!』
「もしやエリナさん、このコンボから抜ける方法を知っているのか……!?」
『……気合だ!』
「そんな気はしたよ」
『フィニぃぃぃッシュ!!』
容赦なく吹っ飛ばされる僕のキャラ。そしてめっちゃ屈伸煽りしてくるアイラさんのキャラ。
『ふっ、また勝利を積み重ねてしまった……』
「うっっっぜ」
念話越しにでもドヤ顔しているのがわかるわ。
「せめて屈伸煽りする癖はやめた方がいいですよ」
『はーっはっはっは!敗者の遠吠えはいつ聞いても酒を美味くするものだねぇ!』
「そんなんだから友達少ないんですよ」
『突然クリティカル出すのやめてくれない……?』
「すんません」
あらやだ死にそうな声してる。
『そんな事より次は別のゲームしよー!』
『そんな事って言った?ねえ私の心の傷を見て?脳漿飛び散ってるよ?』
「死んでた」
『『松尾レース』やらない?』
『やる~』
「驚きの再生速度」
ゲーム機を操作して『松尾レース8』のスタート画面に移動しながら、小さくため息をつく。
『どうしたんだい京ちゃん君。恋のお悩みかい?』
「違います」
『そんな京ちゃん!?誰よその女!!』
「違うつってんだろ」
『じゃあ男なのか!?』
「黙れ」
『はい』
というか、アイラさんはともかくエリナさんは同じ悩みを抱えていないのだろうか?
「学校の事ですよ。再開、いつになるのかなって」
なんせ、彼女は自分と同じ高校に通っているのだし。
このまま再開できず、廃校とかは勘弁してほしかった。転校とか面倒過ぎる。
『おや、京ちゃん君ってばそんなに学校が好きだったのかい?いや、合法的に女子高生の制服姿を見たい気持ちはわかるけども』
「僕をなんだと思ってんですか。あと学校は嫌いです」
『性欲魔人。そして学校は好きでないと。なら別にそこまで気にしなくていいだろう?』
『再開は7月の下旬って話じゃないっけ?』
「いや。予定ではそうなんだけど、予定通りにいくのかなって。校舎のあちこちがぐちゃぐちゃだし」
残念女子大生の僕に対する評価はいったんスルーする。祝勝会の事を思い出すと否定しきれないので。
エリナさんのバニー姿も、アイラさんのスケベチャイナ服も大切な思い出です……!
話を戻すが、デーモンの攻撃のせいで校舎はボロボロだ。半分ぐらい瓦礫で埋まっている教室もある。
国の基準だと確実に『学校として運用するのは不可』な状態だ。
『ああ、京ちゃん君が頭から突っ込んだり壁に剣を突き刺したり踏み砕いたりしていたものな』
「全てデーモンのせいですね。間違いない」
『いや否定はせんが』
法的にも自分は無罪だからセーフ。
……いや、本当に修理費とか請求されなくって良かった。アイラさん所の研究室には稼がせてもらったが、それでもあれだけの破損を直すとなったら足りんぞ絶対。
最終手段『錬金術で直す』も、固有スキルがバレるリスク以前に建築の知識なんてねぇし。そこまで専門的な物はネットにも転がっていないだろう。
ただまあ、逆を言えば建築関係の知識を持った魔法使いや錬金術師なら、工事期間を大幅に短縮する事は可能なのだ。故に、建物の方は案外大丈夫かもしれない。予算があれば、だけど。
しかし問題はもう1つ。
「それに、生徒や教員のトラウマとかもありますから……」
『まあ、原因のダンジョンがかなり近いから余計にね』
「はい……」
レッサーデーモンどものダンジョンは、学校から約3キロの場所にある。避難区域ではないので、学校は校舎の修理が終わり次第法的には再開可能だ。
しかし、人間の心を短期で癒す事は出来ない。
『そう言えば、生徒達はカウンセリングへ積極的に行く様学校から言われていると聞いたが』
「順番待ち状態らしいですよ。無理もないと思いますけどね」
それだけ、心の安寧を取り戻したい人がいるのだ。自分とて、あの日の光景はあまり思い出したくない。
目の前で人が死ぬのは、かなりきついものがある。オークの氾濫やケンタウロスの氾濫で死体は沢山見たが、人が死ぬ瞬間を近くで見たのは初めてだった。
後になって冷静になればなるほど、戦闘中やその直後に溢れ出ていた脳内麻薬が消えて、胸の奥に『なにか』が重くのしかかる様な不快感を覚え始める。
きっと、これは罪悪感だ。自分は生き残った事。自分達だけが抗う術を持っていた事。そして、助けられなかった命がある事。
理屈では自分に責などないとわかっているのに、人の感情というやつは、自分自身の事だろうと制御が難しいものである。
何がアレって、このまま『悲劇の主人公』みたいな思考が出来ればまだマシだろうに。飯を食えば美味いと感じ、美女のスケベな姿を見れば下心が起き上がり、ベッドで横になればぐっすり眠れる。……悪夢を見ない日は、だけど。
我ながら中途半端なものだ。意外なほど日常に戻っているのに、時々思い出したみたいに吐き気がこみ上げてくる。
自然と、またため息が出ていた。
『準備できたよー!レースしよう!!』
「元気ですね、本当に」
『ん?だって悩んでも仕方ないし。それにほら。工事が遅れても、きっと別の高校とか貸しビルとか借りて授業は再開すると思うよ!もしくはオンライン!今は短い夏休みを楽しまなきゃ!』
「メンタル強すぎでしょ……」
『まあまあ。暗い話を続けても、事態は変わらんよ。ほら、今は難しい事なんて忘れて遊びほうけようじゃぁないか。せっかく平日の昼間から遊べるんだからね!』
「……あれ。そう言えばアイラさん。今日授業とか良いんですか?」
『この時間は講義がないからねー。研究室の方も、君達のおかげで私のタスクは十分できているし』
「はあ」
『うちの研究室でダンジョンに入れるのはババ様だけだが、当然あの人だけじゃデータ集めなんてしてられない。何より忙しいからね。そこで色んな映像やドロップ品を集めてくれる君達は、本当に良い手足だよ。そして君達をスカウトし、サポートしつつ情報を纏める私の株も上がるのさ』
「まあ、遊ぶ時間があるなら良いですけど」
『ふっふっふ。私は自分の興味がある事しかやりたくないからね。研究室への貢献は十分しているから、面倒な部分は他の学生にお任せしているのさ。おかげでこうして時間の余裕がある!』
「だから大学に友達いないんですね」
『ふっふっふ。……ぴえん』
『泣いちゃった』
「すんません」
『私は人より仕事の速度が速いだけだもん……ちゃんとデータを纏めたり資料作ってるもん……サボってないもん……』
「いや、本当にすみませんでした」
『ぐすんぐすん……京ちゃん君が女装して膝枕してくれながら『お姉さま』と言ってくれたらこの心の傷も癒されるのになぁ』
「はっはっは。ナイスジョーク」
『冗談じゃないが?』
「冗談にしねぇとしばくぞって意味です」
『ヒェ』
『わぁ、ドスのきいた声だぁ」
僕に女装癖はない。ないったらない。
あの日の事をネットで軽く調べたら、自分の事を本気で『謎の美少女メイド』とかぬかしているブログがあったのだ。
女装した自分に対する劣情が書かれていた時は、背中に怖気が走ったほどである。
『ええい!だったら愚痴る!私は愚痴るぞぉ!!』
『京ちゃんどのコースが良いってある?』
「あ、じゃあ大江山サーキットで」
『ね゛え゛聞゛い゛でよ゛ぉおおお!!ミーアがさあ、最近冷たいんだよぉ!電話やメールしてもね、あんまり構ってくれないんだ!』
「はぁ。ちなみに、三好さんとはどんな事を話しているんですか?」
『お風呂入る時はどこから洗うのとか。今日の下着の色とか』
「訴えられないだけありがたいと思え」
『だって出来ればお揃いにしたいし……』
「シンプルにキモイです。家族間でもセクハラってあるんですからね……?」
『くすん。私は寂しい。今夜もレンゲにミーアの昔の服を着せて抱き枕にするよ……』
「警備用ゴーレムに何させてんだ。あと流石にヤバいですよ、人として」
『おや、嫉妬かい?かっー!私も罪な女だなぁ!』
「罪の意味がちげーよ」
『でも先輩も満更でもないっぽいよ?』
「聞きたくなかったそんな事」
諸事情により拗れた姉妹なせいで、修復した関係まで拗れてない?大丈夫か、アイラさんと三好さん。
『京ちゃん君も私のパンツが気になってしょうがないのかぁぁい?このムッツリさんめ!まあ?君の態度次第では?教えてやらん事もないがぁ?お願いしますアイラ様とお願いし』
『そうなの京ちゃん?パイセンの今日のおパンツはライトグリーンに白いリボンがついたやつだよ!』
『待ってエリナ君。待って。本当に教えるのはお願いだから待って』
そうか……ライトグリーンか……リボンつきの。
内心でエリナさんに感謝を捧げつつ、少し気まずいので話題を変える。
「そう言えば、悩みと言えばもう1つありました」
『なんだね。ちなみに私は重戦車タイプの牛車でいくぞ。重さ極振りだ!タックルで他の牛車を弾き飛ばしてくれる』
『なら私は速度だぁ!!忍者とは……素早さなり……!!』
「あんたらそんな極端だからよくコースアウトするのでは……?」
自分も牛車のカスタマイズを終え、準備を済ませる。
『それで、どんな悩みだい?今度こそ恋のお悩みかな?』
『誰よその女!!』
「天丼はやめなさい。いえ、悩みと言っても大した事じゃないんですが……両親が、『覚醒者になる為の修行をする』とか言い出しまして」
『あー』
両親が氾濫に巻き込まれたのは、この前で2回目。両方とも息子とその友達に助けられた事を、どうやら気にしているらしい。
戦いなんて適材適所だと思うのだが、親としての愛情とプライドの問題なのだろう。
理由はわかるのだが、諸手を挙げて喜べる話でもない。
「覚醒修行?とかいうのって、どこも胡散臭いじゃないですか。聞いた話、ああいうのって9割詐欺でしょう?残り1割も、偶然みたいなものだし」
『まあ、そもそもどうやったら覚醒するのかも曖昧だしね』
世の中には、『うちで修行すれば覚醒者になれる!……かも』とか『この方法で貴方も覚醒者に!※個人差があります』みたいな。そんな宣伝は溢れている。
非覚醒者による覚醒者への虐めなんかが社会問題となっているが、そもそも非覚醒の人も覚醒できるのならしたいのが大多数の本音らしい。
そんなわけで、世の中には怪しい広告や謎の飲料が流行っている。
「でも民間のじゃなくって、『国がやっている所なら』って両親は考えたみたいで」
『……む』
「最近テレビで見る、『国立覚醒支援センター』に通ってみようかって話になってるんです」
『国立覚醒支援センター』
日米で協力し、覚醒者になるプロセスを研究、提供する機関らしい。この前出来たばかりの、実績なんて当然ない所である。
国がやっている事なのでそこまで疑いはしないが、人間誰だってミスはするものだし、100%信じられるわけでもない。開設して間もない施設なので、『うっかり』があるかもしれないのだ。故意か事故かは、別としても。
碌にどういう場所かわかってない今は、両親に関わってほしくない取り組みである。せめて、もう暫く様子を見てからにしたい。
『………』
「変な修行方法で両親に何かあったら嫌ですし、不安なんですよねー」
『……そうだね。しかし……いや、そこまであからさまな事も……だが京ちゃん君のレベルを考えると……』
「アイラさん?」
突然なにかブツブツと言い出したアイラさんに、疑問符を浮かべる。
『ねえねえ京ちゃん』
「はい?」
『京ちゃんのパパさんとママさんは、そんなに覚醒者になりたいの?』
「そうみたい。僕は、危ない所には行ってほしくないんだけど……。そこは、お互い様だから反対しづらいしさ。何より、覚醒者ってだけで生存率が上がる場合もあるから」
うちの学校に通う覚醒者は、実は僕達だけではない。2年生や3年生にもいる。会った事もないし、名前も知らないけど。
しかし、その人達があの時自身の身内だけ連れてすぐあの場を離脱したという噂は聞いた。はっきり言って、羨ましい。僕だって逃げられるのなら逃げたかった。
両親も覚醒者だったら、もしも同じような事が起きた時すぐに逃げられるかもしれない。
そんな事を考えつつ、画面上でアイテムを拾う。あ、牛糞だ。
『……ちょうどいいか。なあ京ちゃん君』
「はい?あ、牛糞拾ったんでアイラさんに投げていいですか?」
『私のキャラ君より後ろなんだが!?おほん。私も君のご両親がそんないかがわしい施設に行くのは反対だよ』
「いかがわしいって」
仮にも国がやっている所なんだから、そこまで言わんでも。
『そこでだ。ババ様が君や君のご両親とお話したいと常々言っていたし、ついでに説得してもらえないか聞いてみるよ』
「え?」
『後でババ様の予定を確認するから、君の方でもご両親に空いている日を聞いておいてくれ』
『あ、じゃあ私も行くー!京ちゃん家まだ行ってなーい!』
「え……え?」
来るの?教授とエリナさんが?マジで?
……マジで!?
「あ、あの。心の準備とかがですね」
『まあまあまあ!』
「いや、ですから」
『まあまあまあまあ!!』
『まあまあまあまあまあまあ!!』
「力技で押し切る気だ!?」
確かに、体育祭の前からエリナさんが家に来たいなんて話はあった。デーモンの一件で有耶無耶に出来ていたけど。
しかし、今度は教授とセット。色々と待ってほしい。脳のキャパが壊れる。
「せめて!せめて同時はやめてください!!」
『まあまあまあまあまあまあ!!』
『まあまあまあまあまあまあまあまあまあ!!』
「『まあ』だけなの!?力技にしてももうちょいバリエーション増やせや!?」
『さて。話はこれぐらいにして……そろそろ勝ちに行こうか……!』
「いや僕納得してませんが?」
『京ちゃん……そんなに嫌?だったら、私やめとくけど……』
「え、いや。そういうわけでは……!」
『京ちゃん君はエリナ君に甘い。アーちゃん覚えた』
今自分の事『アーちゃん』って呼んだか?この大学生。
思わず無言になると、わざとらしい咳払いが聞こえてくる。
『おっほん!さあ、雌雄を決する時だぞ、諸君!はたして誰が1位でゴールするかな!?」
「……あの。気づいたら僕ら、最下位争いになってんですけど」
『私が4位です!!』
「くっそ微妙な順位でドヤるな……」
『おっ、のーれ!!』
この後滅茶苦茶アイラさんと足の引っ張り合いした。
……え、マジで教授とエリナさんいっぺんに来るの?単品でも別方向に心の準備が必要なんですが?
……とりあえず、油断して封印から出しちゃったお見せ出来ない本やゲームを隠すか。
読んでいただきありがとうございます。
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