第六話 コミュ障な覚醒者
第六話 コミュ障な覚醒者
『錬金術』
それは不完全な鉱物を完全なる鉱物、即ち黄金へと変える事を目的とした『学問』。
しかし近代ではオカルト雑誌や怪しいカルト、そしてファンタジー作品の中でしか聞かない、『学問だったもの』へと姿を変えた。無論、錬金術の研究は物理学や化学の発展に貢献したものの、それでも錬金術師などおとぎ話か詐欺師扱いが基本である。
それが現代になって『実際に使えるもの』として認識されたのは、どんな皮肉か。
自室の隅になる段ボール箱。その中から、フラスコを取り出す。
錬金術と言えば、『黄金錬成』『賢者の石』に続き有名な物……あるいは『者』がある。
『ホムンクルス』
フラスコの中に数種類のハーブと男性の精液を入れ、封をして40日間おいた末に出来る『人造人間』。
これは、それを『あえて間違った手順で作った』ものだ。
手に持ったフラスコの中には、小人ではなく白いモヤが浮かんでいる。
材料に精液が必要なのは、魂の情報が必要だから。それによりホムンクルスは最初からある程度の知識と知能。そして疑似的な魂を有する事になる。
ならば、精液の代わりに『ただの魔力』を注ぎ込んだらどうなるのか?
更に温度などもただの室温であり、適したものではない。
結果出来たのは、この人格も知識も持たない……何なら魂すら持たない存在だ。狙い通りである。
どうしてそんな知識が自分に有るかと言えば、『魔装』を纏った時に腰の後ろで固定されていた本に書いてあったのだ。
固有異能の影響で形成されたのか、その本には錬金術の基礎が書かれている。
冷静に考えれば、謎過ぎる本だ。誰が、どの様に書いたというのか。
しかしそれを言えば、スキルにある『魔法』も非常に不可思議なものである。
『魔法』
覚醒者が時たま有しているこれには、知識が伴うのだ。今まで一切知らなかった魔法に関する情報が、覚醒した瞬間頭に入ってくると言う。
ネットの書き込みだが、経験者曰く『一瞬だけどこかに繋がって、その時にくそデカ容量のPDFを叩き込まれたみたい』だとか。
自分などは覚醒の際に大した違和感などなかったものの、魔法を得た覚醒者は強い吐き気や倦怠感を覚えたそうな。
噂では『アカシックレコードにでも接続したんじゃないか』なんて言われているが、詳細は不明。取りあえず、使えるから使っている状態である。むしろ、覚醒者は自身のスキルに対して『使えて当たり前』ぐらいの感覚を持っている。
それは危ない事ではないのかと色んな学者さんが言うのだが、覚醒者の感覚だと手足を動かすのと同じぐらい自然なので……。僕自身も、スキルの使用に対し周りに迷惑をかけないのなら忌避感はない。
兎に角、たぶんだが自分の場合脳みそではなく、固有異能の付属品的なノリで『魔装』の一部に『錬金術』の知識が出力されたらしい。
ただし、スキルとして『錬金術』を持っている人と比べると知識量も精度も月とスッポン程も差がある。
なんせあちらは既に必要な知識が頭に入っており、チョーク1つあればすぐに錬成陣を書ける。対して自分は、本とにらめっこを何度もしながら、定規とコンパス頼りに書くも数ミリのズレで半泣きになり書き直すの繰り返し。
……前にネットで、自作のホムンクルスの動画をあげている人がいた。
フラスコの中にいる小人の少女がドレスを着て、歌ったり踊ったりしている映像。
すぐに『人権侵害』だとか『自然と倫理に反した生命の創造をする外道』など、大炎上してその動画は数日で消えてしまったが、それでもネットの海で今も話題に上がるほど衝撃的だった。
自分に、あそこまで精巧なホムンクルスを作れるか?
……結論だけ言えば、作れる。ただ綺麗な人形として作るのなら、基礎の範囲内。なんなら、『心核』の力を使えばスキル持ち相当の精度になるはずだ。
だが、しない。というか心情的に出来ない。
一応、ホムンクルスの創造は違法ではないのだ。クローン関連の法律に触れるのではと話題になったが、そもそもスキルに関する法律すらほとんど定まっていない。その上、ホムンクルス技術とクローン技術はまったくの別物なので、どこまで当てはめて裁くべきかも不明。
だが、法に触れなければ何でもセーフとも思えない。命を作り、消費する覚悟など出来なかった。
というわけで、この不完全なホムンクルスもどきである。生命ではない、ただ魔力にほんの少しの色がついた、AIの様なものだ。
……なんか、ちょっと我ながらマッドっぽい。
というか錬金術とか魔法に関する知識ない人からすると、『どう違うんじゃい!』とか言われそうである。
違うんだって。マジでこれは生命じゃないんだって。必死こいて素人がプログラム書き込んだだけ、みたいなそんな物なんだって。
閑話休題。
これを作ったのは他でもない。ダンジョン探索の為だ。
予め買っておいたヤカンを、コピー用紙に書いた錬成陣の上にのせる。そして、思いっきり魔力を送り込んだ。
その際、片手には『魔装』の本から書き起こしたメモを握りカンニングしながらである。錬金術の発動時には術者の頭の中に『術式』が必要なのだが、こんなん覚えられるわけないので。
赤い発光の後、ヤカンの形状が変わる。注ぎ口がなくなり、上部の穴が広さを増した。
穴にフラスコが入る事を確認し、100均で買った鍋掴みと綿を敷き詰めて、と……。
最後にこれまた錬金術でヤカンにビー玉をくっつければ、完成だ。
これが、誰ともパーティーを組めなかった時の『秘策』。林崎さんと組めた今は無用に思えたが、念には念を入れたい。
具体的な用途は、まあ追々に。今はヤカンから作った『器』の出来を確かめ、満足した。
……改めて、錬金術は便利である。
他の魔法みたいにその場で『シュババ!』と派手な事が出来るわけではないが、現代の工業技術に正面から喧嘩を売っているスキルだ。
なお、先ほど思い浮かべたホムンクルスを作った人は警察に捕まっている。
罪状は『錬金術で作った金のインゴットをネットで販売した』事だった。
他にも『人工ダイヤモンドを作り出し訪問販売をした』とか、そういう罪で錬金術が使える覚醒者が捕まっていたり。
何がアレって、政府の陰謀とかじゃなくガチでやらかしているっぽいのが……。
ダンジョン法にて、生産系のスキルで作った物を営利目的で販売する事は禁止されているし、貴金属や宝石を作るのもアウトとされている。自分もうっかりその辺に引っかからない様に気を付けないと。
ヤカンとフラスコを冒険者活動用の荷物に入れながら、そんな事を考える。
……錬金術でレアメタルとか作って売れたら、あっという間に億万長者なのになぁ。いや、他の錬金術師も作るから、すぐに値崩れするか。
* * *
試練の時である。
終幕の鐘は鳴り、周囲は地獄と成り果てた。
荒野にただ1人放り出されたかの様な疎外感と不安。そして、いつ抗えない辛苦がやってくるかという恐怖。
敵を作ってはならない、味方などどこにもいない魔の空間。
そう───休み時間の教室。
……わかっている。わかっているのだ。
受け身ではいけない。自分から他者に話しかけるべきなのだと。動かぬ者に、何かが与えられる事なんてほとんどないのだから。
しかし、何を話せばいいのかわからない。
自分の会話デッキなんて、ゲームやアニメの事ぐらいだ。もしも『興味ない』とか『キモイ』なんて思われたら、それで終わりである。
中学までは、普通にその話で友達と休み時間盛り上がっていたものだ。しかし、彼らはもういない。遠い所に行ってしまった。具体的に言うと県外と国外。
オタクっぽいクラスメイトに声かければ良いだろって?オタクで一括りにするんじゃねぇよ。ガ●ダムオタクもいれば重度のジ●ンプファンだっているんだぞ。
ついでに自分はライト層。浅く狭い範囲しか知らない。相手が布教タイプならまだマシだが、排斥型だったらマジで他に話しかける相手がいなくなる……!
結果、こうして休み時間はスマホを弄り『話しかけないでください』オーラを出しているのだ。
話しかけてほしいくせにって?ボッチで寂しがっていると思われるのは、流石に恥ずかしいし……。
あ~。林崎さん隣のクラスらしいし、昼休みとかどうにか会いに……行けねーわ。
別クラスの女子に会いに行けるバイタリティーがあるのなら、そもそもボッチになっていない。
だが、だが放課後になれば……!
「へい京ちゃん!お元気ですか!?」
「!?」
突然肩を叩かれ、びくりと跳ねる。
え、てかこの声。
「り、林崎さん?」
「いえす!あいあむ林崎エリナ!!おはよう!いやこんにちは?おはこんにちは!」
振り返った先では、大きな胸の下で腕を組んだ金髪の美少女がドヤ顔で立っていた。
教室の視線がこちらに集中する。目立つ美人で声がでかいので、この自称忍者はよく目立つのだ。
「え、いや、なんでここに……」
「挨拶は大事!!」
……え、もしかしてわざわざ『こんにちは』と言う為だけに隣のクラスまで?
今日は『早速ダンジョンに行って欲しい』と有栖川さんに言われているから、放課後に会うだろうに。随分と律儀な。
「ど、どうも」
「うん!!!」
大きく頷いた後、彼女がビシ!と右手を挙げた。
「じゃ!放課後にダンジョンへ一緒しようね!!」
「はい、わかりました」
「ファイトぉおお!」
「……ふぁ、ファイトー」
「100ぱあああああつ!!」
そこは1発にしときなさい。
今日も元気過ぎる忍者(自称)が、ドヤ顔で教室を出て行った。廊下には彼女の友達らしき女子生徒達もいる。
「うん!あのおめめが綺麗なのが京ちゃんだよ!!強いよ!!」
……他の女子生徒の声は聞こえないが、林崎さんのデカい声だけはよく響いていた。
教室が少しの間だけ沈黙し、彼女を追っていた視線が自分の方に戻って来る。
え、恐い。
トイレに逃げようかと思った所で、隣の席の人が声をかけて来た。
「なあ、矢川君。あの人って隣のクラスの林崎さん?」
「え、あ、うん」
やばい、咄嗟に答えてしまったが席を立つタイミングを逃した。
いつの間にか数人のクラスメイトに囲まれている。う、迂闊……!
「え、どういう関係?もしかして彼女?」
「いや、冒険者としてパーティーを……」
「矢川君冒険者なの!?マジで?凄くね?」
「凄くはない……と思う」
「やっぱ魔法とか使えるの?ダンジョンってどんな感じ?」
「いや、魔法は使えないけど……ダンジョンも、まだ試験で1回しか行っていないから」
「ちょっと女装してみないか?」
「い、嫌です……」
その後しばらく色々と話しかけられたが、すぐに皆飽きて自分の周りは静かになった。
……ここで、これをチャンスに出来ないからボッチなのではなかろうか。
そう思うも後の祭り。女神様は後ろ髪も生やしてほしい。足元ぐらいまで伸ばしてくれ。
一応これでも、途中からは話題を広げようと頑張ったのである。だがまあ……覚醒者は『特別』。そんな風潮が、最近色濃くなってきた。
受験勉強で忙しかったから詳しくは知らないのだが、『覚醒の日』から7か月後に起きた連続殺人事件の犯人が覚醒者で、色々と世間を騒がせたらしい。
スキルで何をされたかわからない内に殺される。そんな恐怖と、スキルという異能を使える事への羨望。更には危険なダンジョンに対応して欲しいという、押し付けめいた期待。
様々な感情がないまぜとなった非覚醒者の視線は……正直言って、恐ろしかった。
この『眼』は、時々見え過ぎる。人の表情や視線の動きを、あまりに捉えすぎる。
なら『精霊眼』を捨てたいかと問われれば、首を横に振るしかなかった。この『特別』を、失いたくない。
自分が勝手に怯えているだけかもしれないけど……それでも……。
誰にも聞こえない様に小さなため息を吐いて、スマホを眺める。
───放課後、自分と林崎さんの冒険者デビューが待っている。
それが、今は待ち遠しかった。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
Q.錬金術があれば資源問題解決じゃん!
A.錬金術って他の魔法より燃費がすこぶる悪いので……それこそ、普通の『LV:1』だと1回の錬成で息切れするぐらいには。京太はその辺無視できますけど。
それでも海外から人気なスキルですね。色んな使い道があるので。