閑話 砕けた刃の下で
閑話 砕けた刃の下で
サイド なし
『───何があった!京ちゃん君!エリナ君!』
「大変だよパイセン!京ちゃんが吹っ飛ばされちゃった!」
『なっ……』
イヤリング越しにアイラへ報告しながら、エリナが周囲に視線を走らせる。
まず『デーモン』。彼女ら側にとって最高戦力とも言える存在を一撃で吹き飛ばした怪物は、追撃をするでもなく浮遊したままだった。
そこに、続々と残存するレッサーデーモンどもが集まっていく。
手にしていた大鎌を手放し、無手で群がる悪魔たち。それを、真の悪魔は突如として鷲掴みにした。
首を握り、山羊の頭を口元へ寄せる。まるで、額に口づけでもする様な動作。しかし、そこに親愛の情などない。
その瞬間、
───じゅるん。
命が、吸い取られた。
あれは食事だ。デーモンが次々と悪魔を手に取っては、口を押し付け『中身』を吸い取っていく。
皮膚が割れ、中に入っていた黒い何か。抜け殻となった皮袋は地面にひらひらと落ちて行く。
コミカルで、しかし不可解で不気味な光景。それを一瞥した後、エリナは『今すぐに第二射は放たれない』と判断して窓から身を乗り出した。
校舎の様子を確認すれば、あちこちに京太が弾き切れなかった魔力砲の一部が当たったらしい。散弾でも撃たれた様に、各所で壁や天井が崩れている。
それらをざっと見回した後、エリナは再びイヤリングに触れた。
「京ちゃんはたぶん生きていると思うけど、動けないのかな?気絶しているのかも。あとデーモン?とか言うのは他のモンスターをちゅるちゅるしてるよ!」
『……エネルギーの補充か。奴の特性に、他のモンスターから魔力を吸い取る能力がある』
デーモンが同格である『レフコース』より危険視されている理由は、その火力だ。
純粋なステータスでは互角の2体だが、デーモンは強力な魔法のコストを余所から持ってこられる。
アイラ達は知らない事だが、奴は先行した自衛隊の部隊と交戦。家屋を巧みに使いレッサーデーモンを削る彼らを、周囲の建物ごと吹き飛ばした。
その直後に、すぐさま対応しなければならない脅威として矢川京太目掛けて最大出力の魔力砲を発射。
デーモンが『校舎』という物を理解しているかは不明だが、京太があの場所を守ろうとしているのを瞬時に理解し、彼が避ければ背後の建物に直撃するコースを狙った。
つまり、悪魔は現在ガス欠状態にある。再起動、及び冷却の為に空中で留まっているのだ。
それらの事をすぐさま導き出したエリナだが、現状彼女にデーモンへの有効な攻撃手段がない。
『大車輪丸』は射程外であり、棒手裏剣も同様。救援に来ていた自衛隊の武器を回収して使うのも、あの火災では現実的ではないだろう。
『白蓮』たちも空を飛ぶデーモンに狙撃する手段がない。そう結論づけたエリナは、笑顔のまま忍者刀を抜いた。
そして、視線を校門に向ける。
「パイセン。レッサーデーモンってさ。デーモンに食べられた後も動くの?」
『ああ。残骸となって弱体化はするが、それでも軍人なみの膂力と頑強さをもつ』
「やっぱり。なんか動いているし、こっちに来てるもん」
エリナの視線の先。そこでは、レッサーデーモンの『抜け殻』どもが徒歩で校舎に向かっている所だった。
知能も魔力も吸い取られ、ぶよぶよの皮袋が奇怪な動きで歩いている。それでもその爪は容易く人間の首を掻き切り、常人が殴った程度ではそう簡単に死なないほど頑丈だ。
アレを校舎に入れるわけにはいかないと、エリナは窓から跳び下り猫の様に地面へ着地する。
玄関に仁王立ちする彼女の隣に、同じく窓から出てきた白蓮が重い音と共に降り立った。京太が動けない今、自分が前衛をやる必要があるとゴーレムを連れてきたのである。
「じゃ、私はびゃっちゃんと時間稼ぎをするね!」
『……いいやエリナ君。撤退だ』
張り詰めた声音で、アイラはゆっくりとエリナに言い聞かせる。
『デーモンの食事が終わるまで、それほどの時間はないだろう。君は京ちゃん君を回収し、転移でその場を離れるんだ』
「でも、そうしたらシーちゃん達が死んじゃう」
『なら、お友達も連れて逃げるんだ。校舎の人間を襲っている間は、君達を追っては来ないだろう。その親が一緒でも、数人ならなんとかなるはずだ』
「無理だよ。シーちゃん達だけじゃなくって、クラスの皆も助けなきゃだもん」
答えながら、エリナは玄関の靴箱を全身の力を使い倒していく。白蓮にも身振り手振りで同じ事をする様に伝え、即席のバリケードを作り始めた。
「裏門から逃げるにしても、30人近くを連れて逃げたらたぶんデーモンも追ってくるんじゃないかな?」
『彼らは他人だ。捨て置け』
「他人じゃないよ。一子ちゃん達も友達だもん」
『っ……!彼女らは君を鎖に繋がれていない獣と思っているだけだ!怯えられているだけなんだよ!友達じゃない!』
「でも、私の視点からはまだ友達だよ」
あっけらかんと告げるエリナに、アイラが頭を抱える。こうなった従姉妹を、理詰めで説得する方法が浮かばなかった。
既に祖母と義妹には救援要請を出したが、片やダンジョンにてフィールドワーク中。片や『昇格試験』で県庁に行っている最中ときた。2人とも全速力で向かっているだろうが、あと1時間近くはかかる。
あまりにも間が悪すぎた。エリナ達を助けに行ける戦力は、アイラの手元にない。
『頼むエリナ君……お願いだ。逃げてくれ……!』
「ごめんね、パイセン」
忍者刀を構えるエリナと、鉄球を左手で回転させ始めた白蓮。
1人と1体の視線の先には、正門を超え玄関に向かってくる抜け殻どもの大群がいた。
『BOU……BOOO……』
『GY……GGG……』
声にならないうめき声は、B級映画に出てくるゾンビの様だった。
その事に思わず吹き出しそうになりながら、エリナは軽く爪先で地面を小突いて己の調子を確かめる。
「それにほら、パイセン」
忍者を名乗る少女は、普段通りの声音で告げた。
「まだ諦めるには、早いと思うよ?」
* * *
「はあ……はあ……!」
ジャージの上着を体操服の上から着て、必死に走る少女。
これだけなら、体育の授業か何かと思えるかもしれない。だが、走っている場所は学校の廊下であり、隣を走るのはウォーハンマーを担いだドワーフの少女である。
「こっちで間違いないんだな?」
「ええ。矢川さんは、この辺りの教室に落下したはずです……!」
毒島愛花と、大山雫。
防火扉を閉じて回り、少しでも校舎内に怪物が侵入しない様に動いていた2人の覚醒者。
他にも無事だった一部の教員や保護者がそれぞれ防火扉を閉じに走っていたのだが、彼らはここでの防衛はもう無理だと判断した。今は、窓の無い教室にすし詰め状態にいる生徒や保護者達に学校を出て避難する様説明している頃だろう。
だが彼女達は、そして参観に来ていた雫と『彼』の親は、まだ校舎に残る選択をした。
矢川京太を、見捨てるわけにはいかない。
彼の両親は愛情ゆえに。彼女らは友情と恩義ゆえに。雫の両親は子が逃げないならばと、ここに留まる事を選んだ。
もっとも、京太の両親以外は『こちらの方が生き残れるかもしれない』という打算も込みだったが。現在、親達は子供らが逃げ込める様に比較的安全な教室でバリケードを組み直している。
「ここです!」
教室の前にたどり着き、扉に手をかけた毒島。しかしその手を、横から大山が止める。
「待て。中に何かいる」
「っ……!」
小声でそう告げた友人に、毒島が硬い唾を飲みこんだ。
京太が目を覚ましたのならば良い。だが、もしもレッサーデーモンがいたら?
彼女らのレベルでは、未だ『Cランクモンスター』には歯が立たない。それこそ、レベルが1桁の段階でもその領域の怪物と戦える才能をもった覚醒者はいるが、そんなものは例外中の例外だ。
毒島と大山では、数秒と経たずに殺されるだろう。
2人の少女は互いに目配せした後、それぞれ鉄槌とナイフを手にゆっくりと扉を開けた。もしも敵がいたら、全力で逃げられる様に片足は後ろへ引いてある。
そして、目にしたのは。
「……ひ、人か……?」
「あなた達は……?」
見知らぬ生徒達が、怯えた様子で扉側を見ていた。その背後には、教室の大半を埋めるほどの瓦礫が山となっている。
彼ら彼女らの顔に、毒島は見覚えがない。彼女達のクラスの者ではないし、恐らく京太のクラスメイトでもないだろう。
いや、1人セーラー服姿の人物がいたので、その者だけは生き埋めになっている彼と関りがあるかもしれないが。
しかし、大半が見知らぬ他人である。
そんな彼らが、何故か瓦礫を手に持っていた。
「誰か知らないが、手伝ってくれ。この下に矢川?って奴がいるはずなんだ……!あの化け物と戦っていた覚醒者だよ!」
「え、えっと貴方達はなんでここに……?」
困惑した様子の毒島に、答えていた男子生徒は苛立った様子で答える。
「生きる為に決まっているだろう!こいつを助けて、こいつに助けてもらうんだよ!」
鬼気迫る表情で発せられた言葉に、毒島は一瞬呆気にとられた。
「死にたくない……死にたくない……!」
「戦ってくれ……頼むから……!」
「君の才能はこんな所で潰えていいものじゃぁない!」
それぞれが、必死な顔で瓦礫をどかしていく。その下にいる、親しくもない者を助けるために。
決して、善意ではない。だが、悪意でもない。
彼らは、それぞれの思考と願いの為に行動している。それを認識して、毒島の背を押し教室に入った大山が瓦礫の除去に加わった。
「どけ。でかいのはアタシがどかす」
「君!君も覚醒者なのか?強かったりする?あいつら倒せない?」
「いや。あの化け物ども相手には歯が立たん」
「そ、そうか……とにかく彼を起こそう。生きているといいんだが……」
「……あ、わ、私も手伝います!」
咄嗟の事で固まっていた毒島も加わり、瓦礫をどかし始めた。
覚醒者2人が加わって作業の速度は上がったものの、京太が突っ込んだ衝撃と魔力砲の残滓の影響で校舎の中でもここの破損が一番大きい。
重機でも入らなければ、掘り起こすのは難しいほどに崩れている。
「くそ、ダメなのか……!」
「そんな……!」
絶望する生徒達の中、突然大山が一際大きな瓦礫にハンマーを叩き込んだ。
「き、君!そんな乱暴にしたら下の彼まで……」
「他に方法がない。どうせ気絶しているだけだから、音と衝撃で叩き起こす」
「雫さん……?」
断言する友人に、毒島が疑問符を浮かべた。
確かに彼女らはレベル上げの際に京太の異常さは実感したものの、だからと言ってあそこまで盛大に吹き飛ばされて無事と思えるほどの力は見ていない。
困惑する友人に、大山は視線を向けず鉄槌を動かしながら答える。
「……あいつの作ったゴーレムを、装甲を張り付ける時によく観察した。ゴーレムは、作り主の魔力量に影響される。あの白蓮とかいうのは、異常な性能だ」
「つまり、それだけ彼が強い覚醒者だと?」
「そうだ。……ふん!」
力強い一撃に、瓦礫に罅が入っていく。
「だから、そろそろ、起きろ。この馬鹿たれが!」
重量挙げの金メダリストもかくやという膂力を、現在の大山は有している。
だがそれでも人間の範囲内だ。鉄筋コンクリートの塊は、そうそう壊れない。
音と振動が、どれだけこの下に伝わっているか。それがわからないまま、彼女は鉄槌を振り上げる。
「私達も呼びかけましょう。目を覚ますかもしれません」
「よ、よくわからんがわかった。おーい!矢川君!返事をしてくれ!」
3年生らしき男子生徒が、手を拡声器の様にして瓦礫の山に声をかける。
「お願い!起きて!」
「助けてくれ!お願いだ!まだ戦えるんだよな!?」
「君のメイド姿をまた見せてくれ!!」
「矢川さん!……起きてください!!」
彼女らの声と、大山の鉄槌。
それらを浴びても、まだ瓦礫の下から返事は来ない。
代わりに、外から轟音が聞こえ始める。
「な、なんだ!?」
「まさか、化け物どもが校舎の中に……」
「……いいえ。たぶん、私の友人が外で戦っています」
毒島が、冷や汗を流しながら瓦礫に呼びかける。
「矢川さん!……京ちゃん!!」
顔が赤くなるほどに、大きな声で。
「貴方をこう呼ぶ人が、エリナさんが、外で戦っているんですよ!!」
少女の必死な声で、背中を預け合った相棒の窮地を知らされる。
それに、矢川京太は───特段、反応しなかった。
彼が、きっと少年誌に出てくる様な熱血漢であったのならこの呼び声で目を覚ましただろう。愛や友情によって、劇的なパワーアップでもしたかもしれない。
しかし、彼の中身はごく普通の少年だ。特異な力を持ち、修羅場を潜り抜けても、根っこの部分は変わっていない。
友情よりも我が身大事だし、難しい選択を前に自暴自棄にもなる。強敵には怯え、痛みには竦む。
だから。
───ビキリ。
『響いてきた戦闘音』に、本能が危険を感じ取った。
言うなれば、寝ている最中に地震が起きて跳び起きる様な、そんな自然さで。彼は目を覚ます。
音を遮断する瓦礫の山は生徒達の手で薄くなり、大山の鉄槌で振動を加えられ、毒島という知人の大声。これらが合わさる事で、外の音に彼は跳び起きた。
数人がかりでもどかせなかった瓦礫が、内側から持ち上がった。それに慌てて毒島達が教室の外へ駆けだせば、直後、コンクリの山が弾け飛ぶ。
室内の両脇に寄せられた瓦礫。もうもうと上がる土煙の中で、ボロボロのメイド服が一瞬だけ見えた。
直後、強い風が吹きすさぶ。壁や天井に出来た大穴を通り、吹き飛ばされる土煙。
鈍い鋼色のサーリットと、胸甲。手には武骨な籠手が嵌められ、腰には黒い腰布と剣帯が巻かれている。
引き抜かれるシンプルな形状の片手半剣。その刀身に負けぬギラリという輝きが、少年の目に灯った。
その姿に、毒島が苦笑まじりに呟く。
「遅いですよ、本当に」
この場における人間側の最高戦力が、目を覚ましたのだ。
読んでいただきありがとうございます。
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