第五十八話 砕かれる刃
Q.まだメイド服なの?
A.いいえ。いつもの魔装姿です。
Q.つまり?
A.魔装を解除したら女装に戻ります。
第五十八話 砕かれる刃
「おおおおおお!!」
『GYHAHAHAHA!』
四方八方から放たれる火球を避けながら、正面へと吶喊。
『精霊眼』の見切りにより最低限のステップを挟む事でぶれる様に回避し、強引に距離を詰める。
目の前の悪魔どもが魔法から近接戦に切り替え、一様に大鎌を構えた。特に正面の個体は待ち構えるように得物を振りかぶっている。その瞬間、足場にしていた風を全て背面へ放出。急加速に己の四肢が置き去りにされそうな中、強引に体勢を立て直す。
急加速によってタイミングがずれ、まだ刃が遠い大鎌。思考が追い付いていない様子のレッサーデーモンの首を、すれ違いざまに落とす。
即座に足裏へ風を再集束。足場にして跳躍した直後、先ほどまでいた場所を幾つもの火球が通り過ぎた。
ジグザグに大きく動いて狙いを定めさせず、直後に左右への軌道から斜めの動きに。三角飛びと螺旋軌道を織り交ぜる様な動きで、再び斬り込む。
エリナさんとの特訓で、フリスビーを投げながら彼女が言っていた助言を必死に思い出す。後は勘とイメージでどうにかするしかない。
左の拳ですれ違いざまに悪魔の顔面を砕き、握られた指を解いて角を掴んで振り回す。手近な別の個体へ投擲した。
背後から頭部目掛けて振り降ろされた大鎌を横回転で回避しつつ、カウンターで首に刃を振るう。
止まるな、動き続けろ……!
風を蹴って加速し、別の悪魔を袈裟懸けに斬り、剣先を回して続けてもう1体の頭蓋も叩き割った。
横合いからの斬撃を左の籠手で受け、柄頭で相手の顔面を打つ。その衝撃で離れれば、上からこれまた別の悪魔が切りかかっていた。目の前を刃渡り数十センチの刃が通り過ぎる。
入れ違いに自分の方が高度を上げれば、悪魔どもがそれを追いかけてくる。
迫る火球を『精霊眼』の予知頼りに避け、斜め下に向かって風を最大放出。通り過ぎて行く悪魔どもの群れへ、刀身に集めた風と炎を開放。十数体を纏めて焼き払う。
足元へ風を集め直して走りだしながら、両の瞳も必死に動かした。
どこだ、次はどこから攻撃が……っ!
背後からの斬撃を避け、裏拳を山羊頭の鼻にぶち当てる。骨が砕ける感触と、己の打撃による反動。それにバランスを崩しかけ、強引に足場とした風を蹴って跳び退る。
我ながらバランスが悪い!風の配分が上手くいっていないのだ!
そう内心でどれだけ悪態をつこうが、敵は待ってくれない
視界の端で、自分を避ける様な軌道で校舎に向かう6体のレッサーデーモンを捉える。
「行かせるか!」
翼を畳んで窓ガラスを突き破っていく6体。その左端の個体の背骨を上から踏み砕き、自分が窓の内側へ。
窓ガラスが散乱し雨風が吹き込む廊下に、残る5体の悪魔が降り立っている。
視認すると共に、加速。床を踏み砕きながら接近し、正面の1体を構えた大鎌の柄ごと大上段から斬り伏せ、脇を通りぬけ次の個体に突きを放つ。
喉を穿ち硬直した身体の間に足を畳みながらねじ込んで、前蹴りを打ち込んだ。吹き飛ばして後ろの悪魔にぶつけながら、反動で刀身を抜く。
仲間をぶつけられたたらを踏んだ後ろの個体を逆袈裟に斬った直後、背後で教室の壁が砕かれた。
前方に見えているのは『1体』。つまり、残る1体が扉から横の教室に入ってこちらの背中を取ったらしい。
『GYAHAHA!!』
『BOOOOO!!』
「うるせぇ……!」
壁を切り裂きながら振るわれた横薙ぎの斬撃を剣で打ち払い、もう片方の悪魔が放った火球を『概念干渉』を使いながら左の掌で握りつぶす。
まずは今しがた鎌を振るってきた方をと、剣を振りかぶった瞬間。
「『毒千本』!」
魔力で構成された、紫色の細い針がその個体の背に突き刺さる。
『GY!?』
ダメージは大して見られない。だが奴の注意が逸れた一瞬に首を刎ね、持っていた大鎌を奪い背後の敵に投擲。
咄嗟に鎌で弾いたその個体に斬りかかり、肩から胸にかけて切り裂いた。
直後、横から割れた窓を通って追加とばかりに1体の悪魔が飛び込んでくる。右の前腕で肩からのタックルは防ぐも、衝撃は殺しきれない。扉を破壊しどこかの教室になだれ込む。
『GAAAA!!』
マウントを取り石突を振り下ろしてくるレッサーデーモン。それを刀身の鍔近くで受け止め、左腕で角を掴み力任せに放り投げた。
並んだ机を幾つも破壊しながら教室の中央に転がった悪魔に、今度は自分が飛び乗る。
右二の腕に膝を叩き込み、左腕で頭を押さえた。残る左腕の爪が胸甲を引っ掻くも、無視。剣の鍔を奴の首に押し当て、全力を籠めた。
すぐに、ゴキリ、という音が響く。脱力した怪物に胸を撫で下ろす暇もなく、立ち上がって廊下に跳び出した。
「矢川さん!」
「毒島さん、なんでここに」
教室の扉近くにいた彼女に、早口で問いかける。
「校舎内の防火扉を閉めていました。少しでも敵の侵入が遅れればと」
「わかった。お願い。でも出来るだけ窓には近づかないで」
「はい!」
言葉を交わしている時間も惜しい。風通しの良くなった窓から空へと跳び出すなり、下の階に侵入しようとしていた個体へ降下。重量も合わせて上から胴を両断し、迫ってきた地面を数歩疾走。
加速を得てから、跳躍に合わせて風を蹴り高度を上げる。
待ち構えるレッサーデーモンどもが放つ火球を避ければ、流れ弾で校庭にクレーターが量産されていく。
すぐ近くを通り過ぎて行く高熱で、雨の中だというのに火傷しそうだ。螺旋機動で距離を詰め、正面の敵が大鎌を横薙ぎに振るった瞬間、もう1歩上へ跳ねる。
真下で空を切った大鎌と、無防備な悪魔。身体を地面と平行にしながら横回転させ、遠心力の乗った斬撃を頭蓋に叩き込んだ。
その個体の肩を蹴り、別のレッサーデーモンへ。飛んできた火球を左の籠手で打ち払い、心臓を剣で貫く。
刀身を捻りながら右上に振り抜けば、背後からの接近を『精霊眼』が予知。振り向きざまに左手で迫る大鎌の柄を掴む。
驚愕に歪んだ山羊面に柄頭を叩き込めば、背中に火球が飛んできた。同時に、左右から高速で接近する2体の悪魔。
「っ……!」
咄嗟に炎を剣で巻き取り、そのまま迫る左の個体を切りすてた。返す刀で右から来る敵を迎撃しようとするも、間に合わない。
『GAAAA!!』
「づぅ……!」
大鎌が兜に直撃し、視界が揺れる。だが衝撃だけだ。こいつらの刃では、自分の鎧を抜けない……!
お返しとばかりに顎へ左のアッパーを叩き込み、剣で胴を裂いた。
遅れて、自分の足が止まっている事に気づく。まずい……!
今しがた切った個体の影から、また別の悪魔が切りかかってくる。『精霊眼』は捉えていたのに、自分の集中力が途切れかけていた。
首狙いの斬撃を寸でのところで回避。拳を腹に入れ、怯んだ所に剣を振るう。
だが、脇腹を狙ったはずの刀身は奴の右腕を斬り飛ばした。
避けられたのではない。自分の太刀筋が鈍っている。
肉体も、魔力も疲労などない。問題なのは、精神力。
追撃をする暇がない。『精霊眼』が察知した次の攻撃に対処する為、背後へ振り向き悪魔の体当たりを剣で受け止めた。
柄に刀身が食い込むのも構わず突っ込んでくるレッサーデーモン。更に、仕留め損ねた先の個体が後ろから組み付いてくる。
『GYGYGY……!』
『GYAHAAAAA!!』
「ぐっ……!!」
回された左腕で首を絞められ、前後から押さえ込まれた。このままでは別の個体まで来ると、咄嗟に風を全力で蹴る。
振りほどこうと滅茶苦茶な軌道を取るが、悪魔どもが剥がれない。それどころか、2体そろって魔力を練り始めた。
まさか、自傷覚悟で火球を撃つ気か!?
「このぉ!」
後頭部で後ろの悪魔に頭突きをし、その反動で正面の個体の鼻先にも兜を叩き込む。
僅かに緩んだ拘束に、風と腕力で強引に解いた。直後、四方八方から飛んでくる火球の嵐。
『概念干渉』……駄目だ、この数は!
全身を風で覆い、腕で頭を庇って自由落下に任せながら幾つかの火球を受ける。強い衝撃と熱。視界が明滅し、体の各所から異音が響いた。
見なくても、鎧の各所に焦げ跡が出来ているのがわかる。
だが、耐えた。すぐさま防御体勢から剣を構えなおし、刀身に風と炎を集束。そして、群がってきた悪魔どもを焼かんと解き放つ。
それに対し、数十体の怪物どもが一斉に集まった。掲げられた奴らの左腕が、障壁を生み出す。
衝突した風と炎が、密集して高度を増した魔力の壁に阻まれた。何体かが腕を炭化させるも、仕留めきれない。
「くそっ!」
もう対策を取られたのか!
下卑た笑みを浮かべる悪魔ども。奴らが密集陣形を解こうとした、刹那。
───ブォォオオオオオオオッ!!
小型の竜巻が、怪物どもを飲み込む。
違う、アレは巨大な手裏剣。風を放出しながら飛ぶそれが、奴らの展開した障壁を巻きこみそれらの魔力を上乗せしたのだ。
『GY───ッ!?』
巨大なミキサーにでも入れられたかのように、刻まれる悪魔ども。驚愕で口が開いてしまうが、どうにか空中で姿勢を整える。
数十のレッサーデーモンを切り刻んだ手裏剣……『大車輪丸』が、校庭に突き刺さった。
「京ちゃーん!」
「……は?」
窓からダイブしてきた影に、慌てて走る。地面まであと少しという所でキャッチすれば、金髪の彼女は子供みたいに笑った。
「ナイスキャッチ!」
「突然跳ぶのは勘弁してください……!」
サムズアップしてくるエリナさんを地面に下ろせば、彼女は『帰りは自分で走るねー!』などと言って手裏剣の回収に向かった。
それに肩の力が抜けそうになりながら、高度を上げる。
何はともあれ、今のでかなりの悪魔は潰せたか……。
『……───おい!おい京ちゃん君!聞こえるか!エリナ君も!』
「アイラさん」
イヤリングから聞こえてきた声に、我ながら呑気な返事が出てくる。
『無事か!?人が気持ちよく昼寝している時に、何を巻き込まれているんだ君は!?』
「僕に言わないでください」
軽口を返しながら、まだまばらに飛んでいる悪魔どもへ斬りかかる。連携できるだけの数もこの場には残っていない様で、鎧袖一触と斬り捨てていく。
心なしか、調子が戻ってきた。普段ダンジョンで戦っている環境に、近づいたからかもしれない。
『今回は、氾濫したのは君達の所だけだよ。じきに自衛隊の救援が来るはずだが、住宅街なせいでヘリは向かえないかもしれない』
「それは良いニュースなのか悪いニュースなのか……っと」
迫る大鎌をターンで避け、無防備な悪魔の背中を斬る。
『さてね。とにかく、もう少し時間を稼いでくれ。救援が来るまで持ち堪えるんだ』
「もうやってます」
『それと、くれぐれも』
彼女が、何かを言おうとした瞬間。
光と轟音が、辺りを包み込んだ。
「な、ぁああ!?」
半瞬遅れてやってきた衝撃波に空中でバランスを崩し、落下しかける。
目の前まできた校舎の壁に剣と右膝をぶつけ、頭から突っ込むのだけは避けた。右半身に異音が響くも、気にしている余裕はない。
なんだ、何か爆発したのか?
『おい、なんだね今の音は!』
「わかりません。突然音と光が……」
答えながら、視線を光った方向へと向けて。
「……嘘だろ」
絶句する。校舎から、少し離れた住宅地。そこが燃え盛っていた。
全ての家屋にガソリンでもばら撒いたのかと言うほど、炎が上がっている。ただの雨では消す事も出来ないのではと思う様な、大火事だ。
しかし、自分の視線が吸い寄せられたのは別の存在に対して。
鼻どころか凹凸の無い、のっぺりとした顔面。そこには赤く輝く瞳とバックリと開いた口のみがある。
黒い筋肉質な身体の各所を、深紅のプロテクターの様な外骨格が覆い、右手にはレッサーデーモンが持っていた物に装飾を増やした様な大鎌。
捻じれた1対の角に、蝙蝠めいた翼。そして、爬虫類の様な尻尾をゆらりと揺らしている。
炎を足元に浮遊するその存在と、1キロ近く離れているというのに、視線が合ってしまった。
『いいか京ちゃん君!とにかくボスモンスターとは、『デーモン』とは戦闘するな!危険度で言えば同格のレフコース以上だぞ!絶対に見つかるなよ!』
「……もう、遅いかと」
『はあ!?』
頬を、雨粒以外の水が伝う。
唇も歯茎もなく、皮膚と一体化した様な怪物の牙。それが並ぶ口が、こちらに向けて開かれた。
『■■■■■■■───ッッ!!』
正真正銘の『悪魔』が、雄叫びを上げる。
瞬間、集束する膨大な魔力。咄嗟に校舎の壁を蹴り、風を足場にして高度を上げた。
間違いなく、奴はあの魔力を撃ち出してくる。それがわかっていながら、判断に迷った。
受けきれない。『概念干渉』はあくまで『触れられないモノを触れられる様にする』だけであり、出力や質量で圧倒されていればただ押し潰される。
だが奴が放とうとしている攻撃を避ければ、間違いなく校舎が燃やされる。中には母さん達がいるのだ。回避は、出来ない。
呼吸を止め、とにかく全力で敵に突撃する。撃たせる前に、斬るしかない……!
だが、一瞬の躊躇か。あるいは、単なる地力の差か。
間に合わない。悪魔の口から、膨大な魔力の奔流が放たれる。
「お、おおおおおお!」
肺に残った全ての空気を絞り出す様な雄叫びと共に、剣を振るった。
『概念干渉』
まるで、滝の流れを棒きれ1本で止め様とするがごとき愚行。絡めとる事もできず、四方に分かたれた魔力が雨雲や地面を削る。
刀身が極光にぶつかり、3秒。刃が罅割れ、両の籠手が砕ける。
兜までも剥ぎ取られ、開けた視界で視た。
構えていた剣が砕かれ、自分を飲み込む光の束を。
「ぁ……」
途絶えかける意識の中、吹き飛ばされる先を視認する。
そこは、自分が普段通う教室だった。
窓ガラスが割れて、頭から見慣れた空間に叩き込まれる。
悪魔の放った極光の残りが、校舎の一部を砕き自分に瓦礫が降り注いだ。
読んでいただきありがとうございます。
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