第五十七話 雨天の祭り
第五十七話 雨天の祭り
「きゃあああああああ!?」
『GYAHAHAHAHAHA!!』
悲鳴と哄笑が木霊するなか、悪魔どもが急降下を開始する。向かう先は、グラウンドの中央。そこには未だ状況を理解できていない生徒達がいた。
あのままだと彼らは死ぬ。間違いなく、『誰か』が助けなければあの大鎌が命を刈り取るだろう。
その中にいた伊藤君と、目が合った。
一瞬だけ駆けだすのを躊躇する。その僅かな間にレッサーデーモンは手にした大鎌を振りかぶっていた。
振り抜かれるまであと2秒もない、必殺の間合い。
───ならば、1秒で間合いを詰める。
迷ったせいで『魔装』を展開する時間がっ、部分展開なら!
『GY───』
山羊頭に下卑た笑みを浮かべて大鎌を振りかぶっていた悪魔の脇腹に、右の拳を叩きこむ。インパクトの瞬間に、籠手のみを展開。
鉄拳が皮膚を貫いて肉を抉る。続けて左の拳をアッパーぎみに顔面へ叩き込みながら、こちらも籠手を展開した。
『GYHAAAAA!!』
続いて、死角からの攻撃を『精霊眼』が予知。地面スレスレを滑空し、大鎌を下段から振るうもう1体のレッサーデーモン。
その斬撃を右足に展開したブーツで踏み砕きながら、頭の角を両手で掴んだ。
「おおぉ!!」
雄叫びと共に『魔装』を完全展開。膝蹴りが山羊面を砕き、絶命させる。
取りあえず2体倒したが、全体から見れば誤差の範囲。校庭のあちこちに怪物どもが降り立ち、その剛腕と鎌で命を奪っていた。
体格は2メートル前後とモンスターの中では中型だが、その膂力は容易く人間を引き裂く。
「立て!逃げろ!」
「は、はひ……」
呆然とした様子で座り込んでいる伊藤君を、舌打ちしながら脇に抱える。
嫌いな奴だが、目の前で死んでほしいとまでは思っていない!せめて目の届かない所で死んでくれ!
右手で腰の剣を抜きながら、とにかく周囲に視線を巡らせる。
逃げようとする男子生徒を掴み上げ、上空に連れ去る悪魔。大鎌で腕を切り落とされ、絶叫する女子生徒。我先に逃げようとする者と生徒を逃がそうとする者でごっちゃになり、まともに動けない所をテントごと押し潰された教師たち。
そして、保護者がいるテントに降下する数体のレッサーデーモン。
───そのテントで、周囲の混乱により動けずにいる両親の姿を発見した。
「走るぞ!歯を食いしばれ!」
「へ、あ」
返事を聞くより先に、全速力で駆けだす。背後に風を最大出力で放出しながらの加速。凄まじい速度で景色が流れて行く中を、この眼は全て捉える。
時速130キロオーバー。テントの屋根を突き破って降り立ち、周囲でおののく保護者達に鎌を振りかぶったレッサーデーモンへ一息に間合いをつめた。一瞬だけ、山羊の瞳と視線がぶつかる。
すぐさまこちらに軌道を変えた大鎌。それが振り切られる前に腕を切り落とし、返す刀で首を引き裂いた。
続けてほぼ真上から斬りかかってきた別の悪魔による攻撃を半歩ずれる事で避け、カウンターで柄頭を顔面にめり込ませる。相手の勢いもあって、頭蓋骨が砕ける感触が伝わってきた。
直後、背後から迫る別の個体を『精霊眼』で予知。振り向きざまに胴を横に掻っ捌く。
『GY……!?』
「フンっ!」
腸をぶちまけたその個体が跪くなり、その頭に柄頭を叩き込む。
次は……!
魔力の流れを読んで上を見上げれば、頭上にて2体のレッサーデーモンがこちらに腕を向けている。
もごもごと動いている口元。次の瞬間、人の頭ほどの火球が放たれた。以前見たオークのそれとは、比べものにならない魔力量を感じ取る。
だが、魔法ならっ!
『概念干渉』
剣で炎を絡めとり、体を1回転させながら打ち返す。
左側のレッサーデーモンに直撃して燃やす中、もう1体が大きく距離をとった。
追撃はやめ、左手に抱えていた伊藤君に視線を向ける。邪魔だしそろそろ降ろしたいのだが……。
「ぅ、ぁ……!」
「あっ」
途中から静かになったと思っていたが、そういう……。
真っ青な顔で口を押さえている彼を、ゆっくり地面に降ろした。直後。
「おげぇええええ……!」
盛大に胃の内容物を吐き出した伊藤君から、数歩離れる。
急いでいたとは言え、無茶をさせ過ぎたか。まあ死ななかっただけ良しとしてもらおう。
そんな事より、両親は無事だろうか。
首ごと視線を巡らせれば、抱き合った姿勢でこちらを見ている父さんと母さんを発見した。
呆然としているも無事な2人に安堵しつつ、近くにいた人に伊藤君を任せる。
「彼をお願いします。皆さんはとにかく校舎の中へ」
「あ、ああ……」
「僕は避難の援護をします」
本音で言えば両親を抱えてこの場から離脱したいが、大山さんのご両親も来ているかもしれない。というか、エリナさん達は大丈夫か?
考える事が多すぎる。戦闘中にあれこれ頭を使っていられない。取りあえず、かたっぱしから敵は斬る。人間は守れたら守る。今は、それぐらいシンプルな方が良い。
剣を握り直し、最短コースでエリナさん達がいるテントに向かう。
そこら中でレッサーデーモンどもが暴れ、生徒も教師もパニック状態だ。広いグラウンドが狭く感じるほど、人で溢れかえっている。
逃げ惑う人々の動きを『精霊眼』で捉え、直感任せに回避。身体を捻り、跳び、僅かな隙間を縫うように疾走する。
道中、こちらを向いているか否か関係なく間合いに入ったレッサーデーモンへ剣を振るった。
袈裟懸けに斬り捨て、横一文字に両断し、胸を貫いた悪魔を上に撥ね飛ばす。
「どぉけええええ!」
エリナさん達のテントに大鎌を向けていたレッサーデーモンを縦に両断し、続けて胴も断ち切って出来上がった隙間を走り抜けた。
返り血を風で吹き飛ばしながら、忍者刀を手にしていた相方に背を向ける様にしながら地面を滑走。足裏で地面に2本線を引きながら停止する。
透明化しながら敵を斬っていた様で、周囲の悪魔たちは見えない攻撃を警戒してかやや密度が薄い。それでも数体がこっちに向かって来ているが。
「エリナさん!」
「ナイスタイミング京ちゃん!皆が逃げるのを手伝おう!」
「了解!」
考えるのを一時放棄し、即断で頷く。この状況で意見を言い合う暇はない。
「取りあえずこれ!」
そう言って、エリナさんがアイテムボックスから何かを取り出した。
メタルシルバーの装甲を白い模様が彩った、どこか機械的な印象を受ける全身鎧。口元まで覆う様に改造された古代ギリシャタイプの兜には、鋼で作られた純白の鶏冠がつけられている。
鎧マニアが見たら発狂しそうな姿だが、ただ立っているだけで頼もしい気配を漂わせる『ゴーレム』だった。
というか、この魔力って。
「そいつが『白蓮』だ」
『魔装』を纏い、ウォーハンマーを肩に担いだ大山さんがこちらに声をかけてきた。
取りあえず近づいてきたレッサーデーモンを叩き切り、次の個体の顔面を左の拳で粉砕しながら問いかける。
「動かせるんですね!?」
「そのはずだ。だが軽く試しただけで、本格的なテストはまだだぞ。それに武装だって『おまけ』でつけたやつしか」
「囮に使えるのなら今は十分です!起動します!」
風の鉄槌で斬りかかってきた悪魔どもを数体纏めて吹き飛ばして、白蓮へとバックステップで近づく。
そのまま肩に触れ、一息に魔力を流し込んだ。
兜の下でガラスの瞳が発光し、ゴーレムが動き出す。
そして、ジャラリ、と鎖が地面に落ちた。
「……鎖?」
思わず疑問符を浮かべ、白蓮の手元を見た。そう言えば、『おまけ』がどうこうと大山さんが言っていた気がする。
メタルシルバーの右腕には、黒い武骨なグリップと7メートル前後の鎖。そして、その先端にある棘付きの鉄球を左掌にのせていた。
「なんだこの変な武器!?」
「アタシの趣味だ」
こんなん僕の考える騎士じゃないんだが?解釈違いなんだが???
「でぇい、今はいい!白蓮!大山さん達を守りながら、モンスターを攻撃!羽と角があるやつは全部敵だ!」
───ブオンッ!
白蓮が、前進しながら鎖を回転させ始める。あの鉄球、自分の素材が使われているらしい。風を放出し、あっという間に常人の目では追えない速度にまで加速している。
そして、投擲。上空から鎌を構えて降下してきたレッサーデーモンの腹に、直撃する。
『GYA───ッ!?』
棘が食い込み、『く』の字に曲がった体を離さない。その状態で白蓮は容赦なく鎖を振り回した。
近くを飛んでいた別の個体に刺さったままの悪魔ごとぶつけ粉砕し、そのまま鉄球は別の悪魔へ向かっていく。
体を捻り鉄球を振り回す白蓮。鎧からも細かに風を放出して姿勢を制御している様で、ダイナミックな動きに反し体幹は安定していた。
……鎧のデザイン含め想定外だらけだが、戦力としては申し分ない。
「僕はとにかくあちこち走って斬りまくる。こっちは任せた」
「おっけー!あ、京ちゃんこれ」
そう言って、エリナさんがイヤリングと指輪を渡してくる。素早くそれらを装着し、剣を握り直した。
一瞬だけ、『魔装』を纏った大山さんやジャージ姿の毒島さんの方を見る。
彼女らの背後にはエリナさんのクラスメイト達と、こっちの方が安全と判断したのかうちのクラスの奴らがいた。
皆一様に怯えと混乱の表情で、こちらを見ている。
……思う所がないではないが、今は無視だ。
回転が止まった白蓮の肩に追加の魔力を注ぎ込み、両親たちがいた方向に走りだす。
まだまだ悪魔は多く、それによって避難が碌に進んでいない。不幸中の幸いか、奴らは一度の攻撃で複数を殺す事なく鎌を1度振るうごとに1人を殺している。奴らの膂力なら、纏めて2、3人切り裂けるだろうに。
前にダンジョン庁のHPで見たら、レッサーデーモンは特に残虐性の高いモンスターである。わざと嬲る様に獲物をいたぶり、遊んでいるのだ。あるいは、恐怖を伝染させる為なのか。
何にせよ───その余裕につけ込む。
風を足に集中。膝を一瞬だけたわめ、跳躍する。
敵は多数。無力な人間も多数。味方は少ない。そのうえ、奴らは空を飛び魔法まで使う。であれば、『アレ』を使うより他に道はない。
練習は、した。基礎は既に出来ている。しかしまだ望んでいた水準に至っていない。我ながら未熟な段階である。
初の実戦での使用がこんな状況になるのは想定外過ぎたが、愚痴を言っている暇はない。
───自分の『風』は、人を浮かせるのに十分な出力をもつ。
そう気づいてから、真っ先にこれを使って飛べないかと考えた。だがバランスを取るのが難しく、何より速度が足りない。ほとんど浮いているだけだ。
だったら、
『概念干渉』
足場にして走ってしまえばいい。
ブーツの靴裏で、纏わせた風を踏みつける。
加速。風を足場に使っている分、地上を走る時ほどの速度は出せないが、それでも悪魔どもよりは速い。
一瞬で間合いを詰め、悠長に獲物を品定めしている個体の胴を両断した。続いて手近な悪魔の首を引き裂き、振り返ってきた悪魔の羽を左手で掴む。
『GY……!?』
長柄ではどうする事も出来ない間合いにて、袈裟懸けに斬り裂く。悪魔のくせして血は赤い様で、鮮血が宙を舞い地面に落ちていった。
そこでようやく、自分達の領域に踏み込んだ存在をレッサーデーモンどもが認識する。
蝙蝠めいた翼をゆっくりと羽ばたかせた怪物どもが、一斉にこちらを向いた。
『GY……GYYY……!!』
『GAAAAAAAA───ッ!!』
激昂。そうとわかるほどに山羊の顔を歪ませ、レッサーデーモンが大鎌を手に殺到してくる。
それに対し、一瞬だけ風の足場を解除。自由落下を始めた自分へ群がる怪物どもに、剣を振りかぶる。
「纏めて」
『魔力変換・風』
『炎馬の指輪』
『概念干渉』
「燃え尽きろ!」
風と炎が合わさった鉄槌を、縦横無尽に振り回す。それが通り過ぎる度、劣化悪魔どもは灰となって塩へと変わった。
数秒の放出を終え、迫っていた地面を前に再び風を足場にして跳躍。空へ舞い戻る。
炎の嵐を回避した悪魔の首をすれ違いざまに撥ね、次の個体に接近。勢いをのせて頭を殴り砕き、胴体を蹴って方向転換しまた別の個体へ斬りかかった。
『GYYEEEEEE!!』
雄叫びをあげて振るわれた大鎌。柄から上方向に伸びる湾曲した刃と刀身がぶつかり合い、衝撃波が生まれる。
だが、風の助力なしでも膂力はこちらが上だ。強引に鎌を弾き上げ、袈裟懸けに斬り裂く。そのまま首を掴んで体を捻り、背後から放たれた火球への盾にした。
『GY……!?』
燃える悪魔を投げ捨て、味方殺しの悪魔へ突撃。武器を構える時間を与えず胸を貫き、腹を蹴りながら刀身を斜め上に引き抜いた。
上空から、両親を見下ろす。
どうやらまだ無事の様で、ちょうど校舎の中に逃げ込む所だった。
それに胸を撫で下ろしたのも束の間、横合いから迫る刃を予知。後ろに跳んで回避し、切りかかってきた個体にナイフを投擲する。
胴体に直撃し怯んだ所へ、間合いを詰めて斬り捨てた。
これで何体倒したか、数えていない。だがわかるのは。
『GYGYGYGY……!!』
『BOU!BOOOOU!』
嫌になるほど、雨空の下は悪魔で溢れているという事だ。
剣を構えなおす自分を、360度全方位から囲むレッサーデーモンども。どうも、『最優先で殺すべき対象』と認識されたらしい。
好都合だが、同時に命の危機でもある。
どいつもこいつも『レフコース』は勿論『チャンピオン』にすら届かない雑兵だが、この数は流石に厳しい。腰が引けそうになるのを、理性で抑える。ことここに至っては、背を見せる方が危ない。
何より……。
露出している口元に、気合で負けまいと笑みを浮かべてみた。でも、たぶん少し引きつっていると思う。だって内心恐くて仕方ないし。
それでも、両親や友人に少しでも敵が向かわない為にも。
「来いよ」
『GAAAAAAA!!』
悪魔どもの中で、笑うとしよう。
雨は、徐々に勢いを増していく。
読んでいただきありがとうございます。
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