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第五十六話 雨天中止

第五十六話 雨天中止





『ところで京ちゃん君。実は残念なお知らせがある』


 オークのダンジョンに行った3日後、『松尾海戦』をしている最中アイラさんがそんな事を念話で言ってきた。


「なんですか。敵に囲まれましたか?」


『いや。それは今から華麗に撃退するから問題ない』


「わかりました援護に向かいます」


『待ってろパイセン!うおおおおお!ウン●アタァァアック!』


「ウ●コ言うんじゃありません」


『ええい、なんだこの信用の無さは!もういい、ウニタンクを起動してやる!!』


「次のアプデまでそれ使わない方がいいかと」


『『あっ』』


「ねえなんで2人して勝手に落下するの……?」


 ステージの隙間に落ちる残念美女2名。もはやわざとかと言いたくなる見事な自滅っぷりである。


 あーもう滅茶苦茶だよ。


『ところで京ちゃん君。実は残念なお知らせがある』


「天丼なら結構です」


『違う違う。まあ聞きたまえ』


「はい」


 声のトーンからして、真面目な話らしい。


 そういう話をゲームしている時に言うんじゃねぇとは思うが。これ、オンライン対戦だから勝手に中断できんし。


『実はダンジョンでドロップするコインについて、次の探索から買取り金額を下げる事になった』


「あー。まあ、ですよねー」


 コインの価値が落ちる。それは、予想していた事だった。


 むしろ、今までがおかしかったと言える。1日で100万とか稼げていたのが、本来ありえない事だったのだ。


『研究室で十分な量が確保できたし、スポンサーもこれ以上はいらないらしいと、ババ様から聞かされてね。買取り金額の変更について、メールで詳しい内容を送っておいたから確認してくれ』


「わかりました」


『今後は、君達の場合コインは研究室ではなく一般の方に販売した方が儲かるだろう。その辺のアドバイスもババ様が書面にしてくれたから、読んでおいてくれたまえよ』


「ありがとうございます。参考にさせていただきます」


『それと、だ。コインの方は下がるが、それ以外のドロップ品に関してはこれまでどおり取引する予定だよ。今の所は、だがね。何にせよ、今後とも頼む』


「わかりました。こちらこそよろしくお願いします」


 ……なるほど。ゲーム中に話を切り出したのは、景気の良い話じゃないから他のタイミングだと言い出しづらいかったとか、そんな所だろう。アイラさんらしい。


 しかし、コインの買取り金額減か。


 想定していた事ではあるが、残念なお知らせであるのは事実である。


 たしか、今のコインは相場で『1枚500円』ほど。文字通りワンコインに成り果ててしまったわけである。ちなみに、この前までは研究室に倍近い金額で買い取ってもらっていた。


 一時期は高額で売買されていたのだが、冒険者の増加で需要と供給のバランスが変わり、この値段にまで下がったらしい。


 それでもきちんと売れる分、4月の頃よりはだいぶマシである。20体倒せば1万円、50体倒せば2万5千円だ。


 アイラさんは少し不安がっている様だが、これを理由に彼女らとの契約を切る気は皆無である。


 この人の『念話』や『鑑定』は便利だし、何より恩も情もある。他のドロップ品は高値で買い取ってくれるままだし、今後とも彼女らと組んでダンジョンに行くつもりだ。


『ああ、そうだ。残念なお知らせだけでは気も滅入るだろう?ここは1つ、良いニュースも追加しておこうじゃないか』


「と、言いますと?」


『ダンジョン庁と国土交通省がついに動いた様でね。自治体に支援をする事を前提に、役所が各地にある空き家の内部を強制調査する事が決まったそうだ。場合によっては、警察立ち合いのもと空き家自体の破壊も認められるらしい』


「それはまた」


 遂に、その辺の問題に国が動き出したらしい。


 空き家問題は、『覚醒の日』の前と後で意味を大きく変える。昔は火事や犯罪関連で問題視されていたが、現在は『未確認のゲート』があるのではと危険視されていた。


 これまで、何回も空き家に放置されていたゲートが原因で氾濫が起きている。いい加減にしろと、官民問わず声が上がっていた。


 しかし空き家の持ち主への配慮や、法律上の問題で中々手が出せずにいるとテレビで聞いていたのだが……ダンジョン庁と国土交通省は、いい仕事をしてくれたらしい。


『ネットでは先ほど公開された情報だが、明日の朝にはテレビでも大々的に取り上げられる事だろう。楽しみにしていたまえ』


「いや、まあ。2回も氾濫で苦労した身ですので、嬉しいニュースですが……明日の朝はそんな気分じゃないかと」


『うん?ああ、そうか。明日だったね』



 明日は、体育祭なのである。



 自分は何の競技にも参加しないのに、『応援だけはしなさい』と教師に言われて強制参加なあの行事である。


 いやマジで勘弁してほしいのだが。気まずいってもんじゃないし。


 あと体育教師お前この野郎。遠回しに体育祭では体調不良になれと言っておきながら、さも『さぼろうとしている生徒を諭している教師』みたいな態度取りやがってからに。


 まあ行くのだけれども。基本的に自分は『長い物には巻かれろ』なスタンスなので。


「そう言えば。うちの両親は一応来てくれる予定ですけど、アイラさんや教授はエリナさんの応援に来ないんですか?一応保護者的な立ち位置ですし」


『ババ様は多忙だからね。大学での講義に、研究室での仕事。職員同士の会議にダンジョンでのフィールドワーク。そして家の事もちょくちょくやってくれているし、家政婦さんとかの契約もあの人が管理してくれている。残念な事に、エリナ君が競技に出るわけでもないのに参観へ行く事は出来ないさ』


「なるほど。アイラさんは?」


『高校生の集団に近づきたくない。というかあんまり外出をしたくない』


「ですよね」


 そんな気はしていた。


『京ちゃん京ちゃん!』


「はいはい」


『私からも良いニュースと悪いニュースがあります!!』


 ここまで『うおおおお!』とか『きえええええ!』とかの奇声しか上げていなかったエリナさんが、人語で話し始める。


『まず良いニュースはね、シーちゃんが鎧を完成させたんだって!』


「え、もう?」


『うん!明日の朝、私がびゃっちゃんごと受け取って空間忍術でしまっておくね!実物を見るのは体育祭の後のお楽しみだよ!』


「ありがとう。体育祭が終わったら受け取るから」


『というか、運ぶの大変だと思うし私が京ちゃんの家まで持って行くよ?体育祭終わったら、そのまま一緒に行こうね!』


「えっ」


 女子が、エリナさんが、うちに?


 思わずフリーズした自分に、彼女が少し不安そうに問いかけてくる。


『ダメだった?何か都合悪い?』


「あ、いえ。そんな事は」


『良かったぁ。びゃっちゃんの鎧、どんな風になっているか楽しみだね!』


「は、はい」


 ……マジで?


 緊張で冷や汗を流しながら、視線を部屋の中に向ける。


 ……これは、今夜のうちに片づけなくては……!


 自室にまであげるかは未定だが、玄関まで運んでもらったらさようなら、ではあまりにも失礼過ぎる。となると、家に招いてお茶でもとなるわけで。


 そうなると、結構な確率で友人関係である自分の部屋に案内する事になるのでは?待って?心臓がえらいことになっているんだけど?


『それとね京ちゃん。悪いお知らせです』


「は、はい?」


『負けました。惨敗でござりまする』


「知ってた」


 画面上は敵チームの墨だらけであり、圧倒的大差で敗北である。


 お前らが話すのに夢中だったからだろうって?残念だったな。普通に実力の問題だ。


 ゲームを終え、念話で雑談をしながら部屋の中を見回す。


 ごちゃっとした机の上。ベッドに放置された漫画。壁沿いに埃が少し積もっている床。


 ……取りあえず、女性に見られちゃまずい漫画やゲームを隠すか。



*    *     *



 そんなこんなで、翌日。体育祭。


 空はあいにくの曇天であり、天気予報では雨が降るかもと言っていた。雨の強さ次第では、そのまま中止になるかもしれない。


 各クラスのスペースには支柱で屋根だけ張ったタイプのテントがあり、保護者や教師の所も同様だ。これなら、突然降り出しても濡れネズミになる事もあるまい。


 そんな、自分のクラスのテントにて。



 僕は今、『 女 装 』をしていた。



 いや、別に虐めとかではないと思うんだよ。ただ、何故か障害物競争に『男子は女装、女子は男装』というルールが追加されていたらしく。


『矢川君!体調不良で見学との事だが、君の名前は障害物競争の出場欄にあるんだ。一体感を出す為、一緒に女装してくれ!!』


 と、既に女装姿な数人の男子に囲まれたのだ。


 その圧に負け、こうして生き恥を晒しているわけである。


 女装が悪い事とは言わない。だが、自分の様な奴が着ても変な生物にしか見えないのが嫌なだけである。


 覚醒の影響か背が中学の頃よりだいぶ伸びて、クラスでも大きい方。肩幅だってそれなりにある。


 だというのに、自分が着ているのはフリフリのメイド服だ。しかもスカートが膝までしかない。


 長い黒髪のウイッグをつけ、手には武骨な革の手袋。首には派手なチョーカーと、漫画に出てきそうなコスプレメイドである。


 胸の詰め物は邪魔だし、スカートがスースーして落ち着かない。どうにかパンツは死守したが、足は白いニーソックスに覆われている。違和感が凄い。


 テントに並べられたパイプ椅子の一番後ろに座っているのだが、膝同士を強く合わせ手でスカートの端を掴んで押さえる。少しでも足を隠したかった。


 鏡で確認する暇がなかったけど、似合っていないに違いない。なんという屈辱か。


 羞恥で自然と頬が熱くなる。クラスメイト達の視線もこっちにやたら向けられるし、なんだかカメラで写真まで撮られた気がする。


 自分にこんな格好をさせた数人の男子生徒はと言うと、


「頑張れー!突っ走れー!」


「負けるなぁ!根性みせろぉおお!!」


「最後まであきらめるなぁ!」


 と、最前列で男らしくクラスメイトを応援していた。それぞれセーラー服、ゴスロリ衣装、ミニスカ軍服である。


 女装姿なのに堂々としたもので、それほど皆の応援に全力なのだろう。


 一瞬。


『あいつら、自分達の女装姿を周りに見せたいだけでは?』


 と疑ってしまった己が恥ずかしい。彼らは純粋に学友を応援しているというのに、心が汚れている証拠だ。


 何にせよ、この格好は落ち着かない。


「はぁ……」


 煩わしい長い髪を少しだけかき上げると、隣からの鼻息が増した気がする。


 何やら、隣のパイプ椅子に座る伊藤君がこちらをガン見していた。顔も赤いし、目が血走っている。正直恐い。


 アレだろうか。練習にも競技にも参加しないくせに、女装して浮かれて見える自分が気に食わなくて怒っているのだろうか?それとも、爆笑しそうなのを我慢しているのかもしれない。


 何にせよ、視線が痛い。そう思って顔を反対側に向ければ、隣のクラスのテントがある。


 めっちゃガン見されていた。エリナさんに。


 あちらは普通に体操服と半ズボン。そしてジャージの上着を肩に引っ掛けた格好だ。鉢巻までしてテンションの高さがうかがえる。


 やたら目をキラキラさせてこちらを見る自称忍者に、思わず硬直してしまった。なんだその『クリスマスに玩具を買ってもらった幼子』みたいな瞳は。


 よもや、後で自分を玩具にする気じゃないだろうな?……あ、絶対されるよこれ。何ならアイラさんも加わる気がする。


 毒島さんは何やら驚愕した顔でこちらの全身を見た後、数秒ほどフリーズしてから頭を抱えていた。何があったのこの人。


 一番リアクションとして理解が出来るのが、憐みの視線を向けてくる大山さんだけである。同情するなら助けてください。


 あと、彼女らのクラス元気がやたらいいな。全員が後ろの方に座っているエリナさん達から距離を取る様に、前列に固まって運動場で走るクラスメイトを応援している。


 ……うん。これ、単にエリナさんから距離を取りたいだけだな?


 というか、他のクラス見たらこの段階で女装している奴いねーじゃん。うちのクラスがフライングして女装しているだけじゃねぇか。


「はぁ……」


 再びため息を吐いて、視線を正面に向ける。


 リレーがちょうど終わった所の様で、次の競技に向けて移動が始まった様だ。隣の伊藤君も、えっちらおっちら歩き出している。


 ……怪我でもしているのか、歩き方が妙だけど。


 何はともあれ、自分がやる事はない。応援と言われても、最前列の彼らみたいにこの姿を衆目に晒す度胸などなかった。


 いっそ、教師に具合が悪いから帰るとでも言ってしまおうか迷う。ついでに参加出来るようなら競技に出るかもと言えば、ノータイムで仮病を信じてくれるに違いない。


 そんな、体育祭に相応しくない考えを巡らせていると。


 ───ポツリ。


 雨粒が一滴、グラウンドに落ちた。


 遂に天気が崩れ始めたらしく、先の一滴を皮切りにポツポツと雨が降り出す。そっと、胸を撫で下ろした。これで帰れる。


 生徒達のざわめきの中、教師のテントが何やら慌ただしい。小雨だから、このまま続行するか迷っているのだろうか?


 しかし、それにしてはやけに焦った顔を……。


「ん?」


 きりさめの様な雨の中、赤い何かが地面に落ちた。


 それは、ほんの数滴。普通なら見過ごしそうな違和感なのに、不思議と視線が引き寄せられる。


 再び落ちてきて、グラウンドの土を濡らした赤い液体。


 それを正しく認識した瞬間、自分は椅子を倒しながら立ち上がっていた。


 ほぼ同時に、スピーカーから声が響く。



『学校の近くでダンジョンの氾濫が発生しました!生徒と保護者の方は直ちに校舎内に避難してください!』



「え……?」


「どういうこと?氾濫?」


 混乱する生徒達の間をすり抜け、テントの外へ。


 想像が、いいや自分の直感が外れてほしいと思いながら、見上げた空。



『GYAHAHAHAHAHA!!』



 響き渡る哄笑。それの主達は、片手で物言わぬ『犠牲者』をぶら下げながら我が物顔で天を飛んでいる。


 山羊の下半身と頭。筋骨隆々の、人間そっくりな上半身。背からは蝙蝠の様な翼を生やし、右手には大鎌を握っていた。


 人ならざる存在どもが、横長の瞳孔を輝かせて獲物を品定めする様に校庭を見下ろしている。


 自分以外にも敵の存在に気づいたのだろう生徒達が、悲鳴をあげた。それすらも、あの怪物どもは愉悦に口角を吊り上げて嘲笑う。



『レッサーデーモン』



 高い知能と残虐性。そして、魔法を駆使する『()()()()()()()()()』。


 それが、学校の上空を飛び回っていた。


 何体も。何十体も。


 遠くから、百を超えるだろう哄笑を響かせながら。






読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。




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― 新着の感想 ―
おや?伊藤くんの様子が… 話聞こうか??
アッーーー!
フラグ回収が爆速すぎるw 果たして女装したクラスメイト達はこの先生きのこれるのか そして地味にハブっておきながら参加に圧をかけてきた教師がいなかったら同じ学校の生徒全滅してたかもしれんのかこれ・・う~…
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