閑話 ダンジョン庁の危惧
閑話 ダンジョン庁の危惧
サイド なし
東京都霞が関。そこにある中央合同庁舎のワンフロアが現在、ダンジョン庁のものとなっている。
『ダンジョン庁』
日本各地にあるダンジョンの把握と、情報の管理。自衛隊を始めとした関係各所との情報共有。モンスターへの対策等々。業務内容は多岐にわたる。
その中には、『覚醒者の把握と危険性の推測』も含まれていた。
ダンジョン庁のとある一室。事務机が並ぶ部屋の角に、大きめの机がある。
それを囲う10人の男女。机には紙の資料が並べられ、半数ほどの職員がタブレットを手にしていた。
「……冒険者の数は去年と比べて倍以上か」
『部長』の呟きに、隣の職員が頷く。
「はい。メディアでも冒険者やダンジョンをメインに取り上げる動きが活発ですからね。民間への周知は、かなり広まっています」
「特にネット上では、冒険者への憧れや嫉妬に関する書き込みが多数。かなり好意的に見られている様です」
やや早口な部下の報告に、部長である男性は眉間に深い皺をよせた。
「海外の思惑通り、か」
民間人を冒険者という名前の職業に就かせ、ダンジョンを探索させる事を許可した『ダンジョン法』。
その法案は、主に外国からの圧力によって国会を通った。
『ダンジョンは新たなるフロンティア』
アメリカのとある記者が放ったこの言葉は、ダンジョンの氾濫によって死者が出ていた事もあって炎上こそしたものの、諸外国の意見を代弁したものだった。
未知の鉱物。謎の植物。そして人の痕跡はあれど人が住んでいない土地。
どの国だって欲しいに決まっている。しかし、自国の民どころか金も出したくはない。
『せっかく日本にあるのだから、調査は日本にやらせよう』
そう考えるのは自然であり、もしも外国での事だったら日本政府も同じ考えを持った事だろう。
更に言えば、諸外国にとって一刻でも早くダンジョンがどういうものであるかを知る為、手数は多い方が良い。日本の外にまで広がる可能性や、もっと悲惨な『何か』が起きる可能性もあるのだから時間的余裕もない。
その為のダンジョン法。
「防衛省と警察庁からはかなり不満の声が出ていますね。自分達だけで対応できるとの事です」
「しかし、ダンジョンは未だに増え続けています。とても自衛隊だけでは手が回りませんし、警察では火力が足りません」
だが、諸外国の事情を無視してもダンジョン法を通す必要が日本にはあった。
ダンジョンは、増える。
現在確認されているだけで、全国に約『500』。3度の大合併があり日本の市町村数は約『1700』。3つか4つの市町村の中に1つはダンジョンがあるという事だ。
『覚醒の日』から1年の時点では、約『400』だった。それが、『100』も増えている。
原因も、どういう場所に発生するのかも不明。あくまでこれは確認されたダンジョンだけの数字であり、人の立ち入らない山奥や、空き家になって久しい民家の中に発生し未だ気づかれていない可能性もある。
自衛隊の戦力を全てダンジョンに回す事は出来ない。外国からの防衛に、災害時の救援。そしてどこかのダンジョンが氾濫した際の鎮圧。やらねばならない事は山ほどある。
かと言って、警察が持ちうる火力では倒せないモンスターも既に確認されていた。何より、人手不足という意味では警察も同じ事。普段の業務に加え、未発見のダンジョン探しもしなくてはならないのだ。
更に各市町村も、ダンジョン氾濫時の避難マニュアルやダンジョンストアに関する住民への説明で、とてもじゃないが人を余所のヘルプに回す事など出来ない。むしろ政府に助けを求めている。
猫の手も借りたいし、藁にだって全力で縋らざるを得ない。それが今の日本である。
「しかし、ダンジョンで覚醒者がレベルアップし過ぎるのも問題ですね」
部下の1人が、タブレットを操作しながら続ける。
「この前秘密裏に行われた日米合同の軍事訓練。戦闘訓練を受けた事のない『LV:10』の覚醒者に、陸自がボコボコにされたそうです」
情報の共有を条件に、ペイント弾を含めた訓練用の武装を米軍から貸し出されての『実験』。
陸自の普通科から選ばれた非覚醒者30人の部隊が、市街地を想定して『LV:10の冒険者』と交戦。自衛隊側の武装はペイント弾を装填した小銃と、スタングレネード等の投げ物。対する覚醒者は竹刀1本のみという、傍から見れば虐めの様な人数と装備の差。
陸自側の隊員たちは、それでも油断なく勝負に挑み……。
開始から約12分で、陸自側が文字通りの意味で全滅した。
後日行われた再実験では、その覚醒者に対する情報や戦い方から作戦を組み直し陸自側が勝利。しかし、それでも9人の隊員が死亡判定を受けた。
とても喜べる勝ちではない。
「覚醒者なんて人間兵器みたいなものですよ。どこにでも武器を持って入れるし、中には透明になったりテレポートしたりする奴もいる。それでいてヒグマより強くなるんですから、軍事利用したい人がいてもおかしくないですし。というか、もう海外に」
「ちょっと」
タブレットに視線を落としたまま続ける男性の肩を、隣にいた女性職員が軽く叩く。
「この中には覚醒者の家族がいる人もいます。言い方は考えてください」
「あっ」
そう言って、男性が部長や何人かの同僚に視線を向ける。
「すみません」
「いや。私情は挟まないでくれ。私もそうする。全員、自由に意見を言ってくれ。今は少しでも知恵がほしい」
覚醒者の娘を持つ部長が、部下達を見回す。
それに答え、1人が挙手をした。
「それでしたら、やはり『覚醒者はモンスターを倒すとレベルアップする』という印象をより強めた方がいいかと」
その職員が、手元の資料を見ながら続けた。
「『人間を殺した場合でもレベルが上がる』と周知された場合、凶悪犯罪の増加が有り得ます」
───人を殺した場合でも、経験値は入る。
それを政府が知ったのは、とある事件によってだった。
『覚醒の日』から7カ月後、覚醒者による殺人事件が発生。スキルの使用により、犯人の足取りを掴む事は困難を極めた。
被害は死者14名。負傷者3名。令和の世に発生した大事件として、世間を騒がせた。
犯人の身元がわかったのは、途中から自己顕示欲の為にあえて証拠となり得る物品やメッセージを現場に残す様になったため。
そうして、犯人の逮捕に成功する。
犯人は1度もダンジョンに行った事がなかった。しかし、県庁での『鑑定』では『LV:1』だったにも関わらず、逮捕時には『LV:2』になっていたのである。
この事から、モンスター以外を殺害しても経験値がたまる事が推測された。
「しかし、一般に知られるのは時間の問題かと」
また別の職員が手を挙げる。
「覚醒者の犯罪は年々増えています。その流れで例の事件と同じだけの被害が出る可能性も」
「昨今は闇バイトも流行っていますからね……」
「犯罪以外でも、というか殺人以外でもレベルの上昇は有り得ます。それこそ漁業関係者の覚醒者が、魚をしめる事でレベルアップに必要な経験値を得る可能性も」
スーツ姿の官僚達が、真剣な面持ちで『レベルアップ』『モンスター』『ダンジョン』という単語を使い会議をするのは、いささか滑稽に思えるかもしれない。
しかし、彼らは本気も本気である。
虚構と思われていた物が、現実となってしまったのだから。
「やはり、覚醒者の犯罪者を逮捕する場合は警察の覚醒者に頼るのがベストか……?」
「しかし、現在自衛隊や警察のレベル的アドバンテージはあまりありません」
同僚に注意をした女性職員が、手元のタブレットに視線を落とす。
「自衛隊も警察も当初は現代兵器による攻撃でモンスターを倒していましたが、『魔装』や素手で倒した人よりもレベルアップは遅いという報告が各所から来ています」
「機関銃で何百体もモンスターを倒した自衛官が、『LV:5』とかだったりしますからね」
他の同僚も頷き、頭を掻く。
そう。魔装か素手での討伐以外では、モンスターとの『縁』をほとんど結べない可能性が出て来たのだ。
自衛隊や警察はダンジョン法が出来る前からモンスターと戦っていたが、それによるレベルアップは少ない。まったく経験値が入らないわけではないが、非常に効率が悪かった。
そのため、1年目の冒険者にレベルで追い抜かされている隊員が多い。
「……その事はあまり、世間に公表できないな。警察には、秘密裏に『魔装』でのレベル上げをしてもらうしかない」
「ですね。人がそこまで愚かとは思いたくありませんが、レベルの優劣で『自分が何をしても咎める者はいない』と考え暴挙に出る冒険者が現れる可能性は考慮すべきです」
現在、覚醒者による事件は少ない……と、目されている。
単純にスキルを駆使する事で、犯罪をそもそも気づかせないケースもある。だが、それ以上に覚醒者の大半はただの善良な市民だ。法を犯すリスクを知り、真面目に生きている。
しかし、その枷がたとえ勘違いだとしても外れ、全能感に支配されてしまった時。どの様な行動にでるかわからない。
少数の覚醒者が暴れても、『殺すつもりで』自衛隊や警察が動けば簡単に対処できる。何なら、それこそ高レベルかつ戦闘特化型の覚醒者を対応に向かわせれば不殺で制圧も可能だ。
だが、ダンジョンと同じく覚醒者の数も増えている。母数が増えれば、道を踏み外す者も増えるのは当たり前であり、政府組織の対応限界を超えた『何か』が起きかねない。
「かと言って、冒険者制度をなくせば人手が……」
「片方をたてれば、片方が崩れるか」
覚醒者にレベルアップをされ過ぎるのは困るが、かと言って自衛隊や警察だけではダンジョンに対応しきれない。
そうなると、『もしかしたら』でしかない覚醒者の暴走より、『確実に危険』なダンジョンの氾濫を阻止する方に舵を切るしかなかった。
「ですが、覚醒者ごとの能力差が激しいですね」
資料を眺めながら、先ほど気まずそうにしていた男性職員が呟く。
「非覚醒の一般人に負ける様な覚醒者もいますが、『LV:1』の段階でプロの軍人顔負けの強さを持つ覚醒者もいるみたいですし」
「それは覚醒者も人間ですからね。個人差はあるでしょう」
「だったら、やっぱり注意すべきは高ステータスや強いスキル持ちの覚醒者ですかね?むしろそこに絞れば、予算も人員も抑えられるのでは?」
「そうなりますが……『鑑定』の精度と、数が……」
全員が押し黙る。
日本政府が協力を得られた『鑑定』スキル持ちの数は、たった数十人。30人に1人が覚醒者の今、これでは足りない。彼らにはダンジョンで発見された物品やモンスターの『鑑定』もしてもらわねばならないのだ。
しかも、海外による覚醒者の引き抜きが発生している。国に協力してくれる『鑑定』のスキル持ちは、真っ先に狙われ数が更に減っていた。
更に言えば、『鑑定』したものの効果が不明なスキルも多い。スキル名だけわかったが、何をどうするスキルかは本人に聞かねばならないのだ。虚偽の申告をされるリスクもある。
いいや。それ以前に覚醒者の数が多すぎて、1人1人に聞くなど現状では不可能に近かった。
その後も、様々な意見が出される。中には『これは』という画期的な案もあり、会議は実りあるものに思えた。
「しかし、これらの案のうちどれだけが『予算内』で出来ますかね」
ボソリと呟かれた女性職員の言葉に、部長は沈痛な面持ちで目を閉じた。
「……今回の会議で出た案のうち、特に賛成意見の多かった幾つかをピックアップして上に持っていく」
「次の国会で出される予算案に期待するしかないですね」
胸にタブレットを抱えた男性職員の言葉が、全てだった。
ダンジョン庁。そこは慢性的な人手不足であり、それ以上に予算不足であった。
熱意溢れる彼らの朝は早く、夜は長い。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。本当に励みになります。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
Q.陸自30人が竹刀1本で全滅はやば過ぎない?
A.弱い覚醒者じゃ演習の意味ないので、冒険者の中でも凄腕かつ口が堅いのを引っ張ってきた結果ですね。普通の覚醒者だと『LV:10』でも陸自側が初見で圧勝します。
Q.戦闘内容はどんな感じだったの?
A.覚醒者側が人外の身体能力でパルクール+『影渡り』というスキルで影から影に隠密移動+『使い魔』をけしかけて攪乱して銃の狙いを定める時間も与えなかったようです。
2戦目では陸自側がスタングレネード連打で影吹っ飛ばしつつ、弾幕と罠でどうにか仕留めました。倒された9人はキルゾーンに誘導する部隊です。
Q.その覚醒者はもう出ている人?
A.いいえ。何なら今後出るかどうかも未定な人です。