第五十二話 ダンジョンの枯渇……?
第五十二話 ダンジョンの枯渇……?
放課後、一度家に帰ってから高校近くのバス停へと歩いて向かう。
グラウンドで体育祭に向けての練習や準備をしているのだろう声が聞こえる中、手に持ったボストンバッグに視線を落とす。
昼休み、大山さんから工房……家に来いと言われた。『白蓮の鎧について』との事だったので、家から専用ボディを持ってきたのだ。
ポケットからスマホを取り出して、時刻表と見比べる。もうちょっとのんびり来ても良かったかもしれない。
と、考えた所でちょうどバスがやってくる。今日は少しだけ早いらしい。
ICカードをかざしながら乗り込んで、窓際の席に。他の利用客は見当たらないので、隣に荷物を置く。
スマホを何の気なしに眺めていれば、世の中色々な事が起きているらしい。
政治家の不祥事や、芸能関係のスキャンダルなんて、『覚醒の日』前にもあった様な話題。
覚醒者の権利団体が起こした訴訟や、ダンジョン発生地域の避難している住民に関する支援についてといった、『覚醒の日』以降でしか聞かなさそうな話題。
当たり前だが、自分の知らない所で世界はいつも回っているものだ。
その中で、気になるニュースを見つける。
『マタンゴのダンジョン、遂に枯渇か……?』という見出しが表示されていた。
ドロップ品の一部売買自由化に伴い、急上昇したダンジョン需要。それによって増えた冒険者が、『楽で安全に稼ぎたい』という事で最弱と言われる各地のマタンゴダンジョンに殺到していた。
結果、他のダンジョンではそう見られない大行列が出来上がり、ストアに入るだけでも30分以上かかるのもザラだったと聞く。
そうして長い時間待っても、マタンゴが出てきた端から狩られるせいで2時間ダンジョン内を彷徨ってようやく2、3体と遭遇するだけ。
一定以上の向上心や才能がある人はさっさと別のダンジョンへ行くようになったらしいが、中々マタンゴダンジョンに行く人は減らなかった。
彼ら彼女らの意見としては、『マタンゴ以外のモンスターは怖い』との事。気持ちはわからんでもないが、稼ぎとしてはどうなんだろう……。
そこまでいったら、もう普通にバイトした方が儲かりそうだが。あるいは経験値欲しさか?だとしても、流石にどうかと思う。
とにかく、そんなこんなでマタンゴのダンジョンには連日人が大量にやってきていた。
その結果、遂に先日マタンゴが1日中ダンジョンで発見されなかったらしいのである。
モンスターを倒し続ければ、いつかはいなくなる……かもしれない。
間違いなく朗報だ。まだ可能性の段階であり、そのうちマタンゴが復活するかもしれないが……モンスターがいない日常が来るかもしれないという、希望にはなる。
だが、喜んでばかりいられないのが『冒険者』という職業の悲しい所か。
モンスターとは自分達の飯のタネであると同時に、『レベル上げに必要なもの』でもある。
噂では『瞑想』や『滝行』などでも経験値がたまるらしいが、効率は悪いとも聞いた。
もしもモンスターがいなくなったら、今後日本はどうなる?
一般公開されている『Cランク以下』だけでもそうなったら、覚醒者が大量にあぶれそうだ。中には、学校や会社を辞めて冒険者業に専念している人もいる。
となると、『元冒険者』に残される道は3つぐらいしかパッと思い浮かばない。
1つめ。普通に就職する。
勉強して資格を取るとか、何かしらの形でスキルを活かせる職に就くか。なんにせよ、これが1番真っ当だろう。
2つめ。傭兵やボディガード等の職に就く。
現在でも、ボディガードや警備員等になる覚醒者は少なくない。特に、海外に渡った覚醒者は金持ちの専属護衛になっていたりするとか。……実験動物扱いされるケースもある、なんて噂もあるけど。
3つめ。……これを『道』と評するのはかなり抵抗があるが、犯罪者になる道。
社会に出た事もない若造ながら、世の中ありつける『パイ』に限りがあるのは知っている。それは人も、会社も、国も変わらない。
そして、元冒険者全てに真っ当な道が残っているとは思えない。そうなると、行きつく先は反社やテロ組織。あるいは闇バイト等々……。なんにせよ、碌な事にはならないだろう。
出来るなら、この道にだけは入りたくないものだ。自分は1つめか2つめに行きたい。
となると……やっぱり、やる事はいつもと変わらなそうだ。
学校に行って勉強しつつ、今の内にダンジョンでレベル上げもする。これが安パイだろう。
進学して就職するには学歴が大事だし、ボディガードになるのなら腕っぷしは強い方が良い。
もっとも、これも捕らぬ狸の何とやら。今後、マタンゴのダンジョンみたいに枯渇してくれるダンジョンばかりとは限らない。
まず、枯渇したわけではなく単に増殖のペースを刈り取る速度が上回っているだけの可能性。そして、他のモンスターはマタンゴほど弱くないという事を忘れてはならない。
マタンゴの同ランクの、ゾンビコボルト。冒険者試験の実技で戦う事になったアレとだって、大抵の人は腰が引けるはずだ。自分も最初、緊張のあまり切っ先を天井にぶつけるミスをやらかしている。
レベルを上げていけば大概のモンスターは圧倒できる様になれるだろうが、そもそもレベル上げ自体倒しやすい獲物の奪い合いになりそうだ。逆に、倒しづらいモンスターはだだ余りするだろう。
そうしてダンジョンがまだまだ枯渇しない様なら、その場合でも自分のやる事は変わらなそうである。学校とダンジョンに通い、色んな経験を積んで行くわけだ。
……あと、やっぱり貯金も大事だよなぁ。
現在、自分の口座には高校生とは思えない金額が入っている。税金について相談した結果、父さんが宇宙猫みたいになっていた。
研究室から多額の報酬が貰えるものの、結構な額が税金としてもっていかれている。これでもダンジョン法のおかげで多少はマシらしいが、入る金と出る金がどっちも大き過ぎて感覚がマヒしそうだ。
自分の買いたい物なんて基本ゲーム機や漫画、あとはソシャゲの課金ぐらい。父さんの会社も、まだ潰れずに済んでいる。今のところ、余裕はある。
だが将来なにが起きるかわからない。ノリで大きな買い物をしないよう、注意しないと。
取りあえず、今は防災関連と『対ダンジョン』の方向に使うのがベターなのかなぁ……。
* * *
バスが目的地に到着し、料金をICカードで支払って歩道に降りる。
すると、聞き慣れた元気な声が出迎えてくれた。
「京ちゃーん!こっちこっちー!」
ブンブンと、上機嫌な犬の尻尾みたいに手をふるエリナさん。彼女に小さく手をあげて応えながら、荷物片手に駆け足で近寄った。
「お待たせ。ごめん、出迎えてもらって」
「いいのいいの!京ちゃんシーちゃんの所には1回しか来てないもんね」
『心核』の影響で思考速度が上がったとはいえ、記憶力なんかは据え置きだ。元々道を覚えるのが得意というわけでもないので、こうして迎えに来てくれるのはありがたい。
「そんじゃ行こうぜ京ちゃん!シーちゃんが待ってる!」
「え、ちょ」
手を握り引っ張ってくるエリナさんに、耳が熱くなる。
籠手ごしではない、素手同士の接触。柔らかく小さな少女の掌に、自分でもわかるぐらい顔が赤くなった。
「ん?どったの?もしかして手を握られるの嫌だった?」
「いやじゃ、ない……です」
「そう?じゃあ良いよね!しゅっぱーつ!」
「はぃ……」
「……なんで敬語?」
「……そういう気分だっただけ」
我ながら苦しい言い訳だが、エリナさんは『そっかー』と言うだけ。
彼女の歩みも、右手に伝わる熱と柔らかさは変わらない。
手汗とか、大丈夫だろうか?不快に思われたりしていないだろうか?キモイとか、思われていないと良いのだけれど。
グルグルと頭の中で色々な考えが浮かぶけど、この手を離すという選択肢だけは、出てくる事がなかった。
……い、いや!振りほどいたりしたら失礼だし!そんだけだし!
「ついたよ京ちゃん!……お顔赤いよ?具合悪いの?」
「……肉体面は一切問題ないから、大丈夫」
「それ大丈夫じゃない人が言うやつだよぉ!?」
「いや、マジで問題ないんで。気にしないでくださいエリナ先輩」
「同い年だし同学年だよぅ!?」
なんだろうね。この敗北感。
「……なに騒いでんだ、お前ら」
助け船か、はたまた垂らされた蜘蛛の糸か。
扉を開け呆れ顔をこちらに向ける大山さんに、慌てて背筋を伸ばす。
「失礼しました。お待たせしてすみません、大山さん」
切り替えろ、矢川京太!仕事だ、ここからは仕事の話だ。
そう思い込めば普通に喋れる。ここで気を抜いたら、全自動童貞勘違いさせマシーン、ERINAさんによって情緒を破壊されてしまう!!
「……まあいいけど。中に入る前に言っとくが、今日は親父も社員の人らもいるから。あんまふざけんなよ。マジで危ないから」
「はい」
「はーい!」
扉によりかかった大山さんが、胸の下で腕を組みながらこちらをじろりと睨みつける。
相変わらず小さいのに大きい。『センチ』で言えばエリナさんの方が圧倒しているのだが、身長との対比もあって凄い事になっている。
いけない。そう言う事を意識しては、仕事モードが解除されかねない。
素面になればなるほど、金髪巨乳美少女と低身長巨乳なJKと一緒に過ごす空間に脳がバグりそうになる。
右を見ても左を見てもデカパイ。あれ、もしかして覚醒して一番の恩恵って僕の場合出会いでは?
工場の作業音がする中だというのに、自分の胸がドキドキと負けない音量で騒ぎだす。
くっ、鎮まれ僕の心臓!『賢者の心核』とかいう名前のスキルもっているんだから、冷静になれ!!
───無理だよ!おっぱい美少女+おっぱい美少女だぞ!?10倍だぞ10倍!!
……何言ってんだ、僕は。まず何が10倍だよ。
「おい矢川。百面相するのは良いけど、工場中でふざけたら全身の毛ぇ剃るからな」
「あ、はい」
「毛を剃る……お坊さん……でも京ちゃんはお坊さんじゃない……つまり忍者!?」
「エリナ。お前も中でふざけたらケツ叩くからな」
「はーい」
あれ、僕とエリナさんで扱い違くない?
若干冷静さを取り戻しながら、大山さんの後に続いて工場へと入った。
塾で勉強中の毒島さん
「……なんでしょう。非常に不愉快かつ不可解な計算式がどこかで展開された気が……」
京太
「おっぱい+おっぱいは2じゃないぞ。でかぱい+でかぱいで200だ!10倍だぞ10倍」
大山さん
「矢川、お前いくつだっけ……?」
読んでいただきありがとうございます。
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