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閑話 錬金同好会の技術力は世界一ぃぃ!

閑話 錬金同好会の技術力は世界一ぃぃ!





サイド なし



 神奈川県某所。


 ダンジョン内部。


 その場所を端的に言い表すのなら、『古城』だった。


 元は滑らかだったのだろう、床と壁を構成する石材。


 元は豪奢だったのだろう、壁に飾られているタペストリー。


 元は荘厳だったのだろう、この城は。しかし、今やかび臭い廃墟寸前の有り様であった。


 床も壁も細かなヒビが各所に入り、所々指が入るほどの穴も開いている。壁に吊るされた布は破けているか、虫食いでボロボロになっているのかのどちらかであり、もはや元はどういう模様だったかもわからない。


 自衛隊が設置した照明が照らす中、ゴトリ、ゴトリ、という足音を響かせて進む影があった。


 つるりとした表面。張り付けた様な笑みを浮かべる、獣の面。四足獣と人間を混ぜ合わせた様な、あるいは獣が人に化ける寸前とでも言うべき姿。


 明らかなる人外。もしもこれを言い表すのなら、そう……。



 信楽焼のタヌキである。というか、『錬金同好会』の作ったマギバッテリー搭載のゴーレムだ。



 編み笠に似せた盾を構えたタヌキゴーレムの後ろに、『ウォーカーズ』ギルドマスター、山下博。そして彼の妹の友人でありパーティーメンバーの喜利子と、幼馴染の省吾がいる。


 最後に、『錬金同好会』より出向している錬金術師。かつて彼らと行動を共にしていた一柳ではなく、30後半の女性であった。


 慎重にダンジョン内部を進む彼らを照らす、人工の明かり。


 だが、民生品のそれよりも頑丈な自衛隊の照明器具が突如として激しい点滅を始めた。


 1つ2つではない。彼らがいる場所を中心に、10以上の照明が明滅しているのだ。


 その明らかな異常事態に、しかし全員警戒心を強めるだけで動揺はしない。


「来るぞ、注意しろ」


 山下の言葉に、全員が背中合わせとなり周囲を見回す。


 少しでも死角をなくそうとする彼らに、『ソレ』は上からやってきた。


 照明が、ぶつりと切れる。暗闇が支配した瞬間、うすぼんやりと光る何かが天井から這い出てきた。


 薄く光る頭蓋骨。骨の身体をボロ布で覆い、その腕をゆっくりと省吾へと伸ばす者。彼の指先は、生者(せいじゃ)の活力を奪い取る。


 幽霊。ゴースト。様々な呼び名があるこの怪物を、ダンジョンではこう呼んだ。



『レイス』



 実体のない、この世の武器では傷つける事すら叶わない死者の魂───。


「うわ、つめてっ!?」


 に、似た何かだ。


 ゴスリ、と。兜越しに触られた省吾が慌てて手に持っていた斧を叩きつける。


 頭蓋骨が割れながら、衝撃で吹き飛ばされるレイス。空中でどうにか留まったかと思えば、骨の腕を伸ばして先頭の山下へ呪文を唱えた。


『カカカカカッ……!』


 それは呪詛。魔法をかけられた者は、術者が存在する限り筋力が低下させられる。


「そらっ!」


『カギャァァァ!?』


 ……誤差の範囲だが。


 一息に近づいた山下の鉄槌により、レイスはあえなく消滅する。床に一握りの塩が落ち、その中に粗悪なコインが残された。


 レイスが消滅した事により、照明も復旧する。あの亡霊が近付くと、不思議な事に人工の明かりは破壊されたわけでもないのに機能を停止させるのだ。ある意味、接近が分かり易い。また、暗くなっても、うすぼんやりと光っているのでレイスの位置を見失う事もない。


 ついている塩を軽く払い落としながら、山下がコインを回収する。


「大丈夫か、博」


「ああ、問題ない。ここのレイスが使う呪いって、かなり弱いからな」


「そうだけど、念のためな。レイスに殺された人の姿は、お前も散々見ただろう」


「……そうだな」


 山下の眉間に、自然と深い皺がよる。


 かつて、千葉で起きた氾濫。そこで多くの人々がこの亡霊に殺された。


 覚醒者は頑丈である。『覚醒の日』以降、覚醒者が肉体の病気にかかったという事例は非常に少ない。


 その異様な抵抗力は呪いや毒にも有効な様で、通常のレイスが放つ呪い程度なら()()()()()()多少気だるいだけで済む。


 しかし、非覚醒者が呪いを受けた場合は悲惨だ。


 筋力の低下で立っている事もままならなくなり、呼吸や心臓を動かす為の筋肉すらまともに動かなくなる。


 呪いを受けて、1時間もてば良い方。苦しみながら死んでいく街の人々を思い出し、山下の喉に少しだけ酸っぱい物がこみ上げてきた。


 気分を悪くした幼馴染の背を、省吾が軽く叩く。


「おいおい、切り替えろよ。ここはダンジョンだぜ?」


「……思い出させた張本人が言うなよ」


 豪快に背を叩いて来る手を払うが、山下の尻尾は左右にゆっくりと動いていた。


 そんな光景を笑顔で見つめる女性陣。


「いい……」


「ええ……」


 猫耳な青年と豪快マッチョの友情に心打たれているのは、喜利子と『錬金同好会』のメンバー、二宮(にのみや)敦子(あつこ)である。


 本日は私用により来られなかった一柳の代わりに、『ウォーカーズ』と行動を共にしていた。


 なお、一柳の私用とは最近推している地下アイドルのライブに行く事である。ホムンクルス嫁を追い求める彼だが、それはそれ、これはこれの精神らしい。


「っと。そっちの2人も大丈夫か?」


「問題ない」


「はい、大丈夫です」


「なら良かった」


「おい、喜利子ちゃんにはともかく、二宮さんには敬語を使えよ。年上だぞ」


 省吾の脇腹を肘で小突く山下は、彼女の頬が一瞬ひくつくのに気づかなかった。


「そうだった……すんません、二宮さん。どうしても同世代に見えちまうもんで」


 軽く頭を下げる省吾の言葉に、二宮も笑顔で答えた。


「いえいえ。どうぞ気にしないでください」


 若干のお世辞はあるが、実年齢より若く見えるのは覚醒者あるあるだ。髪質や肌つやが良くなった影響である。


 長年の悩みだった薄毛が治った、という覚醒者もいるぐらいだ。それでなお10円ハゲが出来始めた山下は、それだけストレスを抱えている証拠である。


 それはそれとして、これ以上年齢の話題に触れるのはまずいと察した喜利子が、視線を後ろに向けた。


「ねえ、こっちの方角で合っているの?」


 その問いかけに、彼ら彼女らの後ろを歩く存在は声を発さない。


 僅かなモーター音を響かせる、バギーの様な車体。3対の武骨なタイヤを備えた、無人機である。


 これは、ゴーレムではない。自衛隊がダンジョン内での少人数による作戦行動をする為に開発中の、荷運びロボット。名は『茶坊主』。


 車高1メートル、幅1メートル20センチ。長さは2メートル10センチ。最大積載量は110キログラム。


 車体前方に搭載したセンサーにより、前を歩く人間に追随する様プログラムされている。


 ただし、まだ試作段階の代物だ。センサーの有効距離が短すぎて前を歩く人間を見失ったり、搭載しているAIが未熟で曲がり角に引っかかったりと、問題点は多数ある。


 喜利子が問いかけたのは、この荷運びロボットに対してではない。その上に鎮座する、奇妙なゴーレムに対してだ。


 それは、狐の形をしていた。しかしただ『狐の像』と呼ぶには語弊がある。


 全体を覆う白い体毛を模した掘り込み。頭部は目隠しをした狐のそれであり、上半身は人に近い。


 だが豊かな胸部は3対の複乳であり、肘から先は獣に近い骨格をしている。


 腰から下は上半身に比べ狐に近づいており、臀部からは3本の尾が伸びていた。折り曲げられた後ろ足は一見狐そのままだが、伸ばした姿を想像するとやや長すぎる様に思える。


 犬の『おすわり』の様な姿勢で『茶坊主』の背に乗ったこのゴーレムこそ、『錬金同好会』が作り出した新型ゴーレムである。


 なお、デザインは例のごとく副会長が行った。本人曰く、『これでも複乳の数は自重した。本当は4対にしたかったけど、それをしたら理性が焼き切れる気がした』との事。


 今回も体毛を自作しようとして、コストや耐久性の問題から他の同好会メンバーに止められたのは秘密である。


 閑話休題。この新型ゴーレム、『デンコ』に発声機能はない。


 代わりに、『茶坊主』に括りつけられた鏡に紫色の文字が浮かび上がる。


『はい。同型機の反応はここから130メートル先にあります。このまま70メートル直進してください。その後、左です』


 内部に搭載されたホムンクルスが、こうして文章により返事をしてくれるのだ。よく観察すれば、まるでへその緒の様な管で鏡と『デンコ』が繋がっているのがわかる。


「どうです?凄いでしょう、我々の技術は」


 横から覗き込んだ二宮が、不敵に笑う。



 ───ダンジョン内では、電波が通じない。



 迷宮内部では無線での連絡は不可能であり、センサーの類も極近距離でしか使えない。遠距離で誰かと連絡を取ろうとすれば、何らかのスキルを頼る事になる。しかし、『念話』等のスキル持ちは少ない。


 そのため、別々に入ったパーティーが合流するのはほぼ運頼みしかなかった。


 しかし、それを解決する手段としてこの『デンコ』は作られたのである。


「同じ人間が作ったホムンクルスは、同質の魔力を持ちます。それを増幅し放出する事で、『デンコ』同士の位置がわかるのです。まだ通信は出来ませんし、有効距離も300メートルほどですが、いずれダンジョン内で自由に通話が可能になるでしょう」


「はぁ」


 早口でまくし立てる二宮に、喜利子が曖昧に頷いた。なんせ、この説明を聞くのは3回目である。


 そんな彼女の反応を気にした様子もなく、二宮は更に続けた。


「そして『デンコ』の小型化ないし自立歩行が可能になれば、より多くの作戦行動が可能になります。そうなれば人類はその数と叡智でもってダンジョンを制圧し、もう氾濫による被害は起きなくなるでしょう!」


「ははっ……凄い熱意ですね」


 苦笑する山下に、彼女は凄い勢いで振り返った。それはもう首が180度曲がったのではないかという勢いで。


 ビクリと山下の尻尾が跳ねる。正直、レイス達より今の二宮の方が恐かった。


「そりゃあそうですとも!いったい……いったいどれだけの命がモンスターによって奪われてきたか……!」


 心の底から悔しそうにする二宮に、山下も沈痛な面持ちで頷く。


「ええ……」


「その中に、きっと『薔薇カップル』もいたはずなんです!!」


「ええ……」


 山下が、沈痛な面持ちで目を逸らした。


 二宮敦子、37歳独身。自分磨きはほとんどしないが異性に求める理想は高かった結果、婚活に失敗し続けた過去をもつ。そして、『理想の彼ピがいないなら、彼ピを作ればいいじゃない』という結論を出したらしい。


 彼女もまた、立派な『錬金同好会』のメンバーである。


「私は普段二次元の薔薇を愛でるだけで済ませていますが、しかし現実にもイケメン同士のカップリングがある可能性を諦めていません!造花ではない天然の華を、無暗に散らしていい理由がどこにありましょうか!!」


「そっすね……」


「ぶっちゃけそれ以外はどうでもいい!私は薔薇カップルを……特にイケメン同士のカップリングを、守護(まも)る……!!」


「うっす……」


 どうにか内心を表情に出さない様にする山下と省吾。彼らの死角で、喜利子が深く頷いて賛同の意を示していた。


「その……取りあえず、前進を再開しましょうか」


「ええ。今回の実験データをもとに、更なる『デンコ』の性能向上。ダンジョンの駆逐により薔薇を守る為、粉骨砕身頑張っていきましょう」


 微妙に会話が成立していない気がしながらも、山下は曖昧な笑みで頷く。


 頑丈であるはずの覚醒者の肉体が、何かにガリガリと削られている気がした。主に胃壁と頭皮。


 そうして再び歩き出した所で、二宮が正気に戻ったかの様に話し出す。


「しかし、この『茶坊主』でしたか。よくこんな物をレンタルできましたね」


「あはは……まあ、自衛隊とも今後は協力していく予定ですので。その伝手で、ですね」


 二宮の視線が、鋭くなる。


「そうですか……信じてはいますが、くれぐれも同好会と自衛隊を無理やり引き合わせるなどという事はしないでくださいね?あなた方にだけ渡している装備を、あちらに流す事も厳禁です」


「ええ、勿論です。絶対にその様な事はしないと、お約束しましょう」


「なら良かった。公僕と繋がろうものなら、ホムンクルスの製造に支障がきたしますので」


 笑顔の二宮に対し、山下は背中に嫌な汗が流れるのを自覚する。


 ダンジョン庁や自衛隊が、『錬金同好会』に強い興味を持っている事は明らかだった。何なら、それを目当てに『ウォーカーズ』へ接触してきたと言っていい。


 しかし、彼らは山下に彼らと会わせろと無理強いする事はなかった。1度ダンジョン庁の赤坂部長から仲介を頼まれたものの、それを断って以降は何も言われていない。


 だが、真綿で首を締める様に逃げ道を塞がれている感覚もあった。『錬金同好会』を縛れない代わりに、山下達に首輪をつけるつもりなのだろう。


『ウォーカーズ』と『錬金同好会』のパワーバランスは、山下のギルドが急成長した今も変わっていない。同好会側が縁を切ると言えば、それまでだ。そうなった時、彼につけられた首輪はどうなるのだろうか。


 政府組織と変態組織に挟まれ、山下は涙目である。


 ……しかも、ダンジョン庁は同好会以外の事でも山下に探りを入れていた。



『インビジブルニンジャーズ』



 かつて、山下達をダンジョンで助けた謎のパーティー。彼らが名乗ったこの名について、赤坂部長は強い興味をもっていた。


 だが、こちらに関しても山下が多くを語る事はない。


 単純にそこまで知らないというのもあるが……『詮索はするな』と、あの時謎の声から警告を受けたのを彼は覚えている。


 あのふざけた名乗りが本来の組織名ではないだろうが、それでも凄腕の覚醒者が集う秘密結社が実在するかもしれない。


 そう考えた山下は、助けてもらった恩義半分、報復に対する恐怖半分で口をつぐんでいた。


 なお、それを言った張本人の自称忍者は『その方が格好いいから!』としか思っていなかった事を、彼は知らない。


『もうすぐ、左折、です』


「次、左だって」


「わかった」


『デンコ』の表示した文字を読んだ喜利子に、山下が頷く。


 そして、指示通り歩いて行った先に。


「あ、兄さーん!」


 もう1機の『デンコ』をつれた、山下の妹である明美と、その臨時パーティーが手を振っていた。


 実験は成功したのである。妹に手を振り返す山下の後ろで、二宮が力強くガッツポーズをした。


「ふふ……ふふふふ!これで、これで我らが野望にまた一歩……!ホムンクルスの必要性を高める事で、『あの計画』に……!」


 その呟きを聞いた喜利子が、首を傾げる。


「あの計画、とは?」


「……『錬金同好会』は、全員『理想のホムンクルス嫁』あるいは『婿』の為に集まりました。当然、私にも願いがあります」


 喜利子に対し、二宮は朗らかな笑みを浮かべた。もしもこの時、山下が振り返っていれば彼女が僅かに冷や汗を浮かべていた事に気づけたかもしれない。


 しかし、そうはならなかった。二宮は同好会がもつ『真の計画』を隠す為、別の真実を喜利子に告げる。



「ドイツ系イケメンのホムンクルス婿を2体作り、ラブラブチュッチュさせた後その間に挟まる。これこそが、私の理想なのですよ。素晴らしいと思いませんか?」



「なんだァ?てめェ……」



 喜利子、キレた───!!






読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


Q.あの、『デンコ』が文章とは言え会話可能って事は、材料に……。

A.専用ボディの製作は同好会メンバー10人がかりでやったのに、ホムンクルス頭脳を取り付けてからは副会長1人で整備しています。……そう言う事です。


Q,レイスとマスカレードで色々違い過ぎない?

A.まあ、テナガザルとゴリラぐらいに差があるモンスターなので。


レイス

ザ・幽霊。覚醒者相手には弱いけど、非覚醒者相手ならホラゲーのボスやれる。

マスカレード

速い、鋭い、知能も高め。代わりに幽霊らしい要素の大半を置いてきた。


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― 新着の感想 ―
壁派、挟まる派…これは戦争になりますよ!!
出入り口に自衛隊居て見られてるのでは?
腐女子は解釈違いやカップリング論争で20年共に過ごした大親友ですら殺意ガンギマリの殺し合い寸前の絶縁を言い渡す世界だもんなぁ 最後の最後で解釈違いでキレちゃったか まぁよくある話だし慣れるしかないよ…
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