第五十一話 クロスボウ
第五十一話 クロスボウ
薔薇の放つ輝きとLEDランタンの明かりを頼りに、ダンジョンを進んで行く。
忙しなく視線を動かし、周囲を警戒。自分の足音が響く中、目に集中し過ぎて緩みそうな剣を握る腕に力を籠め直した。
「突き当りに到着しました」
『うむ。では左に曲がり、その次のT字路で右だ』
「了解」
「おー」
そう言われ、左に踏み出そうとした瞬間だった。
「京ちゃん!」
「っ!?」
自分の脹脛に何かが当たるのを幻視したのと、エリナさんが鋭い声をあげたのがほぼ同時。
踏み出さそうとした足をゆっくり引っ込めながら、足元を見る。
通常の肉眼では目視が困難な、しかしスキルの恩恵がある瞳なら視認可能な違和感。
それは、細い糸だった。
左右の鉄格子の隙間から、生垣同士をつなぐ様に伸びるソレ。蜘蛛の糸の様な細さで、謎の薔薇が発する光も届きづらい位置だ。
明らかに何らかの意図があって配置されている。間違いない、罠だ。
『どうした。何があったんだい』
「罠と思しき物を発見しました。……エリナさんが」
「どぉでぇぃ」
エリナさんがドヤ顔で腰に手を当てている。
思わず『殴りたい、この笑顔』となったが、彼女は真面目に仕事をして警告してくれたのだ。ぐっと飲み込む。
「おみそれしました」
「うむ!でも京ちゃんも気づいたよね?」
「未来視で、だけど」
完全に自分の不注意だった。
マスカレードは基本的に浮いている為、視線を気持ち上めに向けていたのである。結果、こうして見事に相手の思惑に引っかかりかけたわけだ。
全体を見ろ、と偶に聞くが、想像以上に難しい事である。訓練された兵士ですら罠を見逃す事はあるらしいのだから、こういった物がダンジョン以外でも現役なのだろう。
しかし、ダンジョンで冒険者をやっていくのなら出来る様にしたい所だ。
「んー、でもこれどういう罠かな?やっぱ定番の仕掛け弓?」
「魔力の反応はないから、魔法とかの類ではないと思う」
「ならやっぱり弓かな、と。一応下がってから解除しよ。あ、他の罠にも注意してね」
「了解」
そう言えば、罠を避けた先に別の罠が、というのを何かの映画で見た気がする。
古典的だが、有効な手だ。ここにもあるかもしれないと、今度こそ視線を全体に巡らせた。
「……不審な物はない、と思う」
「おっけー。じゃあこれ解除しちゃうね」
エリナさんが無造作に棒手裏剣を投げ、張られていた糸を切る。直後、生垣の中から高速で何かが飛び出した。
『精霊眼』で捉えたそれは、小型の矢。弓で射るには短いので、クロスボウだろう。
「仕掛け弓だったね。たぶん、小型のクロスボウ」
「ふむふむ。引っこ抜いて回収……は、恐いからやめとこっか」
「だね」
ストアにあった情報だが、罠を下手に解除すると別の罠が起動するとかもあった気がする。
罠自体の種類が複数あるのでどういう事が起きるのかわからないが、現在は試験中。無駄なリスクは避けたい。
こういう罠のクロスボウも回収できたら金になるが、外した瞬間『塩』に変わる場合もある。骨折り損のくたびれ儲けはごめんだ。
「アイラさん。罠の位置の記録をお願いします。突き当りを左に曲がってすぐの所です」
『ああ。書き込んでおいた。ストアで報告報酬を貰ってくれ』
「はい。ありがとうございます」
「よぉし。じゃあしゅっぱーつ!」
エリナさんの言葉に頷き、探索を再開。
慎重に進みながら、目を働かせる。こうして自分がメインの索敵役というのは、思いの他神経を使った。
エリナさんのありがたみが染みわたる。知識としては常に集中力の維持など無理だと知っているのだが、力の抜き所がわからない。そのせいで、索敵の精度が落ちていないか不安になってくる。
自然と、顎を嫌な汗が伝っていった。肉体の疲労はなくとも、精神が削られる。
と、罠があった箇所から3分ほど歩いた所で『精霊眼』が動く魔力を捉えた。
「2つ先の角。右側に3体。こちらに移動中」
「おっす」
小声で伝えながら、立ち止まって左手をナイフに添える。
だが、やめた。ここのモンスターは投げナイフ程度弾き落とす。だったら、投擲で手数を使わせるのはエリナさんに任せて自分は突撃するべきだ。
角から、先頭のマスカレードが姿を現す。瞬間、相手もこちらに気づいた。黒地に金色の装飾が施された仮面が自分達を見る。
同時に、駆けだした。自分と並走する様に飛ぶ棒手裏剣。僅かにそれと間隔をあけ、左右から挟撃の様に斬り込んだ。
マスカレードはすぐさま自分の方に仮面を向け、袈裟懸けにレイピアを振るう。
漫画やゲームの影響か刺突武器のイメージが強いレイピアだが、本来切り裂く事も可能な武器だ。その鋭い刀身が棒手裏剣を叩き落としながら、自分に振り下ろされる。
しかし遅い。纏めて対処しようとしたせいで、剣速が足りていない。
駆け抜け様に胴を一閃。見た目だけならマントを引き裂いただけだが、第六感とも言うべきものが確かに霊体を斬った感触を伝えてくる。
『精霊眼』の広い視野が、右横からの刺突を察知。膝を曲げて屈めば頭頂部を切っ先がかすめていき、小さく火花と衝撃波が発生した。
ぐるりと体を捻りながら、逆袈裟に剣を振り上げる。それを、もう1体のレイピアが止めに入った。
上から押し付けられる刀身。体勢を考えればあちらが有利だが、あいにくとこの身体は性能が良い。
力技で細い刀身を弾き上げる。
直後、手前のマスカレードが刺突を放つより先に仮面を左の拳で粉砕。あっさりと叩き割り、霊体を散らした。
残るは1体。レイピアを上に弾かれた状態から引き戻し、こちらの首目掛けて刃を振るっている。
それを片手半剣で受けた直後、下から抉り込む様に突きだされた忍者刀が仮面を砕いた。
「大丈夫、京ちゃん」
「一切問題なし」
残心しつつ答え、敵が全て塩に変わり周囲を見回した後コインを回収した。
ここでドロップする貨幣は金の含有量が多いのだろう。強いモンスターほどドロップ品が豪華になるが、今までのと比べて明らかに輝きが違った。
実際、ここのコインはいつもより研究室が高値で買い取ってくれる。ありがたい話だ。
アイラさん曰く、研究に使う以外のは教授の知り合いにいる好事家にプレゼントするらしい。買い取ってもらった後の事についてとやかく言う気はないが、太っ腹な事だ。
何はともあれ、3体同時に出てきても問題なく対処できたのは大きい。主に精神面で。
マスカレードの直接的な戦闘能力は、反応速度以外ケンタウロス以下。ランク通りと言えばそれまでだが、心に少しだけ余裕が生まれる。
この余裕が、慢心にまでいくと問題だが。
小さく深呼吸を挟んでから、エリナさんを見る。
「これをお願い」
「あいよー!」
コインを預け、再び歩き出した。
探索開始から約1時間半。とっくに出口へのマーキングを済ませ、ドロップ品の確保と経験値稼ぎに動いている。
試験自体はもう終えても良い頃合いか……と、考えていれば。
「げっ」
思わず、我ながら変な声が出た。
「どったの京ちゃん」
「……あそこの角。L字に右へ曲がる角の向こうに、複数の魔力反応がある。たぶん、5か6」
「あれま。結構多いね」
『ふむ。その先は50メートル以上の直進があるね。探索をここで終えるのもありだと思うが』
「……一応、見るだけ見ておきます」
「そうだねー」
ここまで十数回戦闘をして、通常のマスカレードなら倒す事は難しくない事がわかっている。
入ってくる経験値も感覚として悪くないので、問題なさそうなら倒しておきたい。
そう思い、少しだけ顔を覗かせた後すぐに引っ込めた。
眉間に皺が寄るのを自覚する。
「どうだった?」
「6体のマスカレードが待ち伏せ中。弓とクロスボウを構えて、盾まで置いてあった」
パヴィース、だったか。自分の胸あたりまである大きさの盾が、裏側から棒か何かで支えられている。
大昔、アレを使って弓兵やクロスボウ兵は己の身を守ったとか。それを、マスカレード達も使っているらしい。
角から敵までの距離は約40メートル。走ればすぐだし弓矢なら風で弾けると思うが、クロスボウが心配である。
試しに先ほど顔を出した場所より頭3つ分下から覗き込むと。
「うぉ」
風切り音と共に幾本もの矢が飛んできた。
弓から放たれた物は想定通り風で弾けそうだが、クロスボウの矢はやばい。生垣どころか鉄格子の一部を甲高い音と共に弾き飛ばし、角の生垣を通り抜けて見えなくなる。
恐ろしい速度だ。間違いなく、人間が持って走る武器ではない。城壁の上にでも添えられていそうである。
「……見た感じ、弓持ちが4体にクロスボウ持ちが2体だった。撃たれたクロスボウは1つ。装填時間のため、分けて撃つつもりかも」
「三段撃ちだね!」
「二段だけどな」
あと、サブとばかりに弓の方も矢を飛ばしてきている。
こちらは文字通り矢継ぎ早に放っている様で、かなりのペースで飛んできていた。精度はわからないけど、少なくとも弓を引く速度は一流だろう。
「どうする?帰る?」
「んー、ちょっと待って」
そう言って、エリナさんがアイテムボックスから導火線の伸びた赤い筒を3本取り出した。
一瞬ダイナマイトかと思ったが、すぐに違うと気付く。
「煙幕花火……?」
「そう!でもストアで売っている、強力なやつ。街中で使ったら捕まるかもだねー」
エリナさんは笑顔で花火にライターを使って火をつけたかと思うと、角の向こうに投げ込んだ。
当然矢が飛んでくるも、一瞬だけ出された彼女の手や床に転がる花火に当たる事はない。
───ブシュゥゥゥゥ!
消火器でも使ったのかという音が聞こえ、通路にはあっという間に灰色の煙がたちこめた。
マスカレードは霊体。常識的に考えると物理的な目くらましなど効かない様に思えるのだが。
飛んできた矢が、生垣に幾本も突き刺さっていく。
効果はてきめんらしい。煙幕の中を突っ込まれる事を恐れ、先ほど以上に矢を放っている。
「自衛隊の情報通りだね」
「そだねー。自衛隊様々だ!」
これも、ストアで聞いた情報通り。これも試験の内なのだろうが、事前の情報収集というのは本当に大事だ。
マスカレードは全体的に通常の『レイス』と比べ高い機動力と攻撃力を持っているのだが、反面壁抜けが苦手など、幽霊らしからぬ部分が見受けられる。
あの身に纏う衣装の影響かまではわからないが、敵の索敵も音や視覚に頼っているらしい。
「あいつらの矢って、使ったら補充されないんだっけ?」
「たしか、時間がかかるはずだよ」
「かと言って、このまま使い切らすのを待っていたら他のが後ろから来そうか」
チラリと後方を見る。今は敵影が見えないものの、別の敵集団が挟み撃ちにしてくるかもしれない。
煙が薄くなってきた。ここらが攻め時だろう。
エリナさんと頷き合った後、姿勢を低くして飛び出しながら左手を突きだした。
「行け……!」
放出された風が薄れていた煙を纏めて相手方に押し流し、強引に濃くする。薄くなって気が抜けただろう瞬間、再び奴らの視界を煙が覆った。
風圧と視界不良で矢が止まった所へ、吶喊。こちらは魔力の流れで大まかに敵の位置が視えている。
近付けまいと放たれる弓矢は無視。風で払いのけ、クロスボウ持ちにだけ注視する。
魔力が揺れた。来る……!
───ビュォッ!
相手の運が良いのか、それとも腕が良いのか。放たれた槍の様な矢は自分へと一直線に向かってくる。
ポルターガイストも込められているのか、矢の速度はこれまでより速い。威力も相応に引き上げられているだろう。
だが、魔力を纏わせた以上、自分の眼にはよく視える。
大きな風切り音と共に迫るそれを、斬撃で迎撃。逆袈裟に斬り払う。そして、剣の間合いへ。
パヴィースは敵の数と同じ。前列の弓持ち4体と、後列のクロスボウ持ち2体。
煙を薙ぎ払いながら、剣を横一線。盾ごと前列2体のマスカレードを斬り捨て、更に奥へ。
勢いそのまま右のパヴィースを蹴り砕けば、クロスボウ持ちが上から飛び出した。矢を番える事を諦めた様で、得物を鈍器代わりにして殴りかかって来る。
だが、遅い。頭へ振り下ろされるクロスボウを避けながら、深紅のマントを切っ先で貫いた。
残るは3体。最後のクロスボウ持ちが、全力で後退しながらこちらに狙いを定めようとしている。
影が横を走り抜けた直後、左右から迫る二振りのレイピア。右手側の斬撃を剣で受け、左からの刺突は身を捻って回避。
振り返らずに左腕だけ伸ばしてマスカレードの襟を掴むと、右手側の個体に叩きつけた。重なった所を、まとめて叩き切る。
力を失ってハラリと落ちる2枚の外套。視線を正面に移せば、クロスボウ持ちが崩れ落ちる所だった。
はらり、と床に広がる赤いマント。その傍には忍者刀を持った金髪の少女がいる。
「斬り捨て御免!!」
透明になって近づいたエリナさんだ。自分には普通に横を走り抜ける彼女が視えていたが、幽霊のくせに視覚頼りのマスカレード達には接近が気づけなかったらしい。
剣を構えなおしながら散らばる赤マントを警戒していたが、全て塩に変化。コインを回収する。
「お疲れ」
「お疲れー、京ちゃん!」
コインを彼女に手渡し、イヤリングに触れた。
「曲がり角の先にいた敵は全て倒しました」
『よろしい。さて……まるで、この奥を守る様に敵が待ち構えていたわけだが……」
「当然、奥へは行きません」
「ストアに『これは罠だ』って書いてあったもんねー」
『よろしい』
人間、守られていた場所というのは確かめたくなるものだ。そこに何かお宝が、守るに値する物があるのではないかと。
しかし、その心理を利用しているのか、こうして待ち構えているマスカレードを超えた先には『転移罠』やら『落とし穴』などのえげつないトラップが用意されている。
それでいて、それらを突破した先には何もないのだから嫌らしい話だ。
「では、そろそろ帰ります」
『ああ。でも、最後まで気を抜いてくれるなよ?』
「おうちに帰るまでが遠足だからね!」
『その通り!』
「言い方が既に気が抜けてる……」
そうして、出口付近に転移。何事もなくゲートを通ってストアに戻ってきた。
「お疲れさまでした。ご無事で何よりです」
受付の自衛官が、笑顔で出迎えてくれる。入る時とは違い、表情だけでなく瞳までも柔らかいものだった。
* * *
売買前のコインの確認やら罠を発見し解除した事などを報告し、帰りのバスをストアの前で待つ。
討伐数35体。研究室のコイン買い取りは合計で1人につき約『120万円』。レベルも1つあがり、『LV:22』になった。
文句なしに、実入りの多いダンジョン探索だったと言える。代わりに、結構疲れたが。
「京ちゃん、私修行するよ」
「はい?」
バス停の時刻表を何となく眺めていたら、エリナさんが『ふんす』と握り拳を作って天を見上げていた。
日が落ちるのが遅くなったとは言え、もう空も暗くなってきている。遠くで、赤い太陽が沈むところだ。
「修行って、どんな?」
「今回のダンジョンで痛感したんだよ……索敵が上手くできないと、暇って」
「そこは『歯がゆい』とか言葉を選ぼうか」
「歯が痛いって!」
「歯医者行く?」
「歯磨き毎日してるもん」
「そっか」
「私、頑張るよ!考えはあるし!でも少し隠密が落ちるから、忍者的に不安……!忍者力が下がる気がする……!」
なんだ忍者力って。
エリナさんが意味不明な事を言い出すのはいつもの事なので、その単語はスルーするが、『修行』というのなら自分にもやりたい事があった。
「なら、僕のにも少し付き合ってもらえない?」
「なにに?修行?」
「修行と言うか、練習。1人だと難しいから」
ダンジョンでは、使わないかもしれない技術を現在身に着けようとしている。
無駄になるかもしれない。だが、『ドラゴン』の事を思い出すと出来る様になっておきたい事があるのだ。
そう思いエリナさんを見れば。
「任せてよ京ちゃん!一緒に修行しよう!!」
めっちゃ目をキラキラさせていた。
やめて。そんな純粋な瞳を前にすると、理由もなく消えたくなる……!
「あの……」
「私達2人で、忍者の高みを目指すんだよ!!登り始めたばかりなのさ!この長く険しい忍道を!!」
「いや忍者とかどうでもいい」
『私を入れて3人、だな』
「あ、まだ繋がってたんですね。念話」
『なんか傷つくなぁ!?私はここにいるよぉ。かまってくれよ2人ともぉ』
イヤリング越しに残念女子大生の残念な声が聞こえてくる。
「よろしい!なら3人で忍者訓練だ!!」
『あ、でも私はアウトドアな事はしないぞ。2人で頑張ってくれ』
「じゃあなんで加わりに来たんですか……」
『寂しかったから!!』
「わかる!!」
「……まあ同意はしますけど」
『そうだよね!京ちゃん君はぼっちコミュ障陰キャだから、友人2人が自分そっちのけで話す辛さがわかってくれると信じていたよ!!』
「さらっと罵倒する必要ありました?」
『HAHAHA!京ちゃん君、拳を握る『ギチギチ』って音が聞こえて恐いぞ?』
「聞かせてんだよ」
「私知ってる!あててんのよ、の応用だね!」
『嬉しくないなぁ!?』
馬鹿な話をしながら、バスがやってくるのを待つ。
これにて、実技面での『Cランク』昇格試験は終了。あとは書類を市役所に持って行って、県庁で行われる筆記と面接の日程を待つ事になる。
申請してから1週間か、長いと2週間かかかるとか。
前にも思ったが、腕っぷしだけじゃダメなのが現代社会というやつである。
読んでいただきありがとうございます。
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