第五十話 Cランクに向けて
第五十話 Cランクに向けて
クラスメイト達が迫る体育祭に向け、練習に励んでいる頃。
自分達は今日も、ダンジョンへとやって来ていた。
更衣室にてツナギとリュックを装備し、外へ。床を爪先で蹴ってブーツの具合を確かめた後、念のためトイレへ向かう。
ストアのトイレは、冒険者が荷物ごと来る事を想定してか男子トイレでも物を置くスペースが豊富である。母さん曰く、女子トイレは元々バッグ等を置いたり引っ掛けたり出来る様になっているらしいが。
まあ、女子トイレの事などどうでも良い。用を済ませた後手を洗い、ハンカチで拭いながら更衣室の前へと戻ってきた。
ちょうど、エリナさんが女子更衣室から出てくる。
「お、京ちゃん待ったー?」
「いいや。今来たところ」
『おいおい。カップルみたいな会話じゃないか。私も混ぜてくれよ』
「かっ!?……からかわないでください」
「カップルじゃないよ!忍者同盟だよ!」
「違う」
「え、私達、カップルだったの……!?」
「それもちげぇよ」
『付き合ったのか……私以外の奴と。君とカップルになるのは、私だと思っていた……』
「ネタが地味に古い」
『そんなー』
残念美女2名とのやり取りに小さくため息をついた後、改めてエリナさんに視線を向けた。
「準備は良い?」
「もちのろんだよ!トイレもストアに来る前済ませたからね!」
『こらこら。エリナ君、レディなんだからもっと綺麗な言葉を使いたまえよ』
「お排泄なら駅のおトイレで済ませましてござりまするよ!!」
『100点』
「落第だよバカども」
「あ~ん、いけずぅ」
念のためイヤリングがちゃんと耳たぶについているかを指で確かめた後、ゲート室へと足を向けた。
ここでこの2人と話していると、帰る頃には日付を跨いでいそうである。
「アイラさん。それではゲートへ向かいます」
『うむ。2人とも、気を引き締めていきたまえ』
「おー!」
「はい」
短く答え、ゲート室の受付で冒険者免許を提示。
普段なら顔と名前の確認だけで終わるのだが、このダンジョンでは受付の自衛官が柔らかい笑みでこちらを見つめてきた。
その視線は、表情の和やかさに比べて決して穏やかなものではない。
探る様な、見透かす様な……こう言うと少しむず痒いけど、自分達を見定めようとする『戦士の瞳』とでも言うべきものであった。
この視線だけで、何となくわかる。この人は命懸けで修羅場を潜ってきた人なのだと。
「失礼ですが、お2人とも現在のレベルを教えていただけますか?当ダンジョンは、他の『Dランク』より比較的危険度が高いため、『LV:15』未満の方は入場を制限されております」
この自衛官の懸念は、いいや忠告はごもっともである。
それほどに、このダンジョンは危険な場所だ。
「僕は『LV:21』です」
「私は『LV:16』です!!」
口頭での回答。この自衛官が『鑑定』のスキル持ちか、もしくは何らかの嘘を見抜く能力がないかぎり本当かどうかわからないだろう。
それでも信じてくれたのか、彼は頷いた後に数枚の書類を取り出した。
「……わかりました。では、こちらの紙を確認の上サインをお願いします」
受付の机にのせられたのは、誓約書。
内容を要約すれば、ここのダンジョンの危険を理解した上で挑むという事。そして、今回の探索における一切の負傷や『死亡』は自己責任である事を承諾する書類である。
冒険者免許を得た時に書いた誓約書に似ているが、改めてこれを書く必要があるのだ。
とことん入る者を脅しつけるダンジョンである。度胸試しの半端者では、ただ死ぬだけだからこそだろう。
自分達が名前を書き込みハンコを押すと、受付の自衛官はクリアファイルに書類を入れて敬礼をしてきた。
「ご協力感謝します。どうかお気をつけて」
「はい」
「行ってきまーす!」
自衛官に一礼した後、ゲートのある部屋へと入る。
いつもと変わらぬ様子の白い扉。それを前に、『魔装』を展開した。
兜、胸甲、籠手、腰布とその裏に縫い込まれた鎖帷子、脛当てをチェック。腰の片手半剣と小型ナイフを軽く握って確かめた後、エリナさんに背負っていたリュックを預ける。
彼女のレベルも上がったおかげで、今はアイテムボックスも随分と広がっている様だ。本人曰く、ちょっとした部屋サイズだとか。
今回は『白蓮』を出さない都合上、荷物は全てエリナさんに預ける事になる。
装備がまだ完成していない以上、このダンジョンではせっかく作った専用ボディを破壊されて終わる可能性があった。かと言って専用ボディ無しの『予備』を持ち込んだ所で、邪魔にしかならない。
「お願いします」
「うむ、任された」
リュックを彼女がしまうのを見た後、自身のイヤリングに触れる。
「では、これよりダンジョンに突入します」
『ああ。何度も言うが、2人とも気を付けてくれ。ここは『Cランク』昇格への試験ダンジョンだ。その難易度は、非常に高い。危険と判断したら、一も二もなく逃げてくれ』
「了解」
「おっす!」
『Cランク』
それは、かつて戦ったケンタウロス達のランクだ。
通常の個体なら、10や20来ようと蹴散らす自信はある。しかし、ボスモンスター……『レフコース』相手となれば、今の自分達でも勝利は難しい。
そのランクへの昇格試験となるダンジョンが、これだ。危険度は『Cランク』相当と思って挑むべきだろう。
「すぅぅ……ふぅぅ……」
深呼吸を1回。気分を落ち着かせる。
こうしてダンジョンに挑むのは何度目か。この数センチ先に死が待っている空間に、踏み込まねばならない。
いいや。『ならない』という表現は語弊がある。自分は、選んでここに来た。
先の誓約書にある通り、これは自己責任である。己は、そういう仕事を選んだのだ。
それを、改めて実感する。
「京ちゃん」
エリナさんが、こちらの肩を掴む。
白い手の主に振り返れば、パチリとウインクをしてきた。
「あーゆーれでぃ?」
黄金を溶かした様な金髪に宝石めいたエメラルド色の瞳で、透き通るような白い肌だというのに、下手糞な発音の英語。
それに、頷いて返す。
「ああ。行こう」
「おっしゃー!討ち入りじゃぁ!!」
至近距離で響く彼女の大声に苦笑しながら、白い扉の先へと足を踏み入れた。
慣れる事のない、足元が消える感覚。浮遊感すらない違和感に眉をひそめるより先に、足裏は再び地面をとらえた。
硬く、なめらかな石畳。白亜の通路が敷かれ、左右には黒い鉄格子。
武骨な鉄格子の向こう側には生垣が隙間なく生え、深紅の薔薇が彩っている。
天井までもが美しい白で構成された空間は、ここが怪物の跋扈する空間でなければ観光地としてやっていけそうなほどに華やかであった。白と黒、緑と赤の組み合わせが、まるで童話の世界を彷彿とさせる。
何より、腰に下げた人工の明かり以外にもほんのりと薔薇が発光しているのも幻想的な雰囲気を強めていた。
しかし、ここは人間を惨たらしく殺す化け物どもの巣穴。油断や慢心は、死を意味する。
「探索を開始します」
『ああ』
腰の剣を抜き、エリナさんに目配せした後前進する。
カチャリ、カチャリと。自分の足音がいやに響く。それだけ、自分の神経が尖っている証拠か。
歩き出して30秒もしないうちに、自衛隊のペイントを発見。純白の石畳に濃い黄色がぶちまけられ、アルファベットと数字が書かれていた。
「アイラさん。現在『G-12』です。ナビゲートをお願いします」
『わかった。……では、そこから直進して2つめの十字路で右に曲がってくれ』
「了解」
念話越しに頷いて、再び歩き始めた。
少しだけエリナさんを振り返れば、彼女はしきりに周囲を見回している。普段の探索では、あまり見ない行動だ。
彼女の聴覚はスキルの影響もあって、ソナーと言うに相応しい索敵能力を誇る。その鋭敏な耳を使いこなせているのを含めて、『五感強化』とは『当たり』と言われるスキルだ。
それなのに、聴覚に頼らない索敵をしているのには理由がある。
酷くシンプルで、それゆえに厄介な理由が。
「っ……」
立ち止まり、左手を軽くあげる。
「曲がり角から何か出てくる。警戒を」
「おっけー」
小声でのやり取り。このダンジョンでは、自分の方が早く敵を発見した。
『精霊眼』は魔力を視認できる。生垣などの壁ならば、途中に障害物があっても索敵可能だ。
今回の相手が、通常のモンスターよりも放出している魔力が多いのだから尚の事。
ゆらり、と。曲がり角から姿を現す影。それは、周囲に咲く薔薇にも劣らぬ鮮やかな赤いマントをたなびかせていた。
舞台役者が羽織っていそうなマントに、黒いシルクハット。そして、仮面舞踏会につけて行く様なマスク。
マントから覗く手は白い手袋に包まれ───あるはずの手首も前腕も、見当たらない。
浮遊する物品。『ポルターガイスト』。
マントの内側に白い手袋が隠れるのとほぼ同時に、『敵』目掛けてナイフと棒手裏剣が飛んでいく。
だが、それらは剣の一振りで叩き落とされた。
細く美しいレイピア。中身がないはずの手袋でそれを握り、怪物は、亡霊は襲い掛かる。
『マスカレード』
そう呼称される、このダンジョンのモンスターだ。
猛スピードで迫る怪物へ、自分もまた前進。石畳に罅が入るほどの踏み込みが、音もなく動くマスカレードとは対照的に重い音を発した。
リーチの差もあって、先にレイピアの切っ先が届く。
斬る事もできる武器であるが、それ以上に必殺となるのがこの突きだ。自衛隊の情報曰く、この刺突はプレート入り防弾チョッキすら容易く貫通する。
それを、左手の籠手で受けた。
分厚い装甲が火花をあげ、レイピアを大きくたわませる。
力任せに左腕を振り抜いて、更に踏み込んだ。袈裟懸けの斬撃がマスカレードに届く。
実体のないはずの体。通常の鉛玉ではマントすらも素通りするが、『魔装』は魔力が凝縮された武装だ。
容赦なく深紅の外套を斬り捨て、霊体を引き裂く。
バサリ、と落ちた鮮やかな赤が、まるで血の様であった。
それもすぐに塩へと変わり、LED式のランタンに照らされキラリと輝くコインを残す。
胸を撫で下ろし、周囲をぐるりと確認。左から右へ視線を動かした後、今度は右から左へ。
冒険者講習で習った基本の1つ。現代人は左から右へと文字を読む事に慣れているせいで、視界内の違和感を見逃しやすい。それゆえ、視覚での索敵はきっちり左右に目を動かす必要があるのだとか。
『精霊眼』に敵の魔力は映らない。今度こそ安堵の息を吐いて、コインを拾い上げた。
「うぅ。京ちゃんに先を越されたんだよぉ」
悔しそうにハンカチを噛むエリナさんに、苦笑を浮かべながらコインを差し出した。
「ここのダンジョンが、貴女と相性が悪いだけでしょう。普段はエリナさんの耳に頼りきりなんだから、今回ぐらいは僕が頑張るよ」
「そうなんだけどなー。戦闘も基本京ちゃんが1人でやっちゃうしなー」
「2体以上に挟まれたりしたら後ろを任せるので、その時はお願い。頼りにしているから」
「それもそうだね!任せんしゃい!」
ドヤ顔でコインを受け取り、アイテムボックスにしまうエリナさん。
お世辞でも何でもなく、背中を任せるつもりだ。彼女は索敵能力が高いが、その剣術も信用できる。
マスカレードは速度と攻撃力こそ脅威だが、それほど頑丈な敵ではない。エリナさんの忍者刀でも十分に対処可能である。
「探索を再開します。今、指定された位置で曲がりました」
『よろしい。では突き当りまで直線だ。途中いくつか十字路があるので、横から来る敵に注意してくれ』
「はい」
「おー!」
アイラさんに返事をしながら、迷宮を進んで行った。
読んでいただきありがとうございます。
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