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第四十九話 常識が通じない虎

第四十九話 常識の通じない虎





 学校の昼休み。生徒達が思い思いに過ごすこの時間が、自分は苦手だった。1人である事が、浮いている様で。どこかから馬鹿にされている様で。


 けれど、今はだいぶマシになっている。


「それでね、それでね!昨日クラスの人に聞いたんだけど、この学校にも七不思議があるんだって!」


「言っとくけど七不思議のうち5個はお前関連だからな?」


「!?」


「エリナさんは日常でもスキルを使い過ぎですから……」


 食堂の一角で、エリナさん達と一緒にお昼を食べる。この時間が、少しだけ楽しくなってきた。


 毒島さんは『†私が恐いか†……!』な人だし、大山さんもぶっきらぼうだけど悪い人ではない。


 エリナさんはエリナさんなので、女子に囲まれているという普通なら死を覚悟する状況でも比較的普通に喋る事ができた。


「その5つの不思議っていったい……」


「1つ!無人の教室から聞こえた笑い声!声がしたはずなのに、教室の扉を開けても誰もいなかったんだって……!」


「エリナさんが転移して帰っただけです」


「2つ!動く骨格標本!生徒達を前に、足を踏み出した骨格標本……!もしかして肉体を持つ人への恨みが……!」


「お前が倒れそうな標本を戻して、転移したから勝手に動いた風に見えただけだ」


「3つ!いつの間にか片付いていた体育倉庫!授業の後、友達とお喋りしていて少し片づけが遅くなった当番の生徒達……彼らが扉を開けた瞬間、微かに見えた影は!」


「エリナさんが当番を間違えて片付けた後、転移で帰ってしまったやつですね」


「4つ!窓に映った自殺した生徒の霊!昔、この学校には虐めを苦に自殺した女子生徒がいたんだって……!」


「それも、エリナさんが空中で転移した話かと。あとうちの学校にそういう事件はありません」


「5つ!音楽室からの響く魔の旋律!!昼休み、誰もいないはずの音楽室からこの世のものとは思えない不快な音色が聞こえてきたんだって……!きっと、邪神の復活を目論む悪の組織がいたんだよ……!」


「エリナさん、たしか昼休み勝手に音楽室のピアノを使いましたよね?時期的にたぶんそれです」


「悪の組織じゃねぇ。お前の演奏が下手糞なだけだ」


「ひどい!?」


 ショックを受けた様に悲鳴をあげるエリナさん。


 いや待てや。


「どんだけやらかしてんですかエリナさん……」


「ピーヨピッピーピー」


「口笛下手糞か」


「こいつに音楽のセンスを期待するな」


「中学の頃、あまりの酷さに音楽の先生が泣いてしまったほどなので……」


「それは私としても悲しい事件だったんだよ……」


 珍しく目を逸らすエリナさん。前にもこの人の歌を聞いたが、音程が大変な事になっていたのを覚えている。


 声は本当に綺麗なのに、どうして歌うとあんな悲惨な事になるのか。


「というか、エリナさんって転移のマーキングできる回数に制限ありませんでしたっけ?」


「学校の1階以外のマーキングはよく付け替えしてるよ!」


「なんて無駄な行動力……」


「これだけ転移に頼っておいて、なんでこのスタイルなんでしょうね」


 毒島さんがじっっっ……とりとした目でエリナさんの巨乳やくびれた腰を見る。


 それに対し、自称忍者は立派なお胸様を張った。


「勉強と訓練とダンジョンでカロリーを消費しているからでござるよ!ニンニン!」


「くっ、やはり運動こそが一番大事ですか……!」


「地道な努力が実を結ぶんだよ。エッヘン!」


 ドヤ顔を浮かべ、更に胸を張るエリナさん。


 強調され、小さくたゆんと揺れた大きな胸。喉まで出かかった感謝の言葉を、水筒のお茶を飲む事で押し流す。


「でも、私ってそういえば運動しなくても太らない血筋かも?親戚の人達そんな感じだし」


「落ち着け愛花。どうどう」


 毒島さんが深淵に飲まれた瞳でエリナさんを見つめている。


 呪い云々以前にその視線の方が恐いよ。


「でも、残り2つの怪談ってどういうのがあるの?」


「1つはよくある音楽室の絵画の目が動いたってやつ。もう1つは屋上から変な音がするって話だ」


「あー!私が教えようと思っていたのにー」


「まあまあ」


 子供みたいに頬を膨らませるエリナさんに、毒島さんが苦笑を浮かべた。元に戻って良かった、この世の全てを恨みで殺しそうな視線だったので。


 そして、彼女がこちらに視線を向けてくる。先ほどと違い、普段の綺麗な瞳だ。


「矢川さんは、クラスの方から学校の噂なんかを聞かないんですか?」


「 」


 と、突然即死魔法撃ってくるじゃん……!


 流石呪いの使い手。心臓破壊はお手の物か。『心核』が強制稼働しなければ、心停止していた可能性があるぞ。


「……その。あんまり、話す人がいないので……」


「あっ……」


「なんだお前。ぼっちか」


「こふっ」


「雫さん、もっとオブラートに……!」


「そんな……厨二拗らせている毒島さんにまで哀れまれるなんて……!」


「雫さん。追撃してください」


「矢川。愛花は確かに中学の頃自作ポエムをノート1つ分書いていたが、今はもう卒業したぞ」


「私にじゃないですよ!?」


 どうにか冗談を言う事が出来たが、まだちょっと目元が熱い。


 泣いてないし?これはあくびを噛み殺しただけだし?


 わりぃ……やっぱつれぇわ……。


「京ちゃん。喋ったら変な子で面白いのに、どうしてクラスでは1人なの?」


「待って僕今エリナさんに変な子扱いされたの?」


「うん!」


「今世紀トップ10入りの罵倒をされた気がする」


「それほどでもない!ドヤッ!」


「うっぜ」


 僕は常識人じゃい。コミュ障な以外は。


 少なくとも忍者を自称したり、発言の8割大声だったり、謎のネーミングする奴よりはまともだ。


「やはり、覚醒者だから……ですか?」


「いや、こいつの場合ただ人見知り拗らせているだけだろ」


「ど、どっちもという事で……」


 どうにかそう返すが、嘘ではない。


 覚醒者だからと敬遠されているのも事実だし、自分が前へ踏み出せないせいで孤立しているのも事実である。


 少し遠い目をしていると、エリナさんが肩をがっしり掴んできた。


「大丈夫だよ京ちゃん」


「エリナさん?」


「私のクラスでも最初は『覚醒者ってわからない』って言っていた子がいたの」


「そう、なの……?」


「……ん?」


 毒島さんと大山さんが、エリナさんを凝視する。


「でもね、今ではちゃんと分かり合えたんだよ!だから京ちゃんも私と同じ方法をすれば、きっとクラスの皆と打ち解けるよ!!」


「エリナさん……!」


「絶対絶対大丈夫ヨ。この方法試したらモテまくり勝ちまくり間違いなしだよシャッチョサン!」


「うさん臭さが跳ね上がりやがったよ」


 今どき雑誌の裏側でもそこまで露骨な広告ねぇだろたぶん。


 だがしかし、エリナさんが受け入れられたクラスというのは興味がある。


 この人は善人だが、間違いなく奇人変人の類だ。それが『分かり合えた』と言える方法なら、自分も……!


 そう期待していたのだが。


「悪い事は言いません。矢川さん、絶対に彼女の方法は参考にしない方が良いです」


「流石に私も引いたぞ。アレは」


「あっれぇ?」


「ちょっと?エリナさん?」


 首を傾げ、明後日の方向に目をやりながらテヘペロするエリナさん。


 くっ、アホ丸出しな顔なのに元が良いから可愛く見える!


「客観的に事実を伝える為、アタシから話そう」


「えー。シーちゃんはさっき七不思議のシメを言ったんだし、私に喋らせてよー」


「はーい、エリナさんクッキーですよー」


「わーい!」


 毒島さんによってエリナさんが餌付けされている横で、大山さんが語りだした。


「うちのクラスに、城ケ崎(じょうがさき)一子(いちこ)というツインテールと胸はでかいのに、器と尻の小さな女がいてな……」


 なんで乳と尻の情報を入れたのだろうか。いや、少し嬉しいけども。


「そいつは、噂によると中学時代も覚醒者のクラスメイトを虐めていたらしいクソ女だった」


「あらま。女の子がクソとか言っちゃいけませんですわよ」


「エリナさん、チョコレートです」


「わーい!」


 覚醒者を虐める非覚醒者、か。


 今の自分としては、あまり他人事とは思えない。いつそこまで行ってしまうか、わからないのだ。


「奴は高校でも覚醒者にマウントを取ろうとしてな。アタシがトイレに行っている間に、愛花にちょっかいをかけに行ったんだよ」


「そんな事が……」


「取り巻きと一緒に愛花の事をバカにする奴の尻を、倍になるぐらい膨らませてやろうと腕まくりをしていたら、な」


 そこで少しだけ区切って、大山さんがエリナさんを見た。



『あー、恐い恐い。覚醒者なんて何が出来て、何をするかわからないもの!』


『覚醒者がどういう事できるか知りたいの?任せて!!』



「って。突然エリナが城ケ崎の背後に現れたんだよ」


「忍法でね!!その前の話は聞いてなかったけど、その『質問』だけはちゃんと聞いたよ!」


「エリナさん、チョコクッキーです」


「それ好きー!」


 なんでだろう。その城ケ崎さんという女子生徒に現在胸がでかい以外好感を持てる要素がないのだが……。


 それなのに、僕の本能が『可哀想な人』認定し始めたぞ。


「こいつは驚いて固まる城ケ崎の肩をガッチリ掴んだかと思ったらな、消えたんだよ」


「……転移で?」


「転移で。ここからは本人に聞いたんだが、エリナは4階の空き教室に移動したんだ。そして───窓から飛び降りた」


「は?」


「城ケ崎を抱えたまま」


「は?」


 思わずエリナさんと大山さんを見比べ、毒島さんにも視線を向ける。


 沈痛な面持ちで頷きが返ってきた。マジで?


「さっきの、窓に映る飛び降り自殺した幽霊の話だ。奴は地面に接触する寸前で教室に転移して、腰の抜けた城ケ崎を近くの椅子に座らせながら言ったよ」


『これが覚醒者のできる事だよ!楽しいよね!』


「ってな」


「空間忍法はアトラクションとしても優秀だよ!お殿様も喜ぶに違いないもん!」


「エリナさん、紅茶です」


「ありがとー!」


 そっと、己の眉間を押さえる。


 いや……ええ……?変な人とは思っていたけど、マジかぁ……。


「この話には続きがあってな」


「あるんですか……」


「あるんだよ」


 もうお腹いっぱいなんですが。エリナさんとの付き合い方を考え直すかどうか、真面目に悩んでいるんですけど。


「城ケ崎はエリナへの恐怖で、その日は早退。翌日学校を休んだ。そしたら、こいつは教師から住所を聞きだしてプリント片手に見舞いへ行ったんだよ」


「一緒に遊んだ友達だからね!」


「エリナさん、ガムです」


「え、ガムはいらな、むごごご」


「……その時の城ケ崎の心境は知らんが、その次の日登校した奴の顔は、絶望に染まっていたとだけ言っておく」


「Oh……」


「ちなみに、こいつは城ケ崎が休んだ理由を勘違いしていてな」


『私はスパッツ履いていたけど、いっちゃんは違ったもんね!ごめん、気が利かなくって……。でも!頭から落ちたからスカートの中はきっと見られてないよ!私しか見えなかったはず!』


「という謎フォローをしていたらしい」


「謎じゃないよぉ。絶対いっちゃんが休んだのはおパンツ見られたって、恥ずかしかったからだもん」


 ガムを膨らませて、エリナさんが否定する。


 話を聞いただけの僕でも思うが、大山さんの予想の方が正しいと思うなぁ。


「その後、城ケ崎の様子や奴の証言が教室中に広がってな。クラスの奴らはエリナに恐怖した。打ち解けたわけでも分かり合えたわけでもない。ただ、怒らせちゃヤバいって理解しただけだ」


「矢川さんが『法律や常識という檻に入れられたクマ』だとしたら、エリナさんは虎です。なんの制約もない、『人間の常識が通じない虎』だと皆さん考えたんだと思います」


「なんか酷い事言われてるんだよぉ。慰めて、京ちゃん!」


「ごめん、無理」


「そんなぁ」


 眉を八の字にするエリナさん。残念でもなく当然である。


 なんというか……出会ったばかりの頃にこの話を聞いていたら、この人とは絶対に関わらない様にしていたな。


 今は一連の行動を善意の元でやったのも、彼女が無意味に他者を傷つける人でもないのを知っている。


 それはそれとして、ドン引きするが。こいつマジかよ。というか転移失敗していたら城ケ崎さん無事じゃ済まなかったのでは……。


「よく教師に怒られませんでしたね。というか、その城ケ崎さんの親御さんは?」


「教師も奴の親も知らんよ。教室の奴らは勝手に報復を恐がって言い出さないし、教師も城ケ崎の親も本気でエリナとあの女が友人関係だと思っている。こいつ、明るいしハキハキ喋るからな」


「私といっちゃんは友達だよ!たぶん!」


「流石に揺らいではきたんだ……」


 そっと目を逸らすエリナさん。ここまで自分のやった事の自覚なかったかぁ。


「エリナさんが友達と言えば大人も信じる場合が多いですし、城ケ崎さんも否定できませんから……」


「僕、城ケ崎さん嫌いなはずなのに哀れみと共感で好感度上がった気がするんですが」


「私に対しては?」


「こういう人だよなーって思っているので、プラマイゼロだよ」


「つまり、京ちゃんと私は大親友って事だな!」


「もうそれでいいっす」


 胸の下で腕を組み、『ムフー』と鼻息を出すエリナさん。うん、本人が嬉しそうで良かったです。


 大親友というか……大戦友?だし。もう別にいいかなって。あと若干城ケ崎さんに関しては『ざまぁ』って感情もあるので。


「それはそれとして、エリナさん。無暗に転移は使わないようにね?危ないから」


「えー。転移場所に人や物があっても、私の方がずれるよ?くっついちゃった!とかは起きないもん」


「そもそも法律で公共の場でみだりに使うなって言われてんでしょ。あと、万が一転移が失敗した場合のリスクも考えて」


「ちぇー。わかったよー」


 唇を尖らせているが、頷いてくれたので安心する。


 しかし、転移で『わからせ』ねぇ……。


「矢川も同じ感じでクラスの奴らに『ヤキ』入れんのか?」


「言い方ぁ……いや、やりませんよ。さっきも言いましたが、スキルってダンジョン以外ではあんま使っちゃいけませんし、事故が恐いですから」


「ですよねー」


 毒島さんが深々と頷く。常識人が厨二病患者しかいないとは。


 いや、だから僕なんかでもあんまり緊張せずに話せるんだけれども。


「なんだ。お前がクラスメイト抱えて、全速力で走ったら面白い事になりそうなのに」


「ははっ。そんな事、この学校がダンジョンの氾濫に巻き込まれない限りないですよ」


 いくらダンジョンが徐々に増えていると噂されているとは言え、この学校にピンポイントで現れるとは思えない。


 よしんば校舎のどこかにゲートが出現しても、溢れるまで放置なんてされる事もないだろう。用務員さんとかが見回っているわけだし。


 そんな感じに昼休みを終え、彼女らと別れて教室に戻る。


 ……この瞬間は、やはり苦手だ。


「けっ……」


「いい御身分だよな、あいつ……」


 教室に入る時、向けられる視線や言葉。


 小声でこちらに直接言ったわけではないのだろうけど、エリナさんほどじゃないが耳は良いのだ。


 少しだけ背を丸めながら、自分の席に戻る。


 昼休みが終わるチャイムの音に、胸を撫で下ろした。


 それにしても、学校にダンジョンねぇ……。教室に突然テロリストが、とか。そういうのと同類の妄想めいた話だ。


 確かに『突然の氾濫』を警戒してレベル上げはしているけど、まさかそんなピンポイントで起きる事もないだろう。


 鞄から筆箱と教科書、ノートを出して、入ってきた先生の方を見た。


 そんな妄想より、『昼休み明けの歴史の授業』という安眠装置への対抗に意識をむけた方が有意義である。


 定年間近の先生が読む教科書の内容を追いながら、やってくる眠気との戦いが始まった。






読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


Q.城ケ崎一子ってどんな子?

A.中小企業の社長令嬢。どことは言わないけど『F』。髪は黒に近い茶でAP●は『14』ぐらい。あと彼氏いない歴=年齢なのを周囲に隠している耳年増です。最近の悩みは自称忍者に監視されているんじゃないかという心配から、目の下に薄っすらクマが出来ている事ですね。

 なお、特に今後出番はありません。


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親方っ!空から女の子二人がっ…! 落ちるまでの流れ読んでリアルで吹いた…w プリント渡しに行くので二回目吹いた…あなたは天才だ(最高)
京ちゃんがスチール缶を丸めてしまえば 誰も陰口たたかないと思うよ 自分なら どうせボッチだしやるわ 陰口で精神ダメージ喰らうぐらいなら 恐れられる方がマシ
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