第四十八話 かまいたち
第四十八話 かまいたち
ダンジョンを歩き出して、20秒ほど。最初のペイントを発見する。
古い日本家屋に黄色のペイントでアルファベットと数字が書かれているのは、凄まじい違和感があるが。
「忍者映画の世界に来たみたいだね。テンション上がるなー」
「絵面はどっちかと言うとホラー映画だよ」
『懐かしいな……小さい頃DVDでリ●グを姉妹で見て、ミーアと抱き合ったものだ。あの頃は私よりあの子の方が小さかったのになぁ……!』
「すみません、話題逸れまくる予感しかしないので思い出話はちょっと」
『なに、小さい頃ミーアは恐がりでよく私のベッドに潜り込んで来ていた話を聞きたくないと!?』
「今はやめろつってんだよ残念女子大生。後で詳しくお願いします」
『も~、しょうがないにゃぁ、京ちゃん君はぁ』
アホな会話をしていても、暗闇の中、自分の持つライトだけが光源というのは中々に恐いものだ。物理的にも、精神的にも。
これだけなら普段のダンジョン探索と大差ないが、古い日本の町並みなのもあって和製ホラーみを感じる。
だが、
「……京ちゃん、止まって」
本当に怪物が出るのだから、この恐怖心は間違っていないのだろうな。
「敵?」
「うん。右前方、家の中から僅かに呼吸音がするんだよね。でもそれ以外はしない。数は……たぶん、2体」
「了解」
エリナさんが『たぶん』と言うあたり、ここの敵は情報通り厄介な相手らしい。
普段なら『白蓮』に先行させる所だが、今回は自分が前へ出る。
1歩、2歩と進んで行き、相手の射程距離に入ったのか。
ドタン、という大きな音と共に木製の戸が外側に倒れて影が姿を現す。
『キキキキキ!』
甲高い雄叫びと共に現れた、1体のイタチ。眼を爛々と輝かせ、牙を剥きこちらを睨みつけている。
だが、普通のイタチとは違う点が2点。
1つは、その体躯が大型犬ほどもある事。もう1つは、その尻尾。
農作業に使う様な鋭い鎌が、異様に長い尻尾の先端から生えている。そして、それがこちら目掛けて振りかぶられていた。
『鎌鼬』
日本では有名な妖怪と言えるそれと酷似した怪物が、このダンジョンに出現するモンスターである。
振り抜かれる尻尾の鎌。それに伴い、魔力が風へと変換され不可視の刃となって自分目掛けて放たれた。
だが、魔法の類である以上自分には視えているし、触れる。
『精霊眼』
『概念干渉』
左の拳で風の刃を打ち払い、一足にて間合いを詰めた。
相手が何かをする前に、右手で剣を振り下ろす。頑強さはコカトリス以下らしく、片手半剣は容易く鎌鼬の頭蓋を叩き割った。
だが、エリナさんの警告では『2体』。となると、
『キキッ!?』
屋根の上から鳴き声がしたかと思えば、ぼとり、と首に棒手裏剣が刺さった鎌鼬が落ちてくる。
「ごめん京ちゃん。窓から外に出て屋根に登っていたみたい」
「いえ。ナイス援護」
『精霊眼』で捕捉したのと、ほぼ同時に投擲を終えていた様だ。毒島さん達とのレベル上げで思ったけど、やはりこの人は色々とハイスペックである。
塩の中からコインを回収し、エリナさんに渡した。ダンジョン内は和風なのに、これは他のダンジョンと同じデザインである。
『ふぅむ』
「どうしたんですか、アイラさん」
『いや、なに。ここのコインの金の含有量も、他のダンジョンのと同じなのか気になってね。ババさ……教授も同じ疑問を抱いているので、君達に依頼したわけだし。無事の帰還を心待ちにしているよ』
「はい」
「おー」
前に、テレビで『貨幣を見れば文化がわかる』なんて聞いたっけな。
自分にはさっぱりだが、学者さんなら何かわかるのだろう。探索を再開する。
そうして進んで行けば、出口のある区画まで辿り着いた。
……他のダンジョンでも思うけど、交番みたいなデザインの建物と武装した自衛隊が立っているのって、違和感が凄い。周りと比べて、そこだけ現代なので。
何はともあれ、マーキングは済んだ。
遭遇する鎌鼬を斬り捨てながら、自衛隊がいる場所から距離を取る。万が一、『大車輪丸』が人のいる方に飛んだら大事故だ。
と、移動していれば。
「京ちゃん、こっちに接近する足音が3つ。うち1つは鎌鼬だと思うよ」
「残り2つが人間である可能性は?」
「捨てきれないけど、『裸足』の音だから可能性は低いと思う」
「了解」
ここは、あまり人気のあるダンジョンではない。
ドロップ品がおいしくないわけではなく、『Dランク』としては難易度が高い為に。
ここは鎌鼬とは別にもう1種、通常モンスターが出現する。
『ガァアアア!』
獣の様な咆哮をあげ、曲がり角から姿を現した怪物。そのシルエットは、人間に近い。
だがその皮膚は灰色に染まり、目は落ちくぼんで眼球が見当たらなかった。代わりとばかりに額からは小さな角が生え、涎をダラダラと垂らす口からは鋭い牙が覗いている。
古い日本家屋が建ち並ぶ中、元は白かったのだろう着物を土で汚し着崩した、その怪物達。手足はひょろりと長く、骨と皮だけ。それでいて腹だけは妙に膨れている。
『餓鬼』
これが実際に地獄へ落ちた人間だとは思えない。ただ姿が似ているだけのモンスターである。
ただ、それでも忌避感を抱く人はいるし、そもそも面倒な敵なのでこのダンジョンに冒険者はあまり来ないのだ。
皺だらけの鼻をヒクヒクと動かして、こちらを向く餓鬼たち。ほぼ同時に、自分達から見て左側の個体へナイフと棒手裏剣が飛ぶ。
両方とも命中。棒手裏剣が喉を穿ち、ナイフが左わき腹を穿った。衝撃で後ろの家へと吹き飛ばされ、その餓鬼が見えなくなる。
『ギャギャギャギャ!!』
残る1体が、倒れ込む寸前まで前傾となり駆けた。競走馬もかくやという速度であり、瞬く間に20メートルはあった距離が詰められる。
更に、奥の方では飛び出してきた鎌鼬が1体、尻尾を振りかぶっていた。
『ギィィッハァアアア!』
『キキキキキ!!』
飛びかかる餓鬼と、風の刃を放つ鎌鼬。嫌な連携だ。
しかし、こちらもギリギリの綱渡りをしに来たわけではない。
「───どけ」
圧倒出来るという確信のもと、ここへ来ている。
飛びかかる餓鬼の胴を横一線で斬り捨て、前へ。迫る風の刃を籠手で受け、『概念干渉』も使い打ち払った。
鎌鼬が跳躍で飛び退こうとするが、それより先に脳天目掛けて刃を振り下ろす。
返り血を風で弾きながら視線を家に開いた穴に向ければ、棒手裏剣とナイフで叩きこまれた個体も塩へ変わっていた。
残心。今しがた斬り捨てた鎌鼬も塩に変わり、ようやく胸を撫で下ろす。
「お疲れー、京ちゃん」
「うん。また、コインをお願い」
「あいよー」
塩の中からドロップ品を回収し、エリナさんに渡す。向こうにある上下で泣き別れした餓鬼のコインは、彼女が拾ってくれたらしい。
鎌鼬の方は偶に『鎌』を落とすのだけれど……簡単には落としてくれない、か。アイラさん曰く、研究室で高値で買い取ってくれるらしいのだけれど。流石に、この前の剣ほどではないが。
そこから更に5分ほど移動し、ペイントを鏡で見たアイラさんが声をかけてくる。
『京ちゃん君、エリナ君。この辺りで良いんじゃないかな?出口との間に、3つほど通路を挟む位置だ。それにその道は直線だろう』
「そっすね!周りにモンスターの音もないし」
「了解。なら、僕と白蓮は周囲の警戒をしつつさがります」
先頭をエリナさんに譲り、剣を手に索敵へと移る。
彼女が巨大手裏剣をアイテムボックスから取り出し、前回同様大きく振りかぶった。
左右に木製の建物が並ぶが、数十メートル先まで道には何もない。
「ひっさぁつ!インビジブルニンジャーズアタァアアック!」
「だっっっせ」
あまりにも酷いネーミングだった。出口から離れているので、自衛隊の人らに聞こえないのがせめてもの救いである。
放たれた大車輪丸は、4枚の刃からそれぞれ風を放出し加速。猛スピードで回転しながら、真っ直ぐ飛んでいった。
確かに速いし、15メートルぐらい先の地面に深々と突き刺さって高い威力もうかがえる。
だが、レッサートレント相手に投げた時と比べて随分と大人しかった。
『京ちゃん君。今回は魔力の変化を視られたかい?』
「いいえ。普通に手裏剣から魔力が風となって放出されるだけで、ダンジョンの方には何の変化もありません」
「んー、あの時ギュイン!ってなるぐらい魔力が動いたのは、レッサートレントに何かあったのかなぁ」
大車輪丸を回収し、小走りで戻ってきたエリナさんが首を傾げる。
「いや。レッサートレントが何かした感じはなかった。やっぱりダンジョン側に何かあるんだと思う」
『……一定以上のスピードに反応した?だが、京ちゃん君を始め強力な冒険者は普段から高速移動している。飛び道具だから?だが弓使いの『Cランク冒険者』なら同じ速度を……』
アイラさんがイヤリングの向こうでぶつぶつと何か呟いているが、結論はまだ出ないらしい。
取りあえず、今度はモンスター相手に投擲する事になった。
ちょうど30秒ほど歩いた所で餓鬼2体と鎌鼬1体に遭遇したので、開幕エリナさんが大車輪丸を振りかぶる。
「大ギュインギュインスラッシャー!!」
せめて掛け声を統一しろよ。
そんな内心のツッコミをよそに、『精霊眼』は魔力のうねりを捉える。
高速で迫る大車輪丸と餓鬼の間で壁となる様に渦をまく魔力。それに刃がぶつかった瞬間、『概念干渉』が発動する。
大量の魔力を巻き込んだ手裏剣が、纏っていた風を増大させ小規模な竜巻へと変化した。
襲い来る強風と土煙に目を細めながらも、餓鬼たちがズタズタに切り裂かれるのを見る。奥にいた鎌鼬は回避した様だが、通り過ぎた際の風で地面から浮き上がった。
バランスを崩しながらも着地した所へ、走って行って斬り捨てる。『大車輪丸』とそう変わらない速度で走ったのに、自分をダンジョンの魔力が妨げようとする事はなかった。
───ガシャアアアアアアン!!
轟音をあげて、手裏剣が家屋に突っ込んだ。木の板や拳大の石が降り注ぎ、これまた土煙が盛大に上がる。
飛んできた石を左手で払い落とし、エリナさんと破壊された家を見比べた。
「やっぱり、モンスターに向けて投げた時に起きる現象みたいですね」
『試行回数が少ないので断言は出来ないが、そう考えるのが妥当だろう。……なぁ、京ちゃん君』
「はい?」
念話越しに、アイラさんの声が硬い。
いったいどうしたのだろうか。
「アイラさん?」
『……いや、何でもない。ただの杞憂だろう』
「はあ……?」
「ふんぬうううう!?ぬ、け、な、いいいいい!!」
自分が疑問符を浮かべていると、エリナさんが奇声を上げながら地面に突き刺さっている大車輪丸を抜こうとしていた。
美少女がしちゃいけない顔になっていたので、代わりに引っこ抜く。
「ふぅ……サンキュー、京ちゃん!」
「いえいえ」
「あのさ、京ちゃん!」
「はい?」
大車輪丸をアイテムボックスにしまいながら、エリナさんがいつもの笑みでこちらを向いた。
「私達もレベル上げさ、頑張ろうね!アーちゃんシーちゃんに負けないぐらい!」
「はあ……まあ」
「おおし、やるぞぉぉおおお!」
やたら元気なエリナさんが、コインを回収していく。自分も鎌鼬のドロップ品を回収しようと腰をかがめた。
おや。
「アイラさん。コインじゃなくって鎌が出ました。運が良いですよ」
特別ボーナスゲットである。これ1つで20万らしいのだから、教授とやらは本当に太っ腹だ。
『……そうだね!』
妙に間があった後、アイラさんが返事をする。
何かあったのだろうか。そう疑問を抱くが、どうも思考を巡らせる暇はないらしい。
「京ちゃん、今の音につられてモンスター達がこっちに来てるみたい。結構多いよー」
「了解。大車輪丸は基本使わない形で迎撃しよう」
まだわからない事が多い武器だし、更なる轟音でまた敵を引き寄せるかもしれないので。
「おっす!必殺技はここぞって時に使わないとね!」
「はいはい」
こちらへ走ってくる10体以上の餓鬼と、屋根の上を駆ける鎌鼬たちを睨みながら答える。
『炎馬の指輪』は、火事が恐いのでここだと使えない。地道に斬るしかなさそうだ。
* * *
あれから約2時間後、探索を終了。討伐数は2種合わせて80以上。不人気ダンジョンだけあって、結構な数が溜まっていた様だ。
その分、稼ぎも良かったし2人ともレベルが1つ上がったので個人的には幸運である。白蓮が問題なく歩行していた。あの分なら、武装が届いた後のテストも期待できる。
ダンジョンから出て、気分も落ち着いたのでダンジョン内で抱いた疑問に思考を向けた。
帰りのバスに揺られながら、記憶を掘り起こす。
アイラさんのあの慌て様に、エリナさんのレベル上げ宣言。それに大車輪丸が関係するとして……何故?
あの武器に使われている特別な物と言ったら、自分の髪の毛や爪。大山さんのスキル。ダンジョン産の金属ぐらい。それがいったいどうしたと言うのか。
……自分や大山さんに、何かあるとでも?それにしては妙である。なら、金属?
大車輪丸には、ダンジョン産の金属が使われている。そうすれば、『魔装』で倒した時と同じくらい経験値が入るから。
あの魔力の渦が発生したのは、『それが高速で飛来した時』。
……銃を使ったレベル上げは、どうなる?
弾丸をダンジョン産の金属で作った場合、あの魔力の渦が出来て『壁』となるとしたら?
あの壁の出現速度や、強度はわからない。しかし、攻撃を阻む為の物だとは思う。
そうなると、自衛隊はレベル上げが上手く出来ていない?
なんて、考えたが。
「アイラさん」
『なんだね、京ちゃん君』
「勘違いなら申し訳ないんですけど、アイラさん達って自衛隊のレベル上げが上手くいっていないって危惧しています?」
『……君も気づいたか』
「はあ、たぶん。でも、杞憂なのでは?」
イヤリング越しに話しながら、首を傾げる。
「大山さんが、僕の髪の毛とかを素材にアレを作ったわけですし。普通に自衛隊も何かしら対策を打てているでしょう」
彼女は確かにレアなスキル持ちだが、それでも他にまったくいないわけではない。自分の『概念干渉』も同じである。
同じ方法だと弾丸の大量生産など出来ないだろうが、ただの民間人が大車輪丸を作れたのだ。
自衛隊なら、きっともっと凄い方法を編み出しているだろう。
『……そうだね。私も、そう思いたいよ』
「別に、僕らがそれほど特別な存在とも思えませんし」
確かに『心核』なんかは特殊だが、アレにはその魔力を使っていない。
というか、そもそもあの現象の理由も仮説しか出ていないのだ。案外、銃弾だったら普通に素通りするかもしれない。
何なら、あの恐ろしいドラゴンだって自衛隊の戦闘機を前に尻尾を巻いて逃げたのだ。現代兵器ならよくわからんけど、うまい事レベル無しでもやれるだろう。
自分達がアレコレ考える事でもないと思うのだが。
ただ、レベル上げが必要なのは同感である。ドラゴンの事を思い出したら、やっぱり自衛能力が必要だと思ったので。
万が一あんなのに遭遇した時、せめて逃げるぐらいは出来たいものである。
「ねえねえパイセン。『Cランク』への昇格って、『D』に上がった時みたいに指定のダンジョンを突破しろとかあるの?」
『そうだね。他にも筆記と面接があるよ』
「そこまで前回と同じなんですね……」
やはり、腕っぷしだけで全てが解決する事はない。
今から面接やら何やらに辟易しながら、家路につくのであった。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
京太
「アイラさん。僕達はそれほど大そうなものではない。長い長い以下略」
アイラさん
「……うん、そうだね!」
実際京太ぐらい強い覚醒者なんて何人もいますし、大山さん以上の職人も複数いますからね!問題ないね!!
セットでいる事が滅多にないだけで!