閑話 自衛隊は辛いよ
閑話 自衛隊は辛いよ
サイド なし
東京都新宿区。
防衛省のとある一室。
広い会議室に、ノックの音が響く。
「どうぞ。入ってくれ」
「失礼します」
名乗りよりも先に返ってきた入室の許可に、やや緊張した様子で1人の男性が入室した。
ダンジョン庁部長、赤坂雄介である。
スーツ姿の彼を出迎えたのは、自衛隊の制服を着た1人の男性だった。
「よく来てくれた。座ってくれ」
その人物の容姿を端的に表すのなら、『四角』だろうか。
角刈りの頭に四角く揃えられた眉と、これまた四角い黒縁眼鏡。ごつい顔立ちに太い首と、広い肩幅をしている。
恰幅が良いとも筋肉質とも服の上からなら表現できる体つき。眉間にも盛大な皺が寄っており、全体的に厳めしい男性だ。
「お久しぶりです。丸井陸将」
丸井忠次陸将。54歳。
陸将とは海外の軍隊で言うならば『中将・大将』クラス。紛れもなく、陸上自衛隊の最高幹部の一角がこの人物だ。
そんな彼の呼び出しに、赤坂部長は否応なしに冷たい汗を背中に流す。
だが内心を表に出す事なく、部長は会議室の机に視線を向け、紙の資料が置いてある席に一礼の後座った。
「今日呼んだのは他でもない。少々、君と直接話したい事があってね。忙しい中すまない」
「いいえ。自衛隊とダンジョン庁は密接な連携が必要な関係です。重要なお話とあれば、すぐにでも駆け付けますとも」
「ありがたい。ああ、それと」
陸将が、眼鏡越しに鋭い視線を資料に向ける。
「私はアナログな人間でね。パソコンの使い方がよくわからなかったから、紙で用意させてもらった。部下には示しがつかないので、どうか秘密にしていてほしい」
「承知しました」
部長は、目の前の紙の束が『電子上に残せない資料である』事を察した。
秘書や御付きと言う名の護衛もなしに、このダンジョン問題が盛んな中陸将が1対1での会話を望んでいる。
その上でのコレに、部長の中で話の内容への警戒心は跳ね上がった。
「さて……お互い忙しい身だ。単刀直入にいこう」
机の上に両肘をつき、口の前で指を組んだ丸井陸将がこう続けた。
「このままでは、自衛隊が有する現代装備によるモンスターの間引きは難しい」
陸将という立場の人物が発した、漫画のワンシーンにありそうな言葉。
しかし、それを笑う者など、笑える者など今の日本にはいない。
話の内容が、決して看過できないものであるのなら尚の事。
「……詳しくお聞きしても?」
「うむ」
硬い声で問いかける赤坂部長に、丸井陸将は平静を崩す事なく頷いた。
「まず、予算の問題だ。君も知っての通り、現在日本はアメリカから武器を借りる事で弾薬や装備の不足を補っている。だが、これもタダではない」
「米国も、底なしの財布を持っているわけではありませんからね」
「ああ。しかし私としては、『もう少しまけてくれ』と言いたいよ。ただでさえ人員が足りない以上、弾の数で補うしかない。命を懸けている現場の者達に、己の命よりも弾丸を大切にしろとは言えんからな」
「正しい判断かと」
「とにかく、これが1つめの理由だ。次に、2つめ。資料をめくってくれ」
陸将の言葉に、部長が資料をめくり次のページに視線を落とす。
そして、一瞬だけ苦虫を噛み潰した様な顔になった。
「隊員たちの負傷者と……まだ公に出来ていないが、死者も増えている。そして、それに比例して心に傷を負ったか、あるいはこんな職場やっていられるかと辞職者も増えていてね。端的に言って、人手が足りん。……貴重な覚醒者の隊員を、民間に取られているのもあるしな」
「………」
「そこで無言になるから、君はダンジョン庁に飛ばされたのだろうよ。上には好かれんぞ?」
「……ご忠告、感謝します」
「私が言うのもなんだが、不器用な男だな」
丸井陸将が、唇の端を少しだけ上げる。
「君を恨むつもりはないよ。この後の話もあるしな」
「この後……?」
「まあ、先に情報の共有をさせてくれ。次のページに、何故覚醒者の隊員が必要なのかが書いてある」
「『ダンジョンに入れるのは覚醒者だけ』、という理由ではなさそうですね」
そう言いながら、部長は資料をめくった。
「無論だとも。確かにダンジョンから溢れ出てきた所を火力で強引にすり潰す作戦も考えたが……モンスターという生物は、本当に恐ろしい」
「これは……!」
「なんせ───銃弾に『対応』してくるのだから」
それは、自衛隊が経験したある戦闘記録だった。
かつて地方のとある町を襲ったドラゴン。奴らの住むダンジョンに突入した自衛隊員達は、当然空を飛ぶ巨大な怪物に銃撃を行った。
しかし、そのことごとくが着弾前に『逸らされた』と書いてある。
「『矢避け』……という魔法があるのは聞いていたが、まさか重機関銃の弾すら逸らすとは予想外だったよ」
「これは、いったい……確かに、これまではモンスターに銃撃は有効だったはずですが?」
「学習した、という事だろう。うちの戦闘機と交戦し、ダンジョンに逃げ帰ったドラゴンがいた。もしかしたら、奴が同じダンジョン内のモンスターに『現代兵器』という物を教えたのかもしれない」
「モンスターにそれほどの知能が……いえ。あっても、おかしくはありませんね」
モンスター同士で、明らかに意思の疎通を取っている光景はダンジョン内に仕掛けた監視カメラで確認できている。
無論種類によるが、それでも『出来る個体』がいるのだ。ならば、それを前提として警戒してしかるべきである。
それでも、重機関銃の弾すら魔法1つで逸らされるのは予想外に過ぎたが。
「『矢避け』という魔法への対抗手段は、また別の魔法か至近距離での攻撃とされている。どちらも、覚醒者にしか不可能な対策だ」
「……銃やミサイルを見てダンジョンに逃げ帰った個体がいたからこそだとしたら、初見ならまだ通じるのですか?」
「ああ。他のダンジョンのドラゴンに対しては、今まで通り機関銃や対戦車砲が通用したよ。もっとも、『初見で殺しきる』事が絶対になったがね」
これまで、自衛隊は現代兵器がもつ圧倒的火力でもって常識外れの力をもつモンスター達を倒してきた。
しかし、人も物も減ってきている。それが続けられる保証はない。もしも一定以上の知能を持つ個体の撤退を許してしまえば、頼みの綱である武装が効かなくなる。
資料には『ミサイルで飽和攻撃し至近距離で爆発させ続ければ倒せる』とあるが、あまり現実的とは言えない。ダンジョン内に持ち込める兵器には限りがあるし、何より金がない。
「……現在、このドラゴンのダンジョンはどの様に?」
「うちの中でも精鋭の覚醒者部隊が対応しているが……いつ突破されるかわからん。彼らにも休息と報酬は必要だ。パフォーマンスと士気というものは、永遠に続かんもんだよ。……ここだけの話、『笹が好物な自衛隊幹部』から彼らへ接触があったという報告もある」
陸将が、小さくため息を吐いた。
「無論、『ならば強い覚醒者を早急に増やそう』と思ったさ。しかし、手ひどい失敗を経験してね。4つめの理由に移ろう」
また資料をめくり、部長の眉間の皺が深くなる。
「君も知っているだろうが、『ドロップ品を使えば魔装での戦闘に近い経験値が入る』。それを踏まえ、ドロップ品のコインを弾丸に加工した。これで、楽にレベル上げが出来ると思ったのだがね」
「……魔法が使えないはずのモンスターにまで、『矢避け』が発動した、と」
書かれている資料には、『マタンゴ』や『ゾンビコボルト』相手の実験記録が載っていた。
自衛隊の覚醒者が発砲した弾丸は全て命中前に逸れてしまい、壁に当たったと書かれている。
「弾丸を撃った瞬間、ダンジョンに流れる魔力とやらに変化があったらしい。あくまで仮説だが……ダンジョン自体に、『高速でドロップ品由来の物がモンスターに接近するのを防ぐ』機構があるのではないかと考えている」
楽はさせてもらえないらしい、と。自嘲する様に呟く陸将。
そんな彼をよそに部長は資料に目を通すが、音速を超えないまでも『生物を殺傷できる速度で飛ばした場合は大半が軌道を捻じ曲げられてしまう』とデータが残っていた。
例外は、覚醒者がドロップ品を持ったまま移動していた場合のみ。
「これにより、手軽に高レベル覚醒者を育成する事は出来ない事が判明した。地道にレベル上げを続けているが、ダンジョンの増加もある。このままでは対応しきれない計算だよ」
「……国民に知られれば、大パニックが起きますね」
「ああ。『国民の自衛隊』と名乗ってはいるが、民を守り切れない盾なのだよ。今の私達は」
口元こそ笑みを浮かべているが、その眼も眉も一切笑っていない。
ましてや、諦めてもいない。陸将は真っすぐに赤坂部長を見ている。
「他にも問題は多々あるが、今はよそう。それより、君に聞きたい事と相談したい事がある」
「私に答えられる事でしたら、なんなりと」
「まず……例の『錬金同好会』と繫がりのある組織のトップと最近接触をもったそうじゃないか。お相手は、どういう人柄かね」
『ウォーカーズ』
『錬金同好会』と組み、現在勢力を伸ばしている冒険者集団である。
他が『クラン』や単に『チーム』と名乗る中、彼らは『ギルド』を名乗った。それはまるで、『クランを束ねる存在』であると主張する様に。
もっとも、ギルドを名乗ったのは『その方が格好いいから』という理由なのだが。それをギルドマスターの口から聞いた時は、赤坂部長も思わず頭痛を覚えたほどである。
だが、既に『ウォーカーズ』は複数のクランを束ねているに等しい人員を抱えていた。
この急成長には、『錬金同好会』が大きく関わっている。彼らの提供する『高性能ゴーレム』や『自作の魔法薬』は、冒険者にとって喉から手が出るほどに素晴らしい品だ。
『魔法薬』の販売は未だ規制されているものの、『作る』だけなら違法ではない。彼らはこれを『友人知人におすそ分けしているだけ』という体裁で『ウォーカーズ』所属の冒険者に渡している。
謎な事に『錬金同好会』は並の弁護士や検事より法律に詳しく、そのうえ警察組織にも顔が利くらしい。公安の不正に関する証拠まで握っている……などという『噂』まであるのだ。
彼らのこの行いを、取り締まる事は出来ない。
「……『ウォーカーズ』の代表、山下氏は普通の人でしたよ。当たり前に笑い、当たり前に泣く。どこにでもいそうな若者でした」
「ほう。君が自身の目で見て、そう思ったのかね」
「ええ。もっとも、私は心理学者というわけでもないので見誤った可能性もありますが」
「どうせ経歴を調べて、プロファイリングも入念にやったうえでの感想だろう?信じるさ」
丸井陸将が、『くっく』と小さく笑う。
「そんな普通の若者が、随分と戦力を集めたものだ。正直、彼らを纏めて自衛隊に引き入れたいものだよ」
「冗談と承知で忠告しますが、彼らは宮仕えしたがる性質ではありませんよ」
「だろうな。だが、『依頼』という形でなら動かせるのだろう?」
陸将の『相談』が読めた赤坂部長は、営業スマイルを浮かべた。
「私達も彼らへの命令権はありませんが、『仲介』だけならできます。ご紹介しますか?」
「助かるよ、赤坂君。冒険者界隈で言う所の『不人気ダンジョン』というやつは、自衛隊も抱えていてね。無論、難易度は考えて依頼を出すが。報酬は……どうにか捻出しよう。金銭以外で、提供できる物とかな」
「そこら辺は、彼らと直接相談していただくしか。あと、『錬金同好会に繋げてくれ』という話をすると嫌われますよ」
「おや、既にふられた後かね」
「ええ。取り付く島もありませんでした」
軽く肩をすくめる赤坂部長に、丸井陸将も楽し気な笑みを浮かべる。
「なんだ。変わらず不器用なままと思ったが、君も少しは丸くなったらしい」
「そうかもしれませんね。そうでなければ、やっていけないのもありますが」
「違いない」
眉間に深い皺を作り過ぎて、戻せなくなった中年男性が2人。会議室で笑い合う。
「それと……もう1つ相談。いや、提案がある」
「聞きましょう」
「……これは、自衛隊として本来あってはならない考えだ。それでも、『国防』の為に話そう。現在、『Cランク』認定を受けている冒険者たちに関してだ」
少しの間だけ流れた和やかな空気は消し飛び、互いに眼光を鋭くする丸井陸将と赤坂部長。
紙をめくる音が、嫌に響いた。
「一部『Bランクダンジョン』の、民間への開放について……ダンジョン庁と後日協議したい」
───話し合いはここから1時間ほど続き、本日は解散となった。
足早に車へと向かう赤坂雄介。彼の眉間の皺は、ここへ来た時よりも更に深く濃くなっていた。
会議室に残った丸井陸将も、眼鏡をはずし眉間に指をあて揉み解そうとする。
彼らの夜は、今日も長くなりそうだった。
赤坂さんから電話で『陸将が貴方と会いたいそうです』と予定を聞かれた山下兄
「 」
の、幼馴染
「あれ、お前……やっぱ10円ハゲできてんじゃん。どうした?」
読んでいただきありがとうございます。
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