第五話 必然と偶然
第五話 必然と偶然
「手足、ですか?」
「そうとも。その説明の前に、私のスキルを開示しようじゃないか」
「は、はあ……」
ハキハキとした喋り方に、つい圧倒されてしまう。
というか、初対面の相手にスキルを教えるか?普通。そう疑問に思うも、会話の流れを切るのもと思い口を閉じる。
「私のスキルは2つ。『念話』と『鑑定』さ。と言っても、この『念話』が少々特殊でね」
そう言いながら、有栖川さんが小さな鞄から手鏡を2枚取り出す。
うち片方を机に置き、もう片方を自身の顔の正面に掲げた。
『こういう仕様なのさ』
「っ!?」
突然、机の上の鏡に有栖川さんの顔が映る。え、テレビ電話?
いや、タブレットではない。これが彼女のスキルか。
『同じスキル名でも、その効果や手順が異なる場合がある。大抵の念話はテレパシーの様なものだが、私のはひと手間必要でね。専用の鏡がいる。代わりに、言葉だけじゃなく鏡越しに景色も見る事が出来るのさ』
「な、なるほど……」
『しかーも!ダンジョンでは電波が通じないが、私のスキルなら別だ。予め鏡を持たせた相手にアレコレと指示を出し、コレを見せろアレを映せと言えるのだからね!!』
あ、やっぱこの人林崎さんの親戚だわ。謎にテンションが高い。
鏡を置き、有栖川さんがその美貌にニヒルな笑みを浮かべる。
「と、言うわけだ。受けてくれたまえ」
「えぇ……」
「パイセン!説明不足が過ぎるっすパイセン!!」
林崎さんの言う通りである。念話の仕組みはわかったし、何をさせたいのかも何となくはわかった。
しかしそれだけである。この人が何者であるとか、何故そんな事をしたいのかもわかっていない。
「ふむ。ではもう少し詳しく説明しよう」
「よ、よろしくお願いします。」
……あれ。なんでこっちがお願いする形に?
「私は花も恥じらう女子大生なわけだが、所属している研究室の教授がダンジョンに興味津々でね」
そう言いながら、有栖川さんが名刺を差し出してきた。
咄嗟に受け取ると、県内だと有名な国立大学の名前が書かれていて少しビックリする。
そんな……こんな素っ頓狂な人が……?
「だがしかし。講習を受けたのなら君も知っているだろう?国は『ダンジョンで手に入れた品を、ダンジョンストアの外に許可なく持ち出すのを許していない』と」
「え、ええ。まあ……」
大げさに嘆く有栖川さん。彼女の言う通り、ダンジョンで手に入れたドロップ品や鉱物、植物はストア外に持ち出してはならないとされている。
冒険者は、ダンジョンストアにある専用の買い取りコーナーでのみダンジョンの品を売る事が出来るのだ。
「たしか、その後は国指定の研究所にサンプルとして送るって習いましたけど……」
「その指定の研究所はね。ほとんど海外のものだよ。そちらの方が予算も技術も潤沢な事も理由だろうが、政治の話も絡んでいるらしいねぇ」
「………マジですか」
「マジだよ」
ダンジョン法は諸外国からの後押しで制定したって噂、もしかしてマジかもしれない。
この人の話が本当なら、だけど。
「嘘だと思うのなら、ネットで検索してみると良い。国内の有名大学や研究所の名前が4つ並んだ後、『等』という1文字で済まされているからね。そして、国外の研究者の名前で論文が既にたぁぁぁくさん出ているよ」
笑顔ながら、瞳に暗い輝きを灯らせて有栖川さんが続ける。
「ああ、本当に酷い話だ。私だってダンジョンの品を見たい触れたい調べたいのに。この知的好奇心のやり場を奪うなど拷問に等しいのにねぇ……!」
なんだこの人……。
そこは、『論文に自分の名前を乗せたい』とかの功名心じゃないのか。
「パイセンかなりの変人だからね!京ちゃんはこんな大人になっちゃ駄目だよ!!」
「あ、はい、いや、その……」
本人が隣にいるのに、満面の笑顔で言う貴女も大概そちら側では?ベクトルが違うだけで。
そう言いかけるも、胸の内に留めた。流石に失礼だし。
「聞いているのかい2人とも。兎に角だ。私は、そしてうちの教授はダンジョンの事を調べたくてしょうがないのだよ!!」
「あ、ちなみに教授は私達のお婆ちゃんだよ!パイセンそっくり!」
なるほど。つまりよりハイグレードな変人か。
「あの、だったらご自分で冒険者になれば……」
「さっきも言っただろう。私はか弱いのだと」
「パイセンはなぁ!高校の頃女子小学生と取っ組み合いになってボコボコにされた事もあるんだぞ!泣いて帰って来るクソ雑魚なんだぞ!言葉に気を付けろよ!!!」
「ふっふっふ、言ってやれエリナ君」
「なんかすみません」
そして言葉に気を付けるべきなのでは林崎さんでは?
「この念話はかなり便利でね。なんせ、遠隔で『鑑定』もできる」
「……あ、もしかして」
咄嗟に林崎さんのイヤリングに視線を向ける。
「その通り。彼女の耳には鏡を仕込んでいてね。試験前の会場で、受験者のステータスを吟味していたのさ」
「耳たぶに挟むタイプ!!」
ドヤ顔を浮かべる残念美人ども。やっている事は半分盗撮じゃねえか。
というか、初手自分のスキルを開示したのは……もしや、勝手にこちらのスキルを見た罪滅ぼしか?
あ、ちげーわ。この人眼がめっちゃキラキラしてるもん。最初っからずっと。
「勿論、試験中はオフにしていたから安心してくれたまえ。君の戦いぶりに関しては、帰り道でエリナ君からメールで教えてもらった分しか知らない」
「……まあ、林崎さんが僕に声をかけた理由はわかりました」
ただの偶然でも、ボッチ同士だったからでもない。スキルとステータスで判断したわけだ。
別に悪い事と言うつもりはないし、不愉快でもない。むしろ納得がいった。
ダンジョンは命懸け。法に触れない範囲なら、努力するのは悪じゃない。マナー違反だとは思うけど。
「有望な冒険者は、一部の例外を除いて既にひも付きでね。こうして新人発掘に賭けたわけさ。いやぁ、こうして一本釣りに成功して運が良かったよ!」
そんな会話の中、注文していた品が届く。
普段あまり紅茶は飲まないが、目の前のコレは湯気と共に上る良い香りが鼻孔をくすぐった。
「というわけで、私達と組まないかね。これは君にとっても、非常に利益の有る事だと思うよ。勿論、うちの研究室から報酬も出る」
「……『鑑定』で僕のステータスとスキルを見たと仰いましたが、それだけで雇おうとするものですか?」
怪しさ云々以前に、疑問がくる。
『鑑定』
数々の創作物で活躍する神スキルだし、現実がファンタジーになったこの国でも重宝されている。
だが、万能ではない。まず、『固有スキル』に関しては『名前しかわからない』らしいのだ。
自分が役所で『鑑定』を受けても平気な顔をしているのは、そういうわけである。
流石に『賢者の心核』という名前で、『賢者の石』と見抜く人はそういない。もし詳しく聞かれたら、『なんかこのスキルのおかげで頭がスッキリして、体力も溢れ出てくるんです』とでも言うつもりだ。
……なんか、思いっきり体に悪そうだな。その誤魔化し方だと。
ついでに、通常のスキルの方とて、大まかにしか読み取れないと聞く。ふんわりと『何ができるのか』はわかるが、詳しい所までは不明だとか。
便利ではあるし有用だが、絶対でも万能でもないのが『鑑定』というスキルだ。
それだけの情報で、何故自分を?
「チッチッチ。甘いよ京ちゃん君」
舌を鳴らしながら、有栖川さんが指を振る。
「君は知らない様だが、まず『通常スキル3つ』と『固有スキル1つ』を持つ覚醒者はとても貴重なのさ。それこそ、日本で見ても『0.001%』しかいない」
「えっ」
マジか。ネットだともっといる様な事が……いや、ふかし?だが、どっちが?
流石に顔の見えないネットの住民よりは、有栖川さんの方が信用できるか……?でもなぁ。
「個人的には『スキル1つ持ち』が『C』、『スキル2つ』が『R』、『スキル3つ』が『SR』、そして『スキル3つと固有1つ持ち』を『SSR』だと思っているよ。いやはや。我ながら神引きしたものだ」
「んなガチャみたいな……」
言いたい事はわかるけども。
しかし、『0.001%』か……。確かにそれは少ない。やはり、僕は選ばれし者だった……?
……いや覚醒者の内じゃなくって日本人の内じゃん。今の人口って、確か1億2千万だから……。
やっぱ選ばれし者、多いなぁ。
「そもそもだね。覚醒者としても君の身体能力はかなり高い。もっと自信を持ちたまえ」
「は、はあ。……でも、やっぱり有栖川さんがご自分でダンジョンに行った方が効率的では……?」
女子小学生に負けた事があるとの事だが、それは覚醒者になる前だろう。
覚醒の有無が身体能力に与える影響は大きい。自分は今日ゾンビコボルトを一刀両断したが、覚醒前ならあっさりと食い殺されていただろう。
スキルが戦闘向きではなくとも、こんな高校生に持ってくる話ではないと思うが。
そう思い尋ねれば、有栖川さんは不敵な笑みと共に持っていたカップをソーサーに置いた。
「なるほど。そんなにも───私の実力が気になるかね」
「……!」
有栖川さんがそう言った瞬間、自分は硬い唾を飲み込んだ。
なんだ、この『凄み』は。彼女の端整な顔に影が差し、口元は三日月の様につり上がる。
「18秒だ」
「……なんの、数字ですか……?」
いつの間にか、背筋には冷たい汗が流れていた。
得も言われぬ重みが、全身を包む。ゾンビコボルトと初めて目があった時以上の、恐怖。
18秒。それはまさか、『お前を殺すのにかかる時間だ』とかそういう……!
「私の100メートル走の記録だ」
「……はぁ?」
「覚醒する前は走り切るのも大変だったものだよ」
いやあんた大学生だろうに。その歳で100メートル走れなかったのはわりとまずくないか?
「……あ、もしかして何か御病気」
「産まれてこの方、風邪にかかった事もない」
「あ、はい」
ドヤ顔で言われましても。
「パイセン!ここのクロワッサンマジで美味しいっすね!!」
「だろう?」
そしていつの間にか林崎さんはクロワッサンを食べ終わっていた。
一応、視界の端で彼女がパンを一口サイズに千切っては、ひょいひょいと口に運んでいるのは見えていたけども。動きは綺麗なのにやたらハイペースで、少しシュールな光景だった。
なんなんだ、この2人。
「私はダンジョンの外から君達に注文をしつつ、地図を見てナビをしよう。なんなら、事故が起きた時は外からダンジョンストアに救助の要請をしてもいい。そして、エリナ君は直接的な戦闘以外非常に有用なスキルを持っている。さっきの表現を使うのなら、『優秀なSR』だ」
「エッヘンである!」
「そしてさっきも言ったが、大学の研究室から報酬も出る。良い話だとは思わんかね?」
いや、良い話ではあるんだよ。本当に。
だからこそ怪しいのだが、そこはどうも自分が高く買われているという事らしい。
何より、国立大学の教授がバックにいるって言うのも信用が上がる話である。
悩む。非常に悩む。
「あ、そうそう。報酬の具体的な金額と、各種条件について纏めたから候補者に渡せと、教授に言われていたんだった」
そう言って、有栖川さんがスマホを取り出す。
「連絡先を交換してもいいかね。流石に紙の資料は面倒だから持って来ていない」
「あ、はい」
咄嗟に答えてしまったが、美人女子大生の連絡先か……。
これやっぱ美人局では?
「うむ。ちゃんと送信できたね」
「………あの」
送られてきた契約に関する内容に、思わず数秒ほどフリーズする。それから、どうにか声を絞り出した。
「なんだね。報酬が足りなかったかな?ダンジョン関連の情報はどこの企業も喉から手が出る程欲しがっているからね。研究室と提携している会社にねだれば、増額も可能だが」
「いや、逆に、凄く、多い」
「どったの京ちゃん。カタコトだけど」
あんたに言われたくねーよ似非外国人。
この契約だと、1回のダンジョン探索で最低5万は出るのだ。それも『F』や『E』のダンジョンで。
これが『D』や『C』のダンジョン。あるいは有用と判断されたドロップ品の情報となると、更に跳ね上がる。
日に1度だけ探索するとしても、日給5万は確定。そっちに専念したらかなり良い暮らしが出来るのでは?
まあ、そもそもダンジョンなんて突然現れた物。突然消える可能性もあるので、高校を辞める気はないが。
「高すぎるという事はないさ。いつかダンジョンの品が市場に流れる時、どういう物が手に入るのかは非常に重要な情報だ。そんな『はした金』で事前情報を得られるのなら、どこの会社も惜しみなく予算を出すとも」
確かに、将来は市場にダンジョンの品が流れる可能性もあるのか。それを見越しての、投資兼情報収集と。
一介の高校生に出す金額として、そう思うと妥当にも思えてきた。
もっとも。無駄骨に終わる可能性もあるのにこの額を払えるとは、『羽振りの良いこって』とも思うけど。
「……一旦、家に持って帰っていいですか?両親とも相談したいので」
「良いとも。それより、せっかくの紅茶が冷めてしまうよ?」
「は、はい」
少しぬるくなった紅茶を飲むが、砂糖を入れ忘れたので苦い。
やっぱオレンジジュースの方が好きだわ。
「そうそう京ちゃん」
「はい、なんでしょうか」
既に紅茶もクロワッサンも食べ終わった林崎さんが、首を傾げてこっちを見てくる。
「確かに私が京ちゃんをペアに誘ったのは『鑑定』の結果が理由だけど、話しかけた理由は他にあるよ?」
「はあ、そうなんですか?」
有栖川さんよりは、歳が近い上に一緒にダンジョン行った分林崎さんの方が話しやすい。
落ち着いて、紅茶を飲みながら答える。
「だって私達、同じ学校だし」
「 」
紅茶のカップを傾けようとした手が、止まる。
「というか同じ学年だし」
「……マ?」
「マ!!」
思わず素で問いかけると、彼女は満面の笑顔で万歳をした。
「クラスは違うけど、これからよろしくね!京ちゃん!!」
……結論だけ言おう。
この後両親と相談した結果、有栖川さんの話を受ける事にした。
両親の判断の決め手となったのは、『念話によるいざという時の救助要請』と『国立大の教授が後ろにいるという信用性』。大学に電話して確認したから、名刺も契約も本物だ。
なお、自分の方の決め手は……色々とだけ、言っておく。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。本当にありがとうございます。どうか今後ともよろしくお願いいたします。