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第四十三話 命を預かる

第四十三話 命を預かる





 終末。間違えた、週末。


 地獄の門は、再び開かれる。


「本日はよろしくお願いいたします」


「よろしく頼む」


「任せたまえよ!!」


「は、はぃ……」


 学校からほど近いバス停にて、3人娘と集合する。


 今から既に吐きそうだ。どうして自分は日曜日の朝からこんな思いをしているのだろう。


「朝から元気だな、お前」


「うん!シーちゃんは違うの?」


「いや、むしろ武者震いしている」


「わぁ!侍だぁ!」


「侍ではない」


 不敵に笑う大山さんが、『ムフー』と鼻息を吐き出す。


 この人、たしか生産系スキル持ちのはずだが……それとは別に、戦闘系のスキルでも持っているのだろうか?


「でもシーちゃん作る専門なんだから、あんま無理しないでね?」


「おう」


 違った。単に血の気が多いだけだった。


「そうだ。矢川」


「あ、はい」


「素材をくれ」


「あ、うん。どうぞ……」


 そう言って、リュックから瓶を取り出す。


 100均で買った瓶に入っているのは、1房の髪の毛と爪切り1回分の爪。両手足の分だから、少ないという事はないだろう。代わりに、今少し深爪だけど。髪の方は床屋さんに行く前で良かった。


 それはそれとして、これって女子高生的にどうなのだろう?


 正直、親しくもない男子のこんな物を受け取っても気持ち悪いと思いそうなものだが……。


「おお……!」


 何故か、大山さんがその三白眼を見開いて興味深そうに瓶の中身を覗き込んでいた。


 流石に蓋までは開けていないが、ガラス越しにジッと観察している。


「……なるほど、確かに魔力が随分と多い。それに、これは風の属性か?」


「えっ」


 この人も魔力が見えるのか?それも、『素材』として影響しているだろう属性まで。


 驚いて思わず声を上げてしまったが、大山さんは気にした様子もなく瓶を見ている。


 自分に対してだけでなく、エリナさんや毒島さんまで眼中にない様子だ。


「……予想以上だな。これなら良い物が作れる」


「本当!?やったー!ありがとうね、京ちゃん!」


「あ、うん。……どう、いたしまして……」


「報酬はこの前教えてもらった口座に振り込んでおくよ!」


「う、うん」


「愛花。アタシのリュックにしまってくれ」


「はいはい」


 マイペースな大山さんから、毒島さんが瓶を受け取る。


 彼女は苦笑を浮かべながら、後ろを向いた大山さんのリュックを開いた。


「タオルが入っているから、それで包んでから入れてくれ」


「わかっています。もう、ここに来る途中に何回も聞きましたよ」


「そうか。すまん」


 言葉こそ呆れた様子だが、毒島さんの笑みは柔らかい。


 丁寧に自分の爪や髪の毛が入った瓶をタオルで包むと、大山さんのリュックに入れてチャックを閉めた。


「はい、入れましたよ」


「ありがとう。それで、アタシたち用のゴーレムはどこだ」


「え?ああ、エリナさんに渡してあります……」


「ダンジョンに入ってからのお楽しみだよ、シーちゃん!!」


「そうか……」


 眼に見えて落ち込む大山さん。


 初対面の時はもっとぶっきらぼうな印象があったのだが、今は子供の様に喜怒哀楽が分かり易い。


 根っからの職人気質なのか、まるで物語に出てくるドワーフみたいな性格である。


 種族が変わって趣味趣向に影響が出たという話は聞いた事があるが、この人もそうなのだろうか?


「すみません矢川さん。雫さんが失礼を……」


「い、いえ。その、お気になさらず……」


 軽く一礼する毒島さんに、半歩後退りながら小さく手を振る。


「あ、バスが来たよー!」


「おう」


「Oh……」


 来て、しまったか……。


 一刻も早く今日と言う日を終わらせて帰宅したいが、それはそれとしてバスという閉鎖空間の中も辛い。


 ベストは、ある程度混んでいて4人で固まって座れない状態。


 3と1になるのなら、自分が離れる。2と2になるのなら、どうにかしてエリナさんの隣を確保する。


 そうすれば、少なくとも地獄は回避されるはずだ!


 いざ!!


 ICカードをかざしてバスへと乗り込み、すぐに中を見回して──。


 お婆さんが、1人しか乗っていねぇ……!!


 バスの需要が年々落ちていき、廃線になる所も多いらしい。その波は、確実にこの辺にも来ていた。


 目の前の現実に、心の中で膝が折れそうになる。


「どったの京ちゃん。立ち止まって」


「なんでも、ないです……」


「あ、空いているし後ろの方に4人で座ろ!」


 終わった……。いいや、まだだ!諦めたら、そこで試合終了って某有名漫画でも言っていた!


 この後、全力で隅っこを確保して隣にはエリナさんに座ってもらう事に成功。首の皮一枚繋がったとは、きっとこういう状況を言うのだろう。


 ちなみに、こんな自分に共感してくれそうなアイラさんはと言うと。



『若者たちの友好をはぐくむ機会を、私が邪魔しては申し訳ない。ダンジョンでのサポートはするが、それ以外で発言はしないから空気とでも思っていてくれたまえ!!』



 などと言って、端から念話を繋げていない。こちらから電話かメールで合図しない限り、念話を起動しないつもりである。何が若者か。あんたも大学生だろうに。


 絶対に後でボコる。レースゲームでボコボコにしてやる。1人だけ安全圏にいやがって……!おどれもJKに囲まれろや!


 八つ当たりだろうが、この恨みはらさでおくべきか。



*      *      *



 魔のバス移動を終え、辿り着いた『Fランクダンジョン』。


 昨今の冒険者ブームに反し、駐車場もストアもガラッとしている。


『前』に来た時もこんな感じだったので、驚きはしないが。やはりここは、あまり人気のないダンジョンらしい。


 物珍しそうにストア内を見回す毒島さん達。その姿を微笑ましいと思う余裕もなく、エリナさんに早口で声をかけてから男子更衣室に逃げ込む。


 待たせるのは申し訳ないので手早く着替えを済ませ、トイレも済ませた後更衣室前のベンチに腰掛けた。


『やあ京ちゃん君。エリナ君からメールがあってね、ストアについたそうじゃないか』


「後で覚えていやがれください」


『はっはっは!何のことかわからないなぁ。私は年上として当然の配慮をしただけだが?』


「わかっていて言っていますよね」


『うむ!』


 マジで覚えていろよこの薄情残念女子大生。


『そう拗ねてくれるなよ京ちゃん君。そんなにお耳の恋人が恋しかったのかな?やれやれ、君も仕方のないやつだ。どれ。ちょっとばかりASMRの真似事でもして───』


「お待たせ京ちゃん!」


『あっぴぇ!?』


 勢いよく女子更衣室から出てきたエリナさんと、それに続く他2人。


 自分も立ち上がり、小さく首を横に振る。


「いえ、待って、ない……です」


「なんで敬語?そういえば今日はずっとそうな気が?」


「気にしないで……」


「わかった!」


 心の防波堤を壊そうとしないでください。涙腺が決壊します。


 毒島さん達もダンジョン庁の指定どおり、ツナギ姿にブーツという動き易い恰好なのをチラリと確認。視線をゲート室の方へと向ける。


「じゃあ、行こう……行き、ましょう」


「応さ!」


「よろしくお願いします」


「おう」


 三者三様の返事を聞きながら、ゲート室へ。受付で冒険者免許を提示し、中へと入る。


 白いゲートを前にして、『魔装』を展開。装備を確認する。


 そうして、毒島さん達の方に目を向けて。


「……?」


 はて、と。首を傾げざるを得なかった。


 大山さんの方は、別にいい。角つきのノルマン・ヘルムに、鋲の入ったレザーアーマーを胴と前腕、脛に装備。それらの下に厚手の服も着込んでいるので、防御力は期待できる。


 得物も長柄のウォーハンマーで、まさにドワーフの装備という印象さえあった。


 しかし、毒島さんの方は服装に変化がない。


 ツナギ姿にブーツ。そしてヘルメットと防刃ベストといった格好。一応リュックから小型のクロスボウを取り出して弦を張っているが、鏃以外に魔力を感じない。


 その矢の方もドロップ品のコインを加工しただけの様で、『魔装』の一部とは思えなかった。


『魔装』は、非常に優秀な装備である。


 使い手の実力に比例して強度や切れ味が上昇し、何より破損しても魔力があれば再構築可能。


 今の自分が纏う鎧など、拳銃程度ならビクともしないのではないか、と思える程に頑丈だ。


 それに、ダンジョン法の改正で多少銃刀法が緩くなっている冒険者とは言え、クロスボウを持ち歩くのは色々と許可が必要で面倒である。何故、わざわざそんな物を使っているのか。


 話しかけるのは気まずいが、これから入るのはダンジョン。仕事モードに切り替えて、どうにか毒島さんへ問いかける。


「あの、『魔装』は……?」


「その事なのですが、実は私の『魔装』は防御力に乏しいタイプなのです。この格好の方が防御面で優れているので、このまま突入します」


 ニコリ、と。いつもの笑顔で答える毒島さん。長い髪を後ろで纏めているが、大和撫子然とした雰囲気はそのままだ。


 何となく気圧されて、無言で頷く。


「アーちゃんの『魔装』、ちょっとエッチだからね!しょうがないね!!」


「エリナさん!?」


 こっちはこっちのいつも通りな笑顔で頷くエリナさん。毒島さんが顔を真っ赤にして、彼女の肩を掴む。


 ちょっとエッチって……よほど露出が多いのか?確かに、それなら防御力が心配なのも頷ける。


「服装はわかりました。武装の方は大丈夫ですか?」


「え、ええ。『ナイフ』の方は部分展開して、腰の後ろに差してありますので」


 そう言って、毒島さんは背中を見せながらリュックを上にずらす。そうすると、装飾の多い儀礼用みたいなナイフが腰に装着されているのが見えた。


 こちらからはちゃんと魔力を感じる。『魔装』の一部であるのなら、使い物にならないという事もあるまい。


「なるほど。では、事前の打ち合わせ通りなるべく前へ出ない様にお願いします。僕かエリナさんが許可しない限りは、ここのモンスターの攻撃が届く距離まで近づかないでください」


「はい。わかりました」


「大山さんも、許可なしに前へ出ないでくださいね」


「おう」


「京ちゃん、ハキハキ喋れる様になったね!」


「仕事なので」


 そう、これは仕事だ。仕事なんだ。だから割り切れ、自分!


 内心でどうにかそう言い聞かせているが、背中は既にビショビショである。


 普段とはまた、別種の緊張だ。


 親しくない女子と一緒に行動する事もあるが、それ以上に彼女らの命をこれから預かるのである。


 エリナさんやアイラさんと相談してこのダンジョンを決めたが、初心者には少し厳しいかもしれない。


 無論、『まともに戦わせる気はない』が、自分達がミスってモンスターを彼女らに近づかせてしまったら危険だ。


 特に毒島さんは防御力が低い。かなり注意をしないと。


 これはこれで、心臓に悪い。だが、『白蓮』の装備の為にも頑張り所である。


 小さく深呼吸をしてから、イヤリングに話しかけた。


「これからダンジョン内へ突入します。アイラさんも、サポートを頼みます」


『う、うむ。ま、ま任せたまひぇ』


 ……人って、自分よりパニックになっている人がいると落ち着くよな。


 心なしか肩の力が抜けたのを自覚しつつ、彼女らを一瞥してからゲートに足を向ける。


「では、それぞれ体の一部をしっかりと持ってください。自分が先頭になる形で、ゲートを通ります」


「おー」


「はい!」


「……おう」


 両肩にエリナさんと毒島さんが手を置き、大山さんがエリナさんのもう片方の手を握る。


 それを確認した後、ゲートへと踏み出した。





読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


京太

「……防御力が低いと言えば、エリナさんも大概な気が」

エリナさん

「せっかくの忍衣装を隠すなんてとんでもない!!」

京太

「忍べよ」

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― 新着の感想 ―
なるほど!マイクロビキニアーマーだな!!
アイラさん、任せたまえとか言ってるけど任せられなさそう
おどれもJKに囲まれろや! 聞いたことないタイプの恨み節w ちょっとエッチで防御力が心許ない魔装……スク水?
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