第四十二話 慣れる気がしない
第四十二話 慣れる気がしない
色々あったが、毒島さん達から契約を持ち掛けられた翌日。
彼女らとダンジョンに行くのは、今週の末に決定した。その時に自分の爪や髪の毛を渡したり、ゴーレムの事を話したりをする。
つまり、今日はただダンジョンに行ってモンスターを倒すだけだ。
ランクは『D』。『C』への昇格はまだである。
出てくる敵は格下ばかりだという事も含めて、なんと気が楽な事か。
「ダンジョンは良い……殴って良い相手しかいない……」
「パイセン!京ちゃんが危ない発言してるっす!」
『言ってやるなエリナ君。おおかた、学校での鬱憤を八つ当たりする先を求めているだけだ』
「分析しないでくださいアイラさん」
ダンジョンストアにて、準備を終えてゲート室に向かいながら口を『へ』の字にする。
「ごめんね京ちゃん。アーちゃんが『矢川さん、酷く緊張している様子だったから』って言うから今日誘うのやめたけど、明日はやっぱり皆でお昼食べようね!!アーちゃんは私が説得するから!!」
「違う、そうじゃない。というかやめて。死ぬ」
「物騒!?」
『エリナ君。武士、いや忍者の情けとして深くは聞かないでやってくれないか。私にまでダメージが出てきた……!去れ、忌まわしき記憶よ……!!』
「パイセンまで!?」
もう1度あの地獄に放り込むのなら、僕はこれから貴女の事を獄卒と呼ぶからな。マジで。
これまで完全に教室の空気扱いだったのに、昨日の一件から『ハーレムクソ陰キャ』にジョブチェンジしてしまったのだ。
無理もない。クラスメイト達からは、自分達とは喋らないくせに美少女達とは喋るクソ野郎に見えているのだろう。
毒島さん達相手に仕事の話以外は喋れねーよ。この残念美少女と美女が例外なだけだよ。
その事を弁明しようにも、アウェー過ぎてこちらから話しかけられない。というか、何を言っても言い訳にしかならない気も……。
直接的な虐めとかはまだされていないけど、露骨に睨んでくる奴も出てきている。自分を指す陰口も少し増えた。
居心地が悪いなんてもんじゃない。これは、体育祭が終わったらマジで標的にされるかもしれないな……。
覚醒者を虐めて、その反撃で死人が出たケースはまだ出ていない。しかし、重傷者は既に二桁はいたはず。
彼ら彼女らが、それを理由に踏みとどまってくれれば良いが。
……虐めにあったら、それを口実に不登校からのダンジョン通いに専念なんかも考えてしまう自分が少し悲しい。
まあ、今はとにかく目の前のダンジョンだ。
受付を通りゲート前で最終チェックを終えた後、エリナさんに肩を掴んでもらった状態で白い扉を潜る。
未だ慣れる事のない、突然足元が消えた様な感覚。それでいて浮遊感もない事に強い違和感を覚えた直後、足裏に硬い感触が返ってくる。
ボロボロの木の板が張り付けられ、その隙間から石材を覗かせる床。壁は石を積み上げた様な造りをしており、天井も同様だ。
腐った木とカビの臭いが、鼻孔に届く。風も窓もなく、じっとりとした空気の暗闇が続いていた。
打ち捨てられた砦の様なここに、自衛隊の照明はない。ランクの高いダンジョンほど、モンスター達がそういった物を壊す傾向が強いと聞く。
ランタンの明かりを頼りに、周囲を軽く見回しながら荷物から『白蓮』の頭を取り出した。
レフコースの戦いで傷だらけになった外装は錬金術で修復し、見た目は傷一つない。
専用ボディはまだ完成していない以上、今回と毒島さん達の探索はこれまで通りの即席ボディとなりそうだ。
「エリナさん、警戒をお願い」
「おっけー!」
踵で崩れかけの木の板をどかし、その下にある石材に錬成陣を書いた紙と一緒に白蓮の頭を置いた。
錬成で石の身体を得た白蓮に、今回出てくるモンスターを写真と共に説明。ペンライトと鏡を張り付ける。
「お待たせしました。アイラさん、探索を開始します」
『うむ。君達にとって『Dランク』はもはや敵ではないかもしれないが、それでも注意して進んでくれ』
「了解」
「おー!」
剣を抜き、ゆっくりと歩きだす。
少し進んだ所に自衛隊のペイントを発見し、アイラさんに報告。彼女のナビに従い進んで行き、ダンジョンへ入ってから約3分。
エリナさんが小声で警告を飛ばす。
「足音が3つ。装備に反して体重が軽い……モンスターで間違いないよ。正面から向かってきてる」
「わかった」
頷きながら、剣を握り直した。
ランタンとペンライトで作り出した人工の明かりが照らす、通路の向こう。そこから、ガシャガシャという音が自分にも聞こえ始めた。
そして、暗がりから覗く不気味に光る瞳が、自分達を睨みつける。
『カッ』
木の板を打ち鳴らした様な、声。
錆の浮いた鋼の輝きが、ランタンの明かりに照らされる。
『カカカカカッ!』
その姿は、鎧を纏ったスケルトンと言っていい。兜を被り、胴鎧を身に着け、籠手や脛当てまで装着している。武装も多少上等な剣と盾になっているが、見た目の違いはその程度。
しかし、このモンスターの身体能力はスケルトンと一線を画す。
『スケルトンナイト』
何とも安直な名前だが、それ故に分かり易い。
一般兵のスケルトンと、騎士のスケルトン。どちらがより強いかなど、名前で分かる方が良いのだから。
生前の身体能力の差か、あるいは全く別の理由か。確かな事は1つ。
こいつらは、通常のスケルトンなど歯牙にもかけない力を持っている。
盾持ちは2体に、弓持ちが1体。相手はこの暗がりでもお構いなしの様子で、先制の矢を放ってきた。
しかし、その程度なら何をせずとも風で弾ける。そして、この環境でも敵が見えるのは相手だけではない。
暗かろうと、魔力は視えている。弓で射られるのとほぼ同時に投擲した小型ナイフが、弓持ちスケルトンナイトの左肩に直撃し腕を吹き飛ばした。
更にこちらへ迫る2体の内、左の個体が掲げる盾に鍵縄が引っ掻けられる。
『カッ!?』
「よい、しょぉ!」
縄を振りほどく前に、エリナさんが強引に引っ張った。盾ごと体を前のめりにした個体に、白蓮が殴りかかる。
それを横目に、自分も目の前へ来ていたスケルトンナイトと接敵。相手は盾を構えながら、右手の剣を振りかぶっている。
だが、遅い。片手半剣を横薙ぎに振るい、盾を刀身で殴ってどかした。そのままもう1歩前に出て、袈裟懸けに胴鎧ごと両断する。
散らばる骨の身体を踏み越えて、隻腕となった弓持ちに視線を向けた。
奥の個体は得物を短剣に変え、こちらを迎撃しようとする。刃を横に寝かせて突き出してきた短剣を左手で殴り飛ばし、頭頂部へと剣を振り下ろした。
一刀両断。レフコースとの戦いを経てレベルが『20』に至った事で、軽々と刀身はモンスターの身体を通り抜けた。
崩れ落ちた敵を警戒しつつ、背中を壁に向けながら視線を残る1体に。ちょうど、白蓮がスケルトンナイトを押さえつけている所に、エリナさんが叩きつけた鎖分銅で兜ごと頭蓋骨をかち割る所だった。
残心。剣を構えなおし、3体とも塩に変わるのを見届けて小さく息を吐く。
「エリナさん、怪我は」
「ないよー。京ちゃんも大丈夫そうで何より!」
『いや……大丈夫そう以前に、2人とも本当にもうこのランクだと敵なしなのだな……』
「まあ、たぶん……?でも油断は出来ませんけど」
アイラさんに答えつつ、ドロップ品を拾っていく。
すると、剣が1本残っている事に気づいた。
「おおっ!?」
思わず大きな声を出しながら、塩のすぐ傍に落ちていた片手剣を拾い上げた。
刀身には錆が浮き、刃こぼれも酷い。柄も僅かに歪んでおり、鍔もガタついている。とてもじゃないが、使い物にはならない。
しかし、これは間違いなくお宝である。
「わお。運が良いね!」
『ほう、武装のドロップとは珍しいな。是非持ち帰ってくれ!』
「ええ。エリナさん、お願い」
「あいよー!」
他のコインと一緒に、刀身の方を掴んでエリナさんへと渡す。
大抵の場合、モンスターが持っていた装備はドロップしない。身体と同じく塩になってしまう。
だが、稀にこうして武器や防具が残る事もあるのだ。こういった品は非常に高値で売れる。
ただし、珍しいドロップ品=強力なアイテムや武器とは限らない。
一部の例外を除き、そこらの通常モンスターが落とす物は大した魔力を含んでいない、ただの鉄で出来た武器である事がほとんどだ。
それでも好事家や研究者からすると、喉から手が出る代物らしい。
実際、アイラさんが念話越しに鼻歌まで歌っている。
『ふ~ん、ふふんふ~ん』
「アイラさん。喜んでくれるのは嬉しいですけど、今はダンジョンなので真剣に」
『牛っ糞じゃないよっ、実験材料だぁよ~』
「真剣にやれ」
『はい』
「ふん!ふん!ふんふんふん!」
「乗るな。戻れ」
「はい」
馬鹿2名を現実に引き戻し、探索を再開する。
そこから出口近くにマーキングを施した後、アイラさんのナビでダンジョン内を歩き回った。
道中スケルトンナイトを蹴散らしながら進んで行く事、およそ2時間。
心なしか、スケルトンナイトが多く感じる。いや、戦闘時間が短いのでそれ程ではない様に感じていたが、冷静に回数を考えると確実に多い。
戦闘回数や時間を考えると、そろそろ帰還しようか。そう考えていた所で、エリナさんが小さく声をあげる。
「ん……京ちゃん。進行方向からたくさん音がするよ。たぶん、スケルトンナイト」
「え?誰か戦闘中とか?」
「んーん。同じ音しかないから、単にスケルトンナイトが多いだけだと思う」
「……なるほど」
そう言えば、武装のドロップがあるダンジョンはモンスターの数が多いとかいう噂があったのを思い出す。
眉唾と思っていたが、案外噂というのは馬鹿に出来ないものだ。
『どうするかね。別のルートにするかい?』
「……いえ。アイラさん、ここから進んだ先って、どういう場所ですか?」
『ちょっとした礼拝堂の様な造りになっていたはずだ。広さは……君に伝わりやすく言うと、教室2つ分ぐらいかな?』
「ちなみに、モンスターの数は10体前後だと思うよー」
壁に耳を張り付けたエリナさんの言葉に、頷く。
「その数なら、倒していこうと思います。2人とも、いいですか?」
「おっけー。撤退する時は足止めに網を投げるから、巻き込まれないようにね?」
『私も現場の判断を尊重するが、無理はしないようにな』
「はい」
見えてきた扉を、深呼吸の後に蹴破る。
ランタンやライトで照らされた室内は、アイラさんの言う通り礼拝堂だったのだろう。
しかし長椅子は朽ち果て、奥にある何かの像も砕けて散らばっていた。神の姿は見当たらず、代わりに動く死者がたむろしている。
剣を、槍を、弓を持った怪物達が一斉にこちらを向き骨の手で得物を構えた。それに対し、こちらも柄を強く握る。
風を刀身に纏わせると共に、左手の指輪にも魔力を供給。『概念干渉』でもって、2つの力を強引に混ぜ合わせた。
刃を炎が包み込み、ぶわり、と膨張する。
「おおっ!」
腰だめからの、横一文字。
本来空を切るだけで終わる、間合いなど考えていない斬撃。しかし、『スキル』という超常の力は物理法則を超越する。
剣を振るうと同時に解放された、炎の嵐。荒れ狂う赤色が礼拝堂を蹂躙し、瞬く間に中のスケルトンナイト達を飲み込んだ。
熱風を浴びながら、振り抜いた剣をゆっくりおろす。
その間、およそ3秒。注ぎ込んだ魔力が尽き、暴れ回る炎と風は止む。残ったのは、飛び散った燃えカスと塩のみだった。
断末魔の悲鳴すら無しに、10体以上のスケルトンナイトが焼き尽くされている。思っていた以上に、あの指輪は良い拾い物だったらしい。
「……よし」
複数の敵を相手に有効だと思っていたが、こうして試せる場があって良かった。
生き残り……と言うと少し語弊があるが、まだ動けるスケルトンナイトがいない事を『精霊眼』で確認。熱気が残る室内へと踏み込む。
『……やる事が派手だね、京ちゃん君。君の方が、このダンジョンの主みたいだよ』
「そこまで言います……?」
苦笑まじりに言ってくるアイラさんに、こちらも苦笑で返す。
たぶん褒めてくれているのだろうが、喜びより照れと困惑の方が強い。
今の自分なら、確かにチャンピオン相手でも圧倒できると思う。しかし、これが『冒険者としてどの程度』なのかがいまいちピンとこない。
一部の冒険者がアップしている動画をちょくちょく見ているのだが、どの人も違った強みを持っている。こと火力に関して、今の一撃を遥かに超える魔法を使う人もいた。
はたして、自分は冒険者としてどの辺りなのだろう。
ランクやレベル的に上の方ではあるのだろうが、見上げればキリがないし、下ばかり見ていれば滑り落ちてしまう……かもしれない。
正確な今の立ち位置がわからないというのは、何ともモヤモヤするものだ。
「凄かったね!京ちゃんの火遁の術!!」
「いや、忍術ではないから」
「でも……落とし物を探すの、大変かも」
「あっ」
改めて室内を見る。
長椅子は灰となり、塩も風で散り散りになっていた。当然、ドロップしたコインも飛ばされていると考えた方が良い。
戦闘時間よりもコインを探す時間の方が長かったのは、言うまでもなかった。回収したコインが少し変形しているだけで済んだのは、不幸中の幸いかもしれない。
……次からは、風の飛ばし方とか注意しよう。
これで今日の探索は終わりと、エリナさんと手をつなぎ転移しながら反省した。
……それはそうと。この手つなぎ転移、未だに緊張する。
籠手越しで温もりや柔らかさなんてわからないはずなのに、顔が熱くなる。
ゲートを潜る感覚とは別の理由で、彼女の転移にも慣れる気がしなかった。
なお。今回の稼ぎは倒した数が多い分コインも多かったのと、朽ちた剣の事もあって『300万円』の稼ぎである。半分ぐらい、剣の代金だとか。
……この金額に慣れる日がいつになるのかも、わからないな。
研究室の後ろにまた別のスポンサーがいるらしいが、いったい何者なのかと。金額の試算をアイラさんに言われて呆然としながら、帰りのバスで現実逃避がわりに考えた。
まあ、御大尽の様だから、どうでも良いと言えばどうでも良いのだけれど。
読んでいただきありがとうございます。
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