第三章 プロローグ
第三章 プロローグ
6月。ジューンブライドなど言われる季節であるが、正直そんな事は高校生に関係ない。
この季節でのイベントと言えば、そう。体育祭である。
……うん。
僕はそれも関係ないんだけどね!
『矢川……実は、こう……走ったら死ぬ的な持病とかないか?』
体育教師の遠回しな『出ないよね?出ないって言って?』という台詞に、何と答えるのが正解だったのだろう。
取りあえず、『6月は体調を崩しやすいです』とだけ言っておいた。
いやぁ、体育教師があそこまでホッとした顔をするとは。教育者としていかがなものかと思う反面、自分の今の身体について考える。
120キロ。
それが、自分が出せる直線での『時速』である。この前、市の覚醒者用の訓練施設で計った。
流石に『風』を使わなければもう少し落ちると思うけど、それでも100キロは確実に超える。覚醒者の中でも、かなり速い方……と、アイラさんが言っていた。
人間大の物体がこの速度でぶつかってきた場合、非覚醒者は最悪死ぬ。
いっそ覚醒者だけで走らせでもすれば良いのにと思うが、『覚醒者が自分の速度のせいで大怪我をした』という事例もあるのだ。すっ転んだ先に、人なり電柱なりがあった場合とか。
結果、未だに教育委員会も各学校も覚醒者を下手に体育の授業に出す事を恐れている。
……元々、運動は好きな方ではなかった。だから、不参加な事は別にいい。
しかし。
「なあなあ。やっぱリレーのアンカー変わってくれよー。プレッシャー凄いんだって!」
「いやだよ、頑張れ陸上部!」
「期待してるぞー!ごぼう抜きとかしろよなー」
「ねえ、後で二人三脚の練習またやらない?」
「いいよー。じゃあ昼休みにやろっか」
「今からでも障害物競争に『女装』を組み込めないか、体育祭の委員会に直談判しに行く」
「いつ出発する?俺も同行しよう」
教室で会話される、和気あいあいとした内容。
全員ではないけれど、体育祭に向けて皆が盛り上がっている。それに、自分は加われない。
……体育会系のノリは嫌い、だけど。これはなぁ。
1人、スマホを弄りながら小さくため息を吐く。覚醒者になった中2の頃も、既にこんな感じだっけ。いや、あの時は一応友達がクラスにいたか。
早く学校が終わってほしい。少しでも早く、放課後が来てほしかった。
「ん……?」
アイラさん達と作ったSNSのグループに、エリナさんからメッセージが来る。
内容は、今日の放課後行くダンジョンについて。
……少しだけ、頬が緩むのを自覚した。
* * *
放課後、以前にも来たサハギンのダンジョンにて。周囲のモンスターをあらかた倒した後。
「じゃあ京ちゃん!景気よくぶっ放してみよー!」
『へいへーい。ピッチャーびびってるー!』
「今使う煽りとしておかしくないですか?いやそもそも煽んな」
エリナさんとアイラさんに囃し立てられながら、左手を正面に向けた。
少しだけ緊張する。なんせ、『これ』を使うのは初めてだ。
魔力を突きだした腕に……その人差し指に流し込み留める。
そして、ガス栓を開くイメージと共に解き放った。
「うお……っ」
瞬間、左手から赤い炎が噴き出す。視界を埋め尽くす程の炎が溢れ出るが、不思議と火傷する様な熱さはない。
数秒程炎を垂れ流して感覚を掴んだ後、ガス栓を閉める様なイメージで魔力の供給を止める。そうすれば、ピタリと赤い炎の放出は止まった。
残されたのは、壁や天井の焦げ跡のみ。
「おー。ちゃんと出せたねー」
『なるほど。『鑑定』で能力は知っていたが、実際に見ると中々に迫力があるね。まあ、私は鏡越しなのだが』
2人の声を聞きながら、左手の籠手を部分解除する。
解放された黒い袖と、剥き出しの手首から先。その人差し指には、指輪が嵌めてある。
金色のリングに、小さな赤い宝石。シンプルなデザインながら、不思議と人を惹き付ける指輪であった。
「良い物がドロップしましたね、本当に」
『うむ。流石はボスモンスターのドロップ品と言った所か』
『炎馬の指輪』
そう名付けられた『魔道具』。これは、レフコースのドロップ品である。
エリナさんが回収し、三好さんが口裏を合わせ諸々の手続きをやってくれた物だ。その効果は、『魔力を炎に変換する事』。
流石に『魔力変換』のスキル程の出力はないけれど、それでも威力は十分に高い。それこそ、風と併用すればかなりの火力が出せるだろう。
「しかし、本当に良いのかな。三好さんはこれの権利は一切要らないって?」
「うん。そう言ってたよー。自分は避難所の防衛が出来ただけで十分ってー」
『けーっ!良い子ちゃんぶりよってからに。もっと貪欲になるべきではないのかね、我が妹は』
「はは……」
前より、少しだけアイラさんが自然な様子で三好さんの事を喋る様になった……気がする。
ただそれだけでも、自分達がやったお節介は無駄ではなかったのだと安心できた。
「京ちゃん京ちゃん!次、次私もやりたい!」
「あ、うん。どうぞ」
手をあげてピョンピョン跳ぶエリナさんに、指輪を外して差し出す。
……それはそうと、胸がたゆんたゆんするので、あまり飛び跳ねないでほしい。目のやり場に困る。
『おや、指輪交換か。待っていたまえ。今イイ感じのBGMを流す』
「な、何を言っているんですか!?」
「どうも、スピーチをさせて頂く林崎エリナです。京ちゃん!おめでとう!」
「貴女仲人なの!?じゃあ僕誰と今から指輪交換するんですか!無と!?」
「結婚生活には3つの袋が大事と言われています!」
「続ける気か」
『よろしい、聞こう』
「奇行だよ」
「胃袋、寝袋、そして玉ぶく」
「1つしか合ってない!?」
『おや京ちゃん君。レディの言葉を遮るなんてマナー違反だぞ?』
「そうわよ!!!」
「3秒前の言葉を思い出せ。マナー以前の問題だから」
少なくとも淑女は『玉袋』とか言わねぇよ。そんなん淑女じゃねぇわ。仮に淑女でも変態淑女だよ。
「いいから、早く試しちゃって。いくら周辺のモンスターは倒したと言っても、ここはダンジョンなんだから」
「はーい先生」
『先生、お菓子は何円までですか!?』
「病院にでもハイキングしてろ」
『辛辣!?』
エリナさんの掌の上に、指輪を乗せる。
……どうしよう、不本意だが少しだけドキドキした。
「よーし、じゃあ行くよー!」
自分と同じく左手の人差し指に装着した彼女が、突如謎の動きをしだす。
シュババ、と効果音がつきそうなぐらい、キレッキレな指の動き。あれはまさか、アニメで見る忍者が忍法を使う時の印!?
「火遁───逆流性食道炎!!」
「病名?」
アホの極みみたいな事を言いながら、エリナさんの口から結構な勢いで炎が噴き出た。
彼女が使った場合でも、火力は十分そうである。これは、状況に応じてつける人を選ぶ感じが良いのかもしれない。
そんな事を考えていると、エリナさんがガックリと肩を落としてこちらに振り返った。
「京ちゃん……辛い……」
「え、なにが?もしかして火傷とかした?」
「ううん、魔力が」
そう言って、エリナさんが指輪を外してこちらに差し出してきた。
「これ、燃費があんまり良くないんだよー。空間忍術の事を考えると、あんま使えない」
「ああ、なるほど」
自分の場合『心核』で魔力切れの心配はないが、彼女の場合その辺のペース配分は大事か。
空間魔法、特に『転移』はいざという時の命綱である。エリナさんの魔力は、常に一定以上を保っておきたい。
「わかった。じゃあ、この指輪は僕が預からせてもらうよ」
「そうしてー。京ちゃんならいつでもドババー!って出せるし」
「なんだその効果音……」
『待ってくれ!今指輪交換に流せるBGMを見つけた!』
「病院送りにしますよ?」
『もはや脅迫だよ京ちゃん君!?』
今ダンジョンなんだよ、マジで。いくら何でも気を抜き過ぎだ。
左手の人差し指に指輪を嵌め、籠手を再構成する。
「取りあえず、探索を終わらせましょう。アイラさん、ナビをお願いします」
『うむ。では今いる道を直進すると、緩いカーブの後T字路になっているはずだ。そこを左折してくれ』
「わかりました」
「はーい。あ、そうだ京ちゃん」
「ん?」
歩き出そうとした所で、エリナさんに呼び止められた。
「後でね、お願いがあるの」
「はあ、どんな?」
一応周囲の警戒を続けながら、彼女の言葉を待つ。
「うん。あのね、京ちゃんの『爪』とか『髪の毛』とか欲しいんだー」
『えっ』
「えっ」
なんか、とんでもない事をお願いされなかった?
あっけらかんと言ってきた彼女に、あんぐりと口を開ける。
……なぜに???
「あの……理由をお聞きしても?」
「勿論、私の忍術……ううん、『忍具』の為だよ!!」
いつも通りの元気な返事。というか、忍具?
……ああ、なるほど。
「わかった。帰ってからね」
「うん!」
『ええっ!?』
切り離した自分の髪や爪までには、『心核』の力はほとんど残らない。しかし、普通の魔力なら残る。
錬金術の知識を引っ張り出し、彼女が言いたい事を察した。
『え、エリナ君、京ちゃん君……い、いったい2人はいつからそんなアブノーマルな関係に……!?』
……本当に姉妹だな、三好さんとこの人。
真面目に動揺した様子の声がイヤリングからするも、エリナさんは不思議そうに首を傾げている。
これ、もしや自分が説明しないといけないパターンか?ここ、ダンジョンなんだけど?
面倒なので後回しにし、時間が許す限りサハギンを狩り続けた。
その間、アイラさんが自力で誤解を解いたので良しとしよう。たしか、『錬金同好会』のサイトにも書いてあったはずだし。
覚醒者の身体は、『魔道具』の素材として使える。
あまりメジャーな事ではないが、不可能ではない。ただしそれが出来るのは『生産系』のスキル持ちが、然るべき準備をした場合である。
エリナさん、自分達以外にも覚醒者の知り合いがいたのか……。
帰りのバスに揺られながら、エリナさんが話しかけてくる。
「あのね京ちゃん!明日その子と……ううん、もう1人の子も加えて紹介するね!」
「は、はあ」
その子?というか、もう1人?つまり2人紹介されるのか。
そう言えば、前に廊下で女子生徒2人とエリナさんが談笑しているのを見かけた気がする。
「4人で一緒にお昼を食べよう!きっと楽しいよ!」
「は?」
それはつまり、『友達の友達なグループ』に加わって、昼休みを過ごせと?しかも推定女子のグループと?
……やれやれ。
「ごめん、明日僕は『3人以上で昼休みを過ごすと死ぬ』病気にかかるから無理」
「どんな病気!?」
『わかる……わかるぞ、京ちゃん君……!』
「パイセン!?本当にそんな病気あるの!?」
遠回しな死刑宣告はやめて頂きたい。
肩を掴まれ『今から病院に行く!?京ちゃん爆発するの!?』とエリナさんに揺られながら、窓の外を眺める。
そうか……明日、僕は死ぬのか……。
読んでいただきありがとうございます。
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