第二章 エピローグ 下
第二章 エピローグ 下
サイド なし
東京霞ヶ関、中央合同庁舎。
某フロア、ダンジョン庁の一室にて。
「……では、報告を頼む」
ボロボロの職員たちが、諸々の業務の間を縫って会議を行っていた。
「はい。では、『先日の5カ所同時氾濫の実行犯』についてです」
ノートパソコンを手に、元公安の女性職員が答える。
それは、あの悲劇を起こした『犯人』についてだった。
「犯人は5月の中旬に『Fランク冒険者』となったばかりの男性。万引きと未成年飲酒、及び喫煙で補導歴あり。冒険者になった後、固定のパーティーには入らず転々としていた様です」
「……続けてくれ」
「SNSで闇バイトの勧誘を受け、匿名性の高いメールアプリを使い指示役とやり取りを行っていました。そこで、『モンスターの塩』を持ってこいと指示を受けた様です」
警察の取り調べで実行犯が吐いた内容に、職員たちが頭を抱えた。
「実行犯の男性は別のパーティーが倒したモンスターの塩を回収した後、追いかけてきたモンスターの大群を複数のパーティーにトレイン。その後、混乱に乗じてダンジョンから脱出。ストアから盗難車を使い逃亡しました。ダンジョンから約10キロ離れた位置で、指示役から指定された貸しロッカーに塩を入れたと証言しています」
「……10キロ、か」
続いて、別の職員が小さく手を上げてその後を引き継いだ。
「塩が持ち出されたダンジョンはスタンピードが発生。ここまでは今までの実験でも判明していましたが、距離の問題か時間の問題か、周辺2カ所のダンジョンでもスタンピードが発生。更に、『同じモンスターが出るダンジョン』27カ所にも連鎖しました」
「それで、未発見だった5カ所のダンジョンから溢れ出てきたわけか」
「はい。現在は持ち出された塩を元のダンジョンに戻す事で、スタンピードは収まっています」
「被害の拡大については、自衛隊が元々管理していたダンジョンの方で対応しなきゃいけなかったのが大きいですねー。やってくる冒険者が足りなくて『Cランクダンジョン』を少ない人数で間引きしていたのに突然のスタンピードですから、そりゃあ他への対応も遅れますよ」
タブレットを持った男性職員が続ける。
「警察の方でも追っていますが、闇バイトの依頼主は未だ不明です。どうも複数の海外サーバーを経由している様でして……にしても、痕跡が無さすぎなんですよねー。これ、ただの犯罪グループにしてはかなり巧妙な隠れ方していますよ」
「……そうか」
部長が、自身の眉間を右手で揉み解す。しかし、その心労が和らぐ事はない。
『複数個所の同時氾濫が、たった1人の闇バイトに引き起こされた』
『一定以上の距離か時間ダンジョンから塩が奪われると、周辺ダンジョンにも波及。更にそれらのダンジョンと同種のモンスターを擁しているダンジョンでも連鎖する様にスタンピードが発生する』
『主犯はおろか、指示役すらも不明。動機さえも不明』
これはつまり、『そこらの覚醒者1人で大規模テロが幾らでも出来る』という事に他ならない。
それこそ、日本を滅亡させる事すら少人数で可能かもしれないのである。
ダンジョン庁職員たちの頬に冷たい汗が一様に伝うのは、無理からぬ事だった。
「……これ、公表できますか?」
「出来ないだろ、どう考えても」
「警視庁の方でも緘口令が敷かれているでしょう。私が聞きに行った時は、ギリギリ口止めがされていなかったタイミングかと」
「この手法が『有効である』と世界中に知れ渡れば、日本は国防上大きな弱点を作る。それ以前に、この国に住もうという人が消えるぞ。国民が一斉に逃げ出す。全員分の逃げ場など、ないだろうに」
「情報が流れるだけで日本がなくなる可能性が無視できない、ですか」
重い空気が彼らの間で流れる。
「……しかし、なんで『主犯』はダンジョンの塩なんて欲しがったんでしょうか?」
職員の1人が、目の下に薄っすらとクマを作った状態で首を傾げる。
「そりゃあ、実験にでも使いたい組織があったんじゃないか?」
「でも、『モンスターの塩』なら各地で起きた氾濫で回収されていますし、すぐに各国の研究機関へ送られましたよ?」
ダンジョンから塩を持ち出そうとすれば、迷宮中のモンスターが血眼になって追いかけてくる。
しかし、1度ダンジョンから出て死んだモンスターの塩までは範囲外らしく、氾濫で毎回出来上がる塩の山は余る程あちこちに送られて研究されていた。
「なら、最近多い迷惑系の動画投稿者ですか?」
「いや、それにしては手が込んでいる。幾らそこらの一般人がハッキング出来る時代とは言え、今回は事が事だ。ここまで手がかりすら掴めないとなると……」
「……裏に、どこかの『国家』が絡んでいる可能性がありますね」
ぼそり、と。ノートパソコンを操作しながら女性職員が呟く。
「だが、何のために……?」
「日本への攻撃……いや、警告か?」
「何らかの実験という可能性もある。しかし、何にせよ情報が足りなすぎるな」
職員たちが揃って首を捻る。
煮詰まった空気の中、部長が軽く手を叩いた。
「今の段階で犯人の意図を探るのは難しい。我々はこれからの対策について話し合おう」
「ですね。取りあえず、ダンジョンの出口で持ち物の検査を強めますか?」
「『魔装』の収納技能やスキルを考えると、かなり厳しいな……」
「販売自由化の前だって、裏のマーケットではドロップ品が高値で売買されていたという『噂』もありますからね……」
「塩を持ち出す場合のリスクを、当時わかっている範囲で徹底したが、流石に今回も全て公表する事はできんぞ」
「いっそ警察犬を配置するとか?」
「スキルを使われたら意味がないし、そもそもそれだけの数を配備するのは現実的ではない」
「持ち物検査するにしても、普段の業務でさえ各ストアも余裕はありません。いっそ、塩を持ちだそうとすると必ずスタンピードが起きるのなら、その際にチェックを強める形にするのは?」
「ダンジョンの仕組みを利用するか……」
「スタンピードが発生した場合、ダンジョンの出口で網をより細かくするという事ですね?」
タブレットで職員が大雑把な流れを図にしていく。
『犯人が塩を確保して持ち歩く』
『その段階で犯人にモンスターが殺到。目撃者はすぐに出口の自衛隊員に報告』
『犯人が目撃者にトレインし出口に来た場合でも、モンスターは大量に追跡してくるはずなので防衛しつつ持ち物をチェック。トレインの被害者の可能性があろうと確認を優先』
『出口を強引に突破される可能性を考え、出口の隊員はスタンピードを確認次第先行してストアの避難と隔壁の閉鎖。出入り口を1つに限定』
「……自衛隊の協力は必須ですね」
「一応、元々スタンピードを確認したら出口の隊員1人が外へ報告しに行くのは義務化されています。ストアとの連携をより密にする形で……」
「出入口を完全になくすと、ゲートの位置がずれる。どの出入口を残すか各ストアごとに検討する必要もあるな」
「これだけやって、まだ突破されるリスクがあるぞ。それこそゲートを出られたら、後は『空間魔法』持ちなら転移で逃げられる」
「しかし、これ以上となるとそもそも冒険者をダンジョンに入れないぐらいのつもりでないと……」
「免許取得を厳しくするにしても、ただでさえ人手不足なのがなぁ」
「何より、この場合ダンジョン内の冒険者が避難するのに支障が出そうだが……」
「被害範囲を考えればやむを得ない、か。連絡すべき部署、あと連絡内容について纏めておいてくれ。詳しいマニュアルは自衛隊や各ストアの代表と話し合って作ろう」
「はい」
「……各所からまた人権について非難の電話が殺到すると思いますが」
「ああ。だが……やらねばならない」
座った目の部長に、他の職員たちも静かに頷いた。
ここ数日、ダンジョン庁への電話から罵声が響かなかった日はない。中には明確な脅迫もあり、合同庁舎の前に不審物が置かれた時もあった。
だが、誰1人逃げていないのがここのメンバーである。そうでない人材は、とっくの昔にふるい落とされているとも言えるが。
「無論、他の良案が浮かべばそれを採用するし、改善すべき点は逐次改善していく。苦情の電話に慣れてきたとは言え、全てを無視する事はしないさ。予算と時間が許す限り、より良い防衛策を講じていこう」
「……あまり、無理をしないでくださいね」
「善処する」
「そう言えば部長、そもそも今回の件に関して防衛省と警察庁はなんと?やっぱ怒ってました?」
「いや。軽い小言は言われたが、明確な敵対はない。あちらも、私達の業務に理解は示してくれている。……予算と人員の取り合いでは、絶対に手を抜かないだろうが。それはあちらも独自に対策を考えている証拠だと思うさ」
書類を眺め、部長は出そうになったため息を飲み込んだ。
「……次の話に移ろう。『錬金同好会』が新たに作ったという『マギバッテリー』。アレについて、何か情報はあるか?」
「設計図はネットで公開されている通りの様です。外部の錬金術師に確認してもらいましたが、書いてある通りに作れば起動するかと」
「それは朗報……と、言って良いのか」
「道具は使う人次第ですので。テロや犯罪に使われない事を祈るばかりです」
『マギバッテリー』
魔力を貯蔵し、ゴーレムや魔道具に接続する事で起動させる事が出来る夢の発明品。
使い方次第では人を救う事も、人を傷つける事も容易いだろう。どちらにせよ、この技術を手に入れる為ならどんな企業も大枚をはたくのは間違いない。
本来門外不出にしそうな技術を、『錬金同好会』は惜しげもなく公開している。
だが、
「まあ、そもそもアレを作れるのは『錬金同好会』だけですけどね。今のところ」
設計図があろうと、他に作れる組織がいないのが現状である。
作成にあたって、『複数の錬金術師が息の合った連携をする』必要がある工程が複数あるのだ。
錬金術師を始め、生産系スキル持ちは各国や企業が積極的に集めている。奪い合った結果、纏まった数の錬金術のスキル持ちを有する組織は『錬金同好会』以外にはいない。
「彼らも謎ですよね……何故、マギバッテリーの設計図を公開したのか……」
悩むダンジョン庁職員たち。
なお、ネット上にて。
『我らには凄い技術がある!理想のホムンクルス嫁を作れる日は近い!同志たちよ、我らに続け!!』
という檄文が出ているのだが、まさかそれが本音とは本人達と某猫耳以外、誰も思っていなかったのである。
「何らかのメッセージと考えるのが妥当ですね」
正解。
「技術力のアピール、というのは間違いないでしょう」
正解。
「……技術を秘匿し過ぎるのは危険と、判断したのか?」
不正解。変態力が足りていない。
答えを導きだせぬまま、職員たちは疲弊した脳みそを無理やり働かせる。
「……今後も、彼らの調査は必要だな。同盟を組んだという『ウォーカーズ』という組織についても、引き続き調べておいてくれ」
「はい」
「警察、というか公安も調べているんですかね?『錬金同好会』について」
「恐らくは。ですが、どこまで調べているかは不明です」
「ですよねー」
ノートパソコンを閉じた女性職員に、タブレットを持った男性職員が苦笑を浮かべる。
「皆、もうひと踏ん張りだ。ここが、この数年が、日本が残るかどうかの瀬戸際となるだろう。どうにか走り抜けてくれ」
「はい」
職員たちが頷き、それぞれ動き出す。
部長も自分の仕事に取りかかろうと踵を返した所で、左右に2人の職員がついた。
「例の3人の件、やはりドラゴンの時と同じ少女達の様です。駅の監視カメラと一致しました」
「……その3人が、事前に氾濫を知っていた可能性は?」
「恐らく低いかと。ただ、一応彼女らの周辺に聞き込みは行います」
「頼む」
3度も氾濫に巻き込まれ、そのいずれでも市民を守る為に戦った3人の少女達。
意図的でないとしたら、とんでもない不運である。あるいは、『運命』か。
「それと、例のケンタウロスが暴れた場所について」
ノートパソコンの職員に続き、タブレットを抱えた職員が反対側から小声で報告する。
「妙な目撃情報が出てきました」
「妙な?」
「ええ。救助された一般人の証言なのですが……ケンタウロスを倒し、救助してくれた覚醒者がおかしな名前を名乗ったと」
「おかしな名前?」
「ええ、かなり変な名前です」
タブレットを胸に抱えた職員が、苦笑まじりに告げた。
「『インビジブルニンジャーズ』……と、名乗ったそうです」
「そのふざけた名前は……!」
「ええ」
驚きから目を見開く部長に、タブレットの職員が頷く。
「『ウォーカーズ』を調べた時、名前だけ出てきた存在です。詳細は不明ですし、名前が名前なので冗談の類と思っていましたが……」
「本当に、『インビジブルニンジャーズ』という組織が存在している可能性が出てきたか……」
部長の中で、『錬金同好会』、『謎の三人組』、『ウォーカーズ』に続き、『インビジブルニンジャーズ』という秘密結社が浮かび上がる。
ただケンタウロスを倒しただけなら、それほど大した事ではない。冒険者としては強力な部類だが、これらの名前に並ぶ事はないだろう。
だが、目撃情報があった現地では『ボスモンスター』の痕跡。及び討伐が確認されている。そのうえ、『錬金同好会』と繫がりのある『ウォーカーズ』との接点も見えてきた。
それが『組織』だと言うのなら……決して無視できない存在である。
「1人は中世風ファンタジーに出てきそうな兵士……あるいは騎士の恰好だったとか」
「『魔装』には多いタイプだな。そこから絞るのは難しいだろう」
「ただ、組織名を名乗ったのは兵士風の男ではなく虚空から聞こえた少女の声らしいんですよ。そういうスキルなのか、何らかの通信装置なのか……」
「何にせよ、情報が足りないな」
「ええ。組織である可能性は高いですが、いかんせん実動部隊の規模すら不明ですからね……」
「そうだな……」
部長は数秒ほど立ち止まって考えた後、静かに頷いた。
「……数日後、また会議を開く。その際に、『どの虎穴』に入るかを選ぶぞ」
* * *
「……生きてるって、素晴らしいね」
「だな……」
「おいこのやり取り前にもやらなかったか?」
神奈川県某所。とある居酒屋にて、今回も体のあちこちに包帯やら湿布やらをつけた4人の冒険者がいた。
山下博と、その一行である。
「まさか、また氾濫に巻き込まれるとはなー」
「生きた心地がしなかったぞ、まったく……」
そう、彼らはまたもダンジョンの氾濫に巻き込まれていたのである。
「『錬金同好会』のゴーレム様々だよ~。あのタヌキがいなかったら絶対に死んでいたって」
「そう言えば、一柳さんは?」
「誘ったけど忙しいからって断られた」
同好会と同盟を組み、所属人数も増えてきたギルド『ウォーカーズ』。
そろそろきちんとした拠点を作るかと、手ごろな貸しビルを探していた時に彼らは氾濫に遭遇した。
慌てて避難所に逃げ込むも、救助まで自衛するしかない。『ウォーカーズ』が主体となり、その避難所を防衛していたのだ。
その戦いで活躍したゴーレムの使い手は、飲み会にいい思い出がなかった様で適当な事を言ってバックレたが。
「……どこのテレビでも、私達の事を碌に報道してない」
不満そうに、スマホを眺めながら喜利子が呟く。
「はは。まあ、俺達だけで守ったんじゃないし、こんなもんだろう」
「そうそう!つうか、他と比べて華がねぇからな。仕方ねえよ!」
乾杯がまだなのに飲み始めた山下の幼馴染、省吾を女性陣が睨みつける。
「あ゛?」
「あたしらに華がないって言うんすかぁ?」
「げっ、い、いや。そうじゃなくってな?相手が悪かったというか、謎の女子高生集団とエルフ美女のインパクトは受けが半端ないつうか」
「喜べお前ら。今日は省吾の奢りだってよー」
「ちょ、おま」
「マジで?省吾さんあざっす!」
「ごちでーす」
「ち、ちくしょう……!博ぃ、お前自分の分は」
「しょうがねぇなぁ。俺の分だけは払ってやるよ」
「心の友よー!」
「くっつくな鬱陶しい!」
抱きついてくる省吾を引き剥がす山下を、喜利子がガン見する。
兄と幼馴染で妄想を膨らませているのだろう友人から目を逸らし、山下妹は唐揚げを小皿にとった。
「にしてもさー。あたしら運悪すぎない?命いくつあっても足りんわ」
「ま、まあ。今回も強い人が通りかかって助けてくれたし……」
「あれだよ。運は良くないけど最悪にはならないって事で……悪運は強いんじゃね?」
「普通に運が良い方がいいー。特に金運ー」
山下妹の言葉に違いないと笑った後、山下兄がビールの入ったジョッキを軽く掲げた。
「とにかく、今回も生き延びる事が出来たんだ。俺達の長生きを願って、かんぱーい!」
「かんぱーい!」
4つのジョッキがカチカチと軽くぶつかり、『ウォーカーズ』の創設メンバーは笑い合う。
この翌日、山下が仕事用にと新しく購入したスマホにある人物から連絡があった。
ギルドの拠点が見つかるまではと、『ウォーカーズ』のHPに載せている番号である。故に、誰かからダンジョン関係で電話が来る事はおかしくない。
ただし、今回はかけてきた相手が普通ではなかった。
『もしもし。私、ダンジョン庁の赤坂と申します。山下博様のお電話でよろしいでしょうか?』
ダンジョン庁部長、赤坂雄介からの電話。
彼が選んだ虎の巣穴は、『ウォーカーズ』だった。
山下さん
「虎じゃなくって猫なんですけどぉー!?」
幼馴染
「草」
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