第二章 エピローグ 上
第二章 エピローグ 上
『再び発生した複数同時箇所のダンジョン氾濫。大災害と呼ぶべきこの事態から、1週間が経過しました。未だに行方不明者の捜索は』
『前回は3カ所、そして今回は5カ所。なんで増えているんですかね?政府はいったいどの様な対策をしているのでしょうか』
『また!またですよ、自衛隊が地方を後回しにしたのは!確かに首都とその周りは国にとって大事でしょう!しかし、それだけで国が回っているわけじゃぁない!』
『自衛隊や警察の対応が遅れたのは、覚醒者の隊員が辞職し冒険者になった事が原因ではと一部で言われていますね』
『ええ。冒険者の収入が増えた事により、公務員でいるよりも実入りが良いとなったのでしょう。やはり、ダンジョン庁が打ち出したドロップ品の販売自由化は時期尚早だったと思いますよ』
『ドロップ品の販売が一般企業にも可能になった結果、海外への流出により日本での研究が遅れる可能性が示唆されていますが』
『まったくその通りです。今からでもドロップ品の販売は取りやめるべきですね。そもそも、ダンジョンの品はまだ不明な点が多い。一般人が扱って良い物じゃありませんよ』
『しかし、それだと冒険者の数が減ってしまいます!各地の氾濫では現地の冒険者が迎撃を行ったと証言がですね』
『政府は警察と自衛隊にもっと予算だしてさ、人材を確保するべきなんじゃないの?どうせ裏金とかあるんだからさ、そのお金使ってよ』
『膨れ上がる防衛費。ダンジョンによる景気の変化と、氾濫地域の復興について。今日は専門家の皆さんと議論を』
『地方都市を襲った悲劇……死者200人の氾濫の中、避難所を守った1人の女性がいました。はたして彼女は何者なのか、避難所にいたという方から証言を』
『米国のヴァレンタイン大統領を始め、各国から支援の手が差し伸べられています。これに対し総理から感謝の言葉が』
『謎の3人組、またまたお手柄か!?ドラゴンと戦い、亡霊を打ち払った3人の少女たち。彼女らが今度はこの東京にてモンスターと戦い市民を守ったという目撃情報が』
レフコースとの戦いから、1週間。もう5月も終わりを迎える頃。
未だに湿気てはいるが、雨の日は随分と減った。蒸し暑さが強くなってきた中で、テレビでは未だにあの日の事が報道されている。
日本国内計5カ所で発生した、ダンジョンの氾濫。これによる死者行方不明者は、合わせて600人以上。負傷者は1000人を超えるとか。
紛れもなく大災害である。前回の氾濫もあって、人命的にも経済的にも信じられない程の打撃を受けた。
ドロップ品の一部販売自由化で上昇した日本の株価が、再び急落したのは言うまでもない。
……ネット上では、今回のダンジョン氾濫には『作為的なものがあるかも』という噂もある。
前回は3カ所。今回は5カ所同時。そもそもダンジョンの氾濫なんて事例はここ2年間の間しかないから、何が『普通』なのかわからない。なので、これが異常なのかも不明なのである。
しかしこれが特殊であった場合、誰かが何かをして複数のダンジョンが氾濫したのではないか、なんて噂が流れているのだ。
だが、最悪は『犯人なんていない場合』である。
この短期間で複数個所の氾濫がたて続けに起きたのが『自然』となると、いったい日本はどう対処すればいいのか。
本気で海外への移住を考え出した人が多いと、あちこちのメディアで言われている。
……マジで大丈夫か、この国。
そんな暗い考えが浮かぶも、個人的に嬉しいニュースもある。
自分達が関わった一件だが、無事三好さんは黙秘を貫いてくれているらしい。警察からもマスコミからも、電話がかかってくる事はなかった。
一応、自分の事らしき目撃情報も上がっていたり、三好さんも『1人で戦ったわけじゃない』と証言しているらしいが、名前もわからない相手と白を切っている。
マスコミもどうせなら『美しい女性が1人で避難所を守り切った』という方が受けると、本人がコメントしないのを良い事に好き勝手書いているとか。
なんで自分がそんな事を知っているかと言うと……。
「いやぁ、先輩も律儀だよねぇ」
「そうだね」
エリナさんが電話で聞いて、自分にもこうして教えてくれているからだ。
現在、場所はアイラさんの自宅。そのリビングで、テレビを眺めながら頷き合う。
「そのうえ、レフコースからのドロップ品ね。先輩が確保して私達にプレゼントしてくれたって筋書で、役所に申請してくれたらしいよ!もう少しでストアから許可が下りるから、その時京ちゃんに渡すね!」
「どうも。……ただ、僕だけで勝ったわけではないし、共用って事にしない?」
「おっけまる!!」
レフコースのドロップ品。
あの時は頭から抜け落ちていたが、エリナさんが回収し三好さんに渡していたらしい。
しかし彼女は自分達にこそ所有権があると、あの場に僕らがいた事を伏せた上で合法的に渡せるように手続きまでしてくれているらしい。
ただ、『氾濫時に手に入れた物』という事で色々と審査が多いらしく……何とも頭が下がる話である。
まだどんなドロップ品かは知らないが、『魔道具』であるらしいのだ。戦闘に有用な物だったら、今後の探索や護身に使わせてもらおう。
「……おい、2人とも」
そんな事を考えていると、背後から声がかけられた。
「何ですかアイラさん。トイレですか?先に済ませたと聞きましたけど……」
「おむつっすかパイセン!大丈夫っす、もう用意してあるんで!!」
「違う。あと、トイレに行きたくなったら自分で行きたいな。人として。何が言いたいか、というとだね」
椅子に腰かけた、否。
「この拘束を解いてくれないかなぁ!?」
椅子に固定されたアイラさんが、半泣きでこっちを睨んできた。
「えー。パイセンが」
『ラブリーマイエンジェルミーアちゃんを助けてくれたお礼に、何でも願いを叶えてあげよう。おっと、エッチなのはダメだぞ!』
「って言ってくれたのにぃ」
「言ってない!後半は言ったが前半は言っていないぞエリナ君!あの頭でっかちな愚妹をその様に呼んでたまるか!!京ちゃん君、ジャッジ!!」
「概ね合っていたので、エリナさんの勝ち」
「ブイッ!!」
「ばぁぁかぁぁなぁああああ!!」
この人、たまにバトル漫画の敵キャラみたいな叫びをあげるな。
髪を振り乱すアイラさんだが、現在は上等そうな木製の椅子にビニール紐で両手と腰が固定されている。
いや、正確には固定している『様に』紐を巻いている。
「エリナ君、これは不当な拘束だ!ババ様に言いつけるぞ!」
「お婆ちゃまから許可はもらいました!」
「ババ様の裏切り者ぉ!」
「……あの」
おずおずと、シャウトするアイラさんに声をかける。
「本気で嫌だったら───」
「何だね京ちゃん君。この無抵抗な私にいかがわしい事をする気か!?エロ同人みたいに!エロ同人みたいに!!私の巨乳で『ピー』を『ピー』で『ピー!』する気なんだろ!!」
「そうなのか京ちゃん!?見損なったぞ!それでも忍者か!」
「黙れ馬鹿ども。その紐、セロ――」
「ストップだ京ちゃん!!」
「むぐっ」
自分の言葉を、エリナさんが手で口を塞ぐ事で強引に止めてくる。
ちょ、唇に掌が……!?少しひんやりとした、柔らかい掌の感触が……!
「じゃ、パイセン。私達はこれで。一応イヤリングをつけるから、何かあったら念話してね!でも緊急事態以外はスルーするよ!」
「拘束される以上の緊急事態があるのかね……?」
「……しーゆー!!」
「なんだ今の間は!?エリナ君!京ちゃん君!カムバッーク!」
エリナさんに手を引かれ、部屋の外に出る。
……唇を触られた上に、手を握られてしまった。
「んもー。駄目だよ京ちゃん。パイセンが『逃げ出さないで良い理由』を欲しがっているのに、邪魔したら」
「ごめん、なさい……!」
「ん?どったの。顔真っ赤だよ?」
「何でもないです……!」
冷静に……冷静になれ。
深呼吸をして、どうにか表面上だけでも取り繕う。
「あのビニール紐が、『セロハンテープで留めただけ』ってパイセンも気づけるはずだよ。というか、強く腕や身体を動かしたらそれだけで外れる様にしてあるもん」
「うっす」
そう、あの拘束はただの見せかけだ。紐を軽く巻きつけて、アイラさんから見えない位置でセロハンテープを1カ所張り付けただけ。
いくら彼女が貧弱だとしても、本気で暴れれば秒で解ける。
「きっと、先輩も察しているんだと思う。私達が何をさせたいか」
「……だね」
ちょうどその時、玄関からチャイムが鳴った。
スマホを確認すれば、予定の5分前。『あの人』は本当に律儀だな。
「はいはいはーい!」
着物姿で元気に玄関へ向かうエリナさんから、数歩距離を取って追う。
ガチャリと開いたドアの先には、三好さんが立っていた。
白いシャツに薄緑色の上着を羽織り、紺色のジーパン姿である。何となく、『魔装』のカラーリングに近い気がした。
彼女は背筋をピンと伸ばし、小さなバッグを両手で持ってお辞儀をしてくる。
「こんにちは。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「んーん!こっちこそ来てくれてありがと先輩!というか硬いよ!リラックスリラックス」
「……いえ」
硬い面持ちの三好さんが、静かに答える。
「どういうつもりですか、エリナさん。アレから連日の様に、御婆様の家に来いと電話をしてきて」
「そりゃあ勿論、家族が心配だからに決まっているからじゃん。お婆ちゃまは後2時間ぐらいで帰って来るから、それまでリビングで待っていてね!」
「……先に言っておきます。私は、御婆様に挨拶をしたらすぐに帰ります」
「うん」
「貴女と、御婆様以外と喋る気はありません」
「京ちゃんは?」
「………」
エリナさんの言葉に、決まりの悪そうな顔をして三好さんがこちらを向いた。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
「怪我の具合はどうですか?エリナさんからは、2人とも元気だと聞きましたが」
「あ、大丈夫です。ご心配をおかけしました」
軽く右腕を動かし、無事をアピールする。
胡乱な目でこちらの全身を見た後、彼女は小さくため息を吐いた。
「やはり、不思議な人ですね」
「えっ」
エリナさんが隣にいるのに、自分がそう評価されるのか。
「この場を設けたのは、矢川君だと聞きました」
「え、ええ。まあ。場所も連絡も、エリナさんにお願いしましたけど……」
「それは関係ありません。ただ……いいえ。ここで言うのも何です。今度、2人でお話ししませんか?」
「は、はあ」
「少しだけ、貴方に興味が湧きました」
そう言って、小さく微笑む三好さん。
こちらを探る様なエメラルド色の瞳の輝きに、自分の心拍数が上がる。
「ええ!?先輩、ナンパ!?逆ナンだぁ!」
「は?え、ちが、違います!」
瞬間湯沸かし器の様に耳の先まで顔を赤くして、三好さんが否定する。
何というか、分かり易いなこの人。あとそんなに強く否定されると地味に傷つく。
彼女の『興味がある』というのは、マジで自分を珍獣として見ているのだろうな。解せぬ事に。
断言するが、エリナさんやアイラさんの方がよっぽど珍獣と評されるべき人柄だぞ。
「と、とにかく!姉さんと何か話すつもりはありません!どうせ、あの人も私に興味なんて……」
「あるよ」
エリナさんの、普段とは違う静かな声が響く。
「パイセンは、先輩と話したかったんだよ」
「……冗談はやめてください」
「冗談かどうかは、会って確かめて」
そう言って彼女が体を廊下の脇に寄せたので、自分も壁に背中をつける。
数秒ほど眉間に皺を寄せて考えた後、三好さんは『お邪魔します』と小声で言ってから玄関を上がった。
靴の向きを直した後、出来るだけ足音をたてたくない様子でゆっくりとリビングの扉に向かう彼女。
三好さんが部屋に入った後、エリナさんがこちらに話しかけてきた。
「ね。上手くいくかな、京ちゃんの作戦」
「作戦と呼べるほどのものじゃないですし、僕だけで立てた計画でもないでしょ……」
お互い小声で喋りながら、リビングの扉を見やる。
この家、基本的に防音がしっかりしているのであの部屋でどんな会話がされているのか、自分にはわからない。
もしかしたら姉妹で罵り合っているのかもしれないし、ひたすらに無言なのかもしれない。
だが、2人の関係に何か変化は起きると思う。
……前に自分が最初の1歩でつまずいた作戦。それは、ただ『話し合わせる』だけ。
アイラさんはコミュ障で、三好さんは彼女を完璧超人か何かと勘違いしている……と、思う。だったら、腹を割って話し合えば勝手に2人の仲は改善するんじゃないか、と。
酷く、単純で簡単な話。それでも、これまで実現出来なかったのは彼女らの距離のせいだ。自信はないけども。
アイラさんと三好さんは、互いに見栄を張ってしまっている。どちらかが、直接会って話し合おうと言えないぐらいに。
それこそ、偶に聞く兄弟喧嘩で『どっちが悪いか』で揉めるみたいな状況だと思う。先に頭を下げるのは癪だ、みたいな。
確かに複雑な家庭の事情から疎遠になった2人だけど、現状まで複雑なわけではないと思う。
こんな簡単な事をエリナさんやお婆さんがセッティング出来なかったのも、アイラさんと距離が近すぎたから。
三好さんからは2人ともアイラさん側と見られているし、アイラさんからしたら身内に姉妹の事をアレコレ言われても気恥ずかしい。きっと、意固地になって逃げ回るか変な事を言い始める。
だから、第三者……しかも、双方に『貸し』がある人間が橋渡しをする必要があった。両者が『この人の顔を立てるために』と思える仲介が。
まあ、自分はあの一件を貸しとは思っていないし、最初に考えた時はここまで考えが及んでいなかったけど。
そこは、エリナさんと相談して考えたのである。
普段とんちんかんな事ばかり言っているのに、周りの事をよく見ている人だ。やはり、エリナさんこそ珍獣なのでは?
「よしっ。じゃあ2人が話している間、私の部屋で遊ぼう!」
「えっ、エリナさんの部屋で?」
「うん。お婆ちゃまから、一応何かあった時の為に家の中にいてって言われているし」
「……その、えっと……はい」
エリナさんの私室。同級生で、美人で、異性の友達の部屋。
我ながら視線が泳ぎまくるのを感じる。どう、すればいいんだ?自分の服装、どこか変な所とかない?
い、いや。別に何か特別な事をするわけでもあるまい。動揺する必要など皆無だ!
美少女の部屋が、何するものぞ!!
……いや無理。緊張で眩暈がしてきた。
「よし。僕は帰ります」
「えっ、なんで?」
「心臓が破裂しそうなので」
「死の病!?」
「大丈夫です。ここから離れれば治ります」
「まさか……忍の里の秘術で……!?」
「違うけどもうそれでいいや」
何かに気づいたとばかりに決め顔をするエリナさんに、真顔で答える。
ヘタレと言わば言え。こんな所にいられるか!僕は帰らせてもらう!
素早く自分の靴を履き、ドアを開ける。
「京ちゃん」
「はい?」
背中にかけられた声に振り返れば、
「ありがと!」
満面の笑みを浮かべる、エリナさんがいた。
……美人って、色々と卑怯だと思う。
「どう、いたしまして」
「今度お礼に京ちゃんの分の忍び装束送るね!」
「あ、それは要らない」
「!?」
「じゃあ、その……また」
「うん!またね!」
そうして、エリナさん達の家を後にして。
のんびりと頬の赤みが引くのを待ちながら歩いて帰る。
はたして、自分がした事は大きなお世話だったのか。今更になって、自問自答する。
三好さんが避難所を守る為に残ったのは、確かに『逃げ遅れた人達を助ける』目的があったと思う。
そこに、間違いなく善意はあった。彼女の正義感は、本物だと確信できる。
ただ、それとは別に、たぶんだけど……『姉を見返したい』という思いもあった気がした。
姉妹のわだかまりがなくとも、レフコースとは戦う事になっただろう。だが、三好さんもイヤリングでアイラさんと会話出来たのなら、もっと上手く連携できたはずだ。
そう思うと、強引にでも仲直りさせるのは間違っていない……はず。
でもなぁ。今後は流石に格上のボスモンスターと鉢合わせる機会なんてそうそう無いだろうしなぁ。やっぱり、強引過ぎたんじゃないか?
自分の悪い癖である。色々やった後になって、後悔が押し寄せてくるのだ。事前に熟考してもこれなのだから、死ぬまで治らない気がする。
「はぁ……」
盛大なため息をつきながら帰宅して、アイラさんの家を出て1時間ぐらいだろうか。
着信に気づき、スマホを見る。
「……はっ」
今度は、ため息の代わりに小さな笑いがこぼれ出た。
エリナさんからのメールには、本文もなくただ1枚の写真だけ添付されている。
笑いながら自撮りする彼女の後ろで、互いの頬を引っ張り合う銀髪と金髪の姉妹。柔らかそうな頬を指で歪めて、睨み合っている。
ただの、どこにでもありそうな『似た者姉妹』の喧嘩風景だった。
読んでいただきありがとうございます。
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