第三十九話 選択
第三十九話 選択
自分の悲鳴がかすれていき、代わりに耳元からアイラさんの声が聞こえる様になる。必死にこちらへ呼びかけているが、返事をする余裕がない。
息が、出来ない。明滅する視界の中、とにかく動かなければと左手で屋根の縁を掴む。
そのまま、どうにか地面に着地……いや、どさりと、落ちた。
アスファルトの地面に這いつくばりながらも、どうにか肺がまともに機能し始める。小さくせき込みながら、顔をあげた。
ちょうど目の前に、いつ手放したのか自分の片手半剣が突き刺さっている。まるで墓標の様な己の得物に、何が起きたのかを思い出した。
そう、だ。肩を、抉られて……腕!僕の腕!
「あ、ぁぁ……!」
右肩の激痛は未だ治まらない。強く押さえる肩は『魔装』の布こそ破けているが、傷口自体は完全に塞がっていた。
ならば、この痛みは幻痛の類だろうか?わからない。ただ、痛みだけが未だ残っている。
「はっ……はっ……!」
再び乱れる呼吸。立ち上がり剣を手に取ろうと足に力を籠めるが、上手く動いてくれない。背中を車のドアにぶつけながら、意に反して身体は座り込んでしまった。
そうして肩を押さえたまま呆然としながら、無意識に顔を斜めに動かす。
黄金の穂先から赤い血を滴らせ、純白の怪物は真っすぐにこちらを睨みつけていた。
距離にして、30メートルほど。鼻息荒く、奴は脇腹を押さえている。まさか、衝突の瞬間剣の切っ先が引っかかったのか。指の隙間から僅かに赤い物が流れている。
しかし、致命傷にはほど遠い。痛みに驚いて足を止めただけで、あの怪物は健在である。
『ブルォ……ブルォオオオオオオ!!』
雄叫びをあげ、レフコースが再び槍を構えた。狙う先は、自分。
「ひっ……!」
喉から、勝手に情けない声が出てくる。そのくせ身体は思う様に動いてくれない。逃げたいのに、立ち上がる事すら出来なかった。
再突撃を行おうとするレフコースだが、それを阻む様に石の槍衾が包囲する。
「こちらを向け、化け物!」
三好さんが叫びながら、杖を地面に突き立てている。追加とばかりに、怪物目掛けて地面から土の腕が幾つも伸びていった。
だが、それらは槍の一振りで吹き飛ばされる。レフコースは視線を自分から三好さんに移し、そちらに突撃しようとした。
それが、飛んできた鍵縄によって妨害される。首にぐるりと巻き付いて、その先端は電信柱に結び付けられていた。更に、レフコースの死角に入ろうとエリナさんが忍者刀片手に走っている。
縄は一瞬で焼き切られるも、3体のゴーレムがレフコースへ組み付きにかかった。とにかく走り始めるのだけは阻止しようというのだろう。
煩わしいと放出された炎でゴーレム達が纏めて吹き飛ばされ、熱風にエリナさんも近づけない。
『今のうちだ京ちゃん君!逃げろ、立て!立って逃げるんだ!』
「に、げ……」
そうだ。逃げないと。あの怪物から、逃げないといけない。
ようやく動き出した身体で、未だアラームがうるさい車を支えに立ち上がる。
レフコースは彼女達が足止めしているが、それも長くはもたない。今のうちに逃げるんだ。
逃げて……逃げて……。
──自分が逃げたら、あの人達はどうなる?
見捨てるのか?三好さんは、この際どうでもいい。所詮他人だ。
でも、エリナさんは?あの人は、仲間で、恩人で……友達なのに。
友の命より、自分の命の方が惜しい。それは揺るがないし、当然だと思う。
でも、自分の選択で、意思で、見殺しにするのは……違うだろう。
「…………」
『京ちゃん君!矢川京太!君は、もういい。十分頑張った。あそこでエリナ君とミーアが戦っているのは……彼女達の選択だ……!』
そう、あの人達は選んだのだ。逃げる事でも、見捨てる事でもなく、戦う事を。
なのに自分は逃げるのかと、己が己を責めたてる。
ぐるぐると、胸の内を嫌なものが渦巻いて。頭痛がする程に悩んで。
エリナさんが、今も戦う姿を見て。
「おっ」
喉を、震わせた。
「おおおおおおおお!」
『なっ』
雄叫びで己を誤魔化し、肩の『魔装』を修復。地面に突き刺さる剣を握り、駆けだした。
向かう先は、レフコース。敵に向かい全速力で前進する。
自分は、迷った末───『逃げた』。楽な方に。
この場で彼女を見捨てるよりも、戦って勝つ可能性に賭ける。勝算なんて考えていない。ただ、心が楽な方を選んだだけ。
覚悟を抱いて戦う勇気も、友を見捨てて生き延びる知性もない。これは、『蛮勇』か『自暴自棄』と呼ばれるべき感情だ。
もしかしたら、勝てるかもしれない。そんな不確かな希望に縋り、自分とエリナさんが死ぬ可能性から目を逸らしての選択。きっと、冷静になって振り返れば呆れるしかない愚行だろう。
それでも、これは自分で選んだ。
チャンピオンとの戦いの様に、本能に従ったものではない。己の意思で剣を取ったのだ。
片腕を失った白蓮の脇を抜け、レフコースへと斬りかかる。奴はこちらを視界におさめるや、石礫と棒手裏剣を体に受けながらも4本脚を使って高々と跳躍した。
空中にて、レフコースは炎の槍を複数展開。自分目掛けて連射してくる。
着地して再突撃の時間を稼ぐ気か。だが!
「しぃ……!!」
当たらなければ良い。最高速で走り抜ける!
全力で足を動かし、風の後押しを受けながら、直撃コースの槍だけを『視る』。身を捻り、ステップを交えて回避。
降り注ぐ槍の雨を置き去りに、地響きと共に着地したレフコースへと勢いそのまま斬りかかった。槍の横薙ぎと袈裟懸けの斬撃が衝突し、体格差で僅かにこちらが押される。だが、距離は取らせない。
巨大な鉄塊同士がぶつかった様な音が、周囲に響く。それが大気を未だ揺らす中、続けて鋭い突きが3連。1撃、2撃目を避け、3撃目を剣で受け流した。
刀身でいなした勢いのまま側面へ回ろうとすれば、レフコースは棹立ちとなり両の前足を振り上げる。
そこから繰り出される、体重の乗った踏みつけ。初撃を1歩引いて避けたが、衝撃波と土煙で視界が塞がれる。
目くらまし。だが視界が塞がれようと、魔力は視えている。感知した奴のシルエットから、行動を予測。
レフコースは間髪入れずに再び前足を振り上げ、こちらの頭蓋を狙っていた。
「おおお!」
踏みつけられる前に、自分から前進する。肩から馬部分の腹へと体当たりをしかけた。
風の助力もあって、肉を打つ重い音と共にレフコースの巨体が吹き飛ぶ。
それでもバランスを崩すことなく着地したレフコース。そこへ間を置かずに切りかかり、防戦せざるを得ない状況を押し付けた。
突撃する暇は与えない。今距離を稼がれると、死ぬ。
その一心で剣を振るうも、技量とリーチの差は圧倒的。気づけば防戦するのはこちらとなり、振るわれる槍をひたすら剣で受ける事になる。
奴が振るう3、4メートルほどの槍。それが、今は何倍にも長く見える。
重い振り下ろしを受け止め、両腕が軋む中。視界の端でエリナさんが歩道の消火栓に何かをしていた。
「忍法、『空間爆破』ぁ!」
突如爆音と共に消火栓が弾け、大量の水が噴き出す。
「先輩!」
「はい!」
三好さんが杖を振るえば、それに合わせる様に噴き出した水が動く。
まるで龍の様に宙を舞った水が、横合いからレフコースに襲い掛かった。巻き込まれまいと、槍の大ぶりに合わせて距離を取る。
『ブルァッ!』
大量の水は奴が腕を掲げただけで瞬く間に蒸発させられるが、水蒸気が発生。それを目くらましに接近し、怪物の左手側から跳び込む。
狙うは、今度こそ左後ろ足!
レフコースの反応が遅れ、切っ先が白い足を切り裂く。だが、浅い。骨に刃が届かなかった。
『ヒヒィィン!!』
瞬間、後ろ足が持ち上がった。それとほぼ同時に高速で繰り出される後ろ蹴り。
『精霊眼』が伝える予知に従い、首を斜めに傾けながら膝を脱力させ回避を試みる。だが、避けきれずに蹄が側頭部をかすめた。
直撃していないのに、甲高い音をたてて兜が割れる。下に巻いていた布も弾け飛び、視界の端で鮮血が舞った。
衝撃でふらつきながらも踏みとどまるのと、怪物が跳んだのがほぼ同時。
猛スピードで駆けるレフコースが、槍で地面を削りながら急カーブをして反転する。目から、鼻から、口から炎を溢れさせながら、白い怪物は右手で得物を引き絞る様に構えた。
奴は、これで決めるつもりでいる。それに対し、自分も剣を振りかぶりながら駆けた。
構図だけは、肩を抉り飛ばされた時と同じ。恐怖が、思い出した様に四肢へと絡みつく。
それを、
「おおおおおおおおお!」
また、雄叫びで誤魔化した。
ここまで来たら、奴は自分を逃さないだろう。死ぬ気で抗って、勝つしか道はない。
勇気でも、矜持でもなく。ただただ自己の為だけに剣を振りかぶった。
それでも───身体は動く!
『ヒィィィィァァアッ!!』
「おおおおおおッ!」
交差は一瞬。繰り出される槍の軌道を、今度は最初から最後まで捉える。後ろ足の負傷が、ほんの僅かに突撃の速度を低下させたのだ。
迫る黄金の穂先に、姿勢を低くしながら斜め前へ踏み出す事で回避。先ほどとは違うこちらの動きに、レフコースの反応が遅れる。
蛇行斬り――の、応用。
散々に練習した一撃が、レフコースの右前足に直撃した。相対速度もあって、腕に痛い程の衝撃がやってくる。
しかし、振り抜いた。血飛沫と共に奴の前膝から先が地面を勢いよく転がる。
こちらも反動で地面を転がるも、片膝をつくように顔をあげた。そうすれば、何メートルも先で槍を地面に突き立て転倒を堪えるレフコースが立っている。
『ブ、ブブブルゥ……!!』
疾走の慣性を、地面に豪槍を突きたてる事で抑えた怪物。土煙の中柄が衝撃にしなり、口端からは泡が出ている。
それでなお、怪物は跳ねる様に反転。3本足で立ち、投げる為に右手の槍を振りかぶった。
「白蓮!」
「組み付きなさい!」
しかし、それを3体のゴーレムが阻んだ。
全機半壊状態ながら、まだ動く。更に予備の鍵縄が槍に巻き付き、続けて水の龍が頭上からゴーレム達もろともレフコースを飲み込んだ。
そのまま、氷結。巨大な氷の塊となるが、しかし沈黙はたったの2秒。
『ガ、ァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!』
噴出する炎が、奴の拘束全てを薙ぎ払った。ゴーレム達が大破して散らばり、鍵縄は焼きつくされる。全てを覆い尽くす氷の檻も、蒸気となって吹き散らされた。
そうして再び奴は自分に得物を向けようとして。
しかし、その視線の先にこの身はいない。
「しぃぃ……!」
既に、背後へと回り込んでいたのだから。
彼女らが作り出した2秒。決して、無駄にはしない。
馬体の背に飛び乗り、レフコースが振り返るより先に後ろから心臓を貫く。
『ギ、ァ』
そのままぐるり、と剣を捻り、斜め上へと振り上げた。右肩から刀身が飛び出し、鮮血が舞う。
間違いなく致命傷だろうに、槍を短く持ち替えるレフコース。奴はまだ、闘志を失っていない!
背後への突きを放とうとする怪物の頭を左手で掴み、力ずくで仰け反らせながら自分も剣を逆手に持ち替えた。
強引に繰り出された穂先を避けながら、位置を反転。片足を馬体にかけながら、もう片方で腹を踏みつける。
捩じる様に上体を逸らされたレフコースと、目があった。
「いい加減っ」
視線が交差する中、全力で、全霊で。
「倒れ、ろぉ!!」
奴の胸へと、再び剣を突き立てる。
鍔が胸筋にぶつかる程に押し込み、直後魔力を最大で放出。刀身で風へと変換されたそれが、内側から怪物の胸に大穴をあけた。
反動で剣が手から離れ、自分も地面を転がる。
痛みと衝撃に頭がくらくらするが、どうにか立ち上がった。腰のナイフへと手を添え、レフコースを睨みつける。
そこには、未だ怪物が3本の足で立っていた。槍を手放す事もなく、威風堂々とこちらを見ている。
『馬鹿な、まだ死なないと言うのか!?』
「……いえ」
血まみれで、赤と白で彩られていた奴の身体。それが、今は白色しかない。
どれだけその姿に圧力を感じようと。今にも動き出しそうな程の迫力があろうとも。
槍を手にこちらを見下ろす怪物は、レフコースは、立ったまま死んだのだ。
静かに、サラサラと塩へと変わる化け物。白い小さな山が出来上がり、それを見届けると今度こそ完全に腰が抜けた。
「は、ぁぁぁ……」
盛大に尻もちをついたが、痛みはない。自然と漏れ出たため息と共に、顔を天に向ける。
曇天だった空はいつの間にか、星々を覗かせていた。
同時に、遠くからヘリの音が聞こえ始める。どうやらようやく自衛隊が来たらしい。
前回といい、今回といい。もっと早く来てくれ……と、願うのは、我が儘なのだろうか。
「疲れた……」
そうとしか言いようがない。身体の痛みは引いたし、体力も魔力も一呼吸の間に回復した。
しかし、精神的には別である。戦闘中、はたして自分は何度死にかけたか。
考えるだけでゾッとするが、そもそも考える余裕もない。思考停止して、呆然と空を眺める。
だが、そう遠くない位置から突如爆発音が響いた。
「え、え、なに!?」
慌てて視線を巡らせると、道路脇にあった車が炎上していた。位置と屋根が潰れている事から、自分が落ちた車かもしれない。
燃え盛るその車を背に、エリナさんが小走りで向かってくる。
……自分が落ちた衝撃で爆発したのか。それとも前みたいに痕跡隠しで燃やしたのか。
どちらにせよ、全てレフコースが悪いって事にするのが精神衛生上良い気がする。うん、やっぱモンスターが悪いよ、モンスターが。
「京ちゃーん!無事ぃ!」
「え、あ、うん。エリナさんは……?」
「左肩が外れたけど無事!」
「いやそれは無事でなくない?」
右手でVサインをしてくる、自称忍者。どうも冗談ではない様で、左腕はだらりと下がっている。
医学の心得なんてないが、それでも大丈夫とは言えないと思った。
「ちょ、な、治さなきゃ……」
「んーん。帰ったら自分で嵌めるから大丈夫。お婆ちゃまにも後で診てもらうし。それより京ちゃん!」
「え、うん。うん?」
脱臼より重要な事が?
疑問符を浮かべる自分をよそに、エリナさんはこちらに手を伸ばす。
「早いとこずらかろう!忍者が目立つのは駄目だよ!」
「……いや、忍者じゃないんで」
そう言いながら、彼女の手を取る。不思議と、先ほどと違い自然に立ち上がる事が出来た。
「でも、帰るのは賛成」
『おや良いのかね。このまま残れば、ヒーローインタビューが待っているかもしれないぞ?』
「嫌です。悪目立ちしたくありません。というか、今から事情聴取とか嫌だ……」
「忍者だからね!」
「忍者ではない」
避難所を守った英雄たち……なんて、報道されてみろ。
教室での扱いが一気に変わるのは目に見えている。それがヒーロー扱いならまだ良いが、化け物扱いややっかみが増えたらもう学校に行けんぞ。
散らばったゴーレム達の所に行き、白蓮の頭部を拾い上げる。
あちこち罅が入り、裂けて中のクッションも少し出ていた。しかし、ビー玉の瞳は微かに光っている。
「……お疲れ様」
軽くヤカン頭を撫でた後、それを片手にエリナさんの所へ戻る。
彼女はレフコースの塩の山から何かを取り出した後、こちらに振り返った。
「じゃ、行こう!じゃあね先輩!あでぃおーす!!」
「えっと、失礼します」
三好さんの方に振り返り、小さく頭を下げた。
そして、エリナさんが開いたゲートへ一緒に入ろうとして。
「ちょっと待ちなさぁぁい!!」
「ぐへぇ!?」
「うっ」
後ろから思いっきり襟首を掴まれて止められた。隣からも美少女が出しちゃいけない声が聞こえた気がする。
振り返れば、三好さんが両手でそれぞれ自分達を捕まえていた。
「あなた達怪我は!?矢川君とか、血が!血が凄く!」
「あ、治りました」
「治ったぁ!?」
「脱臼したけど私は大丈夫!」
「大丈夫じゃありませんよ!?病院!病院に行きます!」
「勘弁してくだせぇお代官様!!」
「ふざけている場合ですかこのアンポンタン!」
すげぇ。アンポンタンって久々に聞いたわ。
しかし、流石に彼女も疲れているのだろう。息を切らしながら、三好さんの手が放れる。
「……ええ。ええ。わかりましたよ。何か、目立ちたくない理由があるのですね?」
「うん!あ、先輩も私達の事は黙っていてね!」
「……つまり、ここを守った功績は私1人にくれてやる、と?」
三好さんの瞳が鋭くなるが、エリナさんは気にした様子もなく首を傾げた。
「うん?だってそもそも、私達が戦ったのは先輩がここを守っていたからだよ?じゃあ先輩のおかげじゃない?」
「まあ、恐らく……」
隣で自分も同意しておく。
本当は『崇めろー!感謝しろー!』と避難所へ言いに行きたいが、その後を考えるとデメリットが大きすぎる。
というか、めんどい。頭の中が『帰って寝たい』で一杯になっている。
三好さんは眉間に深い皺をよせ、小声で『そう言えばこういう人でした』とエリナさんを見た後。
「……わかりました。『善意の協力者がいた』とだけ周りには言っておきます」
「ん、お願いね先輩!」
「言いたい事は山ほどありますが、負傷者をずっと引き留めるわけにもいかないので、2つだけ」
そう言って、三好さんが自分の方を見た。エメラルド色の瞳と、正面から目があう。
美人さんにそんな事をされて視線を下げようとすれば、そこには彼女の立派すぎるお胸様だ。目のやり場に困り、宙を彷徨わせる。
「……なんというか、矢川君は……」
「は、はあ」
「君はアレですね。普通というか……『変な人』ですね」
「変!?」
え、視線に気づかれて変態扱いされてる!?
「す、すみません……生きててごめんなさい……」
「い、いえ!こちらこそすみません。語弊がありました。『特別』に見えて、でも当たり前に恐がるし痛がるし、かと思えば自棄を起こしたみたいに戦うし……そう!珍獣!珍獣です!」
「ちん……じゅう……」
命を助けた美女から、珍獣扱いされる事ってある……?
いや、一方的に救ったというには、こちらも途中助けられたけども。
「いい意味で、珍獣ですから!たぶん!」
「たぶん……」
「良かったね、京ちゃん!」
良かったのかなぁ。これ良かったのかなぁ。
何とも言えない感情で呆然としていると、三好さんがわざとらしく咳ばらいをした。
「それで、もう1つですが……」
一瞬だけ躊躇った後に。
「ありがとう、ございました」
深く、彼女は頭を下げてきた。
「え、ちょ」
「どったの先輩?」
「未だに、貴方達の行動に納得したわけではありません。しかし、御二人のおかげで私も、避難所の人達も命拾いしました。それは純然たる事実です」
困惑する自分達に、三好さんがようやく顔をあげた。
「だから、命の恩人達に心からの感謝を」
そう言った彼女の顔は、度々見た営業スマイルではなく。
思わず見惚れてしまうぐらい、綺麗なものだった。
「い、いや……その、困った時はお互い様というか、僕はただの成り行きだったというか……」
「私は忍者だからね!」
「忍者どこに関係あった?」
「全て!!」
「そっかー」
「この恩は忘れません。何か、私に出来る事があったら言って下さい」
「……ん?」
苦笑まじりに言った三好さんの顔を、マジマジと見る。
隣でも、エリナさんが同じようにしていた。
「……あっ!で、でもエッチな事はですね……!」
「三好さん」
「先輩」
「は、はい!?お、おお落ち着いてください。アレです。こういうのは、その、段階をですね……!」
「連絡先を、交換してください!」
「メアド教えて!!あと電話番号も!!」
「……はい?」
2人揃って頭をさげた自分達に、三好さんが気の抜けた声を発する。
これは……1歩目で頓挫した『あの計画』を実行できるかもしれない。
上手くいけば、恐らく今回これだけ苦労するはめになった原因を取り除ける……かも。
普段なら放置するが、ここまで実害を被ったのだ。いい加減どうにかしろと言う権利は十分にあるだろう。これで悪化しても、もう知ったこっちゃない。
返答を聞こうと顔を上げると、
「だ、段階を……踏む気ですか……!?2人がかりで!?」
何やら顔を真っ赤にして、自分の体を掻き抱いていた。
……命懸けの戦いの後に、よくそんな勘違いできるなこの人。
まあ確かに美人だしスタイルも良いので、そういう警戒心は大事だと思う。それはそれとして、後が面倒になりそうだから誤解はしっかり解くが。
この後普通に連絡先を交換して、羞恥で沈黙する三好さんを背に帰還した。
長い、本当に長い1日が終わって。
やっと、自分達は家に帰る事が出来たのである。
読んでいただきありがとうございます。
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