第四話 初めてのダンジョン 下
第四話 初めてのダンジョン 下
この坑道。昔は人が使っていたのだろうかと思えるほどに、人間のサイズに合わせてある。ゾンビコボルトが掘ったのなら、もう少し狭くても良いだろうし。
木で出来た壁や天井の補強。中には木製の扉まであり、それを前に林崎さんへと振り返る。
「中から音はしないよ」
「わかりました」
この人、どうも五感が鋭いらしい。そういうスキルだと本人から聞いた。
それを信用して中に入れば、やはり何もいない。簡素な机と椅子が並び、壁沿いには空っぽの棚が並んでいる。
こういう所も、昔は人がいたんじゃないかと思う所以だ。他のダンジョンでも人が住んでいた形跡こそあるものの、何が起きたのかはさっぱりわかっていない。
どれ程昔に、どんな人達がいて、何が起きてこうなったのか。モンスターやスキルの存在もあるので特定するには不確定要素が多く、『おおよそ何年前まで人、あるいは人に類する何かがいたかもわかっていない』と政府の学者さんはテレビで言っていた。
念のため死角となる机の下に警戒しながら、部屋を通り抜け向かい側の扉を開ける。敵はいないかもしれないが、罠の類までないとは限らないので。
更にしばらく行けば、林崎さんが小さく声をあげた。
「この先から音がするよ。たぶん、ゾンビコボルトが2体」
「はい」
こちらも小声で返し、ゆっくりと進む。すると、今度は曲がり角ではなく正面からモンスターが現れた。
『ヴォ!』
『グルル……!』
腐敗臭を漂わせた2体のゾンビコボルト。奴らが唸り声をあげ、こちらに突っ込んで来た。
すかさず棒手裏剣を投げる林崎さんに合わせ、自分も左手で引き抜き様にナイフを投擲する。
元はノーコンだったが、この眼と身体のおかげか少しの練習で命中率はかなり上がった。そこに『魔力変換・風』が乗る。
名前の通り、『魔力』という謎の力を体から『風』として放出する。
手足に纏わせて加速するもよし。剣に乗せて威力と速度を上げるもよし。そして、投げナイフを真っすぐ飛ばす補助に使うもよし。
見事、左のゾンビコボルトの顔面にナイフと棒手裏剣が突き刺さる。仰け反る様に倒れた味方を気にした様子もないもう1体に、右手の剣を構えながらこちらも接近。
今度は、唐竹ではなく袈裟懸けに振るう。斜めなら切っ先もぶつからない。
気持ち腕を畳んでコンパクトに振った剣は、リーチと速度の差もあってゾンビコボルトの肩に食い込む。
そのまま、風の後押しもあって両断。あまりにもあっさりと、怪物を斬り捨てた。
「……ふぅぅ」
飛び散った血も含めて塩に変わっていくゾンビコボルトに、小さく息を吐いた。
毛皮や腐肉を切り裂く事も、こうして殺める事にも、ビックリする程罪悪感を覚えない。
相手が分かり易い程化け物だからか、それとも死体が残らないからか。あるいは、両方かもしれない。
何にせよ、今度は正面から2体倒せた。出だしと比べて順調である。自分のスキルや身体は、ダンジョンでも十分通用するらしい。後は、技術と知識。そして経験か。
コインを2枚拾い上げて振り返れば、林崎さんがドヤ顔で片手をあげていた。
「いえい!ハイタッチ!」
「え、あ、はい」
すぐに剣を持つ右手の指に、少し無理をしてコインを挟んだ後左手でハイタッチに応じる。
どうしよう。この人のテンションに自分はついていけるだろうか。
その時、林崎さんの右耳にイヤリングが有る事に気づいた。ここまで異性の顔をマジマジと見る事が出来なかったので気づかなかったけど、一瞬だけキラリと光る。
彼女のイヤリングから、少しだけ魔力を感じた。
魔道具……だろうか?でも何か違和感がある。
『魔道具』
ダンジョンにて発見された、不可思議な物品。あるいは、覚醒者が何らかのスキルで作り出した道具。
どちらも見た事ないが、これはそれに類する物と思えない。
なんせ魔力こそ僅かに感じるものの、かなり薄くなっている。講習で聞いた事を考えると、どうにも特徴が一致しない。
まあ、女性のアクセサリーについてアレコレ言うのも怖いし、指摘はしないでおこう。
イヤリングについては一旦忘れて、コインを林崎さんに渡した。
このコインも不思議な物である。地球の歴史をひっくり返しても、未確認の『鉄貨』らしい。これも、何かの文明の痕跡なのだろうか。
不思議なダンジョン、というか。ダンジョンには不思議しかない。
「じゃあ、その」
「うん!レッツゴー!」
笑顔で拳を上げる林崎さんに頷き、探索を再開。
……と言っても、語るべき事はほとんどなかった。
道は既に把握済みであり、モンスターの接近は林崎さんが気づける。そして相手は基本的に単独。偶に2体いる事もあるが、まず1体は投擲で仕留められる。
残る1体も、タイマンなら負けない。最初の様に剣先を天井や壁にぶつけない様注意しながら、考えて武器を振るう余裕すらあった。
モンスターとの交戦は最初を含めて4回、ダンジョンに入ってからおよそ15分。
思っていた以上に短い時間で、ダンジョンの『出口』に到着した。
遠目に見ると、まるで交番のような建物が開けた場所に建っている。その正面には影山さんと同じような装備の自衛隊員がおり、屋根の上にも銃を構えた人がいた。
「お疲れ様です!」
そう言って、見張りをしていた人が影山さんに敬礼をした。それに対し、彼女も敬礼で返す。
「お疲れ様です!!!」
「えっ」
なお、それ以上の声量で返事をした林崎さんに見張りの人がぎょっとした顔をした。その気持ち、わかります。
だが、彼女の美貌に少し照れた顔で敬礼をしなおしている。その気持ち、わかります……!
若干呆れた顔をする影山さんに連れられ、交番の様な建物の中に。内側にも隊員が1人おり、ここは計3人で守っている様だ。
そしてその先に、『黒いゲート』がある。これを通れば、『白いゲート』がある場所に戻る事が出来るのだ。正確には、入る時の反対側の位置に。途中を無視してその絵だけつなぎ合わせれば、白のゲートを潜り抜けた様な形になる。
この黒いのも外のゲートと同じく、コンクリで埋めようとしたら次の日移動していたらしく、こうして交番と見張りを配置する事になったのだと講習で聞いた。
ダンジョンからモンスターが溢れるのは、主にこの扉を突破してきたという事である。こうして防衛もガッチリしてあるので、『未確認のダンジョン』以外ならそう『氾濫』は起きないと軍事専門家がテレビで言っていた。あと講習の教官も。
何にせよ、これにて初めてのダンジョン探索は終点。
冒険者になる為の試験を、自分達はクリアした。
* * *
『矢川京太:Eランク冒険者』
空も赤くなった帰り道。そう書かれた免許証を手に、つい頬が緩む。
「いやー!良かった!2人とも『E』スタートだよ!」
「はい。林崎さんのおかげです」
「んーん。京ちゃんも頑張ったよ!ハイタッチ!」
「え、あ、はい」
何故か一緒に試験場からバス停へと向かう林崎さん。
彼女が掲げた右手に、少し遅れて手を合わせた。
───パチン。
軽い音と共に合わせられた掌。一瞬だけ感じた柔らかい手の感触に、つい視線が泳ぐ。
ダンジョン内でもハイタッチはしたが、あの時は籠手をしていた。素手での触れ合いが、何とも気恥ずかしい。
この夕焼けが、頬の赤さを誤魔化してはくれないだろうか。なんて。つい期待してしまう。
それにしても、どうしてこの人は一緒に歩いているのだ?お疲れ様会をやりたい、とか?
ま、まさか……ぼ、僕に気があったり?
……いやないわ。流石にない。そこまで都合の良い事が起きるはずがない。
単に人懐っこい性格なのか、あるいは『パーティー』への誘いか。
「そう言えば京ちゃん!この後って時間ある?」
「一応は、はい……」
「ならさ!ならさ!ちょっとお茶していかない?冒険者試験で、『面白い人がいたら連れて来て』ってパイセンに頼まれてるの!」
やはり、か。
「その……どういう人ですか?林崎さんの先輩って」
「んーっとねー……すっごく弱いけど頭が良い人!あと美人さん!」
何とも、リアクションに困る説明だ。
冒険者がパーティーを組む事は、政府からも推奨されている。普通、人数が多いほど生還率は上がるものだから。
しかし同時に、トラブルが起きるのもパーティーだ。
人間関係や、報酬の分け前。そして『経験値の分配』。
経験値。ゲームと同じく、覚醒者は『モンスターを倒すと』レベルが上がる。
だがゲームとは違い、パーティー全員に自動で平等に分配されるわけではない。モンスターとの『縁』を繋いだ者ほど多く経験値が貰えると聞く。この場合の『縁』とは、モンスターに与えた傷の深さや数だ。
つまり、攻撃しない人は中々経験値にありつけない。どこのパーティーも欲しがる回復職や支援職は、そう言う意味で不遇なのだ。
兎に角、人が集まれば必ずトラブルは起きる。自分の様な人間はそういう時わりを食う事が多いので、人一倍警戒心を持つに越した事はない。
だけどなぁ。貴重な顔見知りの誘いを断るのも恐いし、何より気が引ける。
「……あの。その先輩さんと会う場所って、どこですか?」
「駅前の喫茶店だよ!紅茶が美味しいんだって!」
「……そう、ですか」
喫茶店か。駅の周りには碌に建物がなく、少し離れた所に寂れた商店街があるぐらい。
その中で、駅の北口正面にある真新しい喫茶店は目立っていた。事前にネットで試験場を調べたのだが、そこの職員さん達が偶にその店を利用しているらしい。それを見越しての、開店だったのだろうか。
だが、確か駅側の壁はほぼ窓ガラス。中の様子が外から見やすい構造だとか。
それに公務員である試験場の人達がよく利用する店。となれば、その場で何か問題が起きる可能性も低いか?
「……わかりました。行きます」
「やったー!」
万歳して喜ぶ林崎さんに、アレコレ疑うのが少し申し訳なくなる。
だが油断するな京太。彼女は美人。美人局なんて言葉もある。顔の良い他人にはどれだけ警戒しても足りないのだ。
だって美女や美少女が、下心なしに優しく接してくれるはずがない!!
少しでも怪しいと思ったのなら、すぐに店を出よう。ついでに、スマホで会話も録音しておくか。
「パイセンはねー。先輩のおねーさんでねー!」
「そ、そうなんですか」
……バスの中で録音の方法検索する予定だけど、その暇あるかなー。
* * *
あまり整備されていない道をガタゴトと移動し、バスから降りてすぐ。
駅前の喫茶店へと林崎さんに連れられて入った。
───カランコロン。
心地いいベルの音をあげるドアを潜れば、濃い色をした木製のカウンターにシックな印象を受ける椅子や花瓶。そして赤く染まる外の光を取り込む、大きな窓。
そんな窓際に並んだ机の1つ。奥にある場所から、1人の女性がこちらに軽く手を振ってきた。
「お待たせしました!パイセン!」
「やあエリナ君。ここの紅茶は中々に美味しくてね。時間の流れを早く感じていた所さ」
その人は、とても綺麗な人だった。
林崎さんとはまた別方向の美貌。まるで、名工が作り上げた氷像の様な美しさが彼女にはあった。
腰近くまで伸びた、艶やかな銀髪。深い青色をした瞳は切れ長で、肌は白くきめ細かい。
白のカッターシャツに包まれた体は、華奢ながらも出る所はハッキリ出た女性らしい肉付き。
そして目を引く、銀髪から覗く長く尖った耳。
「エルフ……」
思わず、挨拶も忘れてそう呟く。
覚醒者の中には、ごく少数ながら別の種族になった人達もいた。
エルフ。ダークエルフ。ドワーフ。獣人。ダンピール。サブカルチャーでは当たり前にいて、しかし現実には存在しえなかった存在。『亜人』。
テレビで時折取り上げられる事はあるが、こうして直に会ったのは初めてだ。
「おや。そちらの彼が、エリナ君が見つけた『面白そうな子』かな?」
「あ、その初めまして。矢川京太と申します。その、林崎さんとは試験の時ご一緒させてもらって……」
「これはご丁寧に」
会釈をする自分に、女性も立ち上がる。
ハイウエストの黒いロングスカートに、ヒールのついたブーツ。シンプルな服装なのに、この人が着るととても様になる。
彼女は舞台役者の様な大仰さで、胸に手を当てながら腰を曲げた。
「私は有栖川アイラ。エリナ君とは従姉妹でね。ちなみにエルフではなく、『ハーフエルフ』さ」
「あ、その、すみません」
「いいや、気にしていないとも。さ、まずはかけたまえ。ここは奢ろう」
「……いえ。自分の分は自分で払うので、大丈夫です。親にそうしろって言われているので」
嘘だが。でもこういう状況について相談したら、絶対そう言う。
下手に奢られて、後で何か請求されたら困る。中学の頃に、授業でそういう犯罪の勧誘があると聞いたし。
こちらの返答に気を悪くする様子もなく、有栖川さんは笑顔のまま元の席に座った。彼女とは反対側の席の、通路側に座る。
自然と、自分の対面。有栖川さんの隣に林崎さんが座る事に。これで、囲まれる事はなくなった。
こっそりと、机で見えない様に隣の椅子の上にスマホを置く。同時にバスの中でインストールした録音用のアプリをタップして起動した。
───ポーン。
……起動音、鳴るやつだったかぁ。
気まずさを覚えながらも彼女達を窺うが、こちらをそっちのけで林崎さんがメニュー片手に有栖川さんへ話しかけていた。
「パイセン!紅茶が美味しいらしいっすけど、他はどうなんすか!?」
「クロワッサンがお勧めだね。サクサクふわふわだったよ」
「マジっすか!じゃあそれ頼もー。京ちゃんはどうする?このハチミツベーコンハンバーガーとか?」
「あ、いえ……紅茶だけで」
本当は紅茶よりオレンジジュースの方が好きなのだが、空気を読んで自分も紅茶にした。
というかなんだ。蜂蜜とベーコンとハンバーガーって。後者2つの組み合わせは理解できるが、どう考えても蜂蜜をかける内容じゃないだろう。
これが、ワールドワイドな味覚なのか……?アメリカドラマとかでも、ベーコンやソーセージに蜂蜜かけていたし。
「店員さーん!注文お願いしまーす!!」
困惑している間に、林崎さんが店員さんを呼んでしまう。慌てて、やって来た店員さんに会計は自分だけ別にする様お願いしておいた。
何か、生暖かい目で見られた気がする。あれか。大人ぶりたい子供とでも思われたのか。
そう見られてもしょうがないとは思うが、こっちはわりと切実なのである。なんせ美人局かもしれない相手とお喋りするわけだから。
「さて。まずは2人とも、冒険者試験合格おめでとう。メールで『E』ランクスタートと聞いた時は、我が事の様に嬉しかったよ」
「おっす!頑張りました!」
「ど、どうも……」
にこやかに語りかけてくる有栖川さんに、つい小声になってしまう。
……もしもこの人がなんの裏もないとしたら、自分ってかなり失礼な奴ではなかろうか。
ああ、やっぱり誘いを断って1人で帰るべきだったかもしれない。ソロでダンジョンに行く事になろうと、『秘策』はあったのだし。
「ふふふ。そう緊張しないでくれ、京ちゃん君」
「きょ……」
「何もとって食おうというわけではないさ。私は無害でか弱いただの大学生だとも」
……なんで外国の人って、すぐ他人をあだ名で呼ぶのだろうか。名前的にハーフかクオーターかもしれないけど。
この距離感も本気でわからん。
「だがまあ。警戒心を解いてもらうにも時間がかかりそうだ。しかし未成年の帰りを遅くするのもよろしくない。だから、早速本題に入るとしよう」
有栖川さんの言葉に、背筋を伸ばす。
ありがたい。年上の女性と世間話など、何をどう話せばいいか皆目見当もつかないので。
「京ちゃん君。君には、このエリナ君と組んで私からの依頼を受けてほしいんだ」
「依頼……?」
「そうとも。だが、特別な事をしてほしいわけじゃぁない。君達のダンジョン探索を『見せて』ほしいのさ」
有栖川さんが、ニヒルな笑みで続けた。
「か弱く儚い私の、手足になってもらいたい」
読んでいただきありがとうございます。
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