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第三十八話 一騎駆け

第三十八話 一騎駆け




 眼の前で崩れていく氷の城壁。その向こうで、レフコースは今も自分達目掛けて疾走している。


「この……!」


 一瞬だけ呆けていた三好さんだが、すぐさま杖を敵に向けた。瞬間、左右の街路樹が一斉に動き出す。


 まるで数百の蛇の様に枝と根が前後左右から伸びる中で、レフコースは唯一の隙間に跳んだ。


 自身の頭上に。


 軽トラなみの巨体を一足で十数メートル上空まで飛ばした怪物は、炎を纏いながら急降下。重力によってもたらされた破壊に、集約した熱を乗せる。


 その『着地』は、隕石の落下さえ連想させた。


 凄まじい爆音と土煙が上がり、視界が土砂とアスファルトの破片で覆い尽くされる。どうにか三好さんを庇い、背中で拳大の破片を受け止めた。


 腕で目元を庇いながら顔をあげれば、土煙が晴れレフコースが作り上げた惨状が見えてくる。


 城壁から向こうの道路は舗装が剥ぎ取られ、あらわになった土の地面にはクレーターが出来上がっていた。周囲の街路樹は軒並みへし折られ、並んでいた薔薇の防壁も氷の槍衾も奴の炎で残さず排除されている。


 そこらに転がる、頭ほどの大きさをした氷塊以外なんの障害物もない。それらも、既に溶け始めている。


『ブルル……』


 小さく頭を振りながら唸るレフコースの目が、三好さんに向けられた。先の攻防だけで、奴の道を阻んだのが誰なのか見抜いたらしい。


 ピタリ、と。黄金の穂先が彼女に狙いを定める。


「───っ!」


 瞬間、鬣の炎をまき散らしながらレフコースが突っ込んでくる。完全に立ち止まっていたというのに、1歩目からトップスピードで。


 常人の目では捉える事すら叶わない豪脚。『精霊眼』で軌道を先読みし、三好さんを脇に抱えて横に跳んだ。


 数メートルも離れた位置を通り過ぎたというのに、風圧で体が流される。


「くっ……!」


「な、なにが……」


「下がっていてください!あれは、やばい!」


 あんな化け物に付き合ってられるか!どうにか時間を稼いで、転移の隙を……!


 こちらが思考する間もなく、走り抜けたレフコースが地面を砕きながら方向転換。今度は自分の方を見据え、槍を脇に挟む様にして構えている。


 そして、突撃。猛スピードで迫る巨体に、こちらも剣を構えた。


 刀身を左手で握る、ハーフソードの構え。回避は間に合わないと、剣の腹を黄金の穂先へぶつけに行く。


 眼は追えているのに、思考が辛うじて間に合うのに、身体がついてこない。


 それでも、(すんで)の所で防御が間に合った。衝突の瞬間凄まじい轟音が鳴り響き、ふわり、とこちらの身体が浮く。


 数秒の浮遊感の後、着地。両腕に痺れる様な痛みが走るが、無視する。どうせ治るし、何より。


 もう、次の突撃は始まっている。


『ブルヒヒヒヒヒヒヒィィィン!!』


 まるで楽しんでいるかの様な嘶き。盛大な土煙と炎を背後に、レフコースが突っ込んでくる。


「くっ……!」


 迫る白い巨体に、奴から見て左手側へ跳んで避ける。槍の反対側を位置取った。


 こいつは速い。だが、ただ真っすぐ突っ込んでくるだけなら……!


 狙うは左後ろ足。すれ違いざまに関節を狙う。


 だが。


「なっ」


 凄まじい破砕音がすぐ傍で響き、剣は空を切った。


 視界の端で、レフコースが槍を地面に突き立てている。わざとつんのめる様にして後ろ脚を浮かせ、斬撃を避けたのだ。


 否、それだけではない。急停止の勢いを逃さず、槍を基点に横回転。回避と共に放たれた、馬体による体当たりが繰り出される。


『精霊眼』の予知で強引に左腕の防御を間に合わせ、籠手で奴の身体を受けた。だが踏ん張る事も出来ず、盛大に吹き飛ばされる。


「う、ぁあああああ!?」


 ただの体当たりで、いったい何メートル飛んだのか。受け身を取る事も出来ず、奴が作った土の地面へと叩きつけられる。


 痛い……苦しい……!


 左腕の感覚が戻って来ると共に、激痛で視界が揺れる。


 しかし、吹き飛ばされながらでもこの『眼』は相手を捉えていた。故に、すぐにでも動かなければならない事を知っている。


 なんせ、奴の攻撃はまだ終わっていないのだから。


「右近!左近!」


 三好さんが指示を出し、2体のゴーレムがレフコースに刺股を突き出すも、こちらに駆けだした奴には当たらない。白蓮にいたっては、そもそも近づけてすらいなかった。


 ほぼ同時に進路上で突き出た石の杭。それも、怪物は槍の一薙ぎで蹴散らす。


 動かなければ、どうにか……!


 よろよろと立ち上がった自分に、もうレフコースはすぐ近くまで迫っていて───。


 赤い何かが、飛び込んできた。小瓶に書かれた文字を、無意識に読む。


 ……キャロライナ・リーパー?


『ブルヒィィィィ!?』


 レフコースの鼻先に当たり砕けた小瓶から散る、赤い粉末。


 悲鳴をあげて滅茶苦茶に槍を振り回す怪物の軌道がそれ、こちらの回避も間に合う。


「ありがとう、エリナさん!」


「いいって事よぉ!」


 援護をくれたらしい彼女に、大声で礼を言う。あいにく、顔をそちらに向ける余裕はない。


 あの化け物、怯んだのは3秒だけだ。


『ブルルル……!!』


 鬣の炎を激しく波打たせ、緩やかに弧を描いて走るレフコースが自分を、三好さんを、ゴーレム達を見る。


 エリナさんは、『透明化』で見えていないらしい。だが、はたして次も同じ手が通じるか?


 じっとりと、嫌な汗が背筋を流れる。


『逃げろ、2人とも!勝てる相手ではない、殺されるぞ!』


「逃げろ、たって……」


 背中を見せたら、その瞬間殺される。


 自分は、自分達はこの氾濫を甘く見ていた。レベルが上がって、知らないうちに驕っていたらしい。


 この化け物は、



『ブルルルルァァァアアアッ!!』


 チャンピオンよりも、強い!



 空中に次々と構築され、レフコースへと放たれる氷柱。矢継ぎ早に飛来するそれらを、怪物は防御すらせずに纏った炎で打ち消した。


 しかし、氷の槍は目くらまし。本命とばかりに、奴の真下で土が『へこむ』。


 突如現れた落とし穴に、しかしレフコースは動じない。簡単に跳躍し、自分目掛けてまたも突撃を仕掛けてきた。


「っ……!」


 迫る怪物の姿に、恐怖で肩が跳ねる。硬い唾を飲み込み、どうにか前へと踏み出した。


 直後、レフコースが吠える。魔力の籠ったその声に呼応し、奴の周囲に炎の槍が展開。射出される。


「このっ」


 飛んでくる炎を『概念干渉』で斬り払い、最後の1本を剣に纏わせて放り返す。


 だが、確かに胴へ叩き込んだカウンターはスルリ、と奴の身体に吸い込まれた。


『いけない、奴に炎は効かんぞ!』


「先に言え!」


 思わず怒鳴る自分に、炎の槍を迎撃していた間に構えていたらしい投槍が射出される。


 かなり近い距離から放たれた一投に、剣を盾にしながら横へ避けた。かすめる様に刀身とぶつかっただけで、腕から柄が離れそうになる。


「ぐぅ!」


 バランスを崩した自分の頭目掛けて、すれ違いざまに振るわれる横薙ぎの槍。それを視界に捉え、背中から地面に身を投げ出して回避した。


 ゴロゴロと転がる自分のすぐ傍を、白い馬体が通り過ぎて行く。


 一気に距離を離したレフコース。奴が槍を地面に突き立てながら、瞬時に方向転換をした。再度こちら目掛けて突撃を仕掛ける気である。


 その、ほんの僅かに速度が緩んだ瞬間。


 長さ1.5メートルほどの物体がレフコース目掛けて飛来した。


 先の小瓶と近い物かと警戒したのだろう。顔を遠ざけながら、奴はそれを槍で一突きにした。


 だが、それはキャロライナ・リーパーとは全くの別の物。50キロ規格の、『ボンベ』だ。


 入っているのが何かはわからない。ボンベに書かれている文字を見るより速く、グルリとレフコースを土のドームが覆ったのだ。


 漏れ出た中身を、逃がさない為に。そして、これから発生する衝撃を逃がさない為に。


「炎は効かなくても」


「爆風なら!」


 ───ドォォン……!


 ドームの中から響く、炸裂音。ボンベの中身が奴の炎が引火したらしい。


 流石は親戚と言うべきか、三好さんとエリナさんが成した即席の連携。普通の生物なら、これで死んでいる。



 だが、普通でないから『モンスター』などと奴らは呼ばれるのだ。


『ブルォォオオオオオオ!!』



 罅割れた土のドームが砕かれ、レフコースが飛び出してくる。相も変わらず、その双眸が見据えるのはこの身1つ。


 ゴーレム達が駆けつけるよりも、衝突は早い。いつまでも避ける事は出来ないだろう。ならばと、剣を腰だめに構えた。


 爆発で多少なりともダメージを受けているはず。なら、奴がそれを自覚する前に足を落とす!


 純粋な速度は互角。リーチはあちらが上だが、その分懐に跳び込めさえすれば───。


 瞬間、『精霊眼』が予知する。


 どうやっても、ここから剣の間合いに踏み込めない。その前に、頭蓋を槍で貫かれる光景を。



 このままでは、自分は死ぬ。



「ぁっ」


 踏み込む足が鈍り、それでも本能的に風を放出。身体を強引に動かす。


 斬りかかる事を放棄し、回避しようとした。だが判断が遅すぎたのだ。


 ずぐり、と。あまりにもあっさり黄金の穂先が右肩を抉る。そして、レフコースは思いっきり槍を突き上げた。


 一瞬で身体が空高くまで放り投げられ、停止。すぐに、落下する。


 落ちた先は、城壁の内側で道路わきに放置されていた車だった。屋根がひしゃげ、窓ガラスが砕け散る。辺りにアラームの音が鳴り響いた。


 けたたましい電子音の中、自分の名前を呼ぶ声が2つ、聞こた気がする。


 それが誰の声なのか、わからない。



「が、あああああああああ!?」



 自分のあげた悲鳴に、かき消されてしまったのだから。


 





読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。創作の原動力にさせていただいております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


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― 新着の感想 ―
すぐにチャンピオンの印象が消え去られるところはさすがボスモンスター
レフコース「勝ったッコミュ障完!」
オークチャンピオンに勝って調子に乗っていたらCランクのボスモンスターの壁は厚かったようですね。
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