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第三十三話 文章

第三十三話 文章





 辿り着いた『Eランクダンジョン』は、幸い人がそれほどいなかった。


 しかし、それでも駐車場は3割ほど埋まっている。これまでなら、もっと少なかったはずなのに。


 自分達の様に最初から『E』だった人達か、あるいは少し前ランクを上げたか……どちらにせよ、『E』ならもっと稼げると踏んでダンジョンへやって来たのだろう。


 何というか、変わったなぁ。


 そんな感慨を抱きつつも、いつもの様に準備を終えダンジョンへ。


 ゲートを潜った先は、石畳が敷かれた通路だった。


 天井は曲線を描いてアーチ型になっており、壁はボロボロながら元はしっかりとした石壁だったのが察せられる。


 通路の幅は一車線ほど。天井までの高さは4メートルほどと広い。


 だが、特筆すべきは天井の形ではなくその隣。


 ――チョロチョロチョロ……。


 道の横に、大きめの水路があるのだ。


 今立っている通路から3メートルほどの段差があって、そこに水が流れている。


 少しだけ濁った水が流れているだけで、水深は浅い。指を入れても第一関節までしか浸からないぐらい……と、ストアに書いてあった。


 自分が今立っている場所は、水路の点検にでも使われていたのか……なんて考えながら、自衛隊のつけた照明を頼りに周囲を見回す。


『この音、まさか京ちゃん君……!』


「んなわけないでしょう」


『大丈夫だ京ちゃん君。生理的に仕方のない時だってある……!』


「わかりました。水の音が聞きたいんですね?今度ポリタンクとタオルを持って行きます」


『心の底からごめんなさい』


「許します」


「強化尋問……現代の忍者……!?」


「違います」


 何故かたくなに僕を忍者にしようとするのか。これがわからない。


 エリナさんに警戒を頼んでから、『白蓮』の体を構築。ビー玉の瞳に、ここに出るモンスターの写真を見せる。


「準備完了しました」


『う、うむ。では探索を開始しようか』


「はい」


「おー!」


 幸い光源は自衛隊の物があるので、ダンジョン内部はかなり明るい。それでも段差で死角が多い分、注意が必要だ。


 歩き出してから30秒ほどで、自衛隊のペイントを発見。そこから更に1分ほど歩くと、エリナさんが小さく声をあげた。


「前の方から足音がする。数は3つ」


「了解」


『2人とも、人間かもしれないから気をつけたまえ。ここのダンジョンは広いので、そうそう他の冒険者と遭遇するとは思えんが……』


「はい」


 この前コカトリスのダンジョンで三好さんと2回も遭遇したので、今回も人と遭遇する可能性はある。


 人間とモンスターを間違えて攻撃、なんて事になったら目も当てられない。ここに来るまでにダンジョンへ行く人が増えたという話をしていたのもあって、ナイフへ手を伸ばすのが躊躇われた。


「大丈夫」


 しかし、斜め後ろからエリナさんの落ち着いた声がした。


「この足音は、人じゃないよ」


「……わかった」


 しっかりと、左手でナイフの柄を握る。


 すると、緩やかなカーブを描いていた通路の先から人型の影が現れた。


 しかし、エリナさんの言う通りそれは人ではない。


 白目のない真っ黒な瞳に、剥き出しの鋭い歯。首はなく、代わりにエラのある頭部。ぬめりを帯びた鱗は全身を覆っており、骨格こそ人に近いが手足の指の間には水かきがあった。


 ぎょろり、と。大きな目玉がこちらを向いた気がする。


『サハギン』


 一言で表すのなら『魚人』とも言うべき怪物が、三又の銛を手に自分達へ吠えた。


『ギャギャッ!!』


 それとほぼ同時に、ナイフと棒手裏剣を投擲。鱗を貫通したそれらに、赤い血を流して先頭のサハギンが仰向けに倒れた。


 塩に変わり始めたその骸を踏みつけ、後続の2体が得物を手に駆けてくる。


 それに対しこちらも踏み込みながら、刀身に風を纏わせた。相手が銛の間合いだと穂先を突き出す寸前、自分も剣を横薙ぎに振り抜く。


 切っ先は届かない。だが、纏わせた風が鱗に覆われた体を纏めて殴り飛ばした。


 鱗が割れ、その下の肉が潰れる。片方は壁に叩きつけられ、もう片方は後方に吹き飛ばされた。


 壁にぶつかった方は動かなくなり、吹き飛んだ方は痙攣だけしている。


 念のため前者は踏みつけてから剣を突き立て、後者の方はエリナさんが棒手裏剣で仕留める。


 流石に、今更『Eランク』の敵に手こずりはしない。念のため警戒はしつつも、力が上がっている事を確認し少しだけ剣を強く握った。


 3体とも塩に変わったのを見届けてから、ドロップ品のコインを回収していく。


『うむ。京ちゃん君の風も、威力が増している様だね。というか、今のでちょうど『LV:13』になったかな?』


「そうっぽいです」


 コインをエリナさんに渡しながら、イヤリングに答える。


『前回のボスモンスター戦で経験値がたまっていた様だね。何にせよ、おめでとう』


「おめっとさん!」


「ありがとうございます」


 ……何だかんだ、『LV』として分かり易く数字に出てくれるのは嬉しいものだ。強くなっている実感がもてる。


 そもそも、『LV』が具体的に何なのかもよく分かっていないが。


「私も今『10』だよ!一緒に忍の道を究めような!」


「あ、うん。頑張ってね」


「他人事!?」


 他人事だよ。忍者じゃねえんだよ。


 そんな会話の後、探索を再開。サハギンを倒しながら、暫く進む。


 途中出口近くにマーキングした後、続行。アイラさんの指示に従い、迷路の様な水路を歩く。


「あ、右の方から戦闘音がするよ」


『むぅ。では直進して、次の次にある十字路で右折しようか』


「はーい!」


 戦闘音となると、別のパーティーか。


 ボスモンスターにでも遭遇しない限り、昇格できた人なら苦戦はしないだろう。そう思いながら少し進めば、エリナさんが前方にサハギンを捕捉した。


「8メートルぐらい先。水路の段差の所で3体ぐらい隠れているっぽい。人の息遣いじゃないし、チラッと銛の先端が見えたから間違いないよ」


「了解」


 剣を構えなおし、小声で返答する。


 しかし、段差の下か。上は取れているが、そもそもここまで高低差のある敵と戦った経験がないので、少しやりづらい。


 念のため白蓮を先行させつつ、様子を窺う。


『ギャギャ!』


 敵が待ち構えているだろう位置に近づけば、3体のサハギンが中衛にいた自分目掛けて銛を突き出してきた。


「おお!?」


『精霊眼』の予知で軌道を予測し、ジャンプして回避。直後、棒手裏剣がサハギンの1体に直撃した。


 短い悲鳴をあげて仰け反る様に倒れるその個体。だが、たぶん仕留めきれていない。


 なおも1体が下から自分に銛を突き出し、もう1体は段差をよじ登ろうとしてきた。


 上がって来る個体を白蓮に妨害させつつ、銛を避けて自分も剣を振り下ろした。が、


「げっ」


 ガギン、と甲高い音をたて、切っ先が石畳に当たる。やっぱやりにくい!


 だったらと、段差の下に飛び降りる。水深も浅く、動きが妨げられる程ではない。


『ギョッ!?』


 顔面に棒手裏剣が突き刺さった個体が、銛をこちらに向けてくる。だが、それが突き出されるより先に顔面を左手で殴り飛ばした。


 首から上が潰れ、衝撃で壁に叩きつけられるその個体。すぐさま残る2体に視線を巡らせれば、下から突いてきていたサハギンはこちらに向き直り、登ろうとしていたのは顔に棒手裏剣が刺さった状態で白蓮に叩き落とされていた。


『ギャギャ!』


 奇妙な鳴き声と共にサハギンが銛を突き出してくるも、斜め前に出て回避しながら袈裟懸けに斬り捨てる。


 そのまま切っ先を1回転させ、残る1体に再度袈裟懸けの斬撃を叩き込んだ。銛でガードされるも、無理やり押し込んで切り裂く。


 武器ごと両断された死体が転がり、残心。壁を背に周囲を警戒するが、すぐに3体とも塩に変わった。


 取りあえずコインを回収していれば、上から声がかかる。


「京ちゃん大丈夫?1人で登れる?」


「ああ、うん。だいじょう……」


 特に考えず見上げれば、程よく肉がつきながらスラリとした美脚と、その奥にあるパンツ……に、見えてしまう黒いインナー。


 そして、前かがみにこちらを見下ろして『たゆん』と揺れた巨乳。


 白い絶対領域と少しハイレグ気味なインナーとか、豊満な乳房とかから全力で目を逸らす。網膜に焼き付いている気がするが、今は考えない様にしよう。


「大丈夫!すぐ登る!」


「……これ、インナーだよ?」


「わかったから!裾をまくらないで!」


 一足で段差を上がった自分に、エリナさんが首を傾げながら着物の裾をピラリとめくってきた。


 やめてください。動けなくなります。


『やめてあげなさいエリナ君。京ちゃん君が立ち往生してしまうぞ?そう『たつ』だけに!!』


「有栖川さん。そういうのやめてください」


『苗字呼び!?』


 残念女子大生の残念な発言に、どうにか意識を切り替える。


 ここはダンジョン。命懸けの職場。煩悩退散。ビークール、冷静になれ矢川京太。


「それで、次の十字路を右ですよね」


『ああ。君の友人、アイラちゃん21歳が保証しよう』


「ちゃんて」


『たん、でもいいぞ?』


「流石に厳しいのでは……?」


「おっす、パイセンちゃん!」


『エリナ君は素直で良い子だねぇ。末は教授か大臣だねぇ』


「ノン!末は忍の里の長だよ!!」


「うん。この話やめましょう。終わらない気がする」


 いつもの会話で、普段通りの思考に戻せた。ほっと安堵の息を吐く。


 もしかしたら、アイラさんなりの気遣いだったのかもしれない。


「ありがとうございます」


『え?エリナ君のインナーが拝めた事への感謝かい……?少しひくぞ』


「ちげーよ小指折れろ」


『折れろ!?』


「パイセンちゃん、十字路につきました!」


『あ、うん。じゃあ右に行ってくれたまえ。あと、やっぱちゃんは無しで頼む』


「おっす!」


 流石にアイラさんでも、『ちゃん』と年下に呼ばせるのはキツかったらしい。言う前に気づいた方が良いと思う。


 何はともあれ、暫く進んだ所でエリナさんが立ち止まった。


「あ、パイセン。言われていたの見つけたよ!」


『でかした』


 エリナさんが指さす先に視線をやれば、そこにはだいぶかすれているものの『文章』らしきものがあった。


 だが、読めない。自分では、1単語すらもわからない、何なら文字なのかも判別できない『文章らしき』ものである。


 英語でも、中国語でもない。もっと別の、未知の言語だ。


「これが、例の?」


『うむ。こちらでも撮影しているが、一応そちらでも記録を頼むよ』


「おー!」


 そう言って、エリナさんがアイテムボックスから大きなカメラを取り出した。


 周囲を警戒しながら、イヤリングに話しかける。


「これ、なんて書いてあるんですか?」


『さっぱりわからんよ。なんせ、地球上のどの言語とも異なるからね』


 さらっと、凄い事を言うアイラさん。だが、今更自分も驚かない。


 だってこれ、見つかったのはダンジョンが出来てすぐの頃だし。


 自衛隊や警察が各地のダンジョンに突入し、内部を調べた時。この様な未知の言語が多数発見されたのである。


 それは本であったり、看板であったり、今回の様に直接壁などに掘られていたり。ごく普通に使われている様子だった。


 当然世界中の学者さんが研究しているものの、解読できたのはごく一部。その内容が先日公開されたのだが、どうも事務関連の報告らしき物だったとか。


『在庫の木の板が不足しているので追加を送られたし』だとか、『地下水が噴出した為この先立ち入り禁止』とか。


 やはり、ダンジョンは元々何らかの知的生命体が使っていた施設ではないか、という仮説がこれまで以上に有力視されている。


 閑話休題。


 アイラさんがこのダンジョンを指定したのは、『何の加工も入っていないと断言できる写真』を彼女の研究室でも確保しておくためだとか。


 このダンジョンのドロップ品等は研究室に持ち込めないが、この文の写真だけで『10万』も貰える。


 本当にありがたい話だ。アイラさんから教授に交渉してくれたらしい。


 普段あれな言動の多い人だけど、頼りになる。


『有力なのは、この水路の管理に関する内容である可能性だろうね。この場所はどう見ても人工物だ。その上、水路を僅かに流れる水も淡水と海水が混ざったものらしい。いやはや、興味深いねぇ』


「そうなんですか……。ここ、やっぱ人がいたんですかね?」


『さて。知的生命体がいた可能性はかなり高いが、それが人間と呼べる存在かは不明だ。人の定義をだいぶ大雑把にして考えたとしても、それこそタコ型宇宙人みたいな姿かもしれんぞ?』


 笑い混じりに告げるアイラさんに、エリナさんがカメラ片手に報告する。


「パイセン、言われた通りに撮ったよ!」


『よろしい。では、ドロップ品集めに戻ってくれ。2人とも無理はしないように」


「おっす!」


「はい」



*     *     *



 それから約2時間半。50近いサハギンを討伐し、帰路についた。エリナさんの『五感強化』は敵の接近に気づくだけでなく、敵を探して仕留めるのにも非常に役立つのだと改めて実感する。


 討伐報酬は2人合わせて『5万円』。数が多かった事もあって、結構貰えたのは嬉しい。ここに研究室からの報酬も加わるので、懐は温かい。


 お金と言えば。


「そう言えばエリナさん。エリナさんは、自分の分のコインを売らないの?」


 自分はまだまだ素材が足りないので、材料になるドロップ品は暫く溜めるつもりだ。


 しかし、彼女もコインをどこにも売却せず、持ち帰るつもりらしい。


 駅に向かうバスに揺られながら、隣に座るエリナさんへと問いかけた。


「うん!ちょっとね、内容は秘密」


「はあ」


「でも楽しみにしていて良いよ!私は出来る忍者だからね!」


 エッヘンと、胸を張るエリナさん。彼女から目を逸らしながら、短く『そっか』とだけ答える。


 どうやら、彼女も何か作る気らしい。生産系のスキルは持っていないはずだが、何か伝手でもあるのだろうか?


「チラ……チラ、チラ」


「……どんな事に使うか、ヒントだけでも教えてもらえる?」


「ん~、ダメだよ京ちゃん!忍者は秘密道具を口にしないものだから」


『ちっちっち』と言いながら指をふるエリナさん。露骨に聞いてほしそうだったので尋ねたらこれか。


『京ちゃん君が乙女の秘密を暴きたいと聞いて』


「ストレートに人聞きが悪い」


『よろしい。ではゲームで勝ったらヒントを貰えるという形でどうかね、エリナ君』


「望むところだよ!」


「バスの中なのでお静かに」


「はーい」


『はーい』


 ……一瞬、エリナさんの唇に視線がいってしまったのは内緒だ。


 男性から女性には、流石にアウトである。というか自分に『指をあてる』なんて度胸はない。


 そんなこんなで、1回目の材料集めは終わった。まだまだ、先は長そうである。



 なお、この後『松尾レース』でエリナさんが10戦やって全勝した。マジかこの自称忍者……。






読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
色々な種類のサハギンが居るならば火魔法で炙ったら良い匂いしそうよね
普段は本気を出していなかった忍者!? 素手で殴って倒せるの見ると格下には急接近パンチの方が剣より確実で早そうw 剣をだすぶんを投擲時間にさらに費やしてもよさそうだしいっそ剣も投げてもいい……雑に扱っ…
ぎょぎょー、サハギンちゃんですねー、残念ながら倒すと塩になってしまうので食べられません。
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