第三十話 思わぬ遭遇
第三十話 思わぬ遭遇
五月も後少しで下旬に入るかという頃。雨はしとしとと降り注ぎ、空は灰色の雲に覆われている。
日曜日だというのに、この天気では街へ出る人も少ない。しかし、現代では家の中でも娯楽には困りはしないものだ。
1人優雅に読書をするも良し。オンライン対戦で友人と遊ぶも良し。勉学に励み己を磨くのも、ゆっくりと身体を休めるのも良いだろう。
そんな休日に、自分は何をしているかというと。
「ダンジョンの、時間だあああああああ!!」
「声がでかい」
今日も今日とて、ダンジョンである。もう自分が外に出る理由って、学校かダンジョンの二択に思えてきた。
いや、流石にそんな事はない……ない、よね?
思い返すと、花のゴールデンウイークですら外出はダンジョンか『Dランク』への昇格試験だけだった気がする。
……青春って、どこにあるんでしょうね?
い、いや。部活動やバイトも青春と言うのなら、冒険者業もまた青春。きっとそう。部分的にそう。
ダンジョンストアの駐車場で、自分にそう言い聞かせた。
「どったの、京ちゃん。具合悪い?」
「え、いや、べつに」
桃色の着物に紺の袴姿という出で立ちで、エリナさんがこちらを覗き込んでくる。自分の傘と彼女の和傘がこつりとあたり、咄嗟に1歩ひいた。
『察してやりたまえエリナ君。おおかた、青春とは何かを考えていたのだろう』
「な、なんで!」
『わかるとも……灰色の青春を送った先達だぞ、私は!』
「なんて悲しい説得力……!」
『だから私から京ちゃん君に送れる言葉は1つ!……妥協って、大事だぞ?』
「唯一の言葉がそれはどうなんですか!?」
「んー、でもさ」
エリナさんが再び傘をくっつけながら、拳を軽く突き出してくる。
「私達と一緒に『冒険』するのも、十分青春じゃない?」
太陽みたいに笑う彼女に、思わず視線が泳ぐ。
催促する様にもう少し前へ出た拳に、こちらも握り拳を軽く合わせた。
「いえーい!今日も頑張っていこー!」
「お、おー……」
『うんうん、青春だなぁ。………悲しみと妬みで吐きそうなんだが、どうすればいいと思う?』
「……なんか、すみません」
「パイセン!パイセンも仲間だよ!私達の中に入っているからね!!」
『エリナ君……!いいや、心の友よ……!』
「ん?私とパイセンは友達じゃなくって家族だよ?」
『……友達が、減った!?』
「あの、いい加減中に入りませんか?」
小雨とは言え、雨の下で何をやっているのだろうな、僕達は。
* * *
多少のアクシデントこそあったものの、いつも通りゲートを潜る。
足元が突然消えてしまった様な、不思議な感覚。直後、足裏に柔らかな感触が伝わって来た。
視界に跳び込んで来た景色は、9割ほどを緑色が占めていた。
元は石畳が敷かれていたのだろう床も、レンガが積まれていた壁も苔に覆われてしまっている。他のダンジョンでも見た光る花が所々から生え、窓のない迷宮の中を照らしていた。
漂う空気はどこか青臭く、天井を見上げれば蔦に覆われているのがわかる。ダンジョン全体が、植物に覆われているのだ。
通路の幅も、天井の高さもある全体的に広い通路。壁の所々が崩れて人が余裕で通れる程の大きな穴が出来ており、更に内部を複雑化させていた。
そして、天井どころか気温までもがやや高い。外は湿気こそ強いが20度前後だったのに対し、この中は30度近いのではないか。
花々が発する光の強さもあって、季節外れ感が強い。まるで、ここだけ夏の様である。
だが、まあ。幸いな事にこの体は驚くほど頑丈だ。『暑い、寒い』はわかるが、大概の温度なら大した問題にならない。この気温で『魔装』を着て戦闘をしても、大した体力の消耗はないだろう。
むしろ、不安なのは相方だ。彼女は自分と違い、疲れ知らずなわけではない。
「エリナさん、大丈夫そう?少し暑いけど」
「もちのろんだよ!」
「なら、今回も警戒をお願い」
「おっけまる!!」
相変わらずテンション高いなこの人。
内心でそう呟きつつ、『白蓮』を起動。床の石畳を削り、ゴーレムボディを形成する。
……なんか、床が苔まみれなせいで白蓮の身体まで苔がついてしまったな。まあ、機能に問題はないし、いいだろう。
「お待たせ」
「ううん!今来たところ!」
「……もしかして、青春っぽくしようとしてくれている?」
「ざっつらいとぉ!!」
「あ、うん。ありがとう……?」
「いいってことよぉ!」
『さて。2人とも、そろそろ探索といこうか』
「はーい!」
「はい」
思考を切り替え、深呼吸をしてから剣を抜く。
足元は苔で柔らかいが、踏みつけても滑らない。まるで、石畳の一部みたいだ。いや、そもそもこれは本当に『苔』なのだろうか?もしや、人工芝に近い?
ダンジョンは植物までも、未知の物が多い。毒が確認されていなかろうと、素手で触れようと思えない物ばかりである。
慎重に前進を開始し、1分ほど。壁の苔が削られ、剥き出しになったレンガの壁が見える。そこに、自衛隊の黄色いペイントがされていた。
「アイラさん、『5-B』です」
『わかった。ではそこから』
「待って」
静かな声で、エリナさんが会話を遮って来る。
彼女がそうしたという事は、
「前の方。突き当りの角から何か近づいて来るよ」
敵という事だ。
右手で剣を握り直しながら、左手はナイフの柄にかける。
「数は1体。たぶんあっちも私達に気づいてるよ」
「了解」
そんなやり取りをした直後、10メートルほど先にある曲がり角からぬるり、と怪物が姿を現した。
黄色く鋭い嘴。ギョロリとした大きな瞳に、全身を覆う焦げ茶色の羽毛。
丸太の様に太い脚には、ナイフの様に鋭い爪が生えている。馬の様に大きな体と、深紅の鶏冠はまるでこの怪物が『王』であるかのような風格を与えていた。
『ゴッゲゴッゴォオオオオ!!』
巨大鶏……じゃなく、『コカトリス』こそこのダンジョンを徘徊するモンスターである。
奴はこちらを視界に捉えるなり、猛スピードで突っ込んできた。その突撃に対し、ナイフと棒手裏剣が飛ぶ。
自分が投げたナイフの方は、厚い羽毛に阻まれ碌に刺さらなかった。しかし、棒手裏剣が奴の右目を抉る。
『ゴォ!?』
悲鳴をあげ仰け反ったコカトリスに、剣を腰だめに構えて接近。直後、奴の胸辺りが『ぼこり』と膨らんだ。
『ゴッゲェエエ!!』
怒りの咆哮と共に放たれる、紫色のガス。ストアの情報曰く、アレは神経毒の類だとか。ようは『麻痺毒』である。
非常に危険であり、非覚醒者が浴びれば即死。覚醒者でも暫く動けなくなる。
だが、自分には関係ない。
纏っている風で押し流し、踏み込む。ガスで覆われた視界の中、高速でこちらに伸びるものがあった。
コカトリスと言えば、鶏の身体と『蛇の尾』である。
『シャァッ!』
ピット器官をもつ大蛇が、『呪詛』を溜め込んだ牙を剥き出しに噛みついて来た。アレに噛まれると、石化の呪いがかけられるとか。それが目くらましの中迫るのだから、質が悪い。
だが、視えている。開かれた口に刃をさし込み、そのまま一閃。上顎を斬り飛ばした。
『ゴッケェ!?』
動揺しこちらを振り向くコカトリスだが、もうガスは散っている。
その首に鍵縄が巻かれ、前のめりに引き倒された。
『ゴ、ゴォ……!』
奴が視線を向けた先には、縄の先端を握り引っ張る白蓮とエリナさん。
強靭な足に力を入れ体勢を立て直そうとするコカトリスだが、その前に自分が首を刎ねた。
引っ張られていた頭が飛んでいき、壁にぶつかる。そして、すぐに塩となった。
……けっこうグロい。
塩に変わるから変に罪悪感を抱かずに済むけど、大きさ以外は普通の鶏まんまだと化け物感が薄いので絵面が……。
戦闘中は、全体的に怪物な見た目だからいいのだが。頭だけだとなぁ。
そんな事を思いつつ、塩の中からドロップ品を取り出す。
「アイラさん、これですか?」
『うむ。それが今回集めてほしい物だよ』
白蓮の胸に貼り付けた鏡越しに確認してもらったのは、一見ただの石である。大きさは掌からはみ出る程度で、横に長い卵みたいな形をしていた。
正直、ここが苔と石畳のダンジョンではなく、河川敷みたいな場所だったらそこらの石と見分けがつくか怪しい所である。
いや、一応魔力を帯びているから、この『眼』ならわかるが。
『割ると特徴的でね、まるで卵の黄身みたいに断面が黄色いのさ。すぐに酸化してしまうのだが、興味深いとババ様の知り合いが欲しがっているんだよ。あ、卵型だが孵化しないのは確認済みさ!』
「はあ、そうなんですか」
教授のお知り合いからの依頼らしい。そもそも、教授ことアイラさん達のお婆さんとも自分は面識がないのだが。
まあ、高く買ってくれるのなら文句はない。
『1つにつき5万は出すと言っていたそうだよ』
文句はないな!
取りあえず20体ぐらい狩ろう。そう、捕らぬ狸の何とやらをしていると、エリナさんが鋭い声を飛ばしてきた。
「京ちゃん、もう1体くる。そこの壁の穴」
「了解」
すぐに剣を構え直しながら、左手を空になったナイフの鞘にかざす。
数秒で再構築し、すぐ投げられる様に柄を掴んだ瞬間。コカトリスが崩れている壁の穴から顔を突き出した。
すぐさま抜き打ち様に投擲しようとし───。
『ゴッゲェ!?』
コカトリスは、こちらを一瞥もせず穴の向こうに顔を引っ込めた。
え、逃げた?
「あれ?この音って」
エリナさんが疑問符を浮かべるのをよそに、剣を両手で構えながらゆっくりと穴の方へ。
そこで、自分にも変な……というか、『別の足音』が聞こえて来た。
───ドス!ドス!ドス!
苔むした床を踏みしめる、2つの重い足音。石と樹木で出来たゴーレム達が、大盾を構えてコカトリスに突撃しているのだ。
怪物がその迎撃に毒ガスを吐くも、ゴーレムには無意味。コカトリスはすぐさま翼を広げて跳躍し、足の爪で襲い掛かるが盾で防がれた。
そのまま、刺股が怪物の2つの頭を押さえる。先端についた氷の棘が、鶏と蛇の頭を凍てつかせた。
「……大地よ」
動きを止めたコカトリスの身体を、真下から突き上げた石の槍が貫いた。
幾本も伸びたそれが、奴の血で赤く染まる。滴る血もすぐに塩へと変わって、床に広がった。接敵からあっという間の出来事である。
ゴーレムが数歩ひいた所で待機し、塩の山に歩み寄る人影が1つ。
女性としては長身の身体をすっぽりと覆う、青い外套とフード。その下には深緑色のワンピースと、腰に巻かれた茶色いベルト。
手には太い樹の根が2本絡み合った様な杖を持っており、先端には緑と青の宝石がついている。
いかにも魔法使いという出で立ちをした、美しい女性。その顔を、自分達は知っている。
彼女もこちらに気づいた様で、そのエメラルド色の瞳を大きく見開いた。
「三好、さん……?」
「な、なんで貴方達が……!」
「先輩だぁ!!」
困惑する自分に、唖然とする三好さん。そして、満面の笑みを浮かべながらイヤリングをアイテムボックスに投げ込むエリナさん。
三者三様のリアクションをしながら、ダンジョン内で奇妙な再会を果たす事になった。
『ひゅっ……』
もう1人、鏡からこちらを見る彼女が息を飲む音が、イヤリングから聞こえた。
読んでいただきありがとうございます。
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