閑話 ダンジョン庁のマラソン大会
閑話 ダンジョン庁のマラソン大会
サイド なし
これは『覚醒者対抗、マラソン大会』の開催に向けて動いた、とある職員達の記録である。
東京霞ヶ関、中央合同庁舎にあるダンジョン庁のフロア。
今回も部屋の隅に設けた会議スペースで、職員達は難しい顔で話し合っていた。
「ネット上、電話等でとったアンケートですが、元スポーツ選手を始め覚醒者にかけられた制限に対しての反発は日に日に大きくなっていますね」
「各種掲示板を巡回しましたが、かぁなりストレスがたまっているみたいです。もう爆発寸前ですよ」
部下達の言葉に、部長が眉間に深く皺を寄せたまま自身の口元を片手で覆う。
「……やはり、覚醒者を集めたスポーツ大会を開くべきか」
「ですが、それってうちのやる事なんですか?スポーツ庁の管轄だと思いますが」
タブレットを持った部下に、部長が首を横に振る。
「そのスポーツ庁長官から直々に言われてな。覚醒者関連は、うちの管轄となった」
「何か起きたら、うちの責任って事ですか」
その言葉を否定する事なく、彼は続ける。
「しかし、これは我々が主導で動けるという事でもある。覚醒者専用の大会を開く事に関して、意見のあるものは」
反対意見は上がらず、会議は進む。
「やるとして、いったいどんな競技にしますか?」
「ボクシングや柔道みたいな、直接戦う様な競技は絶対ダメでしょ。覚醒者同士でそんな事をしたら、間違いなく人死にが出ますって」
「障害物競走はどうでしょうか?かなり見栄えがいいと思うのですが」
「いや、だが参加する覚醒者には冒険者として、レベルを上げている者もいるだろう。基準をどこにするか、わからんぞ」
「その前にレベルごとで階級を分けるというのは?覚醒者と一括りにしても、ピンキリは激しいです」
「待て。それだと日程や予算が膨れ上がるぞ。我々にそこまでの余裕はない」
「覚醒者が走るとなると、場所も必要です。陸上競技場を1つ使ったとしても、まだ狭いかと」
「……場所なら、私に考えがある」
部長がそう言って、机に置いていたタブレットを操作した。
「現在日本には約500のダンジョンが存在する。そして、ダンジョンのゲートから2キロ圏内は避難区域だ。そこには、一般人は居住していない」
「まさか、ダンジョンの周りで?」
「ああ。中には複数の避難区域が接触している地域もある。該当する場所に印をつけたから、各自確認してくれ」
部下達がそれぞれ自分の端末を手に取り、ゲートの分布が載った地図を開く。
「……見つけました。埼玉県に、3つのダンジョンがごく近距離に出現した地域があります。それと、1キロほど離れてもう1つダンジョンが」
「他の候補地も探すが、それが最有力か」
「危険では?ダンジョンの氾濫があるかもしれません」
「この3つのダンジョンは全て『F』ランク。1つはマタンゴだ。氾濫の兆候もない。自衛隊……いや、民間の冒険者に『クエスト』という事で大会前に間引きを行ってもらう」
「それでも幾らか批判は来そうですけどねー……」
「しかし、3つ、あるいは4つの避難区域を使うとして、元々の土地の所有者への連絡はどうします?」
「そこまでの許可は必要ないだろう。あくまで使うのは道路のみだ。万が一家屋へと損害が出た場合、過失か否か判断したうえで当該の覚醒者かうちが補填する」
「これ、国土交通省が許可出しますかね。下手したらスキルで道路が破壊されるんじゃ」
「あ、そこの交渉は私が。同期が交通省にいます」
「わかった、君に任せる」
「他にも警察と県庁、該当の市と付近の市町村にも連絡と許可が必要かと」
「あ、埼玉県庁の方なら私が」
「該当の市と周辺市町村との交渉は自分がいきます」
「なら、警察へは私が担当します。古巣ですので、伝手はあります」
「冒険者がかなりの数動く可能性もあるので、一応防衛省にも事前に言っておく必要がありますかね?」
「だな。私が言いに行こう」
そこからも会議が進み、内容がつめられていくのだが……。
「……駄目ですね。諸々の交渉が上手くいったとしても、『予算』が足りません」
タブレットを持ち、計算していた職員が頭を掻く。
「シンプルに競技内容を走るのみとしてもか?」
「レベルや種族による区分なし。男女は流石に分けるとして、それでもやっぱり予算が足りないですね。それも、少しじゃありません。かなり足りないです」
「他の業務もありますし、そっちに予算も必要ですからね……」
「ダンジョン関連は、いくらお金があっても足りません」
部長を含め、全員が頭を抱える。
予算。このたった漢字2文字こそ、正直な話ダンジョン庁最大の敵であった。
元々新設された庁である上に、議員達もここと関わるのを嫌っている。氾濫が起きる度に責任を追及されるのだから。予算会議等でも、優遇される事は少ない。
それでも、ダンジョンの増加等の理由から来年度の予算は増額が見込まれている。だが、今必要なのだ。
「……いっそ、企業に寄付を呼びかけますか?」
「なに?」
部下の1人が発した言葉に、部長の片眉が跳ねる。
「それは……いや、悪くない。続けてくれ」
「はい。今回の主な目的は元スポーツ選手の覚醒者のガス抜きですが、現在ドロップ品の一部販売自由化で『冒険者自体の需要』が高まっています」
「ああ、『沢山ドロップ品を確保できる人材』をどこの国や企業も探していると」
「そういった団体から、資金を寄付してもらえないでしょうか。この大会は、彼らにも大きなメリットがあります」
タブレットを持った職員が手を叩いて納得し、発言した職員が力強く頷く。
だが、ノートパソコンを抱えた職員が首を横に振った。
「しかし、それは覚醒者の海外流出を後押しする事になるのでは?それに、あまり国内の企業や団体が武力を持つのは治安の悪化が懸念されます」
「だが、元より管理できていない。我々の手には余っている状況だ。海外からの引き抜きに関しても、同じ事だろう」
「それ、僕達が言っちゃっていいんですか?」
部長の言葉に、タブレットを持った職員が苦笑を浮かべた。
「無論、言ってはならない事だ。しかし、取り繕う事もできない。我々がするべき事は、ダンジョン被害を減らす事と、覚醒者の犯罪を防止する事だ。その為なら、許容すべきデメリットだろう」
「……わかりました。ですが、警察庁にも話を通しましょう。それも私が行きます」
「ああ、頼んだ」
「あのぉ」
深く頷いた部長に、別の部下がおずおずと手を挙げる。
「どうした。何か意見が?」
「大会を放送するにあたって、『覚醒者の身体能力やスキルの強さ』を強調する様に解説や実況をお願いする事って、出来ますかね」
「理由は?」
「最近、覚醒者に対する虐めが増加しています。特に、元々教室では目立たない子が覚醒した場合に多いようで……」
「あー。出る杭は打たれますからね、ほんと」
タブレットを持った職員が、実感のこもった様子で頷く。
「つまり、覚醒者の力に関して注意喚起をしたい。という事か?」
「はい。迫害じみた対応を助長するかもしれませんが、暴発を招くよりはマシかと……」
「ふむ……」
顎に手を当て、部長が考え込む。
「……わかった。しかし、あまり過度な実況等は出来ない。かなりバランス感覚が必要になる」
「ある程度の原稿は用意するのと、伝手を頼ってアドリブが上手い人を探してみます」
「そうしてくれ。私の方でも当たってみよう」
そう言って、部長は手を叩いた。
「全員、こういった形で大会をやっていく。割り振りを行うから、各自」
「あ、その前に」
ノートパソコンを持った職員が、小さく手を挙げる。
「この大会の名前はどうしますか?各省庁に連絡するにしても、名前がないと不便です」
「そうだな……」
部長は数秒ほど考えた後、顔を上げた。
「とりあえず、『覚醒者競合、マラソン大会』でいいんじゃないか?」
「シンプルですね」
「面白み0っすね」
「だろうな。まあ、この名前は仮だ。もっといいネーミングが出てきたら、そちらに変更しよう。では、改めて割り振りを行う。いいな」
「はい!」
そうして、彼らは動き出した。
* * *
様々な問題に直面しつつも、大会の開催までこぎ着けたダンジョン庁。他の省庁の妨害と手助けを受けながら、遂に彼ら彼女らは成し遂げた。
結局、大会の名前は変わらず……というより変える暇はなく、『覚醒者競合、マラソン大会』は終了。
打ち上げでもやりたい気分だったが、職員達にそんな暇はない。協力してくれた各省庁や、『寄付』をしてくれた企業へのお礼の手紙や電話。
他にも各種書類の処理や事務手続き、大会参加者へのアンケートの実施、津波のようにかかってくる電話への対応……等々、やる事は多い。更には通常業務も残っている。
それでも、大会直後の会議は和やかな雰囲気だ。
「いやぁ、上手くいきましたね。視聴率もかなりのもんですよ。特に女子の部」
「そうですね。……視聴率の差については、思う所がありますが」
タブレットを持った男性職員がケラケラと笑い、隣の女性職員が苦笑を浮かべる。
覚醒者というのは、美形が多い。肌や髪の艶が良くなるのもあるが、それだけではない。『魅力的な雰囲気』とでも言えば良いのか、とにかく見栄えが良いのである。
そこにエルフやハーフエルフなんかも加わると、かなりの華やかさとなるのだ。
美女や美少女が集団で、それも人外の速度で走る光景というのはそれだけで絵になるものである。
無論、男性もそうだったのだが……数字に結構な差がついていた。
「まあまあ。別に変な意味だけじゃなくって、ラストスパートの競り合いも影響大きいですよ」
「それもそうですね」
「まるで青春漫画の一幕みたいでしたよ」
「ああいう学生時代を送りたかったなぁ……」
「あれは見ごたえがあった……娘が同じぐらいの歳だから、思わず目頭が……おほん」
部下達の生温かい視線に気づき、部長がわざとらしく咳払いをする。
「とにかく。大会の開催、皆ご苦労だった。だが我々の仕事は終わっていない。各自、気を引き締め直す様に」
「はい」
「だが、その前に各企業や団体の反応の報告を頼む」
「はい。寄付をくださった各企業、及び団体は既に勧誘へ動いているようです。特に男女それぞれの10位以内のメンバーに接触を図っている様ですね」
「一部の企業からは、資金提供の見返りとして参加者の個人情報が求められていますが」
「私から丁重にお断りするので、後でリストをくれ。あれはあくまで『寄付』だ。これ以上の見返りなど求められても困る」
「わかりました」
「一応参加者の情報はオフラインで保存していますが、念のためハッキング等の対策を強めておきますね」
「頼む」
「それと……ネット上ではありますが、覚醒者を危険視する声が増えていますね。これが畏怖にいくのか、迫害にいくのかわかりませんが」
「覚醒者側でも、若干自身の力を誇示する書き込みが増えています」
「動向を注意深く観察してくれ。不穏な兆候があったら報告を」
「はい」
「わっかりましたー」
「では、各自それぞれの仕事に取りかかってくれ」
「はい」
いつも通り、やや早口な会議が終わる。
そんな中で、タブレットを持った男性職員が部長に小声で話しかけた。
「部長。例の女子の部2位の子ですが……」
「一致したか?」
「断言はできませんが、噂されている『大剣使い』とやはり特徴が似ていますね」
『大剣使い』
ドラゴンが町を襲い、火の海に変えた惨劇で。
亡霊達が溢れ出し、人々を襲った悲劇の中で。
一般市民を助ける為、奮闘した3人組の少女達。そのうちの1人が、『小柄ながら体躯に見合わぬ大剣を使っていた』と目撃情報が多数出ている。
現地にいた人々への聞き込みから作成した似顔絵と、防犯カメラに映った後ろ姿。それと、今回2位だった少女が似ているのである。
「参加者リストと、ダンジョン庁の冒険者リストを比較して既に名前と住所は判明しています。どうしますか?」
反対側から、ノートパソコンを抱えた女性職員が話に加わる。
「……今はまだ静観だ。感謝こそすれ、追求する理由はない。だが、不審な人物が接触しないか注意してくれ」
「はい」
「わかりました」
ダンジョン庁には、今日も夜遅くまで明かりがついていた。
読んでいただきありがとうございます。
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