第二十九話 インドア派な冒険者
メリークリスマス!
なお作中は5月なのでクリスマス要素は皆無です。
第二十九話 インドア派な冒険者
矢川家が停止した日。もとい、ガチで100万円振り込まれていた事が発覚した日の翌日。
未だふわふわした気分のままだが、朝は来るし学校にも行かねばならない。
普通ならバスか自転車を使う距離ながら、今の身体なら途中軽く走れば普通に間に合う。走ると言っても、非覚醒基準での話だが。
両親がオーク共に殺されるかも、となった時こそ街中で全力疾走したがそれは緊急時ゆえ。普段ならそんな事出来ないし、人通りの多い道でなどもってのほかだ。
覚醒者、それも戦闘型の全力疾走など、歩道をバイクが走る様なものである。
そんなわけで、傍から見ればせかせかと。自分的にはのんびりと通学路を進む。
だがまあ、報酬の金額で浮ついた気分でいられたのは下駄箱につく頃まで。
周囲に増えてくる、友人同士で楽し気に話す声。あちこちから聞こえてくる笑い声が、自分を嘲笑っているのではと不安になる。
ただの勘違いだと理性ではわかっているのだ。そもそも、己にそんな注目は集まっていない。誰も、自分に興味などないのだから。
それでも、勝手に傷ついて視線を下に向けてしまう。我ながら情けないと、廊下を進む足は少し速くなった。
いつもと大差ない時間についた教室に、小声で挨拶しながら入る。当然、いつもの様に返事はない。教室の喧騒を聞きながら真っすぐ自分の机に向かい、席について荷物を置く。
顔を上げず、スマホを取り出した。うちの学校は、授業中にさえ弄らなければスマホの持ち込みは自由である。
アプリゲーは教室でやって変な目で見られたくないから、適当にニュースサイトを冷やかすだけ。
そうして時間を潰していると、少し変わった記事を見つける。
『覚醒者対抗、マラソン大会』
……これはまた、妙な大会が開かれるものである。
* * *
『ああ、それはダンジョン庁が企画した大会だね』
放課後、『松尾レース8』をしながらアイラさんがそう教えてくれた。
「ダンジョン庁がですか?あそこって、そういうイベントの企画もするんですね」
『まあ、彼らの仕事には覚醒者関連の事も多いからね。その一環だろう。ガス抜き兼、品定め……それと注意喚起かな?』
「……ああ、なんとなく理解しました」
『隙有りだパイセン!!』
『ぐわああああああ!?』
エリナさんの投げた酒瓶が直撃し、蛇行運転を開始するアイラさんのキャラ。まあそれはどうでもいいとして。
『ガス抜き』に『品定め』、『注意喚起』。どれも納得できる理由である。
覚醒者は、色々と制限が多い。それこそ、体育の授業やスポーツの公式戦の参加不許可など。
自分は元々運動が好きな方ではなかったが、スポーツに力を入れていた覚醒者は現状に大きな不満を持っているだろう。
それを、この大会を通じて少しでも発散させようと言うのだ。……犯罪に走らせる前に、地面を走らせようというのである。
まあ、スポーツマンの望んだ様な大会になるかわからないが。なんせ覚醒者なので。走る練習より、レベルとステータスがものを言う……かもしれない。
そして『品定め』というのも直球の意味だ。在野の才能ある覚醒者を、どこも見つけ出したいのである。
走りだけで戦闘能力やどんなスキルを持っているかなんてわからないが、脚力や体力は『ダンジョン探索』において非常に重要だ。
それに、軽くルールを読んだが『他の走者を妨害しない』範囲なら一部スキルの使用も許可されている。そう言う点でも、品定めには良いだろう。
最後に、『注意喚起』は……あまり考えたくないが、『覚醒者が暴れた場合の危険性』を世間に知らせる為か。
自分ですらも、『LV:1』の段階で人を容易く殴り殺せたと思う。それこそ、1撃で。
前に、ネットの掲示板で覚醒者をヒグマみたいなものだと称した人がいた。こと身体能力においては、間違ってはいないだろう。
それが、一桁のレベルであるのなら、と。注釈がつくが。
ダンジョンで経験を積み、『LV:10』以上になった覚醒者の身体能力はクマ以上である。今の自分ですら、アイラさん曰く『グリズリーを素手で捻り潰せる』らしいのだから。『LV:20』とかの人は、どのぐらい凄いのか想像もつかない。
で、ありながら、どうも覚醒者への『虐め』や『迫害』が増えているらしいのだ。
後者は、わかりたくないがまだわかる。しかし、前者の方は洒落にならない。学校や会社で、ヒグマを素手で殺せる様なのを暴れさせるつもりか?
怖がられたいわけではないけど、虐めにあうのもごめんである。線引き……と言うと、かなり抵抗があるが。
覚醒者も非覚醒者も人間なのだから、理性的に接したいものである。現代社会には、言葉というコミュニケーション手段があるのだから。
そのコミュニケーション手段、やたら扱うのが難しいけども!
『京ちゃんも隙有りぃいいいい!』
「はい『霊体化』」
『ぬうううううううん!!』
松尾レースにあるアイテムの1つ、『霊体化の札』。一時的にキャラを半透明にし他キャラからの攻撃をすり抜けさせ、なおかつ別キャラのアイテムを1つ盗むものだ。
テ●サ?ちょっと何のことかわかんないっす。
『京ちゃん君……君、教室だけじゃなくこの場でまで空気になるのかい!?』
「アイラさん」
『うん』
「僕の牛車には、今牛糞があります」
『理性的に話し合おう。私達は同じ人間なのだから』
きっと、お互いキラキラした笑顔を浮かべているのだろうな……。
「地獄に堕ちろ」
『ちくしょおおおお!ちぃぃくぅしょおおおおお!!』
滑り台の様なコースでジャンプしたタイミングで、アイラさんのキャラを牛糞で撃墜。
理性的に話し合おう?それが出来たら戦争なんざ起きやしねぇ!
さあ、立ちはだかる者はいない。このまま大ジャンプからのゴールだ!
『ごめんあそばせ!!』
「は?」
後ろから猛スピードで突っ込んで来た牛車により、ジャンプ直前で自分のキャラが奈落の底に。
デフォルメされた安倍晴明に引き上げられながら、ゴールに到達したエリナさんのキャラを見る。
「や、やりやがったぁ!?」
『おーっほっほっほ!これが忍者の力でしてよ!!』
『おのれ京ちゃん君!こうなったら君と私でドベのワンツーだ!!』
「お、おのれぇえええ!!」
ひたすら牛車同士をぶつけてアイラさんが進路妨害をしてくる。自分達を次々と別のキャラが追い抜いていった。
「あ、あんた達の血は何色だぁ!?」
『無論、君と同じ赤色だが?』
あ、見なくてもわかる。アイラさんがめっちゃドヤ顔しているのが。
この後もう1戦やって、互いに牛糞スナイプし過ぎて下から3枠独占した。
* * *
『それで、参加するのかね』
「あ、部屋作るんですか?どのゲームです?」
『いや、そっちではなく例の大会だよ。ダンジョン庁の』
「ああ」
素で忘れていた。あったな、そんなの。
「参加しませんよ。絶対」
固有スキルを隠す為……以上に、出たくない理由がある。
『そうだな。私も君もインドア派だものな!』
「僕はアイラさん程じゃないですけど……!?」
そもそも、こういうマラソン大会とか嫌いだし。
見る分には別に良いのだ。それなら好きでも嫌いでもない。だが出場するなら別である。ただ走るだけの何が楽しいのか。
あと、単純に注目されたくない。出る杭は打たれるのがこの国である。
『しかし京ちゃん君、良いのかね』
「何がですか?」
『そうだぞ!もしかしたら友達作るチャンスかもだぞ!』
「いや、それは、その、またの機会に……」
こういうのに出場する体育会系な人と、上手く付き合っていける気がしないし。
『友達なら、既に私達がいるからな!!』
「え、あ、はい」
『なんで間があったのかな?教えてくれ、京ちゃん君。なんで、一瞬躊躇したんだい?』
「……なんでもないでぇす!!」
『そうだよね!私達友達だよね!』
声がここまで裏返ったの、いつぶりだろう……。
『なに。私が言いたいのは、賞金の方だよ』
「賞金ですか?そういえば、幾らか貰えるんでしたっけ」
どうせ出ないと、ルールを流し読みしただけで終わったからそこまでは知らない。
でもまあ、せいぜい1万円とか、何かの旅行券とかそんぐらい───。
『100万円出るそうだぞ』
「 」
ダンジョン庁……そんな金あったんだ……。
「いや、まあそれでも出ませんけどね。大会に出るぐらいならダンジョンに行きます」
『私としては嬉しいが、君も中々筋金入りだねぇ』
「大きなお世話です。というか、エリナさんは出るんですか?」
『おいおい京ちゃぁん。何を言っているのさぁ』
イヤリング越しに、エリナさんのため息が聞こえる。
『忍者が公の場で目立っていいわけないでしょ?』
「普段の言動思い出してもらえますか……?」
あとあんた自称だろうに。
* * *
などという会話があったが、そもそもエントリー期間はとうの昔に過ぎ去っていた。
だって、開催日土曜だし。今週の。
いやぁ。開催日を伝える宣伝を見るまで、存在すら知らなんだ。やだ、もしかして僕アンテナ低い……?
リビングのテレビで、覚醒者達が走っているのを眺めながらスマホでアプリゲーをやる。父さんと母さんは買い物だ。
素材集めに周回しながら、チラチラとテレビの画面を見る。
何というか、思っていたよりも地味な絵面だ。覚醒者の脚力もあって、参加者は皆速い。
しかし雷が出たり、炎を吹きだしたりする人は稀。大半が普通に走っている。
それでも、人間が時速100キロ近くを平然と出して40キロ以上の距離を走るのは、ある意味見ごたえがあるのかもしれない。
実際、実況や解説の人のテンションも高いし。ただ、事故等を危惧してか道路わきの歩道にギャラリーはいないけど。お巡りさんやスタッフぽい人がチラホラいるだけだ。
だが、終盤も終盤になって『映え』が変わる。
可憐な少女達が、首位争いをしているのだ。
いかにもなスポーツマンらしい大人達を振り切って、デッドヒートを繰り広げる2人の少女。歳の頃は、どちらも自分とそう変わらない様に見える。
片方は、小柄ながら出るとこはしっかり出た髪をツーサイドアップにした童顔の女の子。
もう片方は、犬……いや狼?の獣人らしきスレンダーな少女。フォーム自体は、こっちの子の方が綺麗に思える。手足もこちらの方が長い。
それでも競り合っているのは、やはり覚醒者としての身体能力とスキルによって……なのだろうが。
彼女らの表情を見ると、それだけではない様に思える。
気づけば、スマホを置いてテレビに熱中していた。この戦いの結末を、見逃したくないと。
そして───ゴールテープを、ほぼ同時に切った少女達。
解説や実況の人達はどちらが先だったか困惑しているが、自分にはわかる。
勝ったのは……獣人の少女だ。
数秒後にビデオ判定の映像が流れ、勝者が発表される。名前が呼ばれた獣人の子は少しだけ呆然とした後、眩しい汗を散らして高らかに拳を突き上げた。
そして、へたりこんでいたツーサイドアップの子の手をとって立ち上がらせたかと思うと。
「わお」
熱く抱擁したのである。ツーサイドアップの子も一瞬驚いた表情をしたが、すぐに満面の笑みで抱き返していた。
美しい友情である。ついテレビに向かって拍手をしてしまい、何となく恥ずかしくなってすぐにスマホへと手を伸ばした。
表彰式やら何やらがある様だが、そっちには興味ないのでチャンネルを変える。
……いや、だが。うん。
大変よこしまな感情だとは思うのだが……ツーサイドアップの子、背は低いのに結構胸でかかったな……。
この『眼』は非常に動体視力が良い。なので、乳揺れを決して見逃さない。
罪悪感を抱きつつも、走っている時の揺れる胸や最後の抱き合っている時の押し潰された乳を思い出し、『いいもん見れたな』と下衆な感想を抱きつつゲームに戻るのだった。
……うん。今『スポーツを卑猥な目で見るな!』と言われたら何も言い返せねぇわ。
読んでいただきありがとうございます。
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この少し後にもう1つ閑話を投稿させていただく予定ですので、そちらも読んでいただければ幸いです。