第二十六話 悩み
第二十六話 悩み
「じゃーんじゃーじゃーん、じゃーんじゃーじゃーん」
三好さんと遭遇した、2日後。
月も星も雨雲が隠してしまう中、自分はアイラさんの家に招かれていた。
食卓に並ぶ、ピザとフライドポテトとケーキと唐揚げの山。あと申し訳程度の野菜スティック。
前2つはアイラさんが買ってきた物で、残り3種に関してはエリナさんが作ってくれたらしい。
で、主催者が現在何をしているかと言うと……髭つきの鼻眼鏡に三角帽子。手にはクラッカーを構え、謎の歌を奏でている。
服装はいつものジャージ姿なのだが、『祝・実験祭りの日々』というタスキが加わっていた。
「あの……」
「じゃーがーじゃーがじゃーん!」
「いや流石に5分は長いですよ!?」
有無話言わさず椅子に座らされてから、ひたすらアイラさんの謎の歌を聞かされていた。
アホかと。バカかと。
最初は『一応恩人だし、年上だし』と遠慮していたが、いくら何でも長い。
「……京ちゃん君」
そっと鼻眼鏡を外し、アイラさんが憂いを帯びた目をこちらに向けてくる。
不覚にも、その視線にドキリと胸が跳ねた。
「ツッコミが遅い」
「今からでも思いっきりビンタしてやりましょうか」
返せ。僕の時間とトキメキを。
「まったく。私の美声に聞き惚れるとしても、限度を考えてほしいね」
「わかりました。ツッコミのフリですね?ちょっと椅子をお借りします」
「はっはっは!謝るから落ち着いてくれたまえ京ちゃん君!スケベゴリラである君の力で殴られたら、私はミンチになるぞ!!」
「誰がスケベゴリラですか」
振り上げようと掴んだ椅子から手を放し、座り直す。
「いや、だがね?私もまさか5分も歌う事になるとは思っていなかったんだよ。途中で京ちゃん君のツッコミか、エリナ君の合いの手が入るかと」
「そう言えば、エリナさん静かですね」
あの声か顔か動きがうるさい自称忍者が、沈黙を保っている。ダンジョンの中以外では珍しい。
反対側の席に座るエリナさんに目を移すと、彼女は静かに目をつぶって座禅を組んでいた。
椅子の上で。今日は着物は着物でも、紅色の着物と白い袴の組み合わせである。
「……何やってんの?」
「修行だよ、京ちゃん」
「あ、起きていたんだ」
「おへその下でチャクラを練り、忍術の技術向上を目指しているんだよ」
それたぶんチャクラじゃなくって魔力だと思う。いや、同じかもしれんけども。
心臓が魔力の起点なのだが、その循環に丹田は大きく関わるとか『錬金同好会』で聞いた気がする。
「普段から修行をするのは立派だけど、今はちょっと……」
「というかエリナ君!?私のお歌は完全に無視していたのかい!?」
「うん!!」
「良いお返事!!」
わざとらしく崩れ落ちる残念女子大生ことアイラさん。
流石に今回ばかりは冷たい視線を向けていれば、何事もなかったかの様に彼女は立ち上がった。
「おっほん!今日集まってもらったのは他でもない。政府より重大発表がされたからだ!!」
「ああ、『一部ドロップ品の販売自由化』ですね」
「そう!その通り!」
力強くガッツポーズをとるアイラさん。スタイルが無駄に良いので、その際に少しだけ胸が揺れた。
咄嗟に視線を逸らしつつ、耳を傾ける。
「これによってダンジョン内に機材を持ち込んでもらい、遠隔でデータを取ってもらう必要がなくなった!今後はきちんとした環境で、私自ら調べる事が出来るのだよ!!」
「おー」
「イエーイ!!」
「そして、その場合君達への報酬も必然的に上がるね!ドロップ品の買い取りという形で!」
「おー!」
「イエーイ!」
その辺に関しては本気で嬉しい。
現在はお金よりレベル上げを優先しているが、元々冒険者になった目的は父さんの会社が危ういので、その分稼ぐ為であった。まあ……『憧れ』もあったけども。
何にせよ、お金はあるに越した事はない。ダンジョンのせいで最近どこも不景気なのだ。
あちこちにゲートが出来たせいで、安全に住める土地が減り土地代が上がったという話だけではない。
畑やトンネルにゲートが出現し、食料品の価格や物流に大打撃を与えているとテレビでよく言われている。そのため、国外からの『支援』に日本経済が依存しかけているとも。
ネットでは『だから日本はかつて以上に海外からの声に弱い』なんて話もあるが……。
ダンジョン発生と増加の原因究明が、あちこちで強く叫ばれている。
閑話休題。世の中色々大変だけど、自分の様な一般人にとっては目先の金が重要だ。ドロップ品が売れる様になれば、アイラさんの言う通り収入が上がる。
あるいは、大金持ちも夢ではないかも……。
「それを祝して、今日はささやかながら宴といこう!」
「わーわーやんややんや!」
「すみません、僕だけ特にお土産もなく……」
「なに、突然呼びつけたからね。今後の働きで返してもらうさ」
「はい。頑張ります」
「それにしても早かったっすねパイセン!もう少し承認に時間がかかると思っていたっすけど!!」
エリナさんと同じ感想を抱いていたので、頷きながらアイラさんに視線で問いかける。
「おいおい。私だって全てを知っているわけじゃないんだぞ?それだけ、ダンジョン庁が本気だった……としか、私には言えないね」
「うーん……」
言われればその通りだ。彼女が知っていたら、それはそれでおかしい。
ただ、『ダンジョン庁がそれだけ本気だった』というのが気になる。そこまでして、冒険者を増やしたかったという事か?
その理由が単純に庁の実績づくりなら良いけど、もしも『政府のケツに火がつく程日本のダンジョン事情が切迫している』としたら……。
いや。それともドロップ品の売買で市場を広げて、不景気を脱しようとしている?負債ばかりダンジョンで、経済を潤そうとか?
「難しい事を考えるのは、今日だけやめにしよう!それよりもせっかくの料理が冷めてしまうぞ!」
「あ、すみませ……いや一番の原因貴女では?」
「さあ、乾杯といこうじゃないか!!」
こちらのツッコミを無視し、アイラさんがコルク抜きとワインのボトルを持つ。
うわ、この人飲むつもりだよ。
「今日はババ様もいないからねぇ。いつぞやのリベンジだ!未成年の前で飲むぞおおお!」
「あの、アイラさん」
「止めるな京ちゃん君!私は遂にこの禁断の美酒を──」
「ここで飲んだら、御婆さんに確定で気づかれると思いますが」
「棚に戻してくるから、先に食べていてくれたまえ。……くすん」
哀愁の漂う背中で歩いて行くアイラさん。いやだって、リビングのカレンダーに『休肝日』って書いてあるし。
流石に可哀想だったので、エリナさんと彼女が戻って来るまで待った。
何というか……ドンマイ!
* * *
家に帰り、白蓮のヤカン型の外装を磨きながら色々と考える。
1つは、『ドロップ品の販売自由化』について。こちらは、自分個人としては間違いなく朗報だ。
単純に収入が増えるのもあるが、戦力アップにも繋がる……かもしれない。
ダンジョン法で修正された箇所は、複数ある。その1つに、『生産系のスキル持ちによる道具の作成と販売の一部緩和』もあるのだ。
薬品の類は勿論規制が強いものの、やれる事は一気に広がった。
今回の修正を機に販売をする気はないが、自分用に道具を作るつもりではいる。白蓮のゴーレムボディを現地調達ではなく、専用に作るのもありかもしれない。
だが、下手にゴーレムへ愛着やコストをかけると、いざという時に使い捨てるのを躊躇う可能性がなぁ……。
万が一『錬金同好会』の様に、ゴーレムボディを美少女や美女型にすると咄嗟に盾役として使えないかもしれない。
生憎と自己分析が得意なわけでもないので、自分がいざという時割り切れるかが不明なのだ。もしも『ゴーレムを庇って人間が負傷』なんてなったら、笑い話にもならない。
だが、実はとある理由で美少女型に作るのが一番楽なんだよなぁ。ゴーレムボディ。
そう思いながら、傍に置いてあるスマホをチラリと見る。
件の錬金同好会が、『同志達よ、性癖に自由であれ!』とか言って、ゴーレムボディの3Dモデルを作る専用アプリを広めているのだ。
かなり出来が良い物で、これを使えばそれはもう簡単に外装を作れる事だろう。ベースになるモデルも入っているらしいし。
いつもダンジョンで即席の身体を作っているが、アレだって錬成陣を家で書く時結構気を使っているのだ。
重心の位置とか、手足の長さとか、動かすうえで結構重要になってくる。正直、白蓮の攻撃が敵にあまり当たらないのは、自分の調整が甘いからというのも大きい。
美少女型にせず、ゴリマッチョにすればいいか?こう、人よりも獣に近いレベルで。
いや、錬金同好会のアプリも流石にそこまでは対応していないはず……結局は、地力で計算するしかないのか。
何気に、自分で設計するにしても『人間そっくり』ってマジで楽なのである。だって、ネット上に色んな資料があるから。何なら、人の全身写真から丸パクリで……なんて裏技もあるし。
たしか、初期の錬金同好会で『AでVな女優さんの完全再現楽勝だぜー!』と書き込んでいた人がいた。流石に実在する人物を勝手に真似るのはどうよ、と変態集団の中でも物議をかもしていたけど。
性能の安定と楽さを取って同好会のアプリを使うか、それとも大変で不確実でも自力で設計してロボットぽくするか。あるいは、現状維持か。
こうして選択肢があるだけマシなのだろうけど、やはり悩む。
ため息をついて、ヤカン型の外装を箱に戻す。まあ、今すぐに考えなければいけない事でもない。なんせ、材料にしたい様なドロップ品は手元にないのだし。
……そうやって思考を打ち切ると、思い浮かぶのはもう1つの疑問。
『アイラさんと、三好さんの関係』
アイラさんが、『姉より優れた妹などぉ!』と何かほざく事に関しては、どうでもいい。あの人がアレなのはいつもの事だ。
しかし、それなのに三好さん側は『あの人は自分になんか興味がない』と言っていたのが気になる。むしろバリバリ気にしてましたよ、と。
そこに以前アイラさんが言っていた、『エリナさんのご両親はアイラさんを嫌っている』という発言や、エリナさんの『嫌っていない。接し方がわからないだけ』という言葉。
……やっぱり、かなり複雑なご家庭なのでは?
考えれば考える程、ドツボに嵌る気がする。ため息をついて、気分転換にゲームでもしようとスマホを手に取った時だった。
──プルルル……プルルル……。
「ん?」
手の中でスマホが振動し、画面を確認すればエリナさんからの電話だった。
取りあえず通話にでようと、画面をスライドして耳に当てる。
「はい、京太です」
『やっほー京ちゃん!今時間いーい?』
「問題ないけど……」
『あのねー。そろそろ京ちゃんがパイセンのご家庭について疑問がマックスかなーって思って、説明しようとお電話しました!!』
「………」
思わず、自分の頭や頬を軽く触る。
「……僕って、そんなに分かり易かった?」
『ふふん。私は忍者だからね!忍アイは誤魔化せない!』
「そっすか……」
さて、どう返答するべきか。
いや、ここは本音で喋ろう。そこまで見抜かれておいて、今更隠し立てするのも変な話だ。
「……その、好奇心だけで聞くのも悪いかなって」
『んー。別にパイセンも先輩も隠さないと思うよ?聞けば普通に喋ったんじゃないかな!でも京ちゃんは聞きづらそうだったから、私が説明してあげよう!エッヘンである!』
「それは……うん。ありがとう」
『いいってことよぉ!!』
エリナさんは色々とおかしな人だが、誠実な人だと思っている。
彼女がそう判断したのなら、信じられた。ここは素直に甘えさせてもらおう。
「じゃあ、聞かせて。あの人達にいったいどんな事情が?」
『では語ろう……ちょっと待ってね。三味線持ってくる』
それはそれとして、本当におかしな人なんだよなぁ。
珍妙な音色と共に、彼女らの家庭事情についての話が始まった。
* * *
……結論、というか『原因』だけ、ハッキリした。
どうも、全てはアイラさん達の『母親』が事の発端らしい。
読んで頂きありがとうございます。
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