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第二十五話 トレント

第二十五話 トレント





 装備を整え、ゲートを潜った先。そこは、ランタンなど無くとも明るい空間だった。


 しかし、自衛隊のライトは設置されていない。


 茶色がかった黒い土の地面に、石造りの壁。その壁には蔦と根が侵食しており、そこからぽつぽつと花が生えていた。


 輝く花々が、このダンジョンを照らしている。比喩ではなく文字通りに。


 壁だけではない。天井にまで蔦は伸びており、そこからも生えた謎の花によって迷宮全体が照らされている。


 何とも不思議な光景だ。自然界ではあり得ない、幻想的な場所である。


 ダンジョンは不思議な事だらけで、未だ研究が進んでいない事も多い。あの花もその1つである。毒は現在確認されていないが、接触には注意しろと講習の時に言われた。


 何はともあれ、探索である。


 エリナさんに一声かけ、白蓮のボディを作成。ビー玉で出来た眼球にここのモンスターの写真を見せつつ指示を出した。


 準備は完了。イヤリングに触れ、アイラさんへ報告する。


「お待たせしました。いつでも行けます」


『うむ。では2人とも、張り切って行こうじゃないか!戦果を期待する!!』


「おおおおおお!!」


「やかましい」


 大声の1つや2つでモンスターは基本寄ってこないが、なんだこのハイテンション。


 若干呆れながらも、2人も切り替えてくれた様でいつも通り探索が始まる。


 通路の幅も、天井までの高さもかなりあるダンジョンだ。剣を振り回す事には何の問題もない。


 むしろ、トラックがギリギリすれ違えるだけの幅に、十数メートルはあろう天井は『ここのモンスター』を考えると不安すら覚えた。


 そうして歩きだして、3分もしない頃。


「足音だ。数は1」


 エリナさんの耳が敵を捉える。


「次の十字路で、右から来るよ。やり過ごす?」


「……いや、倒そう」


「オッケー!」


 彼女の返事を聞いた直後、自分にもモンスターの足音が聞こえ始めた。


 ズシリ、ズシリという地響きめいた音。その質量は、間違いなくオークチャンピオンを超えている。


 今回は、ナイフに触れない。コレでは『小さすぎる』。


 最初から両手で剣を握り、八双に近い構えをとった。


 相手もこちらに気づいたのかもしれない。足音の感覚が少し狭まり、のそり、と。蔦まみれの壁に大きな手が添えられた。


 現れたのは、木で出来た巨人である。


 首はなく、洞の様な黒い窪みの目。頭髪の様な若草色の葉っぱ。


 逆三角形の胴体も、太く強靭な手足も全て木が形作ったものだ。ボロボロと苔の生えた樹皮を落としながら、怪物はジッパーの様な口を大きく開けた。


『オオオオオオオッ!!』



『トレント』



 身長4メートル近い巨体をした、木の化け物だ。『Fランク』の『レッサー』とは、質量が文字通り桁違いである。


 鋭い枝の指を広げ、こちらに掴みかかるトレント。それに対し、自分も踏み込んだ。


 でかい相手に斬りかかるというのは、恐い。だが、しっかりと『視えている』。当たらない位置がわかるのなら、踏み込める。


 迫る巨腕の動きに合わせ、剣を振り下ろした。袈裟懸けの斬撃が親指を切り落とす。


 しかし痛覚などない様で、減速する事なく進む腕に斜めへ踏み出しながら剣を回す。『蛇行斬り』と呼ばれる、練習していた型の1つ。


 初撃で落とした親指があった位置に踏み込み、右上から左下にかけて片手半剣を振り抜いた。


 風の加速が乗った刃はざっくりと手首を切り裂き、掌が地面にぶつかった勢いも合わさって木片を散らしながら腕が千切れ落ちた。


 慌てて1歩後退るトレントだが、遅い。


 この質量。この体格がありながら、このモンスターが『D』ランクな理由はただ1つ。この遅さだ。


 非覚醒の頃ならば何も出来ずに潰されていたが、今の自分からすれば鈍すぎる。


『オオオッ!?』


 狼狽するトレントの左わき腹に、忍者刀が飛来し突き刺さった。


 事前に決めていた、エリナさんの支援。即座に奴の右膝、忍者刀を蹴って跳躍し、右肩に着地。そして、柄から剣先へと持ち替えた。


 当然トレントも左手でこちらを払い落そうとするが、やはり遅い。


「お、らぁ!」


 風を纏わせての、『モードシュラッグ』。剣を槌の様に振るい、顔面に重い一撃を叩き込んだ。


 籠手で包まれた手でガッシリと刀身を握って放った打撃は、快音と共に木片を散らす。


 顔の半分近くが吹き飛んだトレントに、振り抜いた勢いも乗せてもう1回転しながら踏み込む。


 2撃目で、完全に頭部を吹き飛ばした。ぐらり、と傾いた巨体から跳び下り、着地の際に風で減速。そのまま少しだけ跳躍してトレントの身体から距離をとる。


 うつ伏せに倒れ、塩に変わる巨体。転倒に巻き込まれて塩まみれになるのはごめんだ。


 返り血ならぬ返り塩は、わりと洒落にならないのである。きちんと払い落とさないと、モンスター達が追いかけてくる。


 まあ、気づかない程の少量なら問題ないし、戦闘中は風を纏っているので勝手に塩は落ちてくれるのだが……念には念を入れるに越した事はない。


 というか、そうでなくとも塩に埋もれたくはないし。


「お疲れー、京ちゃん!」


「うん。そっちこそお疲れ様」


 エリナさんに答え、塩の山に視線を戻した。白い粉の中、茶色い物がはみ出している。


 近寄って引き抜き塩を落とせば、それは小さな苗木だった。


 長さ20センチほどのそれは葉っぱもなく、細い根がちょろちょろと伸びているだけ。これがトレントのドロップ品である。


 錬金術の本によれば色々と素材に出来るのだが……まだダンジョンストアへの納品は義務のままだ。


 早くダンジョン庁の出したという、『ドロップ品の自由販売』に許可が出てほしい。実験で使う分以外を、持って帰りたいのに。


「エリナさん、これをお願い」


「うん!!」


 アイテムボックスに放り込まれる苗木に名残惜しさを覚えつつも、切り替える。


『危なげなく勝てた様だね。だが、トレントにも魔法はある。気をつけたまえ』


「はい」


「おー!」


 アイラさんに答え、探索を再開。彼女の指示通りに進めば、行き止まりにぶつかった。


 しかし、一応これが『正しいルート』である。


 どうもこのダンジョン、時折この様に巨大な『段差』があるのだ。トレント達はこれを軽くよじ登るが、5メートル以上の壁は人間からするときつい。


 数は少ないが中々に嫌らしい配置をしている様で、アイラさんとエリナさんが揃って『どの道を行っても1回は壁を超えないといけない』と言っていた。


 一応、今の身体なら助走をつければ跳び越えられる。だが、偶に登った先で木の杭が待ち構えているので不用意な事は出来ないとストアで聞いた。


 と、いうわけで。


「ちょわー!」


 謎の掛け声と共に、エリナさんが鈎縄を投擲。上の方で引っかかったのを確認すると、こちら側の端っこを手早く白蓮の頭部に巻き付けた。


 この縄で壁を登るのである。ある意味冒険者らしい光景かもしれない。


「じゃ、私が先に登るね!一応付近に変な音はしないけど、注意は必要だよ!」


「わかった。白蓮、モンスターが接近してきたら手を叩いて報せろ」


 白蓮が頷いたのを確認し、エリナさんが縄をスルスルと登りだす。それに続き、自分も縄に手をかけ──。



 見上げたら、彼女の着物の中が見えてしまっていた。



 袴はなく、競泳水着の様なインナーの上から1枚羽織り帯で締めただけの恰好をエリナさんはしている。こうして下から覗いてしまえば、当然スカートの様に広がる着物の内側が視界に入るわけで。


「すみません!」


 大慌てで縄から手を放し、白蓮と並んで周囲の警戒に移る。


 だが、この体は動体視力が凄まじく良い。一瞬とは言え、ガッツリ見たものを記憶している。


 黒いインナーと、そこからはみ出す尻肉とその曲線。むっちりとした太腿に、それでいてスラリと伸びた膝から下。


 脳に刻み込まれた光景に、自然と頬が熱くなる。


「どったの京ちゃん。この下別にパンツじゃないよ?」


「いや、その……」


『察してあげたまえエリナ君。パンツじゃなくともパンツに見える物に、男性という物は興奮してしまうのだよ』


「パンツパンツ連呼しないでもらえますか!?」


「京ちゃーん」


「わざとじゃないんです!ごめんなさい!!」


「私上についたから、登ってきてー!」


「今行きます!!」


『おいおい京ちゃん君。それはあまりにも早』


「黙っていてくださいこの残念女子大生!」


 上からブンブンと手を振って来るエリナさんから目を逸らし、縄に集中する。


 縄登りは小学校の授業以来だが、身体能力のごり押しで難なく突破。


 段差の上へとたどり着き、白蓮のゴーレムボディを解除。縄を引っ張ってヤカン型の頭部を回収した。


「その……次からは、僕が先行するか1人ずつ登ろう」


「えー!でも京ちゃん登るの遅いじゃん。忍者アカデミーで何を習ったの!!」


「そんな学校には通った事はありません。じゃあ1人ずつで。安全性を考えればむしろ当然の判断だし」


「でも無駄に時間かからない?私、ちゃんと2人同時に登れる様に縄を引っ掻けるよ?」


「見張りと警備要員は、白蓮以外にもいた方が良い。如何なる危機にも臨機応変かつ柔軟に対応する為にも、1人ずつの方が適切だと思う」


「そうかな……そうかも?」


『なるほど京ちゃん君。つまり下から覗くのに注力したいと。そういう』


「アイラさん。そろそろマジで怒りますよ」


『ごめぇん』


 縄を纏めてエリナさんに返し、白蓮を地面に置いて再びゴーレムボディを作りだした。


 幸いエリナさんは気にしていない様だったが、こんな事でパーティーに亀裂が入るのはごめんである。


 ……というか、まだ頬が熱い。あの光景を忘れなきゃいけないのに、暫くは頭から離れない気がする。


「あっ、京ちゃん」


「はい?」


「敵が近付いているっぽい。数は2体」


「了解」


 強引に思考を切り替え、剣を抜く。


 左右に道はなく、正面に1本道。10メートルほど先にあるL字型の角から、のそり、と2体のトレントが姿を現した。


 あちらも自分達の存在を把握していた様で、迷いなく片腕を地面に突き立てる。


「白蓮!エリナさんの壁になれ!」


 指示を出すのとほぼ同時に、ボコリと地面を突き破って幾つもの木の杭が出現した。


 トレントの前方に伸びる、騎兵除けに昔使われていた様な杭。それらがこちらに向かい、勢いよく射出された。


 1本1本が人の足ほどの太さと長さがある。自衛隊曰く時速120キロ前後のこれらが直撃すれば、覚醒者だろうと無事では済まない。


 だが、視える。


 怪物共に突撃しながら、攻撃の隙間に滑り込んだ。そのまま何の障害もなく、懐へ踏み込む。


『ブォオ!?』


 低く唸るトレント共は動揺からか、腕を抜くのが遅れた。


 その隙に横薙ぎの1撃を叩きこみ、左の個体の手首を破壊。勢いそのまま右のトレントの腕も斬りつける。


 いや、斬るというよりは殴るという表現の方が合っているかもしれない。風の槌で抉り飛ばせば、地面から引き抜かれた奴らの手首は自重で引き千切れた。


『オオオオオッ!!』


 怒りの声を上げ、トレントが巨大な足でこちらを蹴り飛ばそうとする。それを避け、軸足を左腕で思いっきり殴りつけた。


 膝に拳が直撃し、打ち砕く。バランスを崩したその個体が盛大に尻もちをついた。


 残る1体がこちらに殴りかかろうとするも、片足が動かず前のめりに転倒する。


 見れば、奴の足に鈎縄が絡みつき先端は最初に放たれた木の杭に繋がっていた。外れた攻撃が地面に深く刺さった様で、杭本来の役目を果たしている。


『オオオッ!』


 雄叫びをあげて、トレントは軽々と縄を引いて杭を抜いた。


 だが、隙としては十分。


「せぇ……の!」


 剣先を持ち、下からのフルスイング。転倒して落ちてきていた頭に、鍔が直撃した。


 バッキリと割れるトレントの頭部。続けて、左腕を地面に突き立て最後のあがきをしようとしているもう1体にも殴りかかる。


 木の杭が生えて来たのと、こちらの振り下ろしが入ったのがほぼ同時。木片が散り、杭は射出される事無く地面に残った。


 頭部を失った身体が、塩に変わっていく。それを見届け、小さく安堵の息を吐いた。


 ……見上げる程の巨体と、それに見合った膂力と頑強さ。更に魔法による遠距離攻撃。


『Dランク』がプロだの一流だのと言われる理由が、よくわかる。これまでのランクとは明らかに危険度が違うのだ。


「京ちゃん!ナイスファイト!」


 サムズアップするエリナさんに、少し戸惑いながらも親指をたてて返す。


 まあ……何だかんだ、このランクでもやっていけそうだ。


「そうだ京ちゃん!びゃっちゃんが腕もげちゃっていたんだ!」


「あー、まあすぐ直せるので……」


 なんせ、その為の材料現地調達だし。


 白蓮の腕を直し、探索を続行。無事、帰還する事が出来た。


 ……当たり前だが、三好さんとは内部で出会う事はなかったな。


 駐車場に彼女の車がなくなっていたし、入っていった冒険者が3時間以上帰還しない場合はストアから調査隊が出るはずなので、無事にあの人も帰ったのだろう。


 有栖川アイラさんと、三好ミーアさん。


 苗字だけでもわかる、複雑な家庭事情。しかし自分が関わるべき事でもないと、首をもたげた好奇心を振り払い帰路についた。









読んで頂きありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
冒険仲間の異性を好きになっちゃう。 凄くよく分かる話だった。
スパッツとかだから平気だもん!ですねw なんか昔女子にパンツ干してあるんだから向かいのマンションから見ればええやん?生じゃないと駄目な理由とかあるん?とか聞かれたこと思い出したわ。そこ住んでないし住ん…
>あの花 『そう設計した』のでもなければ光っているのには理由があるだろうし注意喚起するのも当然か。 >『トレント』 早くも上位種がお出まし。 典型的な堅くて力が強いタイプで遠距離攻撃も怖いが、速度は…
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