第二十四話 三好ミーア
第二十四話 三好ミーア
「───いえ。『お喋り』はまた後日にしましょう。エリナさん」
捨てる神あれば拾う神あり。
そんな言葉が、曇天を見上げていた頭によぎった。
「えー」
「えー、じゃありません。私は仕事でこのダンジョンに来ましたし、貴女もそうでしょう?何より、お友達を親戚の会話に混ぜるのは彼に気まずい思いをさせるだけです」
柔らかに微笑んで、エリナさんを窘める三好さん。
お、大人だ……!
ぶーたれるエリナさんだが、反論はないらしい。静かになった彼女から視線をこちらに移し、三好さんが軽く会釈をしてきた。
「ごめんなさい、矢川君。私はもう行くから」
「い、いえ。その、こちらこそすみません……」
慌てて自分も頭を下げ、顔を上げた時には彼女の笑みが待っていた。
「もしもダンジョンで会う事があれば、その時はよろしく。それと、エリナさんをお願いね?」
「は、はい!」
「エリナさんも、無茶だけはしないように」
「はーい!」
「さて」
そう言って、三好さんが懐から小さなベルを取り出した。
どうしたのかと思えば、それが揺らされた途端魔力の波が生まれる。
「!?」
魔道具……?いや、違う。アレは、ただの楽器だ。彼女がその音色に魔力を乗せたに過ぎない。だが魔力制御がかなり上手くないと、こんな芸当は出来ないはずだ。
ベルの音に導かれる様に、バンの後ろから2つの人影……いいや。
『ゴーレム影』が降りて来た。
樹木で編まれた身体を、石の鎧で覆った人造の兵士達。木製の刺股と、鉄で補強した分厚い木の盾を手に持っている。
一目でモンスターではないと示す為か、胴体にはオレンジ色のベストを装着。荷物持ちも兼ねている様で、背中に登山用の大きなリュックを背負っていた。
「ゴーレム……『土木魔法』?」
「ええ。私が魔法で作ったの」
無意識に呟いたこちらに、三好さんが変わらぬ笑顔で答える。
『土木魔法』
魔法が使える覚醒者はそこそこいるが、基本的に『4大属性』を使う人が多い。エリナさんみたいなのはレアだ。
火と熱を操る『火炎魔法』。
水と氷を扱う『水氷魔法』。
風と雷を放つ『風雷魔法』。
そして、土と木を司る『土木魔法』。
この4種の中で、現在最も『使い勝手がいい』とされているのが土木魔法である。
他の魔法もそれぞれ活躍の場がダンジョン以外にもあるのだが、特にこの魔法は応用が利くのだとか。
地面を操っての整地。樹木を操っての伐採。問題はあるらしいが、植物の成長促進。そして、そこらの木や石を使ってのゴーレム作成。
これによって作られたゴーレムは、ホムンクルスを使った物よりも出来る事が多いとか。
代わりに術者にしか扱えないとか、あまり遠くには動かせない等の制約はあるものの、ダンジョンで使うのなら関係のないデメリットである。
端的に言って、こと『戦闘用・作業用のゴーレムを作る』という点において錬金術よりも土木魔法の方が適していると、聞いた事があった。
……なお。情報元は『錬金同好会』である。
彼ら曰く、『でもエッチなゴーレム作れるから錬金術の勝ち』だとか。ぶれないな、ほんと。
閑話休題。車から出て来たゴーレム達の動きを、目で追った。
ゴーレム達はきちんと開けたドアを閉め、三好さんの後ろに並ぶ。彼女はそれを確認すると、ボタンを押して鍵を閉めこちらへ向き直った。
愛想のいい、笑顔と共に。
「それじゃあ、いつかまた」
「あ、その前に1個だけ」
ストアに入ろうとする三好さんを、エリナさんが呼び止める。
「先輩、パイセンに何か伝言ってある?」
「……いいえ」
振り返らず、彼女は答えた。
「あの人は、どうせ私になんか興味ありませんから」
「……?」
「ですが、そうですね。健康にはお気をつけて。とだけ、伝えておいてください」
振り返り、笑顔でそう言った三好さん。彼女は最後に手をひらりと振って、ゴーレム達と共にストアの中へと入っていった。
……あの人、本当にアイラさんの妹さんなのか?
思わず疑ってしまう程度には、『まとも』な人だ。いいや、『出来た人』と言うべきかもしれない。
しかし、最後のやり取りだけは気になる。『興味が無い』?アイラさんが?
そんな事を考えていると、エリナさんがアイテムボックスからイヤリングを取り出した。
『…………』
「えっと、アイラさん」
不自然なほど静かなイヤリングに声をかけるも、返答はない。
自分の分を取り出し耳に装着するが、やはり無言のままだった。
「パイセン!先輩ならもういないよ?」
『……ふっ、どうやら私の気配に恐れをなして逃げたようだね!』
「何言ってんだこいつ」
「うん、概ねそうだね!!」
「エリナさん?」
『やはりな!!』
この人調子に乗るからそういう事言わない方が良いと思うのだが。
『それで、エリナ君……君を忍者と見込んで、聞きたい事がある』
「おっす!!」
『私の身長はこの前測った時167センチだった。あの子は……どれぐらいだ?』
「目算だけど170.3センチだったよ!!」
『ふんぬぁああああああああ!!』
「すみません、どっからツッコめばいいですか?」
なんでミリ単位までわかるんだよとか、そこまで吠える理由はなんだとか。
『君の芸人魂などどうでもいい!それより京ちゃん君!』
「芸人魂なんてありません。で、なんですか」
『どっちの方がオッパイ大きかった!?』
「……はあ!?」
『私と!妹!どっちの乳がでかかったのかと聞いている!!』
「狂ってるんですか貴女!?」
『正気ゆえだ!男というものは常日頃異性の顔と乳と尻を見ているのだろう!?ならば見比べてわかるはずだ!』
「偏見が過ぎますよ!」
「ああ、確かに京ちゃんよく私の顔とか胸とかお尻とか見ているもんね!」
「黙秘権を行使する前に言わせてください。誠にごめんなさい!」
男のチラ見は女のガン見って、本当なんだなぁ。
ぶわりと冷や汗が出たが、裁判では無罪を主張するつもりである。
「あれ。でも太腿も時々見てるよ?」
「黙秘権を行使させてください……!!」
『そんな事はいい!私は『F』だ!あの子のカップサイズは!?』
「い、いや見ただけじゃわかんないですので……」
『揉ませろと言うのかね!?』
「ちげーよ。まず聞くなつってんだよ」
女性から男性へでもセクハラって適応されるんだからな?自重しろよ?
しかし……そうか、『F』なのか……。
「パイセンより大きい私より大きかったから、必然的に先輩の方が大きいっすパイセン!!」
『がああああああああああ!!』
なんか魔王の断末魔みたいな声が。
イヤリングから響く大声に、慌てて周囲を見回す。
よかった、『Dランク』に通う冒険者とか少ないので、周りに人はいない。
「あ、あと『健康には気を付けて』って伝言を預かったっす!!」
『嫌味か!?身長と胸で勝利して調子にのっているのかあいつ!?』
「いや。普通に貴女の酒癖についてでは……?」
姉妹の関係は知らないが、家族なのだしお婆さん経由でアイラさんの飲酒事情を耳にしていてもおかしくないし。
あるいは単なる社交辞令か。
『姉より優れた妹など、妹などぉぉおおおお……!!』
「大丈夫っすよパイセン!声のでかさならパイセンが上っす!!」
『え、そう?照れるな……』
そこ照れる所なんだ。
『おっほん。しかしミーアめ。可愛らしかった頃のあの子はどこに行ってしまったんだ……』
「あの、アイラさん。気になっていたんですが」
『なんだね京ちゃん君。よりでかい乳の方が良いと、妹の肩を持つ気かね。持ちたいのは下乳のくせに!下心が見えているぞ!!』
「タンスの角に小指ぶつけやがれください。それより、もしかして『レンゲ』のモデルってあの人ですか?」
『うむ。正確にはまだ私より身長も胸も小さかった頃のあの子だ。中1ぐらいだね』
小さいのは貴女の器だと思う。
色々残念な人だとは思っていたが、ここまでだったとは。色んな意味で予想を超えてくる人だな、本当に。
「いや、まあほら。アイラさんだって身長も、その、む、胸も平均より大きいじゃないですか。そんな悔しがらなくても」
『誰かに負けるのは良い。しかし妹にだけは負けられない……!!』
「駄目だよ京ちゃん。パイセンはこの事だけは譲れない人だから」
「そうなんだ……」
内心で『めんどくせぇ』と思うも、胸に留める。言葉にして出した瞬間、間違いなくマシンガントークで反撃されるので。
というか、三好さんも言っていたが自分達は『仕事』でここに来たのだ。いい加減、無駄話は終わらせた方が良い。
何より、あんまり身内トークをされると僕が泣きたくなる。
友達の友達とか、友達とその家族の話とか、ほんと何を喋っていいか分からなくなるから。居場所がないのよ、マジで。
「あの、そろそろダンジョンに……」
『そうだ!あの子も『Dランク冒険者』になったと言う事は、まさか戦闘力も遂に追い抜かされて……?』
「パイセン。直接的な戦闘能力だとパイセンが先輩の上だった事ないよ。強いて言うなら先輩が赤ちゃんだった時だけだと思う」
『待ちたまえ。アレだよ。本気を出したらきっとワンチャンあるから。可能性に0はないのだよエリナ君!』
「流石っすパイセン!なんか深いっす!」
『だろ~?そうだろ~?』
もう僕帰って良いかな?
『おっと。そろそろ仕事に戻らなければ、京ちゃん君が寂しさのあまり家へ帰ってしまうな』
「は?別に寂しくありませんが?」
「そうなのか京ちゃん!ごめんな!!」
「謝る必要とかありませんけど?代わりにその、視線の件に関しましては誤解があった事を釈明させて頂きたくてですね」
『さあ、ダンジョン探索に行くとしよう。GOだ、エリナ君!京ちゃん君!ミーア以上にここのモンスターを倒してしまうのだ!あ、でも安全第一でね?』
「イェアー!」
「……はい」
何か、ダンジョンどころかストアに入る前から疲れた。
このまま家に帰ってふて寝したい感情と、何かに八つ当たりしたい感情の2つがある。
だが、何はともあれ仕事だ。そもそも、こっちから頼んでダンジョンに行く回数増やしてもらっているわけだし。
……よし、モンスターぶっころそう!
これは八つ当たりではない。ただのお仕事である。他意はないのだ、他意は。
というか、そんな心持ちで行って大怪我するのはごめんである。深呼吸を2度ほどやって、どうにか切り替えた。切り替えたと、自分に言い聞かせる。
そんなこんなで───ようやく、ダンジョンへと入るのだった。
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