第二十三話 有栖川アイラの妹
第二十三話 有栖川アイラの妹
インプのダンジョンを探索した翌日こと、日曜日。
自分はアイラさんの家に再び来ていた。というか、強引に連れてこられた。前回の経験がなかったら間違いなく吐いていたと思う。
で、その彼女の家へ引きずり込まれた理由は、
「一応……言われた通りに作りましたが」
「遂にできたか!」
「でかした京ちゃん!」
注文されていたゴーレムボディが、完成したのである。
「いや、アイラさんはもう実物見ているでしょう。何ですか、その今知ったみたいなリアクション」
自宅で制作したが、ここまで運んだのは彼女の車である。
包装なんてしてないから、現物をその時に見ているはずだ。というか、今ゴーレムが被っている白い布はアイラさんが被せた物だし。
リビングにあった椅子の1つに座らせてある、ゴーレムボディ。それを横目に、アイラさんとエリナさんは揃って『ヤレヤレ』とばかりに首を振った。
うっっっっぜ。
「わかってないなぁ、京ちゃん君は。エンターテイメントというものを」
「知りませんよ芸人さんでもあるまいし」
「そんなんじゃ芸人グランプリで優勝できないぞ京ちゃん!!」
「芸人じゃねえつってんだろ。3秒前のツッコミを忘れるな」
ねえからな。冒険者としてコンビは組んでも芸人としてコンビ組むルートはねえからな。
だからその『今日も良い打率だよ』って顔で親指たてるんじゃねえ。打率ってなんだよ野球ちゃうねんぞ。
「で。エンターテイメントを知っているお2人は、どの様にこの布を取るので?」
「よし。エリナ君、ドラムロールだ!!」
「ブオオオオオオオオオオ!!」
「ほら貝じゃねえか。前にも見たぞ。せめてレパートリーを増やせ」
今日は若草色の着物姿なエリナさんが、高らかにほら貝を吹くふりをする。口で真似するのならもう素直にドラムで良かったろ。
そして今回もジャージ姿な残念美人が、ゴーレムの布に手をかけた。
「レディース&ジェントルメェン!今日はようこそ以下略!!」
「さては面倒になりましたね?」
「いいや、尺の都合さ!」
「もう何でもいいっす」
「では、御開帳!!」
無駄なハイテンションで布を剥ぎ取るアイラさん。
そうして現れたゴーレムの姿に、エリナさんが歓声をあげた。
「おお!メカっ娘だぁ!」
そう。このゴーレムのデザインを一言で表現するのなら、『メカ娘』である。
全体的に白い塗料で塗装されたボディ。ボブカットを連想させる金色の追加装甲に、深い青色の『鏡』で出来たツインアイ。
女性的な丸みと、機械的な鋭角が同居した四肢はしなやかであり、胸部や臀部は小ぶりながら柔らかな曲線を描いていた。それを、まるで下着の様に青い装甲が覆っている。
まごう事無きメカ娘だ。アイラさんの性癖なのだろうかと、疑いながら作ったものである。
「改めて見ても、素晴らしい出来だね。本当に『錬金術』のスキルは持っていないのかい?」
「別に、『ガワ』をどうこうするだけならキチンとした数値があれば難しくはありません」
実際、手足につき1、2回の調整で問題なく出来上がったし。
ちょくちょく参考にしている『錬金同好会』の掲示板でも、理想のホムンクルス嫁とやらの『見た目だけなら』とうの昔に完成している人が多いとか。
というのも、文明の利器による恩恵が大きい。最近はタブレットでキャラメイクするみたいに3Dモデルが作れるので。あとはその数値をもとに錬金するだけである。
頭で漠然とイメージしただけなのと、錬成陣に数字を書き込んで行うのでは難易度が違うのだ。より細かく、より違和感なく作り出せる。
ただ、彼らの場合『発声機能』やら『神経接続からの五感の獲得』等もやろうとしているので苦労している様だ。
使い方次第では医療や軍事に役立ちそうだが、知った事ではないというスタンスである。やはり錬金同好会ってヤベー奴らなのでは?
「各部品の大きさがミリ単位で書かれていましたからね、この要望書という名の設計図」
要望書はUSBで渡されたのだが、父さんのパソコンを借りて開いた時は驚いたものだ。
この人、たかが『壁』用のホムンクルスのデザインにどんだけ拘ってんだよと。おかげで両親への説明が大変だったのだぞ。息子が『ラブ●ール』作っているんじゃないかと。
自分にメカ娘の性癖はない。ただのオッパイ信者である。
「んー……ねえパイセン。もしかしてだけど」
「よし、早速『ホムンクルスもどき』を装着してくれたまえ!」
「……はい」
エリナさんが何か言いかけた瞬間、アイラさんが露骨に言葉を被せていた。
……何か、このゴーレムのデザインには事情があるらしい。まあ、深く追求する気もないが。
うなじにある鍵穴に鍵を入れて回し、後頭部を上に開ける。そして、クッションが敷き詰められた中へゆっくりと小さなフラスコを入れ固定した。
手元に用意していたメモと見比べ、接続が問題ない事を確認。後頭部を閉めロックをかける。
「これで、後は魔力を流し込めば起動します」
「よし。では、早速」
そう言って、アイラさんがゴーレムの額に触れた。
魔力の流れを『精霊眼』で追いかけ、異常が無い事を確認し胸をなでおろす。チェックは済ませていたが、それでも無事に起動できた様で良かった。
青い瞳を輝かせ、ゴーレムが立ち上がる。
直立したその身長は、約160センチ。重さは約70キロ。メインに合金と木材を使い、関節の保護や足裏、掌の一部にゴム素材を使用。純粋な強度は『白蓮』ほどでないが、代わりに動きが身軽……な、はず。
「おお……。既に操作権は私にあるのかね?」
「魔力を注いだのがアイラさんですので、そのはずです」
「それだけで動かせてしまうのは、奪われそうで少し不安だな……」
「まあ、絶対に安全と思える時はフラスコを外しておく事もできるので」
そう言って、頭部を開く為の鍵をアイラさんに渡す。
「試しに何か命令してみては?」
「そうだな。よし、右手を挙げて!」
彼女の言葉に、ゴーレムが右手を挙げる。
「左手も挙げて」
ゴーレムが左手を挙げる。
「そしてバク転!」
「ちょ」
言われるがまま動いたゴーレムの着地先には、先ほどまで座っていた椅子がある。
慌てて空中で受け止め、ゆっくりと床におろした。
「気を付けてくださいよ……。前にも説明しましたが、『ホムンクルスもどき』はあまり高度な思考が出来ません」
「はっはっは。すまない」
たぶん、ゴーレムの方は転ばんだろうが、代わりに椅子が壊れる。
反省した様子もなく笑うアイラさんに若干不安を感じていれば、エリナさんがゴーレムの顔を近くで観察し始めた。
「ん……流石に似ても似つかないよね」
「………」
はたして、『誰に』なのやら。
「では、この子にも名前をつけてやらねばな」
そんなエリナさんを気にした様子もなく、アイラさんがゴーレムの肩を叩いた。
「これから君はミ……いや」
桜色の唇が何かを言いかけて、止まる。
「白蓮に近い機体という事で、『レンゲ』だ。よろしく頼むよ」
ゴーレム改めレンゲが、アイラさんの言葉に頷く。
それを、彼女はどこか寂し気な微笑みで見ていた。
* * *
その翌日、月曜日。
学校の授業が終わるなり、放課後またダンジョンへと向かった。
レベル上げの為にも、お金の為にも頑張らねば。特に前者。
そんなわけでバスに揺られながら、昨日の事を思う。アイラさんの、やけに意味深な言動。そしてエリナさんのどこか気遣った様な態度。
前に、アイラさんには妹さんがいると聞いた。エリナさんからは『先輩』と呼ばれていたはず。
彼女が、今どこで何をしているのかは知らない。だが、もしかしたら……。
既に、亡くなっているのではないか?
アイラさんは、自分が両親を、家族を助けたいと動いた時『個人的な感傷』と言って手助けしてくれた。もしかしたら、ご家族に何か不幸があったのかもしれない。
それとゴーレムの件も合わせると、少女の様な外見を指定したのは妹さんにもう一度会いたかったからではないのか?たとえ、作り物だとしても。
……よそう。これはただの推測だ。いいや、妄想と言って良いだろう。
何より、知人のプライベートを好奇心で探るのは好きじゃない。本人が何も語らぬのなら、こちらも知らぬ存ぜぬを通すのが筋だ。
彼女も、そしてエリナさんも自分の『心核』についてそうしてくれている。ならば、自分もそうしよう。
そんな事を考えているうちにバスは目的地に到着。雑念は置いて行き、駐車場を歩いてストアに向かう。
すると、1台の黒いバンが入口近くに停車した。
何となくそちらに視線をやれば、運転席から1人の女性が降りてくる。
綺麗な人だった。ボブカットに揃えられた金髪に、透き通るような白い肌。そして、海の様に澄んだ青い瞳。
女性にしては長身で、パンツタイプの黒スーツを身に纏っている。服の上からでもわかる程、胸がでかい。
それでいて違和感なく長い手足と、まるで映画の中から出てきたみたいな人だった。
彼女の耳が長く鋭い事に、少し遅れて気づく。なるほど、エルフの方だったか。
最近テレビやネットでもエルフの俳優さんやモデルさんが多い。それだけ、彼ら彼女らが美形種族という事である。
出来る女性って雰囲気なあの人も、冒険者なのだろうか?そんな風に思うも、ジロジロ見るのも失礼だ。すぐに視線を前に戻して、ストアに……。
「あ、先輩!!」
……んん?
エリナさんが大声を出したかと思えば、彼女は流れる様に耳につけていた念話用のイヤリングを外した。
それはもう凄い勢いで、挟むタイプでなく針を刺すタイプなら耳たぶが千切れていたのではという速度だ。
彼女はそのままアイテムボックスにイヤリングを投げ入れ、エルフの女性に駆け寄る。
「……エリナさん。お久しぶりです」
どこか、硬い表情で小さく会釈する女性。対するエリナさんは人懐っこい犬みたいに彼女の周りをグルグルした後、こっちを振り返った。
「お久です先輩!こっちは友達の京ちゃん!京ちゃん、この人はパイセンの妹の『ミーア』さん!美人さんでしょ!」
え、妹?アイラさんの?
「初めまして。『三好ミーア』です。エリナさんと一緒にいると言う事は、姉さんのお知り合いでしょうか?」
「あ、はい。どうも……矢川京太、です。アイラさんには、いつもお世話になっております」
初対面の女性に少し緊張しながらも、お辞儀をする。
いや、だが待て。本当にアイラさん妹さんなのか?だが確かに顔立ちは似ている気がする。
バカな……!死んでいたはずでは……!?
若干失礼な事を考えながら、顔をあげる。相手はとても綺麗な営業スマイルを浮かべており、じゃれついているエリナさんを優しく手で遠ざけていた。
すげぇ。作り笑いなのに素の顔が良いからそれでも見惚れそうになる。
というか。
一瞬だけ、彼女の全身に視線を滑らせる。
エリナさん以上に大きな胸。スラリとした長身。それらは、自分が受け取ったゴーレムの要望書とはかけ離れているわけで。
……こんなに、立派に育って……!
もしや、あのゴーレムを妹さんに似せたとかは完全に的外れな予想だったのでは?
あと三好?有栖川ではなく?
……ははぁん。もしかしなくても複雑なご家庭だな。
目の前には笑顔を浮かべる見知らぬ女性こと三好さん。そしてその脇にへばりつく自称忍者ことエリナさん。
この状況で取るべき行動は、既に思い浮かんでいる。
「じゃあ、僕はこれで……」
三十六計逃げるに如かず!撤退こそ至上の策なり!
冷静に考えてほしい。あまりコミュ力の高くない男子高校生に、初対面の大人の女性と知り合いらしい異性の友達の組み合わせ。そこに家庭の事情も加わるとなれば、これはもう即死コンボと言っても過言ではない。
巻き込まれれば、居たたまれなさで死んでしまう!どうにか、どこかで時間を潰さねばならない。
というわけで男子更衣室に全速前進DA!
「えー!もうちょっとお喋りしていこーよー!」
しかし、自称忍者に回り込まれてしまった!不覚!
誰か……助けてください……!!
心の内で救助を求めながら空を見上げれば、今にも降り出しそうな曇天が広がっていた。
雨が降りそうなのは僕の目元じゃい……!
読んで頂きありがとうございます。
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