外伝31 小さな少女の、小さな一歩
外伝31 小さな少女の、小さな一歩
リーシャさんに錬金術を教えるようになって、3日が経った。
地球では12月となり、テレビの向こうではクリスマスを通り越して、おせちの宣伝が目立つ頃。
彼女は自宅兼店舗の裏庭にて、今日も錬金術の勉強をしている。
庭の広さは、およそ六畳。普段洗濯物を乾かしているだろう場所には、今は何も置いていない。お婆さんが、孫の為にと事前に仕舞っておいてくれたのだろう。
リーシャさんの少し広めのおでこには、玉のような汗が浮かんでいた。こちら側の世界が地球とは異なり、暖かいのもあるだろうが、それ以上に緊張と集中故だろう。
五寸釘と木の棒を糸で繋げただけの道具を使い、彼女は一生懸命に錬成陣を描いていた。
初めての実技。たった3日の座学で、はたしてどこまで出来るだろうか。
見ているこちらも、額と背中に嫌な汗が出てくる。店番に立っているお婆さんも、時折何かと理由をつけてはやって来て、リーシャさんを心配そうに見ていた。
カタリナさんも緊張した様子だが、その視線は自分に固定されているので気にしないことにする。段々と、彼女に警戒されるのも慣れてきた。
『緊張し過ぎじゃないかね、京ちゃん君。持っている鏡が、かなり揺れているよ?』
「あ、すみません」
異世界人が錬金術を使っている姿が見たいとのことで、念話用の手鏡を構えていたのだが、どうも手振れが酷かったらしい。
どうしたものかと考えた後、カタリナさんにお願いすることにした。彼女は驚いた顔をしつつも、きちんと手鏡を構えてくれる。
『まるで子供の発表会に来た父親みたいじゃないか。もう少しリラックスしたまえよ』
「そ、それは……」
『京ちゃんって、実際に子供の発表会に行ったら本人以上に緊張しちゃうタイプだよね!』
「……否定は、できません。まだいませんけど」
『京太君がパパで、それに見られながら……!?私のエッチな発表会が始まっちゃうんですか!?ダメですよ、そんなの!』
「ちょっと黙っていてもらえません?」
『先輩。もう私、この流れ飽きてきたかもしれない』
『何がですか!?私が悪いんですか!?何もかもがエッチな京太君が悪いと思います!誘ってきたのは彼なんです!』
犯人はね。皆そうやって他人に責任を押し付けるんですよ。
イヤリングの向こう側で、残念女子大生2号が自称忍者に拘束されたらしい。どうせ自力で脱出するので、一時しのぎだが。
だが、ミーアさんのおかげで少しだけ緊張がとれた気がする。……セクハラされてリラックスするって、字面が終わってんな。
いや、終わっていたのは状況だったわ。HAHAHA!
……もしかしなくとも、自分の彼女の中で一番ヤベェ奴はミーアさんなのではなかろうか。
なぜか、イマジナリー教授が『頼みましたよ、婿殿』と無駄に良い笑顔をしている気がした。
自分がそんなアホなことを考えている間も、幼い生徒は黙々と錬成陣を描いている。
「……よし」
30分程かけて、リーシャさんが錬成陣を書き終わる。
隙間の目立つソレを彼女は何度も見返した後、不安そうにこちらを振り返る。
『精霊眼』でその出来栄えを入念にチェックしつつ、あえて錬成陣を一瞥する素振りだけしてリーシャさんに笑顔を向けた。
……はたして、自分は自然な笑みを浮かべることが出来ているだろうか。
頬が引きつっていないか、心配になる。こういう時、教師役は余裕のある顔をした方が良いと、教授からは教わっているが。
「描けたようですね、リーシャさん」
『は、はい!でも、これで、ちゃんと出来てますか……?』
「それは、実際に錬成することで確認してみましょう。大丈夫。何があっても、僕とカタリナさんがいます」
『……はい!』
不安そうだったリーシャさんだが、眉をキリっとつり上げて、背筋をシャンと伸ばした。
やはり、10歳とは思えないぐらいしっかりした子である。それとも、こちら側の世界の子供は皆こうなのだろうか?
日本と比べて、社会に出るのが早い世界である。そういうことも、あるのかもしれない。
『……いきます!』
錬成陣に右手をかざし、リーシャさんは魔力を巡らせた。
台所でお菓子作りをする傍ら、魔力の動かし方も軽くだが教えている。錬金術に限らず、『陣』を必要とする術は一部の例外を除き、詠唱は必要ない。そして、流し込む魔力も少量で良いのだ。
少しでも流し込めば、後は陣が勝手に引き寄せてくれる。その辺りの調整は、適当で良い。
代わりに、陣の正確さと、錬金術の場合は錬成に必要な知識をハッキリと頭に浮かべている必要がある。
リーシャさんは左手のメモを見ながら、集中している様子だ。
彼女の魔力が錬成陣に触れるのを、『精霊眼』が目視する。直後、陣が薄っすらと光り始めた。
ビクリと、その小さな背中が震える。だが、リーシャさんは錬成を続けた。
肝の座った子だ。魔力の乱れが少ない。
錬成陣が光りだして、およそ10秒。陣の中央の地面が盛り上がり、形を成していく。
周囲の土が少しだけ凹み、石の直方体が地面の上に出来上がったのだ。
大きさは、普通のサイコロと同じぐらい。表面には何も彫られていない、ただ四角いだけの石だった。
錬金術としては、初歩も初歩。しかし、大切な第一歩。
それを、10歳の少女が踏み出した証拠である。
『で、できた……できたできた!できたよ、先生!』
「ええ。おめでとうございます、リーシャさん」
両掌に石の直方体を乗せてはしゃぐ少女に、拍手を送る。
近所迷惑になっては事なので、気持ち抑えめに。しかし、内心では万雷の拍手を送りたい気分で一杯だった。『白蓮』や『ブラン』を起動させて、一緒に手を打ち鳴らしたいぐらいである。
それでも、表面上は冷静に。しかし、惜しみない賛辞を。教授のアドバイスを思い出し、出来るだけ余裕のある態度を維持する。
「錬成陣を描く時、書き損じを誤魔化そうとして少し汚くなった部分はありました」
『うっ……』
「ですが、それをきちんと改め、最初から書き直したことで上手く術を発動出来ましたね。間違いを恐れず、向き合う。当たり前に思えて、非常に難しいことを貴女はやってのけました」
『先生……!』
一瞬落ち込んだ様子になるも、すぐに満面の笑顔をこちらに向けてくるリーシャさん。
この表情がコロコロ変わる所は、年相応に子供らしい。
「これまで学んできたことをキチンと理解し、己の一部にした。とても素晴らしい。100点満点です」
『やったー!』
実践に移る前に簡単な小テストを一度受けさせたこともあって、点数の意味を彼女は知っている。
両手で石の立方体を持ったまま、リーシャさんは大きく腕を上げた。
そのままの姿勢で、バタバタとお婆さんの所へ向かう。
『お祖母ちゃん、お祖母ちゃん!見て見て!これ、私が作ったんだよ!』
『まあまあ。凄い子だね、リーシャ!もっとよく見せておくれ』
『うん!』
微笑ましい会話が聞こえてくる。何だか、ちょっと泣きたくなってきた。
本当に、良く頑張ったね……!
「うちの弟子は、天才かもしれません……!」
『うーん、この親バカならぬ師匠バカ』
『京ちゃんって将来もの凄い親バカになりそうだよね!』
『モンスターペアレントにならないよう、気を付けましょうね?』
「言いたい放題か貴様ら」
誰がモンスターか。冒険者がそれになったらお終いなんよ。
「いや。でも実際、3日でここまで出来るのは大したものですよ?」
『私は君から借りた本を読んで、1時間でもっと凄いのが作れるようになったが?3日でゴーレムの整備も出来るようになっちゃったんだが?』
「はいはい凄い凄い」
『雑だぁー!差別だぞ京ちゃん君!このロリコン!犯罪者!脳みそ真っピンク!』
「やかましい。10歳児に張り合わないでください」
『違うよ、京ちゃん!パイセンは小学生相手でも全力だからこそ、格好良いんだぜ!』
『そうだエリナ君、言ってやれ!』
『パイセンは初対面の小学生に対してもなぁ!全力で害悪デッキを回すし、リアルファイトにも応じるんだ!凄い人なんだぞぉ!泣かされるまで戦うんだ!』
『ふっ。こうも褒められると、やはり恥ずかしいな』
「そうですね。恥ずかしいですね。貴女の存在が」
『姉さん……可愛い以上においたわしい……』
見なさい。ミーアさんが性欲よりも、『これが姉かぁ』という悲しみと憐れみでまともになっているぞ。
この異常事態を、もっと真剣に考えた方が良い。空から槍の雨が降って来たようなものである。
『京太君。なぜか、貴方に怒らないといけない気がしてきたのですが』
「気のせいです」
『もう!変なことを考えていたら、コレ、ですからね?』
「ミーアさんがまともなことを言うだなんて、異常事態だと思っていました」
『京太君??』
「はっ!?」
いかん、これは罠だ!
イヤリング越しだからわからないが、ミーアさんがあの爆乳を動かすジェスチャーをしている気がして、つい自白してしまった。
何という策士。これは孔明もビックリである。
『たぶん悪い意味でビックリだと思うな!』
ねえやっぱり心読んでない?もの凄い正答率じゃん。心のプライバシーとかないんか?
『んもー!京太君は本当に後でお仕置きですからね!エッチなのじゃなくって、真面目なやつです!』
『私知ってる。途中から絶対にエッチなやつになるんだ』
『やめるんだエリナ君。巻き込まれるぞ』
『勿論姉さんとエリナさん。そして雫さんと愛花さんにも来てもらいます!着替えと飲み物を用意しておいてください!』
『私達も獲物だった!?』
『今から腹痛になる予定なのだが、駄目かな?』
イヤリングの向こう側を一旦無視して、カタリナさんに向き直る。
「撮影、ありがとうございました。お疲れ様です」
『いえ。この程度何の苦労もありません。キョウタ様のお役に立てたのであれば、それ以上の喜びはないですとも……!』
相変わらずやたら畏まっているカタリナさんに、苦笑を浮かべる。
この人の誤解が解ける日は、くるのだろうか?
その内、教授と3人で腰を据えて話し合う必要がありそうだ。自分達や、怪獣でも何でもないのである。
彼女から手鏡を受け取った所で、リーシャさんがこっちに戻ってきた。
『ねえねえ先生!次は!?次はどんなことを教えてくれるの!?』
「そうですね……じゃあ、もう少し複雑な形の物を作る練習をしてみましょうか」
『はい、先生!』
「でもその前に、おやつにしましょう。今日はチョコクッキーですよ」
『はい、先生!!』
先程より更に大きな返事に、思わず苦笑する。色々と、素直な子だ。
そのまま手を引かれ、リビングへと通される。
『ね、ね!先生、また明日も錬金術のこと、沢山教えてね!』
「ええ。また明日、勉強しましょう」
───それは、何気ない約束だった。
日常の1ページとして、本来なら記憶に留めておく必要もない、ごく自然な事。わざわざ意識せずとも、必ず明日もここへ来るのだと、この時は思っていた。
だが。
この約束は、果たされなかった。
読んでいただきありがとうございます。
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『雑種と未来人の現代ダンジョン』も投稿しておりますので、そちらも見て頂けたら幸いです!




