外伝27 異世界の街 1
外伝27 異世界の街 1
今日も今日とて、異世界の調査にやってきていた。いや、調査するのは教授で、自分はその護衛なのだが。
そんなふうに考えていると、自分達が大使館に到着するなり丸井さんがアタッシュケースを手に近づいてきた。
大使館員にアタッシュケースという組み合わせに、一瞬アクション映画やスパイ映画が浮かぶ。しかし、彼が持っているのは旅行にでも使いそうなデザインの物だった。
「有栖川教授、矢川さん。ようこそいらっしゃいました」
相変わらず全体的に四角い顔に柔和な笑みを浮かべた丸井さんに、教授も笑顔を浮かべて会釈する。それに合わせて、自分も軽く頭を下げた。
「丸井さん。お忙しい中、出迎えありがとうございます。本日もよろしくお願いしますね」
「いえいえ。こちらこそ、教授の研究には期待させてもらっていますので。ただ、前にもお願いしましたが、この街の近くをうろついている大型の危険生物の問題が解決するまでは……」
「ええ。ジャンホール伯爵の遺産迷宮には行かないつもりです。ですので、本日はこの街の中を回ろうかと」
「はい!そうして頂けると助かります。お困りごとがありましたら、すぐに大使館へご連絡ください。電話は使えませんが、無線機をお渡ししますので。それと」
丸井さんが、アタッシュケースをこちらに開いてみせる。
「いらぬお節介かもとは思いましたが、調査に役立ちそうな物を用意させて頂きました」
そこには、綺麗に折りたたまれた麻の服が入っていた。
* * *
『チキチキ、異世界ファッションショー!!』
『どんどんどん!ぱふーぱふー!』
『い、いえーい?』
「いや、ファッションショーじゃありませんから……」
大使館で借りた部屋で着替えを済ませ、念話を繋げた途端これである。
苦笑しながら廊下に出れば、アイラさんがイヤリング越しに『やれやれ』とため息をついてきた。
『まったく。京ちゃんくぅん。そんなんではモテないよ?もっと身だしなみに気を遣わねば』
「いや、彼女いますし。というかその内の1人貴女ですし」
『まあ聞きました奥さん!このコミュ障いっぱしにモテ男のつもりですわよ!』
『奥さんじゃありません!共同里長です!!』
「里長じゃありません」
『謀反か!?』
「違う」
『私の性欲はいつも謀反を起こしそうになっています。皆さんがエッチなせいです。反省してください』
「謀反どころか天下奪われてんでしょ、残念スケベ女子大生」
『残念でもスケベでもないんです!信じて!』
『先輩。私も今のは無理あるかなって』
『なん……ですって……!?』
『まあ、真面目な話。どれぐらい異世界らしい格好になっているか気になってね。せっかく街に溶け込もうと言うのに、違和感が強ければ意味がないだろう』
たしかにと、アイラさんの言葉に頷く。
「じゃあ、姿見の前に立って念話用の手鏡を向ければ良いですかね?」
『うむ。ババ様達も着替えが終わったらしいから、合流してくれ。あっちの部屋に大きめの鏡もあったはずだ』
「わかりました」
彼女の言葉に頷き、隣の部屋にノックをする。
すぐに教授が入室の許可をくれたので、扉を開けた。
「失礼します」
部屋に入ると、そこには異世界風の恰好をした教授達がいた。
有栖川教授は、緑色のワンピースを着ている。丈が長く、踝近くまで隠れていた。そこから覗くのはこげ茶色の皮靴で、低めのヒールがついている。
腰にはベルトが巻かれ、肩には灰色のフード付き外套を羽織っていた。何となく、『旅のエルフ』って感じがする。
影山さんの方は、白いシャツに赤いロングスカート。革と布を組み合わせた靴を履いており、シャツの上からスカートと同じく赤い上着を着ていた。上着の前をしめていないのは、もしかして脇に銃でも仕込んでいるのかもしれない。
だが頭に巻いた白い布もあって、一見すると町娘感が強く、警戒される見た目ではなかった。
カタリナさんは、最初に会った時の服装である。黒いタートルネックシャツの上から茶色の革鎧で胴体を守っており、腰には剣を吊るしていた。
黒い膝当てが縫い付けられたダボッとした長ズボンを履いており、無骨なブーツに手袋と『ザ・冒険者』って感じの恰好である。ただ、その装いでも腰の高さや革鎧越しの膨らみでスタイルの良さが見て取れるが。
全員、RPGのような服装である。『魔装』もゲームのコスプレっぽくはあるのだが、日常感が強く妙な新鮮さがあった。
「婿殿も着替えが終わったのですね」
「はい。おかしな所がないと良いのですが」
『とりあえず、姿見の前に立ってくれたまえ』
「了解」
部屋の隅に置いてある大きな鏡の前に行き、念話用の手鏡をそちらに向ける。
『……地味だな!』
『忍者にあるまじき地味さ!』
『素朴なエロさがあります』
「やかましい」
あと忍者は地味でなんぼじゃろがい。
『今忍者って認めた!?』
「認めてません。絶対に認めてません」
心の内で思ったことはノーカンである。というか人の頭の中を読むんじゃない。
しかし、地味なのは事実である。白い麻のシャツに、こげ茶色のベスト。同じく茶色のズボンに、簡素な革靴。
ゲームの最初の村で、『ここは始まりの村だよ!』とか言っていそうな格好だ。
というかこの靴、どうにも歩きづらい。ローファーとも、父さんが持っている革靴とも違う。
内側に何もないというか、本当に革をそのまま靴の形にしただけというか。しかも靴底にも木の板が貼られているだけなようで、未覚醒の人が素足で履いたら、すぐに靴擦れで足を痛めてしまいそうである。
これがこの世界の靴なのか……。
「着こなしに問題はなさそうですね。カタリナさんも、違和感がないと言っています」
「しかし教授……その、貴女は良いのですが……」
つい、影山さんの方を見てしまう。相手も同じなようで、こっちに気まずそうな視線を送っていた。
目と目が合い、お互い苦笑を浮かべる。何と言うか、似合っていない。
有栖川教授はエルフだし、何なら元々白人である。しかし、黄色人種でごりごりに日本人顔の自分達に、こういう服装は違和感が強い。
「我々は、かえって不審がられませんか?」
「いいえ、影山さん。婿殿。この街には大きな港があるおかげか、様々な人種が訪れているようです」
人差し指をたてた教授が、得意げに語り出す。
「肌の色も十人十色。飛び交う言葉には訛りと思しきものがよく混ざっていることからも、多くの土地から人が集まっているのでしょう。それに、獣人の方々もいるので、その程度では違和感など持たれません」
「な、なるほど」
「この街は非常に素晴らしい。基準として考えるのには適していないでしょうが、その分多くのデータがとれます。他所から来た人がそのまま定住するケースが多いのなら、街並みにも違いが」
そこまで言って、教授がハッとした顔をする。
「失礼しました。つい語り過ぎたようです」
ほんのりと頬を染め、彼女が小さく咳払いをする。
「兎に角、堂々としていてください。そうすれば、怪しく思われることなんてありませんから」
そこまで言い切って、未だに人差し指をたてていたことに気づいたのだろう。
ゆっくりと指を戻し、若干視線を逸らしながら教授は両手を背中に隠した。
「……そういうわけです!」
「あ、はい」
強引に締めくくった有栖川教授に、影山さんと2人、ぎこちなく頷く。
『お婆様……エッチポイント、追加です!』
『先輩。ちょーっとこっちでお話しようねー』
『あぁん』
変態。もとい残念スケベ女子大生が連行された。当然である。
あの人、マジで見境ねぇな……。
影山さんも、悩みが解決したらああなってしまうのだろうか?だったらいっそ、苦悩を抱えたままの方が人間らしくいられるのかもしれない。
「あの、なにか?」
「いえ……何でも、ないです」
怪訝な顔をする影山さんから、そっと顔を逸らす。
そのままの、貴女でいてください……!
「では、この格好で街に繰り出すということで」
「はい。スマホや腕時計は大使館に置いていくので、この街の鐘が3時を告げたらここに戻ってきましょう」
調子を取り戻した教授が、目をキラキラとさせながら笑う。
「先程も言いましたが、この街は非常に興味深い!より多くのデータを集めましょう!2人1組になって、たくさん回りましょうね!」
「はぁ……ただ、その組み合わせはどのように?」
自分は教授の護衛である。なので、彼女とペアで動くべきだ。
その大義名分で、ペア決めには挑むつもりである。もしもここで教授と組めなければ、あまり親しくない異性と2人きりになってしまうのだ。
つまり、『死』、である。
「私と影山さん。婿殿とカタリナさんの組み合わせでどうでしょうか」
「すぅー……何か、お気に触るようなことでもしてしまったでしょうか……!?」
「婿殿?」
ぶわりと、汗が噴き出るのを感じる。
揉み手をしながら愛想笑いを浮かべる自分に、教授が少し困ったような笑みを浮かべた。
「本当は4人で固まって動くべきなのですが、それでは少々不自然ですので。最初は、目立ち過ぎる組とそうでない組。私とカタリナさん、婿殿と影山さんのペアを考えたのですが」
「私は教授のお傍にいろと、命令されているので……」
少し申し訳なさそうに、影山さんが頬を掻く。
というか、目立ち過ぎる自覚あったのね、教授。まあ、この街でもエルフは珍しい可能性が高いし。何より美人だし。
この人が70代で孫が3人いるってもう詐欺の一種だと思う。
「護衛と言ったら、僕も教授の護衛なので……」
「ですが、調査の協力者でもありますから。婿殿には別行動をお願いしたいのです」
「……はい」
教授の様子からして、これ以上食い下がっても無駄だと諦める。
どうにか、せめて4人で行動できれば……いや。
「あ、なら。僕だけで動くのは……」
「それは……流石に単独行動は危険ですから」
『京ちゃん君。諦めたまえ。君1人だと、絶対に異世界基準でおかしなことをする。日本の常識が通じない場所だぞ、そこ』
『むしろ、その。現地ガイドであるカタリナさんと一緒な辺り、お婆様も心配している可能性が……』
『京ちゃん!京ちゃんの環境適応能力は、あんまり高くないよ!物理面以外!』
「くっ……!」
なんも言い返せん。適応力が高いのなら、男子の友達ぐらい1人はいるはずなので。
伊藤君達?彼らはちょっと……友達と呼ぶのに抵抗があるので。連絡先も知らんし。
『よろしくお願いします。キョウタ様。御身が快適にお過ごしできるよう、粉骨砕身の努力をする所存です』
「あ、はい。よろしくお願いします。でも、その、そこまで頑張らなくて良いので……」
『御意』
キリっとした顔でそう語るカタリナさんに、どうにか営業スマイルを浮かべる。
……不安しか、ない!
そんなこんなで、大使館を出る。気分はドナドナされる家畜である。
自分のコミュニケーション能力で、親しくない異性。しかも自分を異様に怖がっている人と見知らぬ街を歩くとか、ある種の拷問ではないか?
この状況を『ケモ耳巨乳美少女とデートだー!』と喜べるメンタルをしていたら、そいつはコミュ障ではない。恋愛脳の陽キャである。
背中に大量の冷や汗を流しながら、カタリナさんと並んで歩き出した。大使館から遠ざかり、街の方に向かっていく。
その間、互いに無言であった。何か言うべきかと思ったが、会話デッキが皆無である。
天気の話でも振るべきか?それとも服装のこと?前者は論外だし、後者は2人ともお洒落目的で着ている服ではないと思うので、適しているかどうか……。
いつの間にか、市場らしき場所に出ていた。無言で移動する自分達に耐えかねたのか、アイラさんが少し大きめの声を発する。
『しかし、あれだな!テレビで聞いた話なのだが、異国の街ではスリに気を付けないといけないそうだ!京ちゃん君も十分に注意したまえ!』
「そ、そうですねー」
『なんで京ちゃんもパイセンも声が上ずってるの?』
『察してあげてください、エリナさん』
察してくれるのならもっと話しかけてください……!
いや、それはそれで、カタリナさんを放置することになるから気まずいのだが。
『だがスリだけではないよ?あんまり周囲を警戒し過ぎて挙動不審になると、泥棒に間違われることも────』
『どろぼぉおおおおお!』
「無実です!?」
突然聞こえてきた大声に、ビクリと肩を跳ねさせながら振り返る。
だが、どうも自分に対して言われたわけではないらしい。
『どけ!どけよ!』
明らかに人相の悪い男が、小さな布の袋を持って人を掻き分け走っていた。
こちらに向かってくる彼と、視線が合う。
『どけぇ!ぶっ殺すぞぉ!』
「え、ぁ」
血走った瞳に睨まれ、咄嗟にどうすれば良いのか迷う。
迎撃?いや、相手は人間だし、避けた方が。いや、でも泥棒って……。
混乱して判断に迷った結果、両手を前に突き出して彼へと呼びかけることにした。
「お、落ち着いて!止まってください!」
『うるせぇ死ね!』
「ひぇ」
がたいが良くガラが悪いお兄さんにすごまれ、腰が引ける。モンスター相手ならともかく、こういった経験はあまりない。
こちらへ向かってくる彼に、涙目になっていると。
『お任せを』
「え?」
青い髪が、ふわりと目の前で広がる。
次の瞬間、鈍い音が響いた。同時に、野太く短い悲鳴も。
『あぎゃっ!?』
地面に叩きつけられた男の人と、その前に立つカタリナさん。
顔面の形が少し変わって横たわる犯人の背中を、彼女は容赦なく踏みつける。
そして、こちらに振り返った。
『このような些事は、全て某が対応いたします!』
それはもう、自信満々な笑顔で。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。




