外伝 閑話 大人達の心配事
外伝 閑話 大人達の心配事
サイド なし
東京都、霞ヶ関。
そこにある中央合同庁舎のワンフロア。
『ダンジョン庁』。日本各地にあるダンジョンの把握と管理。自衛隊を始めとした関係各所との情報共有。モンスターへの対策や、覚醒者に関する諸問題への対応等々、その業務内容は多岐にわたる。
今日もその一角で、ダンジョン庁の職員達が会議を行っていた。
「────以上が、冒険者の推移です」
職員の1人が、報告を終えて顔を上げる。
「ありがとう。やはり、冒険者の数は順調に増えているな」
そう頷く赤坂部長だが、隣にいるタブレットを抱えた男性職員が半笑いを浮かべた。
「と言っても、低ランク帯に留まる人ばっかりですけどね。まあ、ただ稼ぐだけなら『D』あれば十分ですし。当然と言えば当然ですけど」
「それに、動機もこちらの想定とは異なるケースが多いですね」
その反対側に立つ、ノートパソコンを操作する女性職員が淡々と続ける。
「ここ3カ月で冒険者になった人の約7割が『自衛の為』とアンケートに答えていますが、その内の6割強が『錬金同好会』で女性型のゴーレムを購入しています。また、アンケートに『嫁ゴーレム購入の為』と答える人は全体の1割弱でした」
「『ウォーカーズ』に入ると、同好会に優先してゴーレム回してもらえるって噂もありますしねー。実際は例の狸型なんですけど、稼ぎが安定するから結果的にエッチなゴーレムも買いやすいでしょうし」
ケラケラと、タブレットを持った男性職員が笑う。
「これ、もしかしたらマジで日本から覚醒者が消えるかもしれませんね。さっきのデータ、大半が男性ですけど、女性の冒険者がイケメンなゴーレムを購入するパターンもありますし。覚醒者のカップルはどんどん減っていますよ」
「……今は、冒険者の増加を喜ぼう」
2人の言葉に、赤坂部長が一瞬だけ苦笑を浮かべる。
しかしすぐに表情を引き締め直し、職員達を見回した。
「ダンジョンの大半は『Dランク』以下だ。その対応をしてくれる冒険者が多いことは、喜ばしい。しかし、ルーキーが多いということは事故も多いということだ。彼らがより安全に探索できるよう、講習内容の改良に今後も取り組んでいこう」
「はいっ!」
「だが、覚醒者全体の未婚率増加は無視できない。その辺りは、厚生労働省を始め各省庁と連携していこう」
そこまで言って、赤坂部長が手元の資料をめくる。
「では、次の議題だ。覚醒者のみの、野球大会だな」
野球大会という、和やかな言葉。
しかし職員達の顔には、先程以上の緊張が浮かんでいる。
「参加を表明している『Aランク候補』は現在6名。『Bランク』は2名です」
「彼らの身体能力を考えると、今の範囲でも不安があります。やはり当日は付近の住民に避難してもらった方が良いのでは?」
「いや、これ以上警戒区域を広げるのは経済に影響が出過ぎる。何より、覚醒者に対する過度な警戒心を植え付けてしまう恐れがある」
「だが、実際に怪我人が出た場合はもっとまずいでしょう。ここは安全をですね」
職員達が、鋭い視線で言葉を交わすのも仕方のないことだった。
覚醒者。その中でも高レベルと呼ばれる者達は、もはや人類と呼ぶのが難しい程の身体能力をもっている。
素手で鉄筋コンクリートの壁に大穴を開け、生身で拳銃弾を受けても傷1つつかず、駆ければ新幹線と並走できる。
それが『Aランク候補』だ。しかもこれは一部の突出した者ではなく、このランクの普通である。
「正直、形式上誘わざるを得なかった『インビジブルニンジャーズ』……矢川京太が断ってくれて安心しましたよ。僕は」
タブレットを操作する男性職員が、冷や汗を額に浮かべながら呟く。
「彼、『Aランク候補』の中でもトップ5に入るスペックしていますからね。戦績もやばいですし。下手したらホームランボールが数十キロ先の人間を破裂させかねませんよ」
「あまりそういうことを言うのはどうかと。それに、言っては何ですが例の3人組が参加表明をしている段階で手遅れかと」
「ですよねー」
ノートパソコンを抱えた女性職員の言葉に、先程の男性職員がその場でしゃがみこむ。
「まさか、向こうからノリノリで参加を申し込んでくるとは。あの子達、元はソフトボール部か何かですか?」
「そのようなデータはありませんね。3人とも、野球好きという話もありません」
「そのことだが、直接本人達から聞いておいた」
赤坂部長が、苦笑と共に続ける。
「『戦い以外の娯楽も楽しみたい』だそうだ。良い傾向ではある。彼女らには、平和なぬるま湯にいてほしいものだ」
「っすねー」
「こういう言い方は悪いですが、それで牙が抜けてくれるのなら万々歳です」
戦いを娯楽と言い切る、件の3人娘。
とある戦いで強烈な呪いを受け、中心となっている少女が片目と片腕を失ってなおこれなのだ。もはや筋金入りと言える。
「話を戻そう。この大会は、元スポーツマンの覚醒者のガス抜きとして重要なイベントだ。絶対に成功させたい」
「はい」
この野球大会は、かつてのマラソン大会と同じ理由で開催が決定した。
覚醒者は、低レベルでも『スキル』と呼ばれる不思議な力を持っている。低レベルの段階でも身体能力が強化されているケースもあり、通常の大会への参加は禁じられていた。
野球は人気スポーツな分、覚醒者達の中には夢破れた球児もかなりの多い。
この野球大会が無事に終われば、サッカーやバスケなどの他のスポーツの開催も検討される。
かつての名選手が、自暴自棄となって犯罪に走りかねない。そのガス抜きが必要なのである。
また、民間企業の食いつき次第では新たに『覚醒者用の競技』が興行として成立する可能性もあった。
ダンジョンによる利益と負債で混乱する日本経済にとって、無視できない飯のタネである。
異世界との貿易は未だ行えていない。それに期待し過ぎず、別のプランで日本の未来を考えていく必要があった。
そういう理由もあって、ダンジョン庁の職員達は今日も熱い議論を交わしていた。
* * *
会議が終わり、各々が仕事に励む中。
赤坂部長は合同庁舎のとある一室に移動し、周囲を確認してからスマホを耳に当てた。
「もしもし、赤坂です」
『すまないね、赤坂君。丸井だ』
通話の相手は、丸井陸将である。
全体的に四角い顔立ちの人物に、電話越しながら赤坂部長は小さく会釈した。
「お世話になっております。本日はどのような?」
『実は、異世界のことで聞きたいことがある。君のことだ。個人的に色々と情報を集めていると思ってね』
丸井陸将の言葉に、赤坂部長が背筋を伸ばす。
「そのことですか。しかし、たしかご子息が大使館で勤務しているはずですが……」
『息子も忙しい。それに、どうもプロフェッサーについている隊員の、直属の上官が焦ったらしい。その隊員に無茶な命令を出した結果、虎の尾を踏んだ可能性があってな』
「それで、自衛隊と外務省で少し険悪になっていると」
『そうだ。プロフェッサーのことだ、ただのポーズではあるだろうが……』
「一概にそうとは言い切れない上に、例えポーズでも駆け引きに使えるのなら利用するでしょうね」
『ああ。英国に君と『ウォーカーズ』がこの前貸しを作ったそうだが、その辺りから何か『インビジブルニンジャーズ』の情報は引き出せていないか?』
「いいえ。どうも、あの国と彼らはもはや別の組織なようです。プロフェッサー個人の思惑で動いていると、判断すべきかと」
『そうか……わかった。話は戻るが、君の方からあちらの情報を教えてほしい』
「それは勿論構いませんが……」
『無論、私の方も『独り言』はする』
「承知しました」
淡々とした様子で、赤坂部長が頷く。
「現在大使館がある街の周囲に、大型のモンスターの目撃情報が多数上がっているそうです。その街の行政機関からは、独自に対応可能である旨が日本政府に伝えられています」
『向こう側の教会とやらは?』
「協力を申し出ているようですが、街の管理者が貸しを作るのを嫌がっているようです。炊き出しや兵士の治療などの支援のみ、受け取るそうです。自衛隊、というか日本には一貫して手出し無用。そして避難も不要だと言っていますね」
『その辺りは、こちらに入っている報告と同じか……』
「はい。ただ、どうにもきな臭いですね。まだ確定情報ではありませんが、街の管理者の屋敷に最近人と物の出入りが増えたそうです」
『それは、会議を何度も開いているとか、物資の調達以外の理由かね』
「不明です。ただ、入っていく馬車より、出ていく馬車の方が重そうだった……と、現地の職員は報告しています」
『……最悪のケースも想定すべきか』
「私からは何とも」
街の管理者は、逃げ支度をしているかもしれない。
断定はできないが、本当であった場合由々しき事態である。
あの街の行政機関は似たような事例を何度も解決してきた為、心配はないと日本政府や街の住民達に説明していた。
だが、これまで対処してきたのとは別のモンスターである可能性がある。
万が一街の防壁が突破されれば、大使館も無事では済まない。
「ご子息に、日本へ戻るように言うべきでは?」
『冗談でも笑えんな、赤坂君。息子があの地を離れるとしたら、それは政府から正式な命令が出た時だけだ』
電話越しでも、赤坂部長は丸井陸将の瞳が細められたのを察した。
『息子可愛さで、私が陸将の立場を使うなどあってはならない。ただ外務省の一職員として扱うのみ。進んだ道は違っても、同じ覚悟を持っていると私は信じている』
「……失礼しました」
『構わない。それで。プロフェッサーはこの件に対してどうするつもりか知っているかね』
「これも不明です。一旦、例の『遺産迷宮』へ行くのは控えるようですね。しかし、街の調査は続けたいと考えているようです」
『……この状況で手を引かないのは、自信か。それとも知識欲の暴走か』
「両方かと。少なくとも自分自身と矢川京太の身はどうとでもなる。その確信が、プロフェッサーにはあるのかと」
『それだけの実績はある、か』
「私からお伝えできることは以上ですね」
『ありがとう。それと、これは私の独り言なのだが』
「はい」
『近々、『金剛改』がロールアウトする。対ダンジョンの戦力強化が期待できるだろう』
「それは、おめでとうございます」
『だが同時に、国連で金剛、及びその改良機の管理について議題が上がることが決定した』
「……やはり、ですか」
『金剛』。それは、『錬金同好会』と自衛隊、そして『ウォーカーズ』が協力し、更に『インビジブルニンジャーズ』の知識が提供されたことで完成した装着型ゴーレム。
これを使えば、本来覚醒者のみが入れるダンジョンに非覚醒者でも入ることができる。それはつまり、誰でもゲートの向こう……異世界に送れるということだ。
実際、大使館の職員達は『金剛』を装着してゲートを突破。向こう側について、厳しい検査を受けてから働いている。
そうでなくとも、ダンジョン対策の切り札とも言える装備だ。どこの国も喉から手が出る程に欲している。
現状、ダンジョンは日本にしか出現していない。その増加率も、向こう側の龍脈を制御することで改善しつつあった。
だからこそ、日本がそれを悪用した場合を各国が考えている。
氾濫寸前の『Aランクダンジョン』を、自国の首都に突如出現させられるかもしれない。
その警戒もあって、多くの国々が異世界行きのチケットを求めていた。
無論、向こう側にある手つかずの資源や市場に目がくらんでいる者もいるが。
『現状、『金剛』は兵器ではないとされている。しかし、これからは違う扱いをされるかもしれない』
「……承知しました」
『なに。これはただの独り言だ』
「そうでしたね」
赤坂部長が苦笑を浮かべる。
しかしその瞳は、一切笑っていない。
「難しいですね、人の世は」
『案外、我々が難しく考えすぎているだけかもしれんがね』
「だったら、ただの道化として笑い転げるんですが」
『何にせよ、『金剛』について『同好会』、そして『ウォーカーズ』にこれまで以上の接触があるだろう。『インビジブルニンジャーズ』に対しても、何かあるかもしれない』
「……これは独り言なんですが、最近中国の方が色々と元気なようです」
『……あそこは、一度3つに分裂して大打撃を受けたはずだが。もう立ち直ったのか』
「さて、そこまでは」
小さく肩をすくめて、赤坂部長は今度こそ本心から苦笑した。
「うちの娘がちょっと見てくると言っていますが、全力で止めましたので。私も詳しいことは知りません」
『むぅ……よその家庭に、とやかく言うつもりはないが……本当に行かせないのかね』
「はい。あの子にはまだ早い。そもそも、まだ学生ですからね。何もかもが足りていません」
『……そうだな。華々しい実績に、目がくらんでいた。すまない」
「いいえ。まあ、華々しいと言っても表には出せない経歴ですが」
『違いない』
「……では、そろそろ」
『ああ。時間をとらせてすまない。それでは』
「はい。失礼します」
通話を終え、赤坂部長が部屋を出る。
大股で早歩きに進む彼に、不審な目を向ける者はいない。ここで働いている者は、誰も彼も忙しいのだから。
赤坂部長は脳内で様々な情報を整理し、そしてある結論を出す。
「まず、野球大会を無事に終わらせなきゃなぁ……」
覚醒者を含めて、日本のダンジョン関連の物事全てに対応することが求められる、ダンジョン庁。
そのフロアの明かりが消えたのは、今日も夜遅くのことであった。
読んでいただきありがとうございます。
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