外伝25 矢川京太は誰が何と言おうと一般人である
外伝25 矢川京太は誰が何と言おうと一般人である
「謎の巨大モンスターが都市の近くを移動している?」
「はい。どうやらそのようです」
浮かんだ冷や汗をハンカチで拭いながら、丸井さんが続ける。
「モンスターの種類やその移動ルートについて、未だ都市の代表は掴めていないようです。ただ、近隣の野生動物の動きや移動の痕跡から大型のモンスターが出没したことは間違いないそうです」
「なるほど……」
彼の言葉に頷く。
この異世界では、ダンジョンの氾濫とは関係なしにモンスターがその辺をうろついていたりするのだ。であれば、こういう事態もなくはないのだろう。
「では、我々にはそのモンスターの問題が解決するまで、ジャンホール伯爵の迷宮の調査は控えてほしい……ということでしょうか」
「はい。その通りです」
教授の問いかけに、丸井さんは申し訳なさそうに頷いた。
「そのモンスターの脅威度が不明な以上、一般人の皆さんを危険にさらすわけにはいきませんから」
「……これは一応聞くのですが、我々がそのモンスターの調査をすることは可能ですか?」
「教授」
「安心してください、婿殿。本当に一応聞くだけです」
「……失礼しました」
真剣な面持ちの有栖川教授に、小さく頭を下げる。
これがアイラさんなら兎も角、この人がそんな無茶な提案を本気でするわけがない、か。
『京ちゃん君達が偵察するのは構わないが────別に、倒してしまっても構わんのだろう……?』
なんか、念話越しにアホなことを言っている残念とは違うのだし。
お前さんそれ遠回しな自殺教唆ですからね?あまりにも有名すぎる死亡フラグを建設しないでほしい。
「立場的には、有栖川教授達はこの街の冒険者ですので『依頼』という形で調査を行うことを止めることはできません。ただ、やはり我々としてはそういったことは控えていただけると非常に助かるのですが……」
「いえ、無茶な質問をしてしまい、申し訳ありません。一市民として、そちらの警告に従いましょう」
「ご協力ありがとうございます。助かります」
ペコペコと頭を下げる丸井さんに、教授も優雅に一礼する。
そして、凛とした瞳で彼女は問いかけた。
「それで、問題解決の道筋がどのようなものか。既に定まっていらっしゃるのですか?」
「……その辺りは、現在この都市の統治機構と話し合っている途中ですので、お答えはできません」
眉を八の字にして、丸井さんが首を横に振る。
「こちらも独断で自衛隊の方々に調査をお願いするわけにはいかず、上の方でも協議が続いております。場合によっては大使館の撤退も視野にいれ、検討しております」
「わかりました。何か判明しましたら、是非私達にもお教えください」
「はい。勿論です。教授には異世界の調査をご協力して頂いているわけですから。今後もしっかりと情報共有をしていきたいと思います」
「ええ。感謝します、ミスター」
ニッコリと笑みを浮かべて握手をする2人。
なんだろう。表面的には穏やかな会話なのだが、言葉の裏で相手の腹を探っているようにしか思えない。
だが、丸井さんの言っていることは本当なのだろう。魔力の流れもおかしな所はない。
実際にこの街へ謎の巨大モンスターが近づいている。何とも、厄介なことだ。
「すみません。そのモンスターの接近って、珍しいんですか?もしかして、ゲートが繋がったこととかに……」
「ああ、いえ。珍しくはありますが、こういったことはゲートが繋がる前から度々あることだそうです」
こちらの問いに、丸井さんが首を横に振った。
「勿論、まだ確証はありませんが。その可能性は低いというのが、『この都市の統治者』の考えだそうです」
「……その方以外で、この事柄を関連付けている方がいるということですか?」
「その辺りは、申し訳ありませんがお答えしかねます」
心の底から申し訳ないという様子でそう告げた彼だが、その全体的に四角い顔をこちらへずいっと近づけてきた。
「それはそれとして。これは全くの別件なのですが……この世界の宗教団体の方々が、我々日本人に対して少々複雑な感情を抱いておられるようです。教会に近づく際は、トラブルに巻き込まれないようお気をつけください」
「……わかりました」
教会の人達は、これが日本とゲートが繋がったことに関係していると考えている……と。
そう遠回しに告げた丸井さんが、顔を離す。
「それでは、私はこれから会議に行かないといけないので……すみませんが、これで」
「あ、すみません。最後に1つだけ、お尋ねしたいことが」
「はい。何でしょうか」
去っていこうとする彼の背を呼び止め、視線を一瞬だけカタリナさんの方へ向ける。
「現地協力者のカタリナさんのことなのですが、彼女にこのまま大使館に留まっていただくことは可能でしょうか?」
「勿論、彼女の衣食住に関する費用は我々でもたせて頂きます。異世界の研究について、非常に大事な存在となり始めているので」
自分と教授の言葉に、彼は少しだけ考えた後。
「わかりました。そのように取り計らいます。ただ、日本がこの建物から撤退した場合に関しては、この都市の統治機構へご相談ください」
「はい。ありがとうございます」
「では。失礼します」
こちらへ一礼し、今度こそ去っていく丸井さん。
彼の背を見送り、4人で向かい合う。
「ということなんですけど……あ、カタリナさんへの説明しないと」
『ああ、問題ないよ。私が念話で翻訳しておいたからね』
「ありがとうございます、アイラさん」
『ふっ……元祖クールビューティーとして、当然のことをしたまでだとも』
「元祖お好み焼き屋みたいに言わないでください」
『そして私が2代目クールビューティーにして、初代林崎流忍術の師範だよ!』
「そんな事実はない」
『え、えっと、では私が3代目クールビューティーということで……』
「自分で言っていておかしいとは思わないのですか?」
『恥を知りたまえ、ミーアよ』
『そうわよ!!』
「全員だよバカども」
「おっほん」
「あ、すみません」
教授の咳払いに、慌てて頭を下げる。
いけない。3馬鹿の残念ワールドにいつの間にか取り込まれていた。恐ろしい……。
「事情を共有できているのなら結構。では、遺産迷宮の調査は巨大モンスターの問題が解決するまで、一旦中止としましょう」
教授がそれぞれの顔を見回すと、カタリナさんがおずおずと手を上げる。
『カタリナさん、どうしましたか?』
サナさんに翻訳してもらい、彼女に問いかける。
『恐れながら、キョウタ様とアリスガワ様でそのモンスターを討伐なされれば解決するのではないでしょうか……?お二人ならば、たとえ敵が天を覆う程強大な怪物であっても、討伐は他愛ないかと』
「あー……」
その言葉に、教授へと視線を向ける。
「教授……彼女の言葉に賛同するわけではないのですが……」
「婿殿の言いたいことはわかります。万が一この都市の防衛戦力ではその巨大モンスターを倒せない場合。そして民間人に被害が出る場合。それらに備え、我々にできることはないか……ですね?」
「はい……その、自惚れかもしれませんが」
もしも巨大モンスターとやらが、それこそ赤と白の竜に匹敵する怪物であれば一も二もなく逃げ出す所存である。外国どころか別の世界の人達の為に、命を懸けられる程お人よしではない。
だが、それが強いは強いが、余裕をもって倒せる強さ……『Bランクボス』ぐらいまでなら、人命救助の為に打倒するのも悪くないと思うのだ。
こちらの言葉に、教授は首を横に振る。
「婿殿のその考えは個人的に賛同します。『力を持つ者の権利と義務』などと言うつもりはありませんが、隣人を大切にするのは良いことです」
「では」
「しかし、我々はあくまでこの世界において客人でしかありません。そういった判断は、慎重にすべきでしょう」
「……はい。ごもっともです」
「まあ、目の前の危険にやむを得ず、ということもあるでしょう。遺産迷宮の調査は止められてしまいましたが、この街の調査はまだまだ終わっていません。その際に巻き込まれてしまった場合は、頼みますよ。婿殿」
「はい。……え、問題解決までこっちの世界に来ないのでは?」
「いやですね、婿殿。遺産迷宮のことしか、言及されなかったじゃないですか」
「発想がアイラさんだ……」
「いやですね、婿殿。年甲斐もなく泣いてしまいそうなので、あまりそういうことは言わないでください……」
『どういう意味かな?』
念話からの声を無視し、カタリナさんに向き直る。
『あくまで、この都市の問題は都市を守っている人達に対応してもらいたいので……僕達は無理に干渉しないつもりです」
『なるほど。大いなる力を無暗に振るえば、それだけ大きな影響がでる。ということですね。流石はキョウタ様です。このカタリナ、感服いたしました』
『え、いや……そんな大それた話ではなくですね……こう、一般市民としての対応といいますか』
『……つまり、人類の営みを見守る。ということですね』
『うーん……えっと……言葉通りに。言葉通りに、お願いします。言葉の裏とか、ないので。本当に。人類がどうとか、そんな広すぎる視野は持っていないので』
『……御意!』
本当にわかっているのだろうか、この犬耳美人。
キリっとした顔ながら、冷や汗を浮かべて頷くカタリナさん。どうにも、この人の中で自分や教授はとんでもない生物にされている気がする。
「それで、影山さんはどのように?」
頭を抱えたくなっている自分とは別に、冷静な様子で教授が影山さんに問いかける。
若い自衛官は、背筋をピンと伸ばしたまま答えた。
「私はあくまで一自衛隊員ですので。上からの指示に従います。ただ、住んでいる場所は違えど、一般の方々の生活は穏やかなものであってほしい。そう願っております」
彼女の言葉は、自衛隊として教科書通りのように思えた。
しかし、同時に嘘を言っているようには感じられない。影山さんの瞳はあの力への渇望にまみれたものではなく、非常に真摯なものであった。
「……そうですか。もし何かあったら、ご相談ください。そちらの予定に、我々も合わせる予定です」
「はっ。ありがとうございます」
影山さんの様子に、教授は静かに頷いた。
これ以上の言葉は不要とばかりに、彼女は再び全員を見回す。
「では、今日はここまでということで。回収したドロップ品をいつもの保管場所に置いた後、日本へ帰還します」
「はい」
「はっ」
自分と影山さんが頷いた後、カタリナさんが慌てて頷く。彼女には、アイラさんが翻訳してくれたらしい。
そうして撤収となったのだが……。
『時に、これは非常に無茶なお願いだと思うのだが』
イヤリング越しに、残念1号が何か言い出した。
『カタリナ氏を日本に招くことはできないだろうか。彼女の生体デー……サンプ……聞き取り調査なんかをしたいのだが』
「マジで無茶を言うな」
こっちの一存で決められることでもないし、大使館の人達滅茶苦茶忙しいだぞ、今。
「……実は私も、その辺り交渉できないかなー……とは、思っていました」
「教授?」
「あくまで!あくまで思っただけですから!」
やっぱりこの人、研究が絡むと思考がアイラさんによるな……。
「そこの所どうでしょうか、影山さん」
「うぇ!?いえ、私の立場からは何も……」
「やめましょう。本当にやめましょう、教授」
失礼を承知で、ガッシリと有栖川教授の首根っこを掴む。
「聞くだけ。一応聞くだけですから……!」
「すみません、影山さん」
「いえ……」
「婿殿。待ってください。ちょっとだけ、本当にちょっとだけ交渉をですね」
「はーい、帰りますよー」
「あぁん……」
踵を地面に擦らせる教授を、車へと連れて行く。
この人は何だかんだ常識があるので、移動している内に正気を取り戻すはずだ。
『横暴だぞ京ちゃん君!ちょっと影山氏を脅して交渉を有利に進めたいだけじゃないか!』
「え、私はそこまでは……」
『ババ様!やってしまえ!今こそ英国貴族の3枚舌を発揮する時だ!』
「貴女、私や私の実家をそんな風に思っていたのですか……!?」
問題は、念話の向こうにいる問題児(21歳)の方である。
仕方がない。
「エリナさん、ミーアさん。やっておしまいなさい」
『イエアアアアアアッ!』
『姉さん、あんまり我儘を言うなら、私も我儘を言っちゃいますよ!』
『汚いぞ京ちゃん君ッッ!!』
これにて一件落着。
まあ、実際は何も終わっていないのだが。この都市に巨大なモンスターが接近するのはこれが初めてではないらしい。
であれば、何だかんだ上手く現地の人達が解決してくれるだろう。
自分達はノンビリ、一般人らしく誰かが何とかしてくれるのを待てば良いのだ。
『HANASE!この程度で!この程度で我が野望は潰えん!そう、第二第三の私が現れるぞ!』
『え、本当ですか姉さん!』
『発言には気をつけろよパイセン!ここが戦場になっちまうんだZE!』
……誰かが何とかしてくれるのを、待とう!
一般人代表の僕は、普通に去るぜ……。
読んでいただきありがとうございます。
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おかげさまで『コミュ障高校生』の第1巻が好評発売中です!皆様、本当にありがとうございます!どうか今後ともよろしくお願いいたします!
なお、前回の外伝にて『エッチなことすればレベル上限解放されると思っていた』方々へ。
や~い!脳みそ名誉ミーア~!!




