外伝24 面倒ごとの予感
外伝24 面倒ごとの予感
「よっこい……せっと」
ゴロゴロと大玉転がしのノリで鉄球を押して行けば、突き当りまで来たようで壁にぶつかった。
そして、左側の壁に木製の扉が見えている。転がってくる鉄球を回避し、ここから先に進めということらしい。
「僕が押さえているので、皆さん先に行ってください」
『そんな!?京ちゃんをここに置いていけって言うの!?』
「いや後から行きますから」
『くっ……!迷うな、皆!京ちゃん君の犠牲を無駄にするんじゃない!』
「犠牲ではない」
『貴様!これは犠牲ではなく、礎とでも言うつもりか!京ちゃん君の命を、いったい何だと思っているんだ!』
「とても大切に思っています」
『これが……忍者の世界……!』
「ちげーよアホども」
───♪
「おい。誰ですか、無駄に感動的な音楽流し始めたの」
『京太君……!私、貴方のこと一生忘れません……!』
「貴女までそちらに行かないでくださ……すみません」
『なんで私謝られたんですか!?』
だって貴女もう手遅れだし……。
イヤリング越しに自称忍者と残念姉妹が騒がしくしている中、教授がペタペタと鉄球に触れる。
「ふむ……どうやら、本当に金属製のようですね。これに轢かれれば、『Dランク』どころか『Cランク冒険者』でも無事では済まないでしょう」
「ですね。突然罠の殺意が上がりました」
『いや、そうとも限らないよ?』
「え?」
アイラさんの言葉に首を傾げる。
『あの鉄球、鏡越しだったが速度はあまりなかったように見えるからね。京ちゃん君が止めなければここから加速していっただろうが、それでも『Dランク冒険者』なら走って逃げられたはずだ』
「しかし、いつまでも追われていたら力尽きますし、他のモンスターの妨害も考えられますよ?」
『君がのんびりと玉転がしをしている間、襲撃は1回もなかったが』
「あっ……」
『あっ……』
『先輩。そこから先を口にするのはやめようね?』
『何故ですかエリナさん!?』
残念2号がセクハラ発言をする前に、自称忍者からストップが入った。
やはり手遅れ……。
「たしかに、モンスターの妨害がありませんでしたね。カタリナさんの索敵にも、何も引っかからなかったみたいですし」
『それに、こちらで撮影したデータからAIで地図を描いているのだが、暫く後ろへ戻ると緩やかなカーブの手前で、直角に横へ逸れるルートがある。本来はここへ逃げ込むことを想定していたんじゃないかな?』
「あー……」
「少し確認してきます。婿殿は影山さん達とここで待っていてください」
「あ、わかりました。お気をつけて」
そう言って来た道を小走りで戻っていく教授。護衛としては彼女を1人にすべきではないのだろうが、有栖川教授なら大丈夫だろう。
そうして彼女を見送る為、後ろを振り返ったのだが。
「…………」
『…………』
それぞれこちらをガン見している影山さんとカタリナさんに、自分の肩がビクリと跳ねる。
ビックリした……なんか、ホラー映画のワンシーンかっていうぐらいにこっちを見ている……。
影山さんの方は、ある意味予想通りというか。意識して無表情になっているようだが、拳が硬く握りしめられている。黒々とした瞳には、嫉妬と羨望が渦巻いていた。
カタリナさんは、顔面蒼白で自分と鉄球を見つめている。唇は硬く閉じられ、直立不動だが微妙に重心が後ろへいっていた。たぶん、怖がられている。
……とっても気まずい。
どういうリアクションをすれば良いのかわからず、とりあえず愛想笑いを浮かべて会釈しておいた。
すると、カタリナさんがビクリと震える。それに合わせて彼女の巨乳も上下に『たゆん』と揺れた。
余計怖がられた気がする。一瞬眼福とか思ったが、罪悪感が湧いてきた。
「……矢川さん」
「あ、はい」
そうしていると、影山さんが真剣な表情で話しかけてくる。
彼女はこちらを真っすぐに見つめ、どこか言葉を選ぶように視線を少しだけ彷徨わせた。
数秒程で考えが纏まったらしく、彼女が再び口を開く。
「矢川さんは、どうやったらより強くなれると思いますか?」
「強くなれる方法……ってことですか?」
「はい」
「そりゃあ、レベル上げしかないかと……」
個人的には、覚醒者の戦いは8割レベルで決まると思っている。
雫さんの作ってくれた装備に何度も助けられた身で言えたことではないが、覚醒者とモンスターの戦いは既存の生物の常識から外れた領域だ。
鉄筋コンクリートの壁をぶち抜く斬撃や拳が飛び交い、お互い自動車より速く駆け回る。
そんな戦いである以上、やはりレベルこそが、それによって引き上げられた『ステータス』こそが大事ではないか。そう、自分は思っている。
凄いパワーで殴れば、大抵の生物は倒れる。これ、世界の真理。
「……しかし、強くなければ効率的なレベル上げはできません」
「まあ、そうかもしれませんが……」
影山さんの意見は尤もだ。
いわゆる、『服屋に行く為の服がない』ってやつである。
「そこは、自衛隊の強い人とか、民間の冒険者を雇ってレベル上げを手伝ってもらうとか……?」
自分が雫さんと愛花さんにやった、パワーレベリングとかお勧めである。
アレなら手っ取り早くレベルが上げられるので。戦闘経験や技量は、後から身に着けていけば良い。
……というか、ある意味で影山さんの今の状況がそれに近いと思うけど。
この遺産迷宮は、覚醒者を鍛えるのにもってこいの場所である。危なくなったら自分や教授が割って入るのだし、レベル上げには丁度いい。
でもやっぱり、あの2人の時みたいに自分がモンスターの首根っこ掴んで、的にした方が良いのでは?
教授がOKすれば、だが。彼女の護衛として来ているわけだし。
そう考えていたのだが。
「……私は、レベルの上限が近いのかもしれません」
「あー……」
顔を伏せてそう呟く影山さんに、思わず目を逸らす。
我ながら、かなり酷なことを言ってしまったらしい。罪悪感と気まずさで、顔から血の気が引くのを自覚する。兜をしているので、分かりづらいと思うが。
レベルの上限。覚醒者の間でも、才能の差は存在する。自分は運よく……本当に運よく、『ある』方であった。
しかし、影山さんの今のレベルでもう上限に近いとは。失礼ながら、予想外過ぎた。
思い返すと、自分の知っている覚醒者は誰も彼も高位の冒険者である。アイラさんや雫さんは、一芸特化な覚醒者で『普通』とは違うし。
周囲の覚醒者で平均的なのは、愛花さんぐらいか。彼女は戦闘に関して、護身術程度の感覚だけど。
しかし、彼女らと比べても影山さんの上限は……。
「矢川さん。貴方程の冒険者であれば、聞いたことがあるのではありませんか?」
「えっと……?」
「上限の解放。その、やり方についてです」
「あっ、いや……その……」
こちらを射抜くような視線に、頬が引きつる。
自分の被っている兜は、口元だけ見えているタイプだ。動揺がそのまま見えてしまったようで、影山さんの目が鋭くなる。
そのタイミングで、通路の向こうから教授が戻ってきた。
「お待たせしました!元来た道を引き返すと、行きにはなかった立札が壁から生えていましたよ!どうやら、本来は鉄球から逃げるのが正解のようです!」
なんかキラキラした顔の有栖川教授。そうか。この人、イ●ディジョ●ンズ好きだったもんな……。
あの映画と言えば転がってくる大岩。実際に経験したいかは別として、安全が確保されたのならテンションも上がるか。
「おや、どうしました?」
「……いえ。少し、私語が多すぎたようです」
影山さんがこちらから一歩距離をとり、頭を下げてくる。
「申し訳ありません。ダンジョン探索中にするような会話ではありませんでした」
「あ、いえ。その、こちらこそ……」
「……?よくわかりませんが、先へ進みましょう。婿殿、その鉄球は私が魔法で固定しますね」
「あ、お願いします」
教授が固有スキルを使い、黄金の鎖を虚空から射出して鉄球を雁字搦めにした。
すると、鉄球の時間が停止。自分が手を放しても転がることはなくなる。
「……よく考えれば、最初からこうすれば良かったのでは?」
「……失礼。少々、はしゃいでいたようです」
有栖川教授がそっと目を逸らし、頬を僅かに赤くする。
『あざとい!あざと可愛いです、お婆様!ハグしたいです!ほっぺにキスしたいです!一緒にお風呂へ入りたいです!』
「黙ってろ性欲魔人」
あんた実の祖母相手にもそれなのか……。
『いや今のは家族として当たり前のスキンシップの範囲内でしたよ!?ほら、家族ならハグも、ほっぺにキスも、一緒にお風呂もセーフじゃないですか!別に『ピー!』や『ピー!』だとか『ピー!』までは言っていませんし!……いや何ですかこの『ピー』音』
『こんなこともあろうかと!ホイッスルを構えておいたのさ!』
『流石エリナ君。ナイス忍者』
『エッヘンである!』
『あの、それだと私の発言が規制されるべき卑猥なものみたいなのですが……』
『え?』
『え?』
「……あなた方、突然元気になりましたね」
木製の扉を潜りながら、イヤリング越しに3馬鹿へと問いかける。
人が影山さんに怯え、今にも泣き出しそうだったというのに。そこまで元気なら助け舟の1つも出してほしかった。
……いや、流石にこれは我がままかもしれないけども。
『ほえ?お話しの邪魔しちゃだめかなって思ったんだけど、参加した方が良かったの?』
「すみません。会話に参加するかどうかの判断につきましては、臨機応変に柔軟な対応をお願いいたします……」
『影山さんの気持ちも、正直わかるので……私からは、『性癖を解放しましょう』ぐらいしか言えないんです。不甲斐ない……』
「そうですか。そのまま黙っていてください」
『私が君と他人が喋っている所へ割って入れるわけがないだろう!いい加減にしろ!』
「ごめんなさい。貴女の残念さを見誤っていました。期待した僕のミスです」
『私にだけ辛辣じゃないかな!?自分だってコミュ障のくせに!』
『待ってください姉さん。私もちょっと失礼なことを言われました!』
『いや、先輩に関しては当然だと思うよ?』
『エリナさん!?そんな酷い……!チュッチュして黙らせてしまいます!んちゅ~!』
『当て身!』
『ひでぶ!?』
『ああもう滅茶苦茶だよ』
念話の向こうは無視し、意識を迷宮に戻す。
先程までと違い、通路は直線な物に戻った。網目状に張り巡らされた道を、モンスターを倒しながら進んでいく。
影山さんとカタリナさんが危なげなく敵を屠っていき、暫くすると大きな扉が見えてきた。
第1層のことから、恐らくここがボス部屋だろう。
「どうしますか?ここは後回しにして、地図を埋めますか?」
「……いえ。ボスを倒したからといって、強制的に下の階に送られるわけではないでしょう。今日の探索は、このボスを倒したら終わりとします。影山さんも良いですね?」
「はい」
教授の問いかけに、影山さんも頷く。
彼女も探索に集中しているようで、こちらに『上限の解放』のことを尋ねてはこない。
正直、ありがたかった。自分が知っている解放の仕方など、碌なもんじゃない。
『賢者の心核』を使わねばならないこともあるが、それ以上にデメリットが大きすぎるのだ。
錬金術を用いた、レベル上限の解放。それは、『その人物を再構築すること』でなされる。
これを、『魔装』の本を読んでいて理解した時はドン引きしたものだ。肉体の再構築だけではない。魂にまで影響を与える、その人物を丸々作り変える行為である。
記憶や人格に、恐らく変化はない。傍目にはただ上限だけが解放される、デメリットのない方法だ。理論上は、錬成の途中に痛みもない。
しかし……その方法で上限を解放したとして、はたしてその人は『本物』なのだろうか。
『スワンプマン』という、思考実験がある。記憶も見た目も人格も同じで、本人を含めた周囲の誰もその変化に気づけないのなら、それは『その人本人ではないか』というもの。
これに正解はない。『本物だ』という考えを持っても、『偽物だ』という考えを持っても、どちらでも良いのだ。
ただ自分は、進んでそうはなりたくないし、誰かをそうしたいとも思わない。『心核』のことをなるべく隠したいのもあるが、心情的にこの方法は墓まで持っていきたい所存である。
閑話休題。今はボス攻略である。
「この階層のボスは、オークチャンピオンですかね?」
「ここまでオークが出てきましたし、その可能性はありますね。ラット系の、未知のモンスターの可能性もありますが」
「ですよね。では、ここは自分が」
「いえ。ここも私とカタリナさんが……」
「いいえ。ここは自分が」
「……確かに、初見のボスモンスターが出る可能性がありますからね。わかりました」
「あ、いえ。2分の1でオークチャンピオンが相手なら、僕がやらなきゃなーって」
「はい?」
影山さんが、不思議そうに首を傾げる。
「えっと……それは、オークチャンピオンが強力なモンスターだからでしょうか」
「それもありますが……個人的な感傷の問題です」
オークチャンピオンに対し、ちょっと面倒な感情を抱いているのは自覚している。
両親を殺しかけ、エリナさんの片腕を引き千切った相手。同時に、初めて戦い、勝利した強敵。
あの時の相手とは別個体だとはわかっているものの……目の前に奴がいて、自分以外がその首を刎ねるのはちょっと見たくない。
あの怪物を殺すのは、僕だ。
「では、開けます。『白蓮』は背後の警戒を。教授達はそれぞれ何かあった時に備えてください」
「ええ、わかりました」
教授が頷いたのを確認し、カタリナさんにもサナさんに翻訳してもらって伝える。
あの怯えた様子も今は見られず、武士みたいな口調で了承してくれた。
……こっちはこっちで、その内きちんと話さないといけない気がする。僕は無害な一般人なのだが、どうも危険人物として誤解されている気がするのだ。
力を持っている=危ない人ではない……はず。自分では、無暗に他人を害する人間ではないと思っているのだが……言葉にして説明しないと、伝わらないこともある、か。
まあ、今は兎に角オークチャンピオンだ。
「0で入ります。3、2、1───0」
扉を蹴破り、中へ突入する。
内部は体育館程の広さがあり、壁に取り付けられた松明によって照らし出されていた。
部屋の奥にいる、他の巨大ネズミより一回り更に大柄なネズミ。真っ黒なローブを纏い、前足には禍々しい杖を持っている。
だが何より悍ましいのは、その顔だ。首から上だけは体毛どころか皮膚すらもない。その上で、まるで人間の顔のような容貌をしている。
人面ネズミの首から上の皮を、剥いだような姿。奴は長い前歯を見せつけるように口角を吊り上げ、こちらに杖を向けている。
その周囲にはアサシンラットや通常のオーク達が4体ずつ待機しており、明らかに魔法使いである怪物を守っていた。
まあ、こいつらは『どうでもいい』。
部屋の中央で仁王立ちする、3メートル程の巨体。焦げ茶色の肌に、紺色と灰色で彩った胴鎧と腰布を身に着けている。
無骨な槍を手にした、豚面の怪物。
『オークチャンピオン』
視線がぶつかった時には、既にお互い得物を構えていた。
その動きだけで、彼我の技量差が見て取れる。無駄に力の入っていない姿勢ながら、槍の穂先はピタリと空間に縫い付けられたようにブレがない。
背後の巨大人面ネズミが魔法を発動させ、周囲のオーク達も武器を構えた。その中で、オークチャンピオンだけがこちらへ突撃する。
自分に何もさせまいと。一手たりとも打たせまいと。猪がごとき迷いのない動き。
やはり、戦士としては相手が上手か。
そう、実感しながら。
室内を丸ごと、風と炎で覆い尽くす。
自分の前に味方はいない。腰だめに構えた剣を横薙ぎに振るうと同時に、刀身へと一瞬で纏わせた魔力を解放。扇状に全てを焼き尽くした。
壁や床を溶かしてしまう前に、魔力の供給を止める。剣を振り抜いた姿勢から、すぐに正眼の構えへと切り替えた。
警戒しながら、視線を室内に巡らせる。
床に転がる炭化した肉体の群れ。それらが白く変わるのを確認し、肩の力を抜いた。
奥にある宝箱も無事なようで、切っ先を床に向ける。
「終わりました」
視線をオークチャンピオンだった塩の山に向けたまま、背後の彼女らへとそう告げる。
奴のいた場所は、槍の間合いに入る三歩手前であった。
* * *
遺産迷宮を出て、大使館に戻る。
色々とあった探索だったが、終わり良ければ総て良し。オークチャンピオンを無事討伐できたので、個人的には100点満点である。
戦士としては負けたが、生き残った方が勝者なのだ。
帰ったらエリナさんに膝枕してもらいながら頭を撫でてもらおうと考えていると、大使館の周りが……というか、街全体が妙に騒がしいことに気づく。
「これは……?」
4人揃って首を傾げていると、丸井さんがこちらに気づいたようで駆け寄ってくる。
いったいどうしたというのか、彼の顔には明確に焦りが浮かんでいた。
「皆さん、ちょうど良い所に!」
……なんだろう。
ものすごく、面倒ごとな予感がする。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
Q.『賢者の心核』以外でも上限解放ってできるの?
A.はい。何なら、ウミウシさんの『聖杯』でもできます。あっちの場合、スワンプマン的なことにはならないですね。代わりに聖書に出てくる『試練』フルコースの、半分ぐらいの大変さがありますが。
まあ、ウミウシさんのことは各方面でトップシークレット扱いなので、影山さんが正規の手順で知ることは不可能ですけど。
他にも、もの凄くレアな魔道具とか固有スキルなら、可能かも?




