外伝23 知っている罠
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外伝23 知っている罠
魔道具の話も一旦終わり、再びジャンホール伯爵の遺産迷宮へと向かう。
城の目の前まで教授の転移で飛んだ後、念の為全員がそれぞれの体の一部に手を置いた。
その状態で入り口の階段を下りながら、前回回収した金属板に魔力を僅かに流し込む。
瞬間、ぐにゃり、と。一瞬だけ視界が歪む。最後の段を下りたはずが、気づけば目の前には赤いゲートが浮かんでいた。
振り返れば、教授達の顔がある。更にその向こう側には、青いゲートが浮かんでいた。
「アイラさん。予想通り、1階最奥の下の階へ続くゲート前に転移しました」
『うむ。こちらでも鏡越しに見ているとも。しかし素晴らしいな!ダンジョンの好きな場所をスタート地点にできるとは!探索の効率が跳ね上がるぞ!』
「そうですね。もしこれが日本のダンジョンでもあれば、最初から退路を確保した状態で探索ができます」
自分達は基本的に多少モンスターに囲まれて突破できるダンジョンにしか入らないが、それでも事故は起きると考えておいた方が良い。だからこそ、最初に出口のゲートを目指す。
転移のマーキングができない冒険者でも、出口付近でレベル上げやドロップ品の回収ができるというのは、大変魅力的だ。
そう目を輝かせている自分達以上に、影山さんが金属板を強く見つめている。
自衛隊からすれば、喉から手が出る程にほしい魔道具だろう。翻訳機の件で顔から血の気が引いていた彼女だが、今は目が血走る程であった。
「ますます、遺産迷宮を踏破する必要が出てきましたね」
『うむ。さあ、京ちゃん君!ババ様!その圧倒的なゴリラパワーで立ち塞がる障害をなぎ倒すのだ!』
「誰がゴリラか」
「後でお説教しますよ、アイラ」
『心の底からごめんなさい!』
残念女子大生が残念な発言をした所で、視線を目の前の赤いゲートに向ける。
「それでは、第2層へ向かいます」
『うむ。気を付けてくれたまえ』
「はい」
教授達が自分の肩に手を乗せたのを確認し、赤いゲートへと踏み込む。
普通のダンジョンと同じく、浮遊感がないのに足元が消えたような感覚。直後、足裏に固い感触が戻ってきた。
ブーツ越しに踏みしめる、石造りの床。壁に並ぶ燭台に火が灯っていき、通路を照らし出す。
腰に吊るしたLEDランタンの光もあって、周囲の状況がよく分かった。
「ふむ……前回降りてきた場所と、異なる場所のようですね」
こちらの肩から手を離しながら、教授が呟く。
「婿殿、魔力濃度は?」
「前回と変わりありません」
「なるほど。違うのは場所だけ……という可能性が高いですね」
「ならば、今回も私とカタリナさんが」
そう言って、『錬金甲冑』を纏った影山さんが前に出る。
翻訳機に魔力を流し込めば、カタリナさんも小太刀を抜いて彼女に並んだ。
『露払いはお任せください。御身はどうかごゆるりと、歩いてきてくださいませ』
「……お願いします」
サナさんに翻訳してもらいながら、彼女に答える。
すると、カタリナさんは勢いよく頷いた。どうやら、きちんと伝わっているらしい。
影山さんとカタリナさんを先頭に、教授と自分、そして殿に『白蓮』という陣形で探索を開始する。
「どうですか、婿殿。やはりカタリナさんの口調は……」
「はい。随分と古風な感じがします」
翻訳機を介さず、日本語でそう返す。
『ふぅむ。カタリナ氏への出身に関する質問はタイミングを見計らってとのことだが……それはどういうタイミングなのかね?』
「いや、そこまでは……」
「彼女がこちらに心を開いてくれたら、ですね。そこから少しずつ、歩み寄っていきます」
『でもお婆ちゃま!カタリナさんからちょっと距離を置かれているよね!』
「ぐぅ……」
エリナさんの言葉に、教授が気まずそうに眼を泳がせる。
「今思うと、愚かなことをしたものです。社会常識的にも、研究者としても」
『ふー、やれやれ!ババ様ってば普段私に社会性を持てだの、コミュニケーション力を上げる努力をしろだの言っておいて、自分がその有り様じゃぁしょうがないじゃないか』
「……今回ばかりは、何も言い返せませんね」
『ふぅぅ!よっしゃああああ!遂にババ様を論破してやったぞぉおおお!私が上ぇ!貴女が下ぁ!』
「では代わりに」
『ひょ?』
「エリナさん」
『応さ!』
「念話が途切れない程度に拳骨」
『OK!』
『おげぶ!?』
念話越しに、ズドンという打撃音が聞こえてくる。
『きょ、京ちゃん君、エリナ君……!援護射撃括弧拳はどうかと思うんだ……!』
「いや、聞いていてイラっときたので」
『しょうがないね!』
『ちくせう』
「ミーアさんに制裁をお願いしなかっただけ、有情だと思いますが?」
『ちょ!?どういう意味ですか!私は暴力になんか訴えません!平和的に、愛をもって接します!』
『愛……こわいなぁ……!』
『先輩。とりあえずその持っている物をこっちに渡してね?ゆっくり、ゆっくりだよ?』
はたして、ミーアさんは今何を持っているのか……ちょっと怖いので、考えないことにした。
そんなアホな会話をしていると、オークや巨大鼠どもが現れる。
剣を構えながら戦闘の様子を見守るが、前回同様危なげなくカタリナさん達はモンスターを討伐した。
助太刀の必要を感じないが、それでもいざという時に備えて彼女らの動きを観察する。
2人のバトルスタイルは対極と言って良い。
影山さんの戦い方は、本人の力への欲求に反して非常に堅実である。基本的に回避と防御に専念し、隙をついて攻撃。紙一重の動きが多いものの、それは相手の動きを見切っているからこそに思える。
対してカタリナさんの方は、非常にアグレッシブだ。小太刀を両手に1本ずつ握り、ひたすら相手へと斬り込む。相手が後ろに下がれば下がるだけ、自身も踏み込んで猛攻を繰り出していた。
殲滅ペースこそカタリナさんの方が早いものの、実力は伯仲して見える。
しかし、悲しきかな。覚醒者にとって、殲滅ペースというのはそのまま、『成長ペース』とも言えるのだ。
何度目かの交戦。その戦いの最中、2人の差が目に見えて開き始める。
『遅い』
底冷えするような声で呟き、彼女はオークが振るった斧を躱す。水色の髪の毛の先を僅かに切られながら、ひらりと回避して間合いを詰めた。
同時に、閃く2振りの刃。懐に飛び込んだ姿勢から繰り出された小太刀が、オークの両肘を切り裂く。
『ブォオオッ!?』
動揺と痛みで悲鳴を上げるオークのでっぷりとした腹を踏みつけ、跳躍する犬耳の少女。
彼女は床と水平になったかと思えば、ぐるりと回転する。遠心力と重力を乗せた白刃が、豚面を縦に叩き割った。
返り血を浴びながら着地し、彼女は間髪容れずに次の獲物へと襲い掛かる。
影山さんと相対するスカウトラットへと斬りかかったかと思えば、あっさりとその首を刎ねていた。
刀身についた血を振り払った後、雨に濡れた犬猫のようにブルブルと体を振るう。
その際に左右へ『たぱん♡』『たゆん♡』となる胸から目を逸らし、周囲を見回した。
辺りに散らばったモンスターの死体は塩へと変わっていき、彼女が飛ばした返り血も白く変わっている。
血よりもかなり落としやすいこともあって、身綺麗になったカタリナさんがこちらへドヤ顔を向けてきた。
若干ぼさぼさになった髪の毛に苦笑しつつ、『お疲れ様です』と声をかける。すると、安心したように笑った。
その奥では、影山さんが若干複雑そうな顔でカタリナさんの背中を見ている。
経験値と、便宜上呼んでいる倒した敵から吸収する魔力。それは、直近で結んだ相手との『縁』の強さで流れ込む量が変わる。
つまり、より敵に傷を与えた方が多く経験値が貰えるわけだ。
冒険者でパーティーを組んでも、壁役をやりたがる人がいないのはそういう理由がある。危険なわりに、メリットが少ない。誰だって嫌がるポジションだ。
だからこそ、『錬金同好会』の狸ゴーレムが流行っている。
『カタリナ氏。『鑑定』を使っても良いかな?』
『はっ。キョウタ様の奥方様からの願いとあらば、喜んで』
『ふむ……』
イヤリングの魔力が切り替わり、自分と教授にだけ聞こえる状態でアイラさんが話しかけてくる。
『やはり、カタリナ氏のレベルは順調に上がっているね。もうすぐ20レべだ』
「日本の冒険者なら、そろそろ『Cランク』への昇格を考える頃ですか……」
塩の山に近づいてコインを回収していると、カタリナさんが慌てて代わりにやろうとしてくる。
それを手で軽く制して、ドロップ品についた塩を風で払い落とした。
『予想はしていたが、このダンジョンは覚醒者を鍛えたがっているように思えるね。ジャンホール伯爵は、ここを訓練場にしたかったのかな?』
「アトランティス帝国の兵士を育成する為、ですか?」
「いえ。この遺産迷宮は帝国が滅びた後に作られています。それはないでしょう」
ドロップ品を受け取り、アイテムボックスに入れながら教授が小さく首を横に振る。
「単純な善意か、それとも……」
『私なら、ダンジョンの奥に用意したもっと色んなモンスターやギミックに対応させる為に、探索者のレベル上げをさせるね!折角準備したんだから、浅い所でゲームオーバーなんてされたくない!』
「あー……」
アイラさんの無駄に熱のこもった言葉に、思わず頷きそうになる。
ここまでの話を聞いていると、ジャンホール伯爵が練兵所を作るような真面目な人物とは思えない。どちらかと言うと、享楽的で自由奔放な人に感じられる。
「ちなみにですが、アイラは奥にやってきた探索者をどうしますか?」
『ありったけの罠ですり潰しにいくね!死ぬがよい、となぁ!』
「……ジャンホール伯爵が、プレイヤーに寄り添うタイプのゲームマスターであることを祈りたいですね」
奥までいったらえげつない即死トラップだらけというのは、勘弁願いたいものだ。
あとだから友達が少ないんですよ、この残念女子大生。
ドロップ品の回収も終わり、更に進んでいく。
そうして進んでいると、通路の床が妙に滑らかなことに気づいた。
曲がり角も緩やかなカーブが増え、教授が描く地図も曲線が増え始める。
「……あの、何だか嫌な予感がするのですが」
徐々に角度がついてきた足場に、思わず頬を引きつらせる。
「え?何かあったのですか?」
不思議そうにこちらを振り返る影山さん。カタリナさんもそれに釣られるようにこちらを見てきた。
そして、教授も同じ考えにいたったらしい。若干眉間に皺を寄せる。
「……影山さん。カタリナさんと一緒に、婿殿の後ろに移動してください。罠があるかもしれません」
「罠ですか?仕掛け弓や落とし穴の類でしたら、私が解除を……」
「いえ、そうではなく」
───ガコンッ!
何かが開くような音がしたかと思えば、ゴロゴロと何かが転がる音が聞こえてくる。
重く響くそれにカタリナさんが耳をピンとたて、影山さんが素早く槍を構えた。
「っ、何が!」
「すいません、ちょっと失礼します」
彼女らの横を通り抜け、前に。
坂道となっている前方を真っすぐ見つめていると、段々音が大きくなってきた。
やがて、巨大な『鉄球』が姿を現す。
「んな……!?」
『これは……!』
驚愕の声を上げる影山さんとカタリナさん。
きっと、これがジャンホール伯爵の望んでいたリアクションなのだろう。しかし。
「はぁぁぁ……」
自分と教授の口から出てきたのは、盛大なため息であった。
影山さん達を巻き込むまいと、更に前へ出る。
「矢川さん!下がってください!一番近い曲がり角まで戻ります!」
「いいえ」
彼女にそう答え、両手を前方に突き出した。
勢いを増していく巨大な鉄球を、正面から受け止める為に。
「無茶です!その質量は……!」
「すぅぅぅ……」
息を大きく吸い込む。
既に鉄球は数メートル先まで来ており、衝突まで1秒もない。
通路を詰め尽くす程の巨大さ。重さにすれば、何トンなのだろうか。
それを、
「ふんんん!!」
キャッチする。
両腕にかかる負荷。ウェイト差で押しのけられそうになるも、風の放出で強引に拮抗する。
以前と比べれば、どうということはない。あの時は死に物狂いだったが、今は落ち着いて思考できる程度には余裕があった。
……うん。
「あの大岩考えたの、お前かぁあ!」
ミノタウロスの迷宮。この異世界との通路にもなっているあのダンジョンにて、押しつぶされかけた大岩。
アレそっくりな罠に雄叫びを上げながら、ゴロゴロと転がして鉄球を押し戻していく。
ジャンホール伯爵がどういう人間は、まだわからない。そもそも大昔の人だ。正確に把握することは不可能である。
だが『良い性格』をしていることだけは、確信できた。
もしも生きていたら、その頬に一発叩き込みたい御仁である。
読んでいただきありがとうございます。
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改めまして、明けましておめでとうございます!去年はおかげさまで『コミュ障高校生』の第1巻を出すことができました。
どうか今年も、今作をよろしくお願いいたします!




