クリスマス閑話 覚醒者の結婚事情
クリスマス閑話 覚醒者の結婚事情
サイド なし
某県某所。商店街。
シャッターが下りた店が並ぶ中、スナックや居酒屋の明かりが道を薄っすらと照らしていた。
まばらに人が通るそこを、3人の男達が歩いていく。
1人は、特にこれと言った特徴がない。だが残り2人は、時折通る者達の視線を集めていた。
彼らは人の目から逃れるように、路地へと迷うことなく入っていく。何度か道を曲がった所で、小さな店に辿り着いた。
暖簾をくぐり、ガラリと引き戸を開く男達。彼らはするりと、その中へ入っていく。
「お邪魔しますよ、大将」
「おう」
コップを磨きながらそう短く返したのは、ダークエルフの男だった。
見た目は20代後半といった所で、切れ長の凛々しい顔立ちをしている。細身ながら筋肉質な体つきは、その美貌も相まってアクション俳優のようだった。
しかし着ているのは紺色の作務衣であり、頭にはタオルを巻いて長い銀髪を覆っている。
彼に軽く会釈して、3人の男達はカウンターの椅子に座った。
「大将、これ『お土産』」
「……おう」
3人組の1人が、ビニール袋に入った『なにか』を渡す。
それを受け取り、大将は3つのコップと芋焼酎をカウンターに置いた。
「『お返し』だ。飲んでいけ」
「どうもどうも」
にへら、とした顔で笑い、男が早速焼酎の蓋を開ける。
3人はそれぞれ手酌でコップに酒を注ぐと、小さく『乾杯』と言って喉を潤した。
「……か~っ!」
一気にコップの中身を飲み干して、気持ちよさげに声を上げる大男。
彼の側頭部には一対の角が生えており、腰にはベルトと見間違えるが長い尻尾が巻かれていた。
その反対側。こちらはちびちびと芋焼酎を飲んでいる、整った顔立ちの青年。
蛍光灯の明かりに照らされた煌びやかな金髪をオールバックに纏め、透き通るような白い肌と長い耳が特徴的であった。
牛獣人と、エルフ。そして、人間。この3人は『覚醒者』である。
パーティーを組み、ともにダンジョンへ潜っている冒険者だ。
覚醒者である彼らは仕事帰りにここへよく立ち寄るが、通常のアルコールでは樽で飲むでもしないと、その頑丈さから酔うことができない。せいぜい、『酔った気分になる』程度。
そう、通常のアルコールでは。
「やっぱこれだよこれ!あ゛~、酒が五臓六腑に染み渡る……」
「わかるわ~。絶対寿命伸びたぜ、酒で」
「むしろ縮まりそうだがな。しかし、酒の飲めない人生なんぞ味気ない」
3人はコップ1杯の酒で、若干頬を赤くしていた。
「大将の作った酒は最高だ。つまみも出してくれたら、もっと最高だぜ」
「はいよ。そっちは普通に金とるからな。で、注文は?」
「とりあえず枝豆で」
「こっちも」
「俺は唐揚げ」
「おう。ちょっと待ってな。婆さん、手伝ってくれ」
「はいはい。もう持って来ているよ」
店の奥から、お盆につまみを載せた老婆が歩いてくる。
「皆ずっと同じの頼むからね。店に入ってきた時から、用意しといたよ」
「ん~、おかみさん最高。こんな嫁さんが欲しいぜ」
「だろう。俺の嫁だからな」
そう、ニヒルに笑うダークエルフの男。
大抵の女性が思わず見惚れるような美貌に、老婆はケラケラと笑う。
「まったく。せっかく若返ったんだから、あんたももう少し若い女の子に声でもかけりゃあ良いのに」
「勘弁してくれ。この歳で新しい恋なんぞ、面倒くさい」
「まったく、昔っから人付き合いが苦手なんだから」
少し呆れた様子で、また店の奥に戻っていく老婆。それを見送って、3人組は小さくため息をついた。
「いいよなぁ、大将は……」
「70過ぎても嫁さんとラブラブで……」
「本当に、あんな嫁さんが……というか、結婚生活送りてぇ……」
「どうした。元気しか取り柄の無い3バカが、随分としけた面しやがって」
訝し気なダークエルフの男……店主に、人間の男が渋い顔で返す。
「……大将。あと1カ月もすれば、クリスマスだよ」
「だろうな。孫がアイドルのクリスマスライブに行くとか言って、騒がしかった」
「それなのに……それなのに……!」
ぎゅっとコップを握りしめながら、男達は叫んだ。
「未だにぃ!」
「全員んん!」
「独り身でぇぇす!」
「知るか」
「うおおおおおおん!」
「酔うのが早すぎだろ。いや、元々こういう奴らだったか」
面倒そうな顔で、どうせお代わりするだろうと次のつまみを用意しだす店主。
そんな彼の背中に、牛獣人の男……『牛山』が口を尖らせる。
「冷たいこと言うなよ大将。せめて綺麗な姉ちゃんを紹介するぐらいさぁ」
「通りに出て右に3分ぐらい歩きな」
「あのスナック平均年齢40歳じゃねぇか!俺達20代だよぉ!」
「20代というか、29だろ」
「やめろぉ!魔法使いの足音が聞こえてくる!」
「あ?……ああ、30まで童貞だとってやつか。別にお前ら、童貞じゃねぇだろ」
「素人童貞ではあるんすよ……ずっとそれを気にして、ここまで生きてきたんすよ……」
人間の男、『秋山』が、ぐいっと焼酎を飲んだ。
「もう野郎だけのクリスマスなんて嫌だぁ。綺麗な彼女と、イチャイチャして過ごしてぇ!」
「じゃあ婚活でもすれば良いだろう。ほら、ダンジョン庁が見合いだのなんだの、やっていただろうが」
「いやいや、大将。アレは罠だ」
エルフの男、『飯村』が首を横に振る。
「なんだ罠って。まさか、人体実験でも疑ってんのか」
「違うんだ。あそこに来る女覚醒者はな……とっても、怖い」
「はあ?」
仕事の手を止めて訝し気な顔をする店主に、飯村は続ける。
「ダンジョン庁の婚活会場にくる女覚醒者は、2種類に分けられる。1つは、強い覚醒者の彼氏を自分のステータスだと思っている奴ら」
「ほぉん」
「俺らみたいな、『Eランク冒険者』は相手にもされない……!」
「ランクやレベルを聞いただけで、鼻で笑ってくるからな」
「俺、『私より弱い男とか、ないわー』って3回も言われた」
「全員行ったのかよ。そして撃沈したのか」
「うん」
素直に頷く野郎どもに、店主はそっと眉間を押さえた。これは重症だと。
「で、もう1種類は?」
「もう1種類は、『ガチで結婚しに来ている人達』」
「……良いんじゃねぇか?」
「怖いんだよ、凄く」
牛山が、その巨体を縮こまらせて首を横に振った。
「あれは捕食者の目だ。ガッチリと腕を掴んで、年収とか、家族構成とか、将来の計画とか」
「彼女らも必死なんだってわかります。それはそれとして、やべぇぐらいガチです」
「最初に『2種類』って言いましたけど、本当は他にも『一応来ているだけで消極的』って人らもいますけど、ね」
秋山が自分のコップに焼酎をついだ後、瓶を牛山に渡す。
友人が手酌するのを横目に、彼は続けた。
「皆さんハードルが高い高い。下をくぐって歩けそうですよ」
「高収入、高ランクは当たり前。そこに顔面の良さと人柄、更に家族構成と……ガチで結婚しに来ている人達も、全員かなり要求するレベルが高い。色んな意味で」
「飯塚は頑張れば何とかなるだろう。エルフだから顔は良い。残り2人は……まあ、強く生きろ」
「うわああああああん!」
「おかみさぁん!大将が虐めるぅ!」
「はいはい」
店の奥で食器を洗っている老婆が、ひょっこりと顔を出す。
「別に、最近は30や40で結婚する人も多いんでしょ。じゃあそんなに焦ることないでしょうに」
「そうは言ってもですねぇ……」
「やっぱつれぇっす。駅前とかで、歩くカップルとか見るの」
「思わず魔法を撃ちたくなる」
「冗談でもやめろ、バカ野郎」
「あでっ」
飯村の頭を、店主がおぼんで軽く叩く。
「で、お前ら。つまみのお代わりは?」
「お願いします」
「俺も」
「みーとぅー」
「あいあいっと」
「あと、焼酎をもう1本」
「おらよ」
「サンキュー、大将」
大事そうに芋焼酎の瓶を受け取り、秋山が首を傾げる。
「そう言えば大将。芋焼酎以外は作らねぇんですか?」
「一応今、他のも練習中だ。作れなくはないが、まだ客に出せる味じゃねぇ」
「いやだなぁ、大将!俺らはつまみを買っているけど、酒には金出してないっすよぉ!」
「そうそう!あくまで『友好の一環』!お土産を持ってくるのは、ただ仲のいい知り合いへの気持ち!」
「金銭による取引はなかった。いいね?」
「はいはい。そうだったな。たく面倒くせぇ……」
覚醒者が普通に酔えるのは、魔力を使った酒のみ。
しかし、スキルを使った酒の売買は現在禁止されている。安全の確認が済んでいないのもあるが、時に『強すぎる』場合もあるからだ。
酒を薬として扱う時代や国があるだけあって、魔法の酒は『魔法薬』に分類される。
その為、下手をすれば一口飲んだだけで覚醒者すら死に至る可能性や、強い依存症になる可能性もあった。
しかし、それで誰も彼もが禁酒できるのなら、酒造会社はとっくに潰れている。
日本のあちこちで、『販売ではなく、好意による譲渡』とかなりグレーなやり方で覚醒者の作った酒が取引されていた。
なお、そもそも一般人が許可なく酒を造る段階で違法である。
「……まあ、お前達が所帯を持ちたいって気持ちはわかるさ」
懐から電子タバコを取り出し、店主が一服する。
「お前達がこんな田舎のシャッター街に住んでくれているから、俺達みたいな一般人が静かに暮らせている。元々寂れた街だったのが、近くにダンジョンができて止めを刺されちまった」
蒸気を人のいない方に吐き出し、彼は続ける。
「もっと都会に行くなり、もっと実入りの良いダンジョンに行くなりすれば、お前らだって女にモテるだろうさ。そうしないでいてくれる優しさに、少しでも報いてやりてぇ」
彼が、法を犯してまで酒を造る理由。
それは、滅ぶ未来しかない故郷に残ってくれた、飲兵衛共と過ごす時間の為だった。
「俺の方で、見合いの相手を探してやる。少し時間はかかるが、良い人を見つけてみせるさ。お前達には、幸せになってほしいからよ……」
「…………」
彼の言葉に、3人は。
「いや、大将の探す見合い相手とか、ちょっと」
「ババアがきそう」
「できれば年下がいいっす。5歳ぐらい下の子。だから遠慮するっす」
「全員頭かちわんぞマジで」
まったく心に響いていなかった。
青筋を浮かべる店主をよそに、秋山が意を決した表情でスマホを取り出す。
「俺、決めたわ」
「あん?なにを?」
「早まるな秋山!大将の紹介する女とか、絶対加齢臭しているぞ!」
「飯村。こいつはサービスだ。受け取れ」
「はっはっは。大将。タバスコだけ渡されても、どうしろっていうんだ」
「飲め」
「嫌だよ!?」
「俺は───『錬金同好会』に自分の嫁を注文する!」
「なっ!?」
秋山の発言に、他の3人が目を見開く。
「ま、待て。それは本当にやばい。マジでやばいって」
「そうだぞ、考え直せ。そっちにいったらお前……もう普通の女の人と結婚とか無理になるぞ!」
「それでも……それでも!」
彼は、決意に満ち溢れた瞳をしていた。
「俺はぁ!小学生ぐらいの見た目をした美女に『褒美じゃ。我の足を舐めよ』とか言われたいんだぁあああ!」
「え、それはひく」
「ごめん。ちょっとお前との交友関係考え直すわ」
「婆さん、警察に通報してくれ。俺ごとこいつをしょっ引いてもらう」
「待ってくれ皆。冷静になってくれ」
「冷静になるべきはお前だ」
酒を一口飲んでから、秋山は真剣な顔で続ける。
「俺はガチの小学生に興味はない。というか萌えない。あくまで合法ロリが良いんだ。合法ロリなお姉さんに、軽くSな感じで接してほしい。虐めた後は優しくしてもらいたい」
「黙れカス」
「死ね」
「お前ら仲間に対して辛辣すぎない!?じゃあよぉ、お前らの性癖言ってみろよ!さぞや正常な性癖なんだろうなぁ!?」
「と言っても、マジで普通だしな」
「そうそう」
飯塚と牛山が、それぞれ答える。
「牛娘な爆乳美女にホルスタイン水着を着て甘やかしてほしい」
「エルフ耳お嬢さんに、ツンデレな感じでデレてほしい」
ほぼ同時に己の性癖を開示した後、2人は中心に座る秋山越しに互いから距離をとった。
「え、お前まさか、牛獣人を……俺の女体化とか、夢見ているのか?」
「なわけねぇだろ。むしろお前のせいで牛娘の同人誌が使いづらくなったわ。大事なのは母性なんだよ、母性。というか、お前こそ……お、俺をそんな目で見ていたとか、ないよな?」
「ちっげーよ!お前のどこがツンデレだ!お嬢さんだ!幼馴染で、育ちが良くて、でも俺にだけつっけんどんな態度で、それでいて2人きりだとデレてくる。そんな人が良いんだよ!」
「お、おう」
若干警戒心を強めた仲間達に、秋山はやれやれと首を振る。
「ふぅ……やっぱり、お前らも大概な性癖もちじゃねぇか。拗らせ野郎どもめ」
「は?お前と一緒にするなロリコン。爆乳ホルスタイン水着牛娘ママは普通だよ。拗らせてねぇ。そこの幼馴染妄想野郎と仲良くしてな」
「あ?聞き捨てならねぇぞ29歳児が。だいたい何だよ母性って。お前に母性をもって接してくれる女はお前の母親だけだよ。ママのオッパイでも吸ってな」
「はあ?可能性は0じゃねぇんだよ。俺のママになってくれる爆乳ホルスタイン水着牛娘はいるんだよ。世界のどこかに。でも幼馴染はねぇよ。過去改変しないといねぇじゃん。俺らだもん、お前の幼馴染。0じゃねぇか、可能性が」
「まあ落ち着けお前ら。そんな拗らせた性癖にも答えてくれる。そう、『錬金同好会』ならね」
「待て。マジで待て。戻れなくなるぞペド野郎!」
「ロリコン!気をしっかりもてロリコン!」
「ペドでもロリコンでもねぇっつてんだろうが!俺は、俺の夢を諦めねぇ!」
「その夢は作り物だぞ!」
「そうだ!工房のオッサンが作り上げた幻想だ!」
「小っちゃくて柔らかいおみ足で踏んだ後、御褒美に薄い胸で……それでいてほんのりとした膨らみに迎えいれてもらいたい……ただ、それだけなんだ……」
「くっ、大将!何かこいつに言ってやってくれ!」
「この馬鹿を引き戻す言葉を!」
「……わりい。つける薬がねぇや」
「大将ぅぉおおおおお!」
「もう飲むしかねぇ!酒は百薬の長だ!」
「大将、俺と未来の妻への手向けに、もう一杯」
「はいはい。飲んで何もかんも忘れちまいなー」
それから2時間程、3馬鹿が飲んで食べて騒いだ後。
酔っ払いどもを見送った店主が、店の奥へと向かう。
「婆さん、今日はもう店じまいにしよう。片付けを手伝ってくれ」
「……はて」
振り返った老婆が、首を傾げる。
「あんたぁ、誰だい?随分な二枚目だけど……なんで店の中にいるんだい?」
「っ……」
彼女の言葉に、店主は一瞬だけ顔を歪めた後。
「……俺だよ。英二郎だ」
「……あ、ああ!ああ!」
老婆が目を見開き、青い顔で自分の額を押さえる。
「そうだよ……なんで、あたしは……」
「良いんだ。物忘れぐらいするさ。俺だって、リモコンをよくなくす」
「……それは、あんたがよくソファーの隅に置くからじゃないかい?埋もれて見えなくなるんだ」
「そうだな……でもそれを言ったら、婆さんだってこの前財布がないないって言っていたのに、いつも使っているコートのポケットに入っていたじゃないか」
「そんなことないよ。でたらめ言わないどくれ。まったく、あんたは昔っからそうなんだから」
「……そうかな。俺も歳だからな。記憶違いかもしれねぇや」
「そうだよ。さ、無駄話もこれぐらいにして、掃除をしようかね」
「ああ」
夫婦は、並んで店の片づけに向かう。
「……なあ、あんた」
「なんだい、婆さん」
「あたしが死んだら、新しい奥さん、探すんだよ」
それぞれ机を拭きながら、老婆は続けた。
「せっかく若返ったんだ。これからの長い人生、つまらないものにしちゃぁいけないよ。あんたは1人じゃ生きていけない類の人間だしね。きちんと、一緒にいてくれる人を探しなよ」
「……何年先の話をしてやがるんだ」
「あんたからすれば、すぐ先の未来さ」
「……そうかい」
路地裏に、ひっそりとある小さな居酒屋。
老夫婦が経営するそこは、今は酷く、静かな場所だった。
読んでいただきありがとうございます。
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もしも現実に『錬金同好会』があったら、私は即理想のホムンクルス嫁を注文します。




