外伝20 秘密兵器?
外伝20 秘密兵器?
教授がマッピング役、カタリナさんと影山さんが戦闘員、『白蓮』が撮影係となって、迷宮を進んでいく。
僕?僕はね、秘密兵器だよ。誰がなんと言おうと秘密兵器なんだ……。
いつもよりちょっとだけ強めに剣の柄を握りながら、いつ敵が来ても良いように視線を動かし続ける。
『京ちゃん君が野獣と化しているな……』
『ベッドの上以外でもドスケベモンスターに!?』
『それは違うよ!京ちゃんは忍者だよ!たとえドスケベでもドスケベという名の忍者だよ!』
イヤリング越しに残念姉妹と自称忍者の声が聞こえるが、必要なこと以外は無視する。
役割を交代して数分後。カタリナさんの耳がヒクリと動いた。
『■■、■■■■』
『敵襲だ。数は3体と言っている』
「了解」
……そろそろ、本格的に異世界語を覚えないとな。
迷宮内、とりわけ戦闘に関する情報を一々翻訳してもらうのは、大きな隙となる。
この階層はまだ余裕があるが、下の階層もそうとは限らない。
英語もまだまだ勉強中の身としては、ここから覚えなきゃいけない言語を増やしたくないのだが。混ざって覚えて、学校のテストで失敗しそうである。
そんな呑気な思考を頭の片隅に押しやれば、ちょうど前方の丁字路からドスドスという足音が聞こえてきた。
『ブォオッ!』
雄叫びを上げて、真っ先に跳び出してきたオーク。その後ろに、2体の大きな鼠を連れている。
片方は先程も戦ったビショップラット。だがもう片方は、装いが違った。
三角帽子の代わりに被った、黒いローブ。手には小型のクロスボウを抱え、腰に巻いたベルトに短剣を吊るしている。
ヒクヒクと髭を揺らし、ギョロリとこちらを睨みつけてきた。
『『スカウトラット』だ。スキルは五感強化。腰の短剣には毒が塗られているかもしれないので注意したまえ!』
「影山さん、奴の短剣には毒の危険があります」
「了解っ……!」
前に立つ影山さんへと、そう呼びかける。彼女には、アイラさんのイヤリングを渡していない。
残念女子大生のコミュ障ゆえ……こっちはこっちで、課題があるわけだ。
しかし、今は戦闘に集中する。前衛の2人目掛けて、オークが突進を開始した。
初見の敵もいる。ここは自分が戦おうかと一歩踏み出したが、影山さんが視線で制してきた。手出し無用……ということらしい。
『ブゥアアアアア!』
目を血走らせ、豚面の怪物は疾走する。
得物は簡素な両手斧。素人目にも粗い作りの刃だが、人を殺すには十分過ぎる鋭さと厚みがあった。
防御など考えていないかのような、突撃。大上段から振り下ろされた斧に、影山さんが踏み込む。
刃が兜に接触する寸前、彼女は自ら間合いを詰めながら、深く膝を折ることで僅かに『距離』を稼いだ。
その間に、更にもう半歩前進。斧の刃を潜り抜け、低い体勢から体当たりするように槍を突き出す。
互いの速度もあって、彼女の短い槍が深々とオークの脇腹へと突き刺さった。角度から、穂先は心臓辺りへと伸びている。
『ヴッ……アアアアアッ!』
だが、止まらない。暴れ猪とでも言えば良いのか、槍が突き刺さったままオークは腰を捻り、左手で影山さんの頭を掴もうとする。
視界の端では、後方で狙いを定めるスカウトと詠唱するビショップ。だが、奴らをフリーにはさせまいとカタリナさんが走り出していた。
いくら広い通路とは言え、中央で暴れるオークが邪魔になっている。だが彼女は、驚いたことに壁を走り出した。
僅かな凹凸を足場に、長い髪と尻尾をなびかせて、カタリナさんが敵の後列へと二刀小太刀で斬りかかる。
視線を影山さんの方に戻せば、彼女はオークが腰を捻ったのに合わせて側面へ移動。紙一重で巨大な腕を見切り、槍の柄へと魔力を流し込んだ。
彼女の手から柄、そして穂先へと伸びていった魔力が、怪物の体内で燃え上がる。
『ブギャアアアッ!?』
瞬間、オークが絶叫を上げた。傷口から血の代わりに炎が溢れ、肉の焼ける臭いが通路に充満する。
影山さんは籠手越しに炎を浴びても冷静な様子で、ぐるり、と槍で相手の傷口を抉った。
続けてオークの腰を蹴りつけて、体重差もあり後ろへ下がりながら得物を引き抜く。
彼女が構え直す槍には、穂先から槍の中程まで黒く炭化した肉片がこびりついていた。オークは傷口を押さえ、片手で斧を握りしめる。
明らかに致命傷だ。しかし豚面の怪物は、未だ戦意を失っていない。
『ヴフゥゥ……!ヴァァアアッ!』
傷口から手を離し、オークが両手で斧の柄を握りしめる。ミシミシという音は、奴の握る得物から鳴っているのか、はたまた丸太の様なその剛腕からか。
雄叫びを上げ、怪物は最期の突撃を敢行しようとする。
『■■■■』
───だが、その膝裏を蹴り飛ばされてバランスを崩した。
重く、それでいて甲高い音をたて、オークの斧が石の床にぶつかる。
跪く姿勢となった怪物の首に、左右から白刃が閃いた。分厚い脂肪に覆われた太い首が、驚く程あっさりと切断される。
頭1つ分減ったことで、奴の背後で双刀を振り抜いた人物が見えるようになった。そこには、犬の耳を生やした少女がいる。
カタリナさんは、その怜悧な顔を僅かに返り血で濡らし、つまらなそうにオークの死体を見下ろしていた。
更にその背後では、首と胸を血で濡らした2体の化け物鼠達。入念に止めをさされたそれらが、間をおかずに塩へと変わっていく。
オークも白く染まり、崩れ始めた。それを見て、ほっと胸をなでおろす。
どうやら、援護は無用な心配だったらしい。見たところ、カタリナさんに負傷はなさそうだ。
それでも、念のため確認は必要だろう。
「アイラさん。カタリナさんには毒の短剣のことを伝えましたか?それと、怪我がないか聞いてください」
『うむ。一応彼女が壁を走り出した辺りで伝えてはいるが……■■、■■■■。■■■■■■』
『■■■■!■■■■■■■!』
何か言いながら、カタリナさんがぶんぶんと首を縦に振る。
その勢いで、彼女のお胸様が『たゆん』と揺れた。
いかん……!恋人が5人もいるのに、つい視線が御立派な双子山に……!
『怪我はないようだ。毒の短剣も、使わせる前に切り伏せたらしい』
「なるほど。通訳、ありがとうございます」
『京ちゃん京ちゃん!』
「はい」
『帰ったら先輩のオッパイ好きにして良いよ!』
「ありがとうございます」
『私の意思は!?』
『ダメだったの?』
『そんな……!ここで素直に頷いたら、まるで私がスケベみたいじゃないですか!』
『えっ』
帰還後の楽しみに胸を躍らせつつ、『あれ?もしかして念話越しでも視線の動きばれてる?』と冷や汗を少しだけ流し、視線を影山さんに向けた。
こちらは露出している部分が顔だけなので、目に毒な要素が一切ない。
そうそう。戦闘中はこういうので良いんだよ、こういうので。
「影山さん。貴女もご無事ですか?」
「ええ。負傷はありません。魔力量と体力も余裕があるので、まだまだ継戦可能です」
「それは良かった。でも……その、振り下ろされる斧に自分から突っ込むのは、危なすぎませんか?」
「ご安心を。オークの動きなら散々見慣れていますし、何より奴らの攻撃なら『錬金甲冑』で防ぐことが可能です。優秀な装備を身に着けている故の行動ですので、無茶や無謀ではありません」
「そう……ですか」
ニッコリと笑みを浮かべて、槍についた塩を払い落とす影山さん。
そして彼女は手ごたえを確認するように、自身の掌に視線を落とす。
「ええ……これなら、本当に……!」
地雷の起爆がはやぁい……!
瞳にちょっとだけ怪しい輝きを灯した彼女が、『錬金甲冑』を見つめている。この人、力に囚われ過ぎでは?
影山さん、カウンセリングとか受けているのだろうか……でも今の自衛隊って凄まじい人手不足だと聞くし、休みたくとも休めないのかも……。
そんな心配をしていると、教授が塩の山をガン見してうずくまっているのに気づく。
最初はドロップ品を回収してくれているのかと思ったが、それにしては長い。
「あの、教授?どうしたのですか?まさか流れ矢に……」
「婿殿」
心配して近づいた自分を、彼女は真剣な面持ちで見上げてくる。
「疑問なのですが、この塩は日本のダンジョンで確認された物と同じなのでしょうか?」
「え?さあ……塩は塩では?いや、土地によって成分が少し違うかもしれませんけど……」
「ここまでの研究で、ダンジョン内の塩は地下にある岩塩の類を使っていると推測されていました。ゲートが繋がっているのは日本ですが、ダンジョン自体はこちら側の世界にありますから」
「は、はあ……あの、それが何か?」
「この塩は、持って帰ることは可能なのか。それを今考えています」
「はい?」
何を言い出すんだと、目を見開く。
「い、いやいや。そんなことをしたら、スタンピードが起きますよ。護衛として、容認できません」
『待て、京ちゃん君。もしかしたらスタンピードは起きないかもしれない』
「え?あ、そうかここは普通のダンジョンとは違うから……」
「はい。もしも塩を持ち帰ったら、スタンピードが起きる場合。それをジャンホール伯爵が一切警告していない。そのことに違和感があります」
「たしかに、親切過ぎるぐらい親切な迷宮ですからね……」
「では、実際に塩を持ち帰るのですか?」
正気に戻ったようで、影山さんが話に加わってくる。
「その許可を、皆さんに貰おうと思っていました。どうでしょう。試してみませんか?」
立ち上がり、教授が全員を見回す。
「んー……そうだ。カタリナさん。カタリナさんが第1層を探索していた時、武器から塩をきちんと落としていましたか?また、塩を持ち帰った場合なにか起きるとか、知っていたりしませんか?」
『む。たしかに、彼女に質問するのが先だな』
カタリナさんは、日本と異世界が繋がる前にソロでこの迷宮に潜ったことがある。
その際に、何かこの塩について気づいたことがあるかもしれない。
頬についた塩を指で払い落としている彼女に、アイラさんが問いかける。
すると。
『■■?■■■■、■■■■……■■■■』
『む?』
「それは本当ですか?」
「えっと……?」
異世界語がわかるアイラさんと教授が、それぞれ小さく驚きの声を上げる。
『武器の方は邪魔なので塩を払い落としたが、ドロップ品に関してはあまり気にしていなかったらしい。硬貨を入れていた袋の底に、塩が残っていたことがあったそうだ』
「つまり、この迷宮は塩を持ちだしてもスタンピードが起こらない……?」
『その可能性が高くなった』
アイラさんとそんな話をしていると、教授が影山さんを交えてカタリナさんに質問をしている。
一旦、今回の探索はここまでとなった。
塩を持って帰るか検討したが、流石にこの場で決めるわけにはいかない。万が一遺産迷宮が暴走し、スタンピードが発生して付近の村に被害が出ては事である。
今後の重要な研究課題として、教授はふんすふんすと、鼻息荒く大学へ帰っていった。
自分はミーアさんの爆乳を想像し、ふんすふんすと、こちらも鼻息荒く有栖川邸へと向かった。
* * *
翌日。
「リピートアフターミー!■■■、■■■■!」
「え、えっと……れびみゅ、べーじぇえ?」
「何をどう聞いたらそうなった……?」
有栖川邸のリビング。そこで、いつぞやの女教師ルックなアイラさんに異世界語を習っているのだが。
「京ちゃん君。君は、あれだな」
真剣な面持ちで、彼女は頬に一筋の汗を伝わせる。
「絶望的に、リスニングが下手だな」
「くっ……!」
悲しい現実を突きつけられた。何も言い返せん。
「凄いよ京ちゃん!1文字も合っていなかったよ!」
「だ、だってそう聞こえたから……」
「京太君。一応、カタカナでルビを振ったので、それを読みながら聞いてみましょう」
「うっす……」
左右にエリナさんとミーアさんもいる状況で、複数から教えてもらっているのだが、それでもまるでわからない。
というか、数日で未知の言語で会話可能になる方がおかしいと思う。ミーアさんも、メモ片手なら日常会話をギリギリできるらしいし。
「京ちゃん君!発音だ、発音を意識するんだ!舌ベロの先端を、こう『U』の字になるよう意識してだね」
「姉さん!下ネタを挟まないでください!舌を見せつけて、そんなセクシャルアピールまで!いけない人です!ちゅっちゅっですか!?ちゅっちゅっしましょう!そのお口を塞いであげます!」
「エリナ君。そこの冤罪下ネタ擦りを連行してくれ」
「あいあいさー!先輩。ちょっとこっちでお話しようねー」
「ええ!?私が悪いんですか!?」
「うん」
「!?」
複数いた教師が早速2人減った。いや、片方は教師というには問題児過ぎたけども。
かつての影のあるクール美女だったミーアさんは、どこにいってしまったのだろう……。
もしかして影山さんも悩みが解消されたら、あれぐらいはっちゃけるのだろうか?だとしたら、闇の1つや2つ抱えたままの方が、人間らしく生きていけるかもしれない。
「おっほん。では授業を再開しよう。まずは、『儲かりまっか?』を異世界語で言ってみようか」
「待ってください。そこは『おはよう』とか『こんにちは』からじゃないんですか?」
「だって、こっちの方が面白いだろう?」
「えぇ……」
「その次は『なんでやねん』。更にその次は『どないやねん』だ」
「貴女は僕をどうしたいのですか?」
「目指せ、異世界の吉●興業!」
「エリナさん!エリナさんカムバック!この残念をミーアさんへの生贄にして、教師役として戻ってきてください!」
「おぉぉぅけぇえええい!ちょっと待とうか!真面目にやるから!真面目にやるから生贄は勘弁してくれ!死ぬ!マジで死んじゃう!昨日の段階で私は虫の息だ!いや虫じゃないな。たとえ虫でも世界一可憐な蝶々だろう!」
「ここまで真面目じゃなかったんですか?」
「しまった、これは孔明の罠!つまり孔明が全て悪い。なので私は無罪だ。閉廷!さ、授業に戻ろう」
「こいつ……」
そんな会話をしていると、ガチャリとリビングの扉が開いた。
「ギャー!?ミーア!?エリナ君は即堕ち2コマしたのか!これが新時代のパニックホラー!京ちゃん君、私の代わりにベッドへゴーだ!君に教えることはもうない!達者でなぁ!」
「落ち着きなさい、アイラ」
「あ、なんだ。ババ様か。ふぅ、焦って損したよ……」
「待って今この人僕のことを差し出そうとしませんでした?しかも実の妹をパニックホラー的な存在って言いましたよ」
「そんなことより!どうしたのだね、ババ様。サナ君をつれて」
強引に話題を変え、アイラさんが視線を有栖川教授の手元に向ける。何ならこっちの頭を両手で掴み、無理やり顔ごとそちらを見させた。
教授の手には、サナさんの入った籠が大事そうに抱えられている。
「お邪魔しています、教授。サナさんへの魔力供給ですか?こちらへお邪魔した時、既に魔力は与えましたが……」
「いえ、そうではありません」
ゆっくりと、彼女は精霊の入った籠を机に置くと。
「次の探索から、彼女にも同行してもらおうと思います。もしかしたら───面白いことが起きるかもしれませんから」
そう、告げたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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