第二十一話 ゴーレムの必要性
第二十一話 ゴーレムの必要性
『松尾レース』で首位争いをしていた残念美女2名を牛糞で撃墜した後、ジュース片手に『本題』とやらへ話を戻す。
いや本題と言われても、こっちはただお礼を言いに来ただけなのでサッパリなのだが。
「それで。何ですか突然『白蓮』みたいなゴーレムを売ってくれって」
「酷いぞ京ちゃん君……乙女2人を糞まみれにするなんて……」
「私、汚されちゃった。よよよよ……」
「やかましい」
ゲームの中の話だというのに人聞きの悪い。
「家の警備用との事ですが、アレの燃費はかなり悪いですよ?とてもじゃないですが、24時間稼働とか無理です」
ゴーレムは兎に角燃費が悪い。ホムンクルスを使った物は特に。
そのうえ自分は『錬金術』のスキルを持たず、魔装の本で読んだ知識を頼りに作っているだけだ。
たぶん、そういうスキル持ちの作った物より更にエネルギー効率は悪い。代わりに、出力の方をどうにかしているので。
ダンジョンで普通に運用できているのは、自分という魔力タンクがこまめに補給しているからに過ぎないのだ。
「ああ。どうやら誤解があるようだね。私は『家の警備』ではなく、『私のボディガード』にゴーレムを欲しているのさ。24時間常時稼働していなくとも、魔力を注げば暫く動いて戦ってくれるだけで十分なのだよ」
「……誰かに狙われているんですか?」
声のトーンを落とし、アイラさんに問いかける。
言動こそ残念な人だが、顔とスタイルは良いのだ。それ目当ての悪漢に狙われる可能性は、十分にある。
それこそ、ストーカーでも出て来たのだろうか。
「いいや。確かに私は今世紀1の美女と言っても過言ではないが、そういった身の危険は今のところ感じていないね」
「もしもそういう不届きな輩が出たら、エリナさんの忍術の錆にしてやるんだよ!」
「忍術の錆ってなんだ……。まあ、それなら良いですが、では何故必要に?」
「ババ様からの忠告でね。元々覚醒者を狙った『強引な勧誘』はあったが、最近勢いを増しているらしい。私も自衛手段が欲しくてね」
「強引な勧誘、ですか」
ネット上の噂でなら、聞いた事がある。
覚醒者は、その大半が高い身体能力を持ち、なおかつ『スキル』という超能力まで使えるのだ。
色々な政府機関や、後ろ暗い組織が欲しがるのは当然である。
しかも『魔法』は、ものによっては完全犯罪すら可能だ。それを暗殺に使う為か、防ぐ為か、単なる脅し用かは置いておいて。『そういう手段がある』というだけで効果はある。……と、聞いた。
実際、各国に引き抜かれた覚醒者は少なくないらしい。
「これまでは単純に強い覚醒者や、未知の技術に関するスキル持ちが狙われていた。だが、どうもダンジョン庁で動きがあった様でね」
「ダンジョン庁で、ですか。となると、やはりダンジョンがらみで?」
「うむ。ダンジョン庁から、国会に『一部ドロップ品の販売自由化』という案が出されてね。もしかしたら近々通るかもしれない。何なら、発表がまだなだけで既に通った後かもしれないな」
「それは……」
何となく話が読めてきた。
「色んな組織が、今まで以上に『ダンジョンの探索に有利な覚醒者』を欲しがっている……?」
「その様だ」
アイラさんが、チョコクッキーを手に軽く肩をすくめた。
「前に日本政府経由で国内や海外の限られた研究施設に、ダンジョンで手に入った品が送られているという話をしたね。それに不満を抱いているのは、当然うちの研究室だけではないという事さ」
「お抱え冒険者に、欲しいドロップ品を持って来させたいと」
「そこも、うちと変わらない所だね!」
ケラケラと笑った後、アイラさんがクッキーを頬張る。
なるほど。今まではダンジョン内でしか実験出来なかったが、その案が通れば持ち帰ってちゃんとした設備でデータが取れるわけか。
それならば、本来まともな事業をしている所でも目の色を変えそうである。
かつてとある記者が言った、『ダンジョンは新しいフロンティア』という言葉は未だに各所で耳にする
未知の鉱物に、新種の植物。使い方次第では巨万の富を得る事ができるそれらに、我先にと数多の企業や国家が手を伸ばすのは自明の理だ。
「私は直接的な戦闘能力こそ皆無と言っていい、か弱く可憐な乙女だ」
「自分で言いますか」
「それでもスキルに関しては非常に優秀と言える。これまでもちょくちょく勧誘はあったが、最近それが増えてね……。すぐに何か起こるという事はないだろうが、身の危険は感じているのさ」
「そういう事でしたか。しかし、それなら人間の護衛でも良いのでは?」
「おや、立候補かね」
「違います。お金があるんだったら、プロを雇えば良いでしょうに」
ゴーレムは確かに『壁』としてなら有用だが、誘拐や脅迫の『プロ』相手への対策なんて取れない。
この家を視る限りお金には余裕がありそうなのだから、本職に頼んだ方が良いだろう。
「ふっ……甘いな京ちゃん君」
やれやれと、アイラさんが肩をすくめ首を横に振った。
どうしたのだろう。何か重大な事情が……。
「私が見知らぬ人間に囲まれた生活をして、ストレスで死ぬとは考えないのかい?」
「あ、はい」
「兎やハムスターより繊細な生物だと思ってくれ」
「うっす」
そうだった。この人コミュ障だった。
「京ちゃん京ちゃん。プロを雇うのは良いアイデアだけど、裏切りも怖いんだよ。ダンジョンはこれから大きな市場になるかもだから、依頼先が実は既に悪い人の手先だったなんて事も有り得ちゃうの。それだけ、大きなお金と物が動くかもだから」
「なるほど」
「そう!そういう理由なのだよ京ちゃん君!」
エリナさんの言葉に頷きつつ、何やら騒いでいる残念美女に視線を戻す。
「ゴーレムなら、指揮権さえ譲渡した後なら裏切りの心配はないと。内側に何も仕込まれていなければ、ですが」
「うむ。内側どうこうは定期的にチェックをして対策するとして、魔力の補充も問題ない。私は魔力量だけなら多少あるからね。家に1人でいる時や車で移動する際に連れていれば、それだけで安全性は上がる」
「はあ……質問ばかりですみませんが、何故僕に?前にも言いましたが、『錬金術』のスキル持ちではないので、その辺の資料からの知識で作ったに過ぎませんよ?」
ネットではなく、固有スキル由来の本だが、そこは言う必要もあるまい。
『賢者の心核』の力を使えば錬金術の成功率や精度を上げられる可能性が高いが、それが原因で本来の力が露見する恐れがあるのだ。
ゴーレムの作成に『心核』の力は直接使わないので、今は関係ないと言える。
「結論から言えば、信用だね」
「はあ」
「そう胡乱な目で見ないでくれたまえ。本気で言っているのさ」
アイラさんが、苦笑を浮かべて続ける。
「京ちゃん君は、ヘタレコミュ障童貞で大それた事をする様な人格ではないと信用しているのもあるが」
「いっぺんぶん殴りますよこの残念女子大生」
「君は、ネットに上がっている動画でしか他の冒険者のダンジョン探索を知らないのだろう?」
「無視ですか。ええ、まあ。他に情報源もないので」
なんせ、エリナさん以外に冒険者の知り合いがいない。
……別に、友達が少ないからとかそういうのではない。覚醒者自体、多いようで少ないからである。
「基本的に、ネット上へアップする者は何らかの『強み』を持っている。つまり、冒険者の中でも上澄みな場合が多い」
「確かに、そうかもしれません」
「だから実感がないだろうが、『Eランクダンジョン』でモンスター相手に戦える君の『白蓮』は十分に高性能だよ。それに、作り手の魔力量が多いほど性能も良くなるという噂もあるからね。ゴーレムには」
……納得は、できた。
人格の部分は多少引っかかるも、確かに自分は犯罪を進んでやらかす様な度胸はない。いや、犯罪行為に手を染める事を『度胸がある』とは言いたくないが。
性能がどうこうという点も、筋は通っている様に思える。であれば、これ以上『ごねる』理由もない。
観念して、小さくため息を吐いた。
「わかりました。『白蓮』が壊れた時用の予備があるので、『ホムンクルスもどき』自体は既にあります。後はフラスコを保護する外装と、ボディが必要ですね」
「……時に京ちゃん君。やっぱりホムンクルスって材料に、その……男性の精液を使っているのかね」
「普通のホムンクルスはそうですが、僕のは違います。『もどき』ですから、材料はただの魔力の塊と数種類のハーブですよ」
顔を赤くして聞くな。こっちだってこういう話題は恥ずかしいのだから。
異性の、それも年上な美人さんの口から『精液を使っているのか』と言われるのは、気まずいったらありゃしない。
「そうかね。いやぁ、身の安全には変えられないと、京ちゃん君の精液まみれなゴーレムでも使うつもりだったが。安心だな!」
材料が普通の物と知るや否や、胸の下で腕を組みドヤ顔でからかいに入るアイラさん。
イラっときたが、強調された巨乳から視線を逸らすので必死だったからスルーする事にした。命拾いしたな残念女子大生。
「良かったねパイセン!もしも精液を材料にしたの渡されたらどうしようって、昨日滅茶苦茶悩んでいたもんね!」
「はっはっは。エリナ君。ちょっとその話はやめようか」
良かった。ちゃんとアイラさんも年頃のお嬢さんだったんだな……。
若干の安心感を得ていると、依頼主殿がわざとらしい咳ばらいをした。
「まあ、あれだ。外装とボディについては、材料はこっちで用意するので予め君に作ってもらいたい。流石に、いざという時一々構築するのは無理だ」
「わかりました」
ボディの構築には、ある程度の魔力と10秒前後の時間。そして錬金術の知識が必要になる。
構築だけで魔力切れを起こす人もいるらしいし、『10秒』というのは有事の際だと大き過ぎる隙だ。そんな時間があったら、警察にでも通報しろとなる。
それを補う為、予めボディを別に用意するという話を『錬金同好会』のサイトで見た事があった。
自分の場合、持ち運び優先でボディは現地調達しているけど。
「なるべく、私と背が変わらない大きさで頼むよ。運びやすいからね。それで、報酬についてだが」
「いえ、お金は結構です」
キッパリと、アイラさんの言葉を遮って断る。
「何故だね。依頼は受けてくれるんだろう?」
「ゴーレムは作ります。ですが、それは『この前のお礼』としてです。お金は取りません」
ここだけは譲れないと、アイラさんを見つめ返す。
「僕はその道のプロではありません。その性能や品質に、自信を持てませんので。お金を貰って命を預かろうとは、思えない。つまり、『責任をとる気はありません』」
ハッキリ言って、今言った通り自信がないのである。
自分のゴーレムを信頼した誰かが、自分の腕が足りないせいで死ぬ。それは、絶対に嫌だ。
オークが暴れた街の光景を見て、人の死について思う事がないわけない。色々と悩んだ結果……『誰かの命を背負うのは嫌だ』という感想が出て来た。
あの日、あの場で死んだ命は『自分と無関係である』。そう己に言い聞かせないと、道中で見かけた死体が夢に出てきそうで怖かった。
ダンジョンで戦うのは、まだ良い。前衛を務めるのも、良い。自分のミスでエリナさんが死ぬかもしれないのも、許容は出来ないが想定はできる。
だが、この手が届かない場所で少しでも『僕のせいで死んだ』なんて事態はごめんだ。
金を受け取るという事は、責任を負うという事。この仕事では、貰えない。あくまで『恩返し』として済ませてもらう。
「ふむ……君も中々に面倒な奴だね」
「貴女に言われたくないのですが……」
「ねえねえパイセン」
スナック菓子を食べていたエリナさんが、アイラさんを見ながら首を傾げた。
「もしかして忘れているのかもだけどさ」
「何だい?この私に何か落ち度でも?」
「たしか、錬金術とかそういうので作った物を『売買』するのは犯罪じゃないっけ?」
「三店方式で誤魔化すから問題ないね」
「問題しかなくないですか?」
自分もうっかり忘れていたが、そう言えばダンジョン法であったわそんな規制。
今も改正やら何やらでごたごたしているから、あの法律覚えづらいのである。
「まあ半分は冗談だとも。件のダンジョン庁から国会に出された案の1つに、生産系スキル持ちの作った品に関する販売の一部自由化もあったはずだ。今から作るゴーレムの完成頃には、合法になっているよ」
「流石パイセン!グレーゾーンでも平気で突っ走るっすね!!」
「そうだろう。私は抜け目のない女なのさ」
褒めているのだろうか。いや本人達がそれで良いならいいか……。
少し2人から距離を取りつつ、頷く。結局、ゴーレム作成に関しては無償で引き受けた。外装やボディの材料は向こうが用意してくれるらしいし。
この前の恩を返すのだから、ゴーレムの1体や2体安い。両親の命と違って、幾らでも代えの利く物だ。
はて、親というか家族で思い出したのだが。
「そう言えば、アイラさんやエリナさんのお婆さんの護衛とかは大丈夫なんですか?」
アイラさんという、有用なスキル持ちの孫がいる『ダンジョン関連を調べている国立大の大学教授』。正直、そんな人だったらそれはそれで狙われそうである。
そう思い尋ねると、2人は顔を見合わせた後に手を横に振った。
「いや、あの人に護衛とかいらん。ただの足手纏いになる。ポテンシャルだけなら君に迫るぞ」
「お婆ちゃまも覚醒者で、エルフなんだよ。凄く強いし、自分もダンジョンに潜って色々調べているからレベル上げもしてるみたい」
取りあえず武闘派という事はわかった。
だが、この2人の祖母で冒険者って……いったいどんな人なんだ。
十中八九嵐の様な人なんだなという感想を抱くと共に、アイラさんが『家に1人でいる時の護衛』と言った理由がわかる。
お婆さんの在宅時は、その人が最強の守りだから他の護衛は必要ないと。
頭の中で、エリナさんとアイラさんを足して2で割った後にオークチャンピオンなみの戦闘力を持たせた生命体を想像する。
………ふむ。
とんでもねえクリーチャーだわ。護衛とかいらんな、絶対。
読んでいただきありがとうございます。
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