外伝14 ジャンホール伯爵の遺産迷宮
外伝14 ジャンホール伯爵の遺産迷宮
『その世界で一般人でも入れるダンジョンと言えば、『ジャンホール伯爵の遺産迷宮』のことだね』
イヤリング越しに、アイラさんが説明してくれる。
『彼はアトランティス帝国に所属していた貴族なのだが、帝国本土が沈んだ後は様々な陣営を渡り歩いたらしい。まあ、彼の詳しい経歴は、君達にとって興味がないものだろう。なので端折るね!』
「はあ……どうも」
彼女の言葉に、影山さんと頷く。
『ジャンホール伯爵は一流の画家であり、一流の作曲家であり、一流の魔法使いでもあったのさ。そんな彼は、君達が今いる国を終の棲家としてね。とある城で余生を過ごしたのだよ』
「なら、その城が……?」
『うむ。彼は晩年に持ちうる全ての技術を使い、城の内部を異界化したのさ。その中には、一部アトランティスのダンジョン構築技術も用いられていると噂されていてね』
「……それ、この世界の教会からしたら絶対に許せないのでは?」
『勿論だとも。しかし、他ならぬ大賢者様直々に、『奴には関わるな』と弟子達への遺言が残っているのさ!』
大賢者と言えば、世界中のダンジョンを封鎖したこの世界における偉人のはず。
そんな人物が、何故……?
『その理由は不明ながら、教会はジャンホール伯爵の遺産に対し積極的に関わることはしていない。しかも、彼の死後ただの一度も氾濫が起きたことがないのもあって、封鎖を免れているのさ』
「氾濫が起きていないのですか?」
それはまた……どうも、自分の知るダンジョンとは違う物らしい。
普通、間引きをしないとすぐにモンスターが溢れ出てくる。いや、もしかして……。
「教会は関わらずとも、この世界の冒険者が内部を探索しているのでは?それで、結果的に間引きをしている可能性は……」
『その可能性がないではないが、ここ数十年、彼の城に行った冒険者ほんの数人。大半の冒険者は、入り口の仕掛けやらモンスターやらに追い返されてしまったのさ』
何やら楽しそうに、アイラさんがそう言った。念話越しだというのに、彼女が『やれやれ』と首を振りながらも、にやけた顔をしているのがわかる。
『彼はあちこちで、『自分の死後は、誰でも城の中の物を自由に持っていけ』と言って回っていたそうだが、結局内部の物はろくに持ち出せていないらしいね』
「なるほど……」
どうやら、本当に日本で出現したダンジョンとは別の物らしい。
視線を有栖川教授に向ければ、そこには瞳をキラキラとさせた見た目は20代、実際は70代の大学教授がそこにいた。
「ジャンホール伯爵は、生前に世界中から珍品名品を集めていたという伝説が残っています!大賢者が存命の時代における品々となれば、歴史的に大変価値のあるもので間違いありません!いいえ、あの城そのものが、貴重な遺跡なのです!」
ふんすふんすと、有栖川教授が鼻息を荒くする。
「世の中の遺跡は、正規の調査が入る前に現地民や、侵攻してきた軍隊により荒らされているケースが多いです。しかし、ジャンホール伯爵の城は強固なセキュリティにより手付かずの状態!早速行きましょう、婿殿!」
「えぇ……あの、安全性とかは」
『カタリナ君の証言によると、少なくとも最初の階層に出てくるのは通常のスケルトン程度らしい。君やババ様なら、全裸で棒立ちしていても死ぬことはないね』
「全裸って……というか、もしかして先程の『数人の冒険者』というのは」
「ええ。カタリナさんは、去年数回にわたり単独でジャンホール伯爵の迷宮に入っています」
アイラさんと教授の言葉に、カタリナさんの方へと視線を向ける。
犬耳の彼女は自分達の会話に飽きていたのか、大使館の庭にあるベンチで船をこいでいた。
うつらうつらと、上下していた頭が、こちらの視線に気づいたらしく慌てて跳ね上がる。
そのまま勢いよく立ち上がったものだから、Tシャツ越しにそのお胸様が『たゆん』と揺れた。
……ありがとうございます!
『■■■■!■■■■■■!』
『よくわからないが、自分に任せてくれ!と言っているね!』
「頼もしいですね、婿殿!」
「……そうですね」
「いや、本当に頼もしいですか……?」
影山さん。たぶん、もう何を言っても無駄です。
有栖川教授の様子は、テンションがマックスの時のエリナさんやアイラさんに似ている。ブレーキが壊れていると考えた方が良い。
それでも、ハンドルを横からとる努力はするが。
「でも教授。ジャンホール伯爵のお城の場所はわかりませんが、流石に行ってすぐに内部の調査は無理ですよね?今回は、あくまで外観の調査と準備だけ、ということでしょうか?」
「勿論です。遺跡調査には、入念な準備が欠かせませんからね。何より、歴史を紐解くことより今を生きる命です。安全第一で参りましょう」
流石教授。暴走していても良識を保っている。
『ええ!?今すぐ突撃じゃないのかいババ様!?大概の危険は京ちゃん君を突撃させれば大丈夫だって!人間台風、いやゴリラ台風を信じよう!』
流石残念。相変わらずの残念っぷりだ。
「アイラさん」
『うむ』
「後で胴上げしますね」
『おやおや。突然どうしたんだ。私の偉大さに、ようやく気付いたとでも言うのかね』
「全力で」
『ごめぇええええんん!!死にたくない!死にたくなぁああい!!』
「反省してくださいね?」
『わかった。ちょっと壁に手をついてくる』
「……?なんで壁に……?」
『待ってくれ京ちゃん君。マジで通じていないのか京ちゃん君。あの……うん。なんでもない……』
よくわからないが、アイラさんがメンタルダメージを受けているので良しとしよう。
何故か会話を聞いていた影山さんが『わ、私はまだ若いし。そもそも現役でアレを知っていたわけじゃなくって、親から聞いていただけだし……』と、こちらもダメージをくらっていたが。
もしかして有名なのか……?壁に手をついて反省って。帰ったら調べてみよう。
「婿殿。壁と反省だけでは検索しても出てこないでしょうから、一緒に『猿』等のワードもいれると良いですよ」
「なるほど。ありがとうございます。あとナチュラルに心を読まないでください」
「おや、これは失礼。反省しますね」
そう言って、有栖川教授がコロコロと笑いながら壁に手をついて体重をかける。
……アレが、そうなのか?わからん。
「さて。反省も済みましたし、早速現地に行ってみましょうか。城自体が貴重な歴史的遺産です。まずは、外観をじっくり見て回るとしましょう」
「あ、はい」
そういうことになった。
* * *
例の人力車で移動すること、約2時間。途中休憩を挟んだとは言え、結構な距離である。
たどり着いた先は、あまり栄えているとは言えない村であった。
木材や土を中心とした壁の家屋が並び、屋根は藁が主に使われている。都市部とは違い、こちらは魔法を建築時に使っていないようだ。
だが、家同士の距離がある程度離れているので、火災が起きてもそこまで燃え広がらないように思える。村の周囲には畑が広がっており、何重にも柵や壁が設置されていた。
特に村の入り口。街道と繋がっている箇所には、櫓らしき物まであった。しかも、見張りなのかボウガンを持った人がそこに立っていた。やはりというか、色々と物騒な世界なのだろう。
野生の獣に盗賊、そしてモンスターとも違う危険生物。
地方では覚醒者が重宝されると聞いたが、当たり前かもしれない。
だが……。
『…………』
教授が村人達に事情を聞いて回る中、カタリナさんはあまり彼らに近づこうとはしなかった。
怯えているというより、髪で隠している方の目を気にしている。
『ふむ。カタリナ君の様子だが、もしかして』
「オッドアイなの、気にしているんですかね?」
『さらっと言うねぇ、君ぃ』
「いや。だって日本語通じないでしょうし」
影山さんは、教授の護衛としてそちらについている。自分も同行すべきか迷ったが、カタリナさんを放置するのも悪いかと思い、村の入り口近くで待機していた。
こちらを物珍しそうに見る村人達から隠れるように、カタリナさんが自分の後ろに立っている。
「例の、『闘気感知』でしたっけ?それの影響でしょうか?」
『だろうね。というか君、もしかして最初から気づいていたのか?』
「動体視力には自信がありますし、魔力の流れも違ったので」
これでも、教授の護衛である。現在別行動中だから、説得力ないが……。
カタリナさんと初遭遇した段階で、気づいてはいた。しかし、害はなさそうなので放置していたのである。
「デリケートな問題かもとは思ったので、教授と貴女にしかまだ言っていませんがね」
『ババ様も既に知って……いや、そう言えば全身まさぐっていたな。だが、デリケートなのは事実なのだろう。彼女にとっては、ね』
「オッドアイだと怖がられるとか、ラノベの中だけだと思っていたんですけどねー」
『HAHAHA!君ぃ、そこは剣と魔法の異世界だよ?だったら、むしろ当たり前じゃないか!』
「それもそうかもですが……」
個人的には、厨二心が刺激されて恰好良いと思うのだが。オッドアイ。
自分みたいな純日本人顔だと似合わないけど、カタリナさんは西洋人の顔立ちをしている。
オッドアイとか、滅茶苦茶オシャレだと思うのだが。
いかん。あんまりオッドアイの魅力を語ると、愛花さんみたいになってしまう……気を付けよう。
『ま、こういうのは本人から申告されるか、何らかのトラブルが起きるまでは放置安定だね』
「ですね」
そんなことを話していると、教授達が戻ってきた。
「お待たせしました、婿殿。少々引き留められてしまいましたが、色々と聞くことができましたよ」
「お疲れ様です」
そう小さく会釈し、2人の様子を見る。
いつも通り余裕のある笑みを浮かべた教授とは対照的に、その隣では影山さんが何やらげんなりとした顔をしていた。
「あの……大丈夫ですか?影山さん」
「はい……問題ありません。ちょっと、人生2回目のモテ期に困惑していただけです」
「はあ……?」
「我々が覚醒者だと知って、村の方々が永住しないかと誘ってきたのですよ。何人かに結婚を申し込まれてしまいましてね。情熱的な方々です」
軽く肩をすくめる有栖川教授。なるほど、そういうことか。
流石というか、ナンパには慣れているらしい。軽く受け流したことが、彼女の雰囲気から察せられる。
「初手、男の人達の目の前で拳大の石を握り砕いて力の差を示した時は、教授が暴れないか心配でしたよ……」
「何事も始めが肝心ですから」
訂正。軽くというにはだいぶ力技だった。
「文化の違う場所では、わかりやすいコミュニケーションの方が好まれる場合があります。特に今回は、相手も必死でしたからね。万が一にも不幸な行き違いが起きては、大変ですから」
「必死、ですか?」
「ええ。件の城は、ここから徒歩で1時間程度の場所にあるそうです」
そう言って、教授が指さした先。街道の更に向こう側らしく、木々が邪魔でよくわからない。
「ジャンホール伯爵の城はここまで氾濫を起こしたことはありませんが、それでもダンジョンですからね。村人は常に怯えていますし、商人の人達もこの周辺は避けて通るらしいです」
「なるほど」
これまで氾濫しなかったからといって、今後も大丈夫とは限らない。
国も教会も対応してくれないとなれば、村の防衛戦力は欲しくてたまらないだろう。人の往来も少ないのでは、金銭的にも利便性的にも、腕利きの冒険者を呼び込むのは難しい。
それは、彼らも必死になって当然だ。
『ゲヘへ!だったら僕様の子種をばら撒いてやるぜぇ!とか言わないでくれよ、京ちゃん君。品性を疑われるからね』
「僕は今、貴女の品性を疑っています」
『ふふ……褒めるな、京ちゃん君』
「あえて言いますね?褒めてねぇんですよ、このすっとこどっこい」
大概にせぇよ残念女子大生。
「日本でも、地方の山間部とかでは覚醒者を呼び込もうと必死だったりしますけどね……」
ぼそりと、影山さんがそう呟く。
たしかに。山や森には、未発見のダンジョンがまだまだ残っていると聞く。実際、山寺さんの管理する山にもあったし。
冒険者として活動している身としてはアレだが、やはり面倒な存在だな。ダンジョンとは。
「話を戻しましょう。村人達もあまり例の城には近づかないので詳しい情報は聞けませんでしたが、他の冒険者や軍隊も立ち寄らないというのは朗報です。マーキングをしても、誰にも怒られないので」
「……現在の土地の管理者は怒るんじゃ?」
「あの土地自体が、ジャンホール伯爵の物のままですからね。立ち入りも自由とされているそうです」
「法律的にどうなっているんですか、その土地……」
「私にもよくわかりませんが、彼は本当に多才な人物だったのでしょうね。あるいは、伯爵が亡くなった直後はともかく、暫くするとただただ厄介な土地として誰も管理したがらないだけかもしれません」
そう、笑顔で言う有栖川教授。
「兎に角、今日はマーキングと軽い撮影を済ませて終わりにしましょう。もう少しお願いできますか、婿殿」
「はい」
そうして人力車で走ること、約10分。
ろくに手入れもされていない道にやや苦戦しながら進んでいくと、背の高い木々の中に埋もれるようにして、その城はあった。
4階建ての建物の中央に、天を突くばかりの尖塔がある。更に、四方にはそれより少し低い高さの尖塔も並んでいた。
薄茶色の壁は苔や蔦が大半を覆っており、城門や庭だったと思しき場所は朽ち果てている。
しかし、建物その物には目立った損傷が見られない。何より……。
「何か感じましたか、婿殿」
「……はい」
無意識に展開していた『魔装』の剣。その柄に手をかけた状態で、教授に答える。
「たしかにここは───紛れもなく、『ダンジョン』です」
ずっしりと、地に根を張るような魔力。およそこの世の物とは思えない、神秘的とも不気味とも言える気配。普通の風景の中に、異質な物が堂々と存在している違和感。
清涼な空気が流れているはずなのに、喉に粘ついたものが絡みつくようだった。
ジャンホール伯爵の遺産迷宮。
そう呼ばれる城は、虫の声1つなく、自分達を出迎えた。
読んでいただきありがとうございます。
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