外伝13 模擬戦
外伝13 模擬戦
異世界にある、日本の大使館裏。
そこで、1体の土くれと1人の戦士が相対していた。
ヤカン頭に土の体。石でできた爪は、先端を丸くしてある。左胸には掌大の木の板が埋め込まれ、そこには赤い的のマークが描かれていた。
『ブラン』の訓練にも使った、『白壁』である。
それに対するのは、影山さん。彼女は例の錬金甲冑を身に纏い、その短槍を油断なく構えていた。
雄叫びもなく、ただひたすらに両腕の爪を振るう白壁。その膂力はヒグマのそれを大きく上回っている。
河原で行った訓練時は『心核』の力で性能を引き上げていたが、今回は素の錬金術だけであの即席ボディを用意した。しかし、自分の魔力出力と錬金術への理解が深まったことで、あの時と遜色ない膂力と機動性を見せている。
つまり、『Dランクモンスター』……部分的には、そのボス相当の性能ということだ。
もっとも、知能は低く単純な動作しかしていない。だが、ゴーレムだけあって疲れ知らずである。
その猛攻を前に、影山さんは防戦一方になっている───のでは、ない。
「……なるほど」
ぼそりと、彼女がそう呟く。
瞬間、回避と防御に専念していた影山さんが大きく踏み込んだ。側頭部目掛けて振るわれる白壁の右腕に、彼女は左腕を掲げる。
籠手に嵌められた4つの魔石が発光し、障壁を展開。石の爪を弾き飛ばし、白壁がバランスを崩した。
だが、冷静に左腕で胸の的をガードしている。土くれのボディとは言え、魔力により繋ぎ合わされた体はハンドガン程度なら通さない。
「燃えろっ!」
ならば、それ以上の攻撃を叩き込めば良い。そんな単純かつ、合理的な判断のもと影山さんが右手に握る短槍へと魔力を流し込む。
穂先の根本に埋め込まれた赤い魔石が激しく発光したかと思えば、鋼の刃が炎に包み込まれた。
一瞬だけ、まるでジェット噴射でもしたかのように槍が加速する。大口径ライフルを彷彿させる刺突が、白壁の左腕に突き刺さった。
貫通した槍を、炎の助力もあって影山さんは強引に上へと振り抜く。それにより、即席ボディは左腕をただの土へと戻した。
肘から先を失うも、ゴーレムの身に痛覚などない。構わず白壁は右腕を振りかぶるも、彼女は相手の左腕側……無防備な方に回り込みながら、冷静に槍を突き出した。
───カーン!
そんな子気味良い音と共に、槍が土の胸板を抉りながら木の板を真っ二つにした。
「そこまで」
自分の言葉に、双方が動きを止める。
タオルとスポドリの入ったペットボトルを手に、影山さんへと歩み寄った。
「お疲れ様です。怪我とかはしていませんか?」
「いえ、無傷です。あ、これはどうも」
タオルで顔の汗と土を拭い、スポドリを飲む影山さん。その言葉通り、怪我をした様子はない。
そのことにホッと胸をなでおろして、今度は白壁の方に視線を向けた。
「白壁もお疲れ様。ボディを解除してくれ」
そう告げると、特に返事もなく白壁は土くれの体を解きヤカン頭だけが残った。
頭部を回収し、錬成陣を書いたメモ用紙を地面に載せる。そして魔力を流し込み、小さな土の山を綺麗に戻しておいた。
『お疲れ、京ちゃん君。映像はバッチリだよ』
「ありがとうございます、アイラさん」
『なに。私も興味深いものを見ることができた。礼は不要だよ』
今回行ったのは、錬金甲冑のテストである。
現在影山さんが着ているのは試作品であり、いずれは自衛隊に正規品を販売することを雫さんは考えている。
その性能を確かめると共に、使い心地を知る為に白壁と彼女に模擬戦をしてもらったのだ。
「影山さん、どうですか?錬金甲冑の調子は」
「そうですね。素晴らしい装備、としか言えません」
彼女はそう笑って、右手に持つ槍に視線を向ける。
「普段の私の膂力では、『Dランクモンスター』の腕をああも簡単に貫くことなどできません。それこそ、防戦すら厳しいでしょう。今回それができたのは、紛れもなく槍の鋭さと炎のおかげです」
続いて、視線が左腕の籠手へと向けられる。
「こちらもかなりの防御力です。まさか、あの時爪を受け止めるどころか弾けてしまうとは、思っていませんでした。拳銃で撃たれても大丈夫とは聞いていましたが、これなら通常のライフル弾でも防げるかもしれません」
「なるほど……」
彼女の言葉を、白壁の頭を脇に抱え、急いでメモしていく。
一応アイラさんに録音も頼んでいるが、念のためだ。
「ただ、そうですね……改善点という程ではないのですが、できれば籠手だけではなく肩にもつけられる……あるいは、腕か肩か装着場所を選べるようにしてほしいですね」
ペットボトルを持ったままの左腕を前に出すように、影山さんが半身となる。
「このように、槍を構える時は左腕側を相手に向けます。なので、肩に障壁を展開しながら体当たりするように槍を突き出す。という、戦い方の方が個人的には向いているかもしれません」
「わかりました。しず……職人さんに、装着箇所を変えることができないか聞いてみます」
「お願いします。ですが、腕に装備した方が戦いやすいって人もいると思うので、あくまで私個人の感想ですが……」
「いえいえ。大変参考になります。ありがとうございます」
影山さんに会釈し、メモ帳をしまってカメラが置いてある場所に移動した。
「教授。すみませんが、またお願いできますか?」
「ええ。大丈夫ですよ。手伝います」
「すみません。ありがとうございます」
彼女のアイテムボックスに、撮影機材や白壁の頭を入れてもらう。
こういった模擬戦は元の世界でもできるのだが、影山さんの予定も考えるとこっちでしかできない。
異世界に渡れる人数が限られている以上、エリナさんや雫さん本人に同行を頼めないのはキツイところである。
『■■、■■■■■■……』
そんな自分達を、カタリナさんが興味深そうに見つめていた。
特に白壁と錬金甲冑が気になるようで、何度も首を動かしている。
「こっちでは、ゴーレムや魔道具が珍しいんでしょうか?それとも、性能に驚いているとか……?」
「さて。私にもわかりませんので、聞いてみましょう」
教授が爽やかな笑顔で、カタリナさんに話しかける。
何度もこうして顔を合わせているおかげか、少し肩をビクつかせるも、そこまで怖がってはいないようだ。
偶に、唐突にお腹を上に向けて寝転がってくるけど。
『ふむ。彼女曰く、どちらも正解のようだね。珍しい上に、性能も破格だと絶賛しているよ』
「いやぁ……それ程でも」
翻訳してくれたアイラさんに、後頭部を掻きながら照れる。
魔力量やスキルのことを褒められるより、本を読んで身に着けた錬金術を評価される方が何となく嬉しかった。
いや、レベルだって頑張って上げたわけだし、褒められたら嬉しいけども。
『こちらの世界、どうにも覚醒者の平均レベルが低いようでね。カタリナ君でも、この辺では有数の実力者らしい』
「やっぱり、ダンジョンが完全封鎖されているからですかね?」
『だろうね。覚醒者のレベルも放置すれば下がる以上、マタンゴだけ倒してレベルMAXは狙えない。強くなるには相応の強敵が必要になるが、そもそもどこに、どういった敵がいるかわからないのではな』
「そう考えると、日本の覚醒者ってレベル上げし易い環境なんですね……」
『だな』
強さがランク分けされている上に、どういうモンスターが出るかも国が調べてくれている。その上、バスも使えるからアクセスも悪くない。
ダンジョン庁と自衛隊には、足を向けて寝られないかもしれないな。
『まっ、君みたいにしょっちゅう氾濫に巻き込まれたりするケースは例外だろうがね!』
「さ、最近はそういうのないですから……!」
一時期は月刊命の危機みたいな生活だったが、今はそれ程でもない。
このまま、氾濫とは無縁の一生を送りたいものである。ガンバ、自衛隊とダンジョン庁……!
『■■■■、■■■■■。■■■■■』
『ただまあ、そもそもダンジョンに関する技術にこちらの世界が過敏なのもあるらしいが』
「アトランティス帝国と、大賢者でしたっけ?」
『うむ。覚醒者そのものを警戒したり、嫌ったりする者は少ない。むしろ、辺境程村の守り手として歓迎するそうだ。教会も、大賢者が覚醒者だったこともあり基本的には好意的らしい』
「基本的には、ですか」
『ダンジョンに少しでも関わった、あるいは関わろうとする覚醒者は、蛇蝎のごとく嫌われるそうだよ。今の君達みたいにね』
「ですよねぇ……」
この前、丸井さんに案内してもらった時に、シスターさん達から向けられた視線を思い出す。
まさか、聖職者からあそこまで露骨に嫌われるとは。
『魔道具も、一部を除いてダンジョンに……アトランティスに関わる物として、大っぴらに開発する国はないそうだ。と言っても、こっちの方はどこも何かと理由をつけて作っているそうだよ。水に関する魔道具は、特に』
「生活の質に関わるでしょうから、当然と言えば当然ですね」
科学技術の進み具合が、全体的に中世レベルっぽい世界だ。
それでもインフラ整備をどうにかしようとすれば、魔法や魔道具に頼るしかない。
一般人からすれば、神様の教えより水くみの苦労の方が勝るのは、どこの世界でも同じようだ。
『と言っても、庶民の生活だけではなく軍事も色々やっているそうだが……一介の冒険者である彼女が知る範囲では、その辺りまではわからないそうだ』
「ですよね。翻訳、ありがとうございました」
『ふっふっふ。存分に感謝し、崇め奉りたまえ。この今世紀最高のクールビューティーをなぁ!』
「クールビューティーかは兎も角として、感謝はしています。クールビューティーかは兎も角」
『2回言う程重要かね』
「クールビューティーかは兎も角」
『まさかの3回目!?つまり、私は通常の3倍クールビューティー……?赤の似合う女ということか。照れるな』
「貴女がそう思うのならそうなんでしょうね。貴女の中では」
『辛辣だな京ちゃん君!?泣くぞ!?』
そんなことを話していると、大使館から丸井さんが出てくる。
何やら焦った様子で、その全体的に四角い顔に隠し切れない冷や汗が浮かんでいた。
「すみません、皆さん。私は少々急用ができてしまい、今日は大使館に戻れそうにありません。他の職員はいますので、何か御用がありましたそちらにお願いします。それでは!」
一方的にそう言って、彼は車に乗ってどこかに行ってしまった。
車のドアが閉まる前に、薄っすらと『山下代表』『イギリス』『駅で』などと聞こえたが、あの猫耳さん、また何かトラブルにでも巻き込まれたのだろうか?
影山さんと揃ってポカーンと車を見送っていると、何故か教授がウキウキとした顔でこちらにやってくる。
「どういうわけか丸井さんは忙しいようですね。まあ私達には関係ないでしょうから、早速調査に向かいましょう。影山さんがよろしければ、ですが」
「あ、はい。私は大丈夫です。疲労はありません」
「それは良かった」
ニッコリと、有栖川教授が笑みを浮かべる。
「事前に丸井さんからの許可は得ています。他の職員さんに事情を伝えたら、すぐに出発しましょうか」
「あの、どこにですか?」
妙に楽しそうな有栖川教授に若干の不安を覚え、恐る恐る尋ねる。
すると、彼女は70代とは思えないキラキラとした目で告げた。
「この世界の『迷宮』を、攻略しに向かいましょう」
……え。封鎖されていないダンジョン、あるの?
どういうことか意味がわからず、またも影山さんと2人で唖然とする他なかった。
なお、カタリナさんは日本語自体がわからんと、我関せずという様子で空を眺めていた。
その頃の某猫耳青年
「どうしてこうなった!?」
その脇に抱えられた某英国首相
「ふっ……私にもわからん」
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
今作、『コミュ障高校生、ダンジョンに行く』が11月25日にオーバーラップ文庫様から第1巻が発売されます!
こうして書籍化できたのも、皆様のおかげです!本当にありがとうございました。どうか今後とも、よろしくお願いいたします!




