外伝 閑話 魔女の杖
外伝 閑話 魔女の杖
サイド なし
東京都、霞ヶ関。中央合同庁舎のとあるフロア。
『ダンジョン庁』では今日もまた、部屋の隅にある会議スペースで職員達が難しい顔をしていた。
「以上が、山間部におけるモンスターの目撃情報です。ま、大半がネットの噂ですけどねー」
タブレットを抱えた男性職員が、ため息まじりにそう言った。
「出回っているモンスターの発見情報ですが、7割が本物、2割が生成AIを使ったフェイク。そして1割が不明ってところですね」
「フェイクの割合が少ないことを嘆くべきか、モンスターの偽情報を広める人が2割もいることを嘆くべきか。迷いますね」
その隣で、ノートパソコンで資料を見ながら女性職員がため息をついた。
2人に続き、他の職員達も意見を口にしていく。
「フェイク画像のことは警察に任せるとして、これだけモンスターの目撃情報が多いとは……」
「かなり問題ですね。比較的低ランクの目撃情報ばかりなのが、不幸中の幸いでしょうか」
「いや、高ランクモンスターの場合、目撃者がそのまま被害者になっている可能性がある。実際の未確認ダンジョンの数は、もっと多いかもしれない」
「日本は山が多いですからね。しかも、所有者が誰かわからない山や、県を跨いでいる山もある。行政がどうにかするにも、壁が多い」
「それでもやらんといかんでしょ。低ランクモンスターの目撃地域は、警察に任せることが可能ですかね?」
「非覚醒の警察が対応できるのは、武装的に『Eランクモンスター』が限度です。それでもかなりの危険を伴うでしょうが」
「警察も自衛隊に負けず劣らず人手不足だ。山狩りでゲートを探すのも厳しいだろう。冒険者に依頼として出すのは?」
「以前からそういった依頼は出ていますが、あまり人気はありませんね。それに、氾濫状態にあるダンジョンはボスモンスターが出てきやすいとの報告もあります」
「2ランク以上の差があるのなら、ボス相手でもいけるんじゃないか?」
「いえ、そもそも報酬と危険度が……」
「やはり自衛隊に……しかし自衛隊も人手が……」
「ただ倒せば良いという問題ではありません。山や森の場合、塩害対策としてモンスターの塩を集める要員も必要ですから……」
「いやー。だいだいの問題が、最終的に『予算』と『人手』にぶつかっちゃいますね」
タブレットを抱えた男性職員が、やけくそめいた雰囲気で呟く。その言葉に、誰も反論はしなかった。
ダンジョン庁の職員達が、眉間の皺を深くする。
そんな中、赤坂部長が手を鳴らした。
「皆、一旦そこまでだ。足りないものは多いが、それをやりくりするのが我らの仕事だ。まず『今やっていること』『絶対にやるべきこと』『やっておいた方が良いこと』『やっておくと将来助かること』を上げていこう」
「では私から。現在やっている対策の1つである、各自治体が冒険者にゲートの探索を依頼している件について───」
部下の言葉に相槌を打ちながら、赤坂部長がホワイトボードに出てきた案を書き込んでいく。
それから1時間程して、ボードが裏表いっぱいになった頃。職員の1人が紙の資料を見ながらため息をついた。
「しかし、各地で未確認のダンジョンを秘匿。政府を通さずにレベル上げやドロップ品の回収を行っている覚醒者も増えてきましたね」
「いやー。それが増えたというより、明るみになってきたって方が正しいんじゃないですかね」
タブレットを抱えた男性職員が、半笑いで答える。
「『プライベートダンジョン』。良い響きですからね。経験値的にも金銭的にも美味しいダンジョンを独占できるっていうのは、戦える覚醒者なら誰だって憧れますよ」
「しかし、以前から反社会的勢力が利用していることも問題視されています。『旧トゥロホース』のように、危険な思想をもった覚醒者集団が秘密裡に力をつけている可能性もありますから」
『旧トゥロホース』
矢車代表が率いていた、覚醒者至上主義団体。
『覚醒者の貴族化』を掲げており、非覚醒者への暴行や搾取、誘拐などを行っていた。
とある3人組ともう1人により壊滅した組織であったが、矢車代表が逮捕された後も幾つかのグループに分かれて活動を続けている。
「『トゥロホース』の残党ですか……噂じゃ、『フォス』とかいう団体の動きが最近怪しいとか」
「私の古巣でも、彼らのことは話題になっています。ですが、確たる証拠はないと」
ノートパソコンから顔をあげ、元公安である女性職員は首を小さく横に振った。
「て言っても、覚醒者によっては既存の技術じゃどう足掻いても見抜けない隠蔽能力を持っていたりしますからねー」
「地道に金の流れや人の出入りを探るしかないでしょうね」
「話題が逸れているぞ」
赤坂部長が、苦笑を浮かべながら流れを引き戻す。
「失礼しました」
「あ、すみません」
「いや、良い。そちらも、また後で議題にしないといけないからな」
白い竜と赤い竜による侵攻は防がれたものの、日本にはまだまだ難題が多い。
ダンジョンの増加は止まったが、未だに未発見のダンジョンは数多くある。そして、それを悪用する者達も後を絶たない。
それ以外にも、日に日に高まる海外からの圧力。覚醒者による犯罪。非覚醒者と覚醒者の溝。異世界との関係。
ダンジョン庁の夜は、今日も長くなるだろう。
「問題と言えば」
職員の1人が、ペットボトルの水を飲んだ後に若干遠い目をした。
「後で覚醒者の恋愛に関する意識調査のことも、情報共有したいのですが……」
「……ああ」
部下の言葉に、赤坂部長は頭痛を覚えながらも小さく頷いた。
その横で、タブレットを抱えた男性職員が気の抜けた笑みを浮かべる。
「と言っても、あれでしょ。アンケートとったら、また結婚や出産に関してネガティブな意見増えたって感じでしょ?」
「そりゃあな。『錬金同好会』の作ったゴーレムが段々と広がってきている。それに、彼らの後を追うように動き出した団体もいるからな」
「覚醒者が減ったら減ったで、困りますからねー」
「でも、それにしても例の法律はないと思いますけど」
1人の女性職員が、唇を尖らせる。
「一夫多妻とか、今の日本に相応しくないと思いますが」
「確かに。アレのせいで、国会前にとんでもない数のデモ隊が集まったからな」
「連日続いた抗議の声で、あの辺いったい大変なことになっていましたよね……」
「なんなら、明日もデモが予定されているぞ」
「……皆、少し休憩をとろう。また話題が逸れているぞ」
赤坂部長が、素知らぬ顔でそう言った。
何を隠そう、彼こそが日本に一夫多妻制を復活させた張本人と言っても過言ではないのだが……この場でそれを知る者はいない。
部下達が一旦休憩に行く中、赤坂部長はそっと自分のお腹を押さえる。
彼のため息を聞いた者もまた、この場にはいなかった。
* * *
千葉県某所。南側の、比較的人の少ない土地。正確には、人が少なかった土地。
そこにある『錬金同好会』所有の工場の2階では、同好会会長ととある人物が相対していた。
「初めまして、『錬金同好会』の皆様」
そう、舞台役者のような仕草で頭を下げた奇怪な格好の人物。
声からして女性らしきその人物の装いは、全てが白かった。
白いシルクハットに、同じく白い外套。そして、白いペストマスク。
誰がどう見ても怪しさしかない女。それはカルト集団じみた格好の同好会に匹敵する、不審者っぷりであった。
「本日はお招きいただき、誠にありがとうございます。こちら、つまらない物ですが」
「おや、これはご丁寧に」
差し出された紙袋を、同好会会長が丁寧に受け取る。
ただの菓子折りが入っているにしては、妙に重い。だが一切動揺することはなく、会長は紙袋を机に置いた。
「それで、今日はいったいどういった御用でしょうか。『魔女の杖』の頭領殿」
『魔女の杖』
魔法使い系の覚醒者が多数在籍するとされるクラン。規模は小さいが、最近頭角を現してきた団体であった。
ペストマスクの下で、頭領と呼ばれた女性はくつくつと笑う。
「いやなに……ちょっとばかし、『宣戦布告』をと。思いまして」
「ほう……」
部屋の空気が、ピシリと硬くなる。
咄嗟に戦闘用ゴーレムを呼ぼうとする同好会メンバーを、副会長が手で制した。
それを横目に、会長は頭巾の下で余裕の笑みを浮かべる。
「随分と物騒な言葉だ。てっきり、我々と手を取り合う為にいらっしゃったと思っていたのですが」
「戯言を。私達と貴方達では、根本的に目指しているものが違う」
両者の間で、ずるり、と。重苦しい空気が蠢く。
その重圧に、同好会メンバーが硬い唾を飲んだ。
「目指すところは似ています。協力は可能でしょうに」
「たしかに似ている。協力も一時的になら可能でしょう。ですが、根本が違うのですから、辿り着く先も違うのは当たり前のことだ」
「……交わる気はないと」
「そう、伝えに参りました」
『錬金同好会』と、『魔女の杖』。
この2つの覚醒者集団が睨み合う。その理由は───。
「自分にだけ見える、自分だけの恋人!世間の知らぬ場所でゆっくりと愛を育む!この興奮を理解できぬ貴方達とは……手を組むことはできん!」
性癖の不一致であった。
「我らの『アガシオン』はいずれ、契約者にしか見えない。触れない。認識できない。その領域に辿り着く……辿り着いて、みせる!」
『アガシオン』
使い魔の総称としても使われる言葉であるが、今の世の中ではとある一部のモンスターか、あるいは指輪や壺を核にもつ霊体の使い魔を指す。
『魔女の杖』は、その知識とスキルを使いアガシオンを生産する会社でもあるのだ。
「我らは、誰に後ろ指をさされることなく、理想の恋人と街を歩きたい」
「我らは、誰にも邪魔されず、奪われもしない恋人と一緒に暮らしたい」
両トップは、数秒程無言で睨み合った後。
「性癖は、自由だ。私は貴女達を否定しない」
「左様。宣戦布告をしたが、それは性癖の布教の話。貴方達を否定したいわけではないのです」
しっかりと、握手をした。
用は済んだと、『魔女の杖』頭領は踵を返す。
「その袋には、『俺にだけ見える彼女との生活~教室で皆がいるのに~』のBDが入っています。是非ご視聴ください」
「では、こちらも。受付にて『未来から送られてきた美少年ロボット!?彼は私のいけないボディガード』のBDがあります。お土産にどうぞ」
「ふっ……用意が良いですな、会長殿」
「常に同志を増やすチャンスを探していますからね。貴女と同じく」
一瞬だけ振り返った頭領と会長が静かに笑い、本日の会合は終わりを告げた。
これが、彼らの激しい性癖布教合戦の幕開けとなる。はたして、日本は……否、世界はどちらを選択するのか。あるいは、共存に成功するのか。
それはまだ、誰にもわからない。
「……なぁに、これぇ」
なお、父親の為に同好会へ潜入していた赤坂勇音は、頭巾の下で目を点にしていた。
彼女の報告により赤坂部長が飲む胃薬の量が微増したのは、言うまでもない。
戦え、赤坂!負けるな、赤坂!後で『ウォーカーズ』の山下代表がとある事件に巻き込まれた報告もくるけど、耐えるのだ赤坂!
日本の未来は、彼の双肩に一部かかっている……!
読んでいただきありがとうございます。
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また来週も投稿したいと思っておりますので、よろしくお願いいたします。
Q.ペット用の道具を人間に使うってどうなの?
A.
ミーアさん
「安心してください!首輪もグルーミングマスクも人間用です!」
京太
「『グルーミング』なのに!?おかしいでしょう、全てが!」
アイラさん
「悲しきかな……人の欲望とは、かくも恐ろしいものなのだよ。京ちゃん君」
エリナさん(簀巻き)
「なんてこったい!!」




