外伝12 圧倒
外伝12 圧倒
轟音と共に互いの得物が弾かれ、衝撃波と炎が舞う。
体格差により数メートル足裏で地面に2本線をひくも、相手は出力差により後退。そこに真横から『ブラン』が斬りかかった。
跳躍し振るわれた戦斧を、ヴァシリサは左の翼を盾代わりに持ち上げる。斜めに傾けられた羽が、刃とぶつかって硬質な音をたてた。
ほぼ同時に地面からボコリと丸太のように太い石の腕が幾本も生え、獅子の足を捕まえようとする。だが、それは奴の体から発生した青い炎が食い破った。
まるで大蛇が群れを成したかのような動きで、炎が自分に差し向けられる。
それを真上に飛び上がって回避し、奴目掛けて急降下しながら突撃。袈裟懸けに振るった刃が、槍の柄で受け止められた。
強引に押し込もうとするも、ヴァシリサの槍に青い炎が纏わりつきパワーが拮抗する。
『Aaaa……!』
石膏の顔に悲嘆とも憤怒ともとれる表情を浮かべ、ヴァシリサは強引に槍を振り抜いた。
それに逆らわず後退しながら、斜め下にバレルロールしながら柄を潜り抜ける。勢いのまま懐に飛び込み、無防備な脇腹へと片手半剣を振るった。
───ガギィッ!
硬い。甲高くも骨に響くような音をたて、火花が散った。スフィンクス同様ただの石膏ではないが、だとしても他とは比べ物にならない強度を有している。
咆哮を上げながらヴァシリサは巨体に見合わぬ身軽さで後ろへ跳躍し、口から火球を発射。それを螺旋軌道で回避したところへ、翼からジェットエンジンじみた音をさせてランスチャージをしてくる。
列車がぶつかりに来たような迫力。咄嗟に上へと回避し、すれ違い様に頭部へと剣を振るった。
左の額が割れるも、そこから血が流れる事はない。内側も特殊な石膏がみっちりと詰まっているらしく、叩き割るのは難しいだろう。
突撃したヴァシリサはそのまま壁に突っ込んでいったかと思えば、猫のように跳躍。獅子の胴に生えた両翼を広げ、最大出力で壁を駆け上がった。
すぐさまフリューゲルを使い追いかける。ぐんぐんと高度を上げ、奴は天井近くにまでたどり着くと壁を蹴った。
この部屋は、天井までおよそ200メートル。その高度から、ヴァシリサは自分達を見下ろす。純白の眼球が、強烈な殺意と共にこちらを射抜いた。
広げられた両翼。しかしそれは滞空の為ではなく、『砲撃』の為。
羽の1枚1枚が砲門となり、血管を通して膨大な魔力が供給。自壊する事も厭わない速度で、この世ならざる砲弾が装填された。
だが、奴は忘れている。この迷宮の女主人は、絶対に忘れてはならない存在を見逃している。
自分には、もう1人仲間がいる事を。
不可視となり、誰よりも先に壁を駆け上がっていた金髪の少女。彼女が、両手に装備した籠手と鉤爪が融合した獲物を振りかぶり、天上を蹴ってヴァシリサの左翼へと突き立てた。
『概念干渉』
鉤爪に付与された異能が起動し、翼に回されていた魔力と反応。同時に爪がパイルバンカーのように射出される。
結果、砲撃しようとした魔力を巻き込んで爆発した。自壊覚悟の攻撃寸前という事もあってか、左の翼は一瞬で爆散し、黒い羽が燃えながら散っていく。
『Aaaaaaaa───ッ!?』
悲鳴を上げながらも、ヴァシリサは左の裏拳をエリナさんに放ちながら右翼から火炎をつるべ打ちしてきた。
迫る石膏の腕を蹴りつけ、華麗に離脱する自称忍者。降下する彼女と入れ替わりに、降り注ぐ青の砲雨へと飛翔する。
迫る青い火球全てが、装甲車を文字通り溶かす殺意の塊。ろくに狙いもつけていない弾幕だが、片翼であっても異様な密度であった。それだけ、この身を殺したいらしい。
だが……!
一瞬だけ減速。直後に斜め上へと急加速し、バレルロールで炎弾を回避。続けて三角跳びのような鋭角な軌道で潜り抜け、眼前へと降ってきた火球を切り捨てる。
視界が青い炎で染め上げられる中、ほぼ真上にて魔力の集束を察知。
砲撃の雨を突破した自分に、ヴァシリサがその巨大な口に有らん限りの魔力をかき集めていた。
放たれる熱線。石膏で構成された上半身が罅割れ、自身の毛並みも血も焼きながらも必殺の一撃が大気を焦がしながら降ってくる。
もはやヴァシリサは『勝利』ではなく、『相打ち』を狙っているのだ。あのブレスは、己の命すらも燃やしている。
だが───心中に付き合う気はない。
エリナさんが鉤爪を使い緩やかに降りている方とは、逆側の壁を沿うように高速で上昇。熱線が洞窟の壁を抉り飛ばしながらも追いかけてくるが、置き去りにする。
右の翼は自壊し、左の翼は穿たれた女王。空に留まる事もできず、その巨体が砲撃の間も落下を始めていた。
落ちていく奴より上へ。天井に到達し、減速せずに足裏から踏みしめた。
轟音と共に天井が砕けるが、構わない。ただ真っ直ぐに、白い頭を見下ろす。
『Aaaaaaaa───ッ!』
不遜にも己を下に見る慮外者を誅しようと、罅を広げながら咆哮を上げるヴァシリサ。
最期の力を振り絞るようにその右腕を引き絞りながら、奴がこちらを振り返る。
だが、怪物が槍をこちらに投じるより早く、地上から飛来した氷の槍が奴の右肘を貫いた。
ブランが投擲した、ミーアさんの魔法の槍。それが奴の肘に突き刺さり、コマ落ちしたかのような速度で怪物の半身を氷漬けにしていく。
油断はしない。手負いの獣も、死に際の怪物も、その瞬間こそ最も恐ろしいのを知っているから。
右半身を氷に覆われながらも、ヴァシリサは左の拳を突き出す。対して、自分はその腕を避けながら接近。
こちらもまた左腕を振りかぶり、罅の広がった額へと拳を叩き込んだ。
叩き割るのは難しい程の頑強さ。であれば、内側から炸裂させる。
『Aaa……Aaaaaaaa───ッ!』
「落ちろ」
頭の中にねじ込んだ左手の五指を開き、掌で風と炎を纏め上げ、放出。
内側から女王は焼き尽くされ、風が蹂躙し、後頭部から熱線が飛び出した。
バラバラと首から上を崩壊させながら、地面へと落ちていくヴァシリサ。左腕を引き抜いてそれを見下ろし、岩肌へ触れると共に塩へと変わるのを確認して小さく息を吐く。
風を使いゆっくり降下すれば、エリナさんとミーアさんが駆け寄ってきてくれた。
「お疲れ京ちゃん!」
「大丈夫ですか?京太君」
「2人こそお疲れ様でした。こっちは問題ありません。そちらも……無事なようですね」
エリナさんもミーアさんも、見た感じ外傷はなし。ブランと左近が既に周囲の警戒を始めており、右近が塩の山に腕を突っ込んでドロップ品の回収をしてくれていた。
全員、いつも通りである。
『やあやあやあ。無事でなによりだよ、諸君。というか、相手思いっきり上半身人間型だったけど大丈夫かね?その……精神的に』
「アイラさん。いえ、別に……形はそうですが、思いっきり人外でしたから」
上半身だけで2メートル超えていた上に、完全に石膏でできていたのである。流石に、人間と同一視しろというのは無理があり過ぎる姿だ。
というか、相手の魔力が経験値として流れ込んでくる感覚がなければ、モンスターを倒したというより無機物を破壊した感触の方が近い。思い返すと、自分は石膏の部分と槍しか攻撃していない。
「私も問題ないね!帰ったらフライドチキンを食べよう!」
「同じくです。あ、いえ。フライドチキンは別に……」
「私のフライドチキンが食えねぇってのかぁん!?忍者印だぞべらんめぇ!」
「エリナさんのアーンなら是非食べたいです!」
「OK!任せな先輩!皆で食べさせっこしようね!」
「わーい!」
「元気ねあんたら」
『んー、まあ大丈夫ならいいな!』
そんな会話をしていると、右近が塩の中からドロップ品を引っ張り出す。
魔力が籠められた石膏だ。幸い、落下の影響で割れる事はなかったらしい。
他のスフィンクスのドロップ品は拳大から人頭大なのだが、ヴァシリサの物は人の胴体程もあった。
前と違い、ボスモンスターのドロップ品も持ち帰って売って良いのだから、良い時代になったものである。
……いや、それだけ怪物の被害が大変って事だから、大変な時代なのか?
何はともあれ、右近のボディについた塩を風で落としてやる。
「じゃ、帰ろっか!」
「ですね」
「うっす」
『お疲れ諸君。しかし、帰るまでがダンジョン探索だぞ!』
「言っていることは正しいんですが、遠足みたいに言わないでください」
そんなこんなで、ダンジョンから無事に撤収した。
* * *
『そう言えば京ちゃん君』
「はい?」
ストアに戻ってきて、着替えを済ませて更衣室前に立ち2人を待っていると、アイラさんが話しかけてきた。
『2つ気になった事があるんだが……まず1つ目。何故ヴァシリサは突然君達を襲ってきたのだろうね?』
「さあ……モンスターの行動はよくわかりませんので」
『そうだね。生き物の思考は複雑怪奇だ。しかし、アレらは生物に見えて実際はアトランティス帝国が遺した兵器なのだよ。効率に基づいた考えをすれば、意外と簡単に答えは出るのかもしれない』
「……たしかに」
受け付けの方に視線をやると、ボスモンスターとの遭遇に関する報告を受けて自衛官の人達が難しい顔で話し合っている。
どうも、彼らは普段の間引きで滅多にヴァシリサと遭遇しないらしい。なので、今回のイレギュラーについて警戒を強めているようだ。
『……ぶっちゃけ、私思ったんだが』
念話越しながら、アイラさんその細い顎に指を当てている気がした。
『もしかして、君が罠を壊しまくったからなんじゃ……?』
……え、僕のせいなの?
そう言えば事前にダンジョンの情報を自衛隊から聞いた時、彼らは基本的に罠を見つけたら回避するか、専門の魔法使いが解除して内部を進んでいたらしい。
つまり、ダンジョンの設備を壊してまわったから、狙われた……?
丁度自衛官の人達も同じ結論に至ったのか、彼らが『こいつマジか』という目で自分を見てくる。まるで、人語の通じない珍獣を見るような目であった。
「いや、その……なんかすみません」
『まあ気にするな!ボスモンスターと言っても1ダンジョンに1体という事はない。アレも間引きしないといけない怪物の1体だったのだ。感謝こそされても、迷惑とはならんだろう』
「です……かね」
『ここはまだ一般公開されていないダンジョンだから、なおさらね。それはそうと……京ちゃんくぅん』
真剣な声音から一転、ねっとりとした声をアイラさんが出す。
何故だろう。念話越しなのに、この残念女子大生が凄まじく腹の立つ顔をしているのが、なんとなくわかった。
『スフィンクス・ヴァシリサは上半身が女性型のモンスターなわけだが……あの真っ白オッパイ……どうだった?』
「どうもしねぇわ」
確かに綺麗な曲線だったが、乳首もなにもない。万が一触っても、柔らかさなど微塵も感じられないだろう。
というか、それ以前に命のやり取りをしていたのだが。
「戦闘中に、そんなこと気にする余裕ないですよ」
『おんやぁ?つまり戦闘中でなければ、モンスターのオッパイでも君は構わず欲情していたと。かっー!この色情魔め!エロだぜー!こいつはエロだぜー!』
「小学生ですか貴女は。そんな事言うなら、マジで色情魔ぶつけますよ」
『ふっ……既に刑の執行が決まっている私に、そのような脅しが通用するとでも?』
「うわぁ、無敵の人だ」
「なんだか呼ばれた気がしたのですが、どうしました?」
ガチャリと、女子更衣室からミーアさんとエリナさんが出てくる。
「おっすパイセン!今来た三行!」
『京ちゃん君はモンスターでも興奮する。ミーアを色情魔呼ばわり。私は無敵』
「なるほど把握!エロだぜー!京ちゃんはエロだぜー!」
「黙れすっとこどっこい」
「いいえ、忍者です!」
「忍者ではない」
「!?」
「私も色情魔ではないんですが!?」
「色情魔です」
「酷い!もー!そんなこと言うなら、グルーミングマスクで黙らせますよ!」
「なんて?」
今、何か恐ろしいことを言われた気がする。
ぐるーみんぐ……?名前からして、犬や猫の体を洗ってあげる時に使う道具だろうか。
……え?それを人間に使うの?なんで?
「あ、姉さん」
『なにかね。現在無敵状態の私は、君がどのような発言をしようと動じないが?』
「ダンジョンへ入る前に『6人分』の首輪と犬耳と尻尾をネット注文しておいたので、もしも先に家についたら受け取ってもらえますか?予定ではもう少ししたら届くので」
『助けて京ちゃん君!この妹マジだよ!?』
「ふふ……僕もやばいので助けてください」
『くっそ使えねぇなぁ、このハーレム主!』
冷や汗がダラダラと出てくる。というか6人分ってなんだ。まさかこの人、自分自身だけじゃなく雫さんや愛花さんにも首輪する気か。
やばい、この色情魔……射程範囲が、どんどん広がっている……!
そう戦慄していると、エリナさんがいる位置から魔力反応を探知する。
「エリナさん?」
そちらに顔を向けると、彼女は既におらずひらりと1枚の紙が宙を舞っていた。
咄嗟にそれをキャッチして、書かれている内容を確認する。
『───後は任せた!林崎エリナはクールに去るぜ……!』
「逃げた!アイラさん、自称忍者が逃げた!」
『なぁにぃ!ずるいぞエリナ君!私も連れてって!?』
「貴様まで僕を置き去りにする気かぁ!」
半泣きで叫ぶ自分の肩を、白魚のような指が優しく掴んだ。
「帰ったらたくさん一緒に遊びましょうね!京太君!」
この後皆で自称忍者狩りした。
読んでいただきありがとうございます。
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祝!ローファンタジー年間ランキング『連載中』で1位!『すべて』で2位!
これも皆様のおかげです!これからもよろしくお願いします!!




